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伊東潤「横浜1963」

時代小説以外で初めての伊東潤作品。
舞台となる横浜で作者は生まれ育ち、現在も住み続けている。「あとがき」によれば、今作は作者初めてのミステリー小説とのこと。初出は「文藝春秋」2014~2015年連載。2016年単行本。現在Kindle Unlimitedでも読むことが出来る。

終戦から18年経っているとはいえ、1963年の横浜には米軍が駐留しており、兵士が起こすいざこざも耐えない。米兵が犯罪を犯しても、アメリカに逃げ帰ってしまえば裁くことも出来ないという事情の中で起こる、女性が被害者となった殺人事件。遺体に残されたナイフの傷跡から、米兵が使用しているナイフだとアタリをつけ、主人公たちは捜査を進めていくが……。

アメリカ人と日本人のハーフ、ソニー沢田。彼の見かけは白人そのものである。英語も堪能なことから、彼は警察の外事課に所属し、外国人犯罪の取り締まりを中心に仕事をしている。

駐留米軍のMPとして、日本人移民の三世、ショーン坂口という人物が中盤から登場する。見かけは日本人そのものでありながら米軍の曹長という立場で、対極的な関係にあるソニーと協力して、捜査を始める。

 在日米軍兵士や関係者の犯罪は、米軍上陸当初から大きな問題となっていた。しかし昭和二十八年(1953)、日本政府は「重要な案件以外、日本側は裁判権を放棄する」という密約に合意しており、その後、五年間に起きた約一万三千余の事件のうち、実際に裁判を行えたのは約四百件にとどまる。つまり在日米軍兵士が日本国内で起こした九十七パーセントの犯罪を、日本政府は裁けないでいた。

第二次大戦終了時、日本の軍組織は解体された。だから、その後の朝鮮戦争やベトナム戦争に、日本の兵士は派遣されなかった。日本に駐留している若きアメリカ兵が、戦地に送られ、命を散らした。生きて帰っても祖国は反戦の空気が蔓延し、命をかけて戦って帰ってきたのにも関わらず、人殺し扱いされて仕事に就くのも難しい状況となったりした。
一方、軍備に予算の多くを割かずに済んだ(駐留米軍に割いた予算のことはともかくとして)日本は急激な経済発展を遂げる。そのような状況を憂える米国側の主張も盛り込まれている。
どのような戦争にも正解なんてない。戦争で人は死ぬ。戦争で人は狂う。この作品に出てくる犯人も被害者も、直接的ではなくとも戦争の被害者であった。

私の住む街から横浜は遠い。私の人生に戦争の影はない。私の周辺で人殺しはこれまで起こっていない。遠く離れた話だからこそ、求める節がある。

あとがきで作者はこう記している。

 特に今回は、視覚、聴覚、嗅覚、感覚に関する表現を駆使して、一九六三年の横浜を再現することに力を入れました。「文字の力はバーチャル・リアリティに勝る」ということを唱えてきた私としては、読者に一九六三年の横浜に行ってもらうことを心掛けました。それゆえ行間には、当時の雰囲気が息づいているはずです。過去の横浜を知っている読者も、知らない読者も、それぞれの横浜を脳内に再現できると思います。


一場面を引いておく。

 ――左に行けば天国、右に行けば地獄か。
 少年の頃、石川町辺りからうち打越橋を見上げ、ソニーはよくそう思った。
 山手には商売で成功して財を成した外国人が住み、芝生と自家用車の優雅な生活を送っている。一方の相沢町では、生きていくだけでぎりぎりの人々が生活苦の中でのたうちまわっている。その落差はあまりに大きい。

この本を読んでおいて良かったなと思った本をあげておく。

そしてザ50回転ズから「戦争と政治家」

戦争が始まる
一言で始まる
覚えとけ政治家よ
お前らの一言で
戦争じゃ人が死ぬ
一日中人が死ぬ
覚えとけ政治家よ
お前らが殺すのだ
戦争は金を生む
血を売って金を生む
良かったな政治家よ
お前らのもうけだ
戦争が止まる時
英雄は生まれる
おめでとう政治家よ
お前らが英雄だ
忘れるなヒロシマを
忘れるなナガサキを
日に焼けたあの夏と
火に焼けたあの町を
忘れるな政治家よ
忘れるな政治家よ
戦争は終わらない
黒い雨が火を消しても



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