この時雨の中で、静寂は鳴り止まない。
車をスーパーのガラガラの駐車場に停めて、近くの本屋まで、普段着のまま、一キロくらいの軽いランニングをする。
今年もまた、東京の対コロナの緊急事態宣言を受けて、栃木県も自粛モードに入っているのか、
はてまたそもそも人が少ない土地なのか、僕にはわからないが
夕方だというのに歩道には人っ子一人居なかった。僕が栃木県に住み始めたのは、2020年の2月からだ。その時既にコロナが出現していたので、
僕は栃木県の人の密度の日常的平均値を、知らない。
じっと街の動きを観察していると、どうやら栃木の県民は、「車で出歩く」のが基本らしい。(歩道は誰も歩いていないが、車道は何時も馬鹿みたいに長い渋滞を成していたから。)
僕は気持ちよくランニングしながら、田舎の過疎の空気を満喫した。これはこれで、贅沢だと感じながら。
東京と違って、どの道を通っても人がまばらだから、歩いてる人に気を遣わなくてもいいし、楽だ。
僕は東京に居た頃、近所だった井の頭公園をよくランニングした。
いつも公園内のロードはランナーでいっぱいで、お洒落してデートしてるカップルなんかもたくさん居た。
その人らの視線に当たりながら、自分が汗だくで走ってるのがなんか嫌だった。
なので、大抵はわざわざ雨の日に行って誰も居ない井の頭公園を走る感じ。
東京では、誰も居ない場所を見つけるのはとても苦労したものだ。
栃木は、空気も、遠方に見える山脈の景色も、低くて広大な空も、とても綺麗だ。
その風景の中には、人間の姿は無いのだ。
ただただ、田園が広がり、鷺やトンビが飛び、車がかったるそうに動いているのが、栃木県の大方の風景だった。
一応、街の歩道ではマスクを着けて走った。
マスクの中がひどく湿って、冬の寒気で冷たくなってしまうのだけが、今の小さな悩みだ。
本屋で、「音楽と人」の1月号を買って、
駐車場に戻り、車内で記事を読む。
お目当ては、バンド「凛として時雨」の記事だ。
去年、ボーカルのTKのソロライブツアーは、自粛ムードによって全公演中止になった。
僕は、チケットの払い戻しを申請しなかった。
僕は、TKにお金を払いたいから払っただけだ。お金は、TKにあげたんだから別に要らない。そう、やせ我慢した。
TKにお金が入るかどうかはわからないくせに、勝手にカッコつけようと。
今年も、また時雨のツアーがある。そして、今年もまた、コロナで緊急事態宣言が出た。去年と同じだ、、、。
「今日という日は、去年、僕が楽観視していたような未来じゃなかったよ。」僕は溜め息をつく。
去年より、感染の数字が悪い。去年より、自粛も日常化している。
東京にいた、コロナ以前の時代に、僕は誰も居ない場所、時間を
あんなにも望んで探して走っていたのに、
田舎プラスコロナになって
皮肉にもその両方を手にいれてしまったな。
車だって、乗れるようになった。どこにだっていけるのに、なんだか何処にもいっちゃいけない気がしてきた。
僕は、車で色々な場所に行き、拠点を変えてランニングした。そして、ランニングするたびに、井の頭公園の雨の日の静けさを思い出す。
栃木での時間は、けして止まない、あの日の雨みたいなものだ。
「ならせめて、゛凛として゛時雨。」
そう、小さく呟いた。
2021年1月8日ppp
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