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とある夫婦の平凡な日常。

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#バレンタインデー

【小説】i’m as harmless as a kitten:二月 前編

 
 わたしはお菓子作りが苦手だ。

 時間はかかるし、手間もかかる。
 何気に力仕事も多いし、繊細で綿密な作業も多い。
 そりゃあ、ホットケーキや簡単なパウンドケーキ、チョコレートを溶かして固める、くらいのことはできるけど。
 レシピを見れば、たいがい家庭で作れるものなら滞りなく作れる自信もある。
 かといって、労力をかけて作ろうとも思わない。
 短期なところもある自分には、向かない。

 とい

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【小説】i’m as harmless as a kitten:二月 後編

 翌日のことである。

 夫はいつも通りのリモートワークに戻り、遅めの朝食を二人で食べ、いそいそと仕事部屋兼書斎へと向かっていった。
 家事を滞りなく片付け、お昼になって、またもや二人で昼食を摂る。
 そして、午後からまた仕事、と我が家の短い廊下で、いってらっしゃい、早く帰ってきてね、など、およそ大人がやっていいものか頭を捻りたくなるようなママゴトを楽しんだ後。
 さて、やるか、と趣味の裁縫でも、

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【小説】茶色の兎:二月 後編

 結論から言うと、香月は仕事を辞めないらしい。
 どうにも旦那となる人はフリーランスで軌道に乗り始めたばかりで、収入が安定するまでと、何かあったときの備えとして、今のうちに稼いでおこう、というわけだ。
 籍を入れるのは三月末。年度変わりに合わせた方が、書類の変更などが楽だろうと、会社に配慮をしているようだった。
 そんなもの、上側の仕事だから、好きな時に籍を入れていいんだぞ、と言うと、実は二人の出

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【小説】茶色の兎:二月 前編

 リモートワークが増えたのは私にとって僥倖だった。
 なにせ、乗車率が百パーセントを超える電車に乗る必要がない。

 電車通勤のときの出勤は大変だった。
 片道三十分以上の道のりを電車内でなにをするでもなく、ただただ無心で前の人の頭頂部、を見られればまだ良かったのだろうが、あいにく私の身長ではせいぜい後頭部をうらめしそうに見つめるしかできない。
 同じ苦境を共にする仲間の後頭部を睨むのは、いささか

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