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小神野真弘「世界最凶都市 ヨハネスブルグ・リポート」

 アメリカのジャーナリズム大学院で学んでいた著者は、報道機関でのインターンを受ける際に、南アフリカ・ヨハネスブルグに行くことになる。
「ペットの猛獣が街をのし歩いている」
「外出すれば強盗に遭う確率が150%(強盗被害を受けた後、違う強盗に襲われる)」
といった都市伝説がいくらでも出てくる都市だ。
 インターンに赴く前に開かれた安全講習会で、講師からこんな言葉を聞かされる。

「まず、全速力で床に身を投げてください。ポイントは、足が問題の物体の方へ向くようにうつぶせになること。あ、足はしっかり閉じて下さいね。爆発と同時に無数の破片が飛び散るので、股間に当たってしまいます。男性でなくても痛いですし、内臓が近いので致命傷になりがちです。これが手榴弾を投げ込まれたときの基本的な対処。参考までに射程距離をお伝えしておくと、今この教室の真ん中に投げ込まれたら、私たちは全員死にます」

 ヨハネスブルグの実態は、一昔前に見た都市伝説サイトのようなものではないが、それ以上に深い闇の部分もある。ホテルの近くのスーパーに歩いて買い物に行こうとした際に、ホテルのオーナーに驚いて止められる。どんな近い場所でも外出には車を使えと言う。


 そう言われると、確かに「不審な人影はない」という言い方は正しくなかったと思えてくる。「歩いている人間など1人もいない」というのがしっくりきた。比較的安全といわれる白人住宅街であるのに。

 さらに、観光地や一時滞在客ならば絶対に立ち寄らないような場所にも、著者は取材のため入っていく。取材協力者との待ち合わせ場所で、遅れてきた相手を待つ間の描写にぞっとする。


 通行人はすべて黒人。それはいいのだが、虚空に向かって話しかけていると思ったら急に爆笑するおばさん、路肩で火を起こし、羊の生首を焼くなどして幸せそうにしている若い男、「堕胎」という言葉と電話番号だけ書き殴られた紙が十数枚貼り付けられている電信柱など、視界に入る事象の大半が私の常識からはずれており、ひたすらに居心地が悪い。地球でこれ以上のアウェー感を味わえる状況はあまり思いつかなかった。


 アパルトヘイトの歴史、犯罪者たちの犯罪に走らざるを得ない実態、かつての高層ビルが暗黒時代には丸ごとスラム化した「ポンテタワー」など、読みどころは多数ある。特に印象深いのは、著者が帰国後、本としてまとめている最中にヨハネスブルグを再訪し、インターン時とは違う目線で物事を見た時のことだ。本を再読すると新たな発見があるように、再訪により見えてくる、目的意識を持っての取材による、前回とのズレなどが興味深い。

 また、インターン時には知らなかった麻薬「ニャオペ」について多くを割かれていて、その組成が興味深い。ヘロイン他いくつかのものを混ぜた合成麻薬だが、ストリキニーネという殺鼠剤が多く含まれている。鼠を殺す薬物が人間に無害なわけもなく、摂取すれば体に酷い痛みが走る。ヘロインとストリキニーネを同時に摂取すれば、ヘロインの鎮痛作用が勝って最初は気持ちよくなる。しかしヘロインの効果が切れれば痛みが酷い痛みが襲ってくるわけだ。
 痛みから逃れるためにニャオペを求め、ニャオペによりまた痛みに襲われる。
 
「ブルートゥース」と呼ばれる最悪なニャオペ摂取法も紹介されている。ニャオペを静脈注射した人から血液を抜き取り、自分の血管に注射する。もちろん血に溶けたニャオペを体に入れたところでほとんど効果は得られない。プラシーボ効果や、取材者向けのパフォーマンスの可能性もあるが、当然感染症の温床となり、負の連鎖が続いていくことになる。

 読書生活再開後、選ぶ本が小説に偏りすぎていたが、それ以外も読むようになり、ようやく昔のリズムに戻ってきたかなという感じ。昔は小説以外の読書は一月ごとにテーマを決めて読んでいくということをやっていた。この流れで「国際情勢」的な本を読んでいこうかと思う。

 ポンテタワー、殺伐としたスラム、ニャオペ、ブルートゥース、小説の題材になりそうなものもたくさんあった。今後に活かしていくつもり。

 読了後、著者のTwitterを覗きに行く。現在は日本大学芸術学部文芸学科講師とのこと。
↓生徒によるいたずら。

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