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コミpoとAIによる挿絵小説(7)

 第二十五話

「N350のE017……ここだ」
 シロウが指定した座標軸へ逃れた私は、廃屋へと足を踏み入れる。一帯をうかがうと、ルンペンの溜まり場らしい。
 そこでガタイのよさげな男がゾロゾロと現れ目の前を塞いだ。
「見ない顔だな。新入りか?」
「悪いが、ここはボスの支配下でな。訳あり揃いの輩ばかりだ。簡単に入れる訳にはいかねぇのさ」
 いかにも人相の悪い男達は、たちまち私を取り囲む。その一人が手を出そうとしたところで、私はその手を取り関節技を決めた。
 悲鳴をあげる男に驚いた他の男達が、私を取り押さえようとするものの、その攻撃を矢継ぎ早にさばいていく。あっという間に全員を一網打尽にして地面に叩きつけてやった。
「このアマっ!」
 腕を押さえ立ち上がる男達だが、そこへ「待て」と図太い声が響く。奥から現れたのは、一人の老婆である。すぐさま男達はその場で直立不動する。やがて、老婆は深々と頭を下げた。
「失礼をした。お詫びする」
 その上で私を手招きした。訳が分からないなりにあとを追う私に老婆は言った。
「シロウから色々、聞いている。キューブ・ワンでは随分、派手に暴れているらしいじゃないか。サクラ」
 驚く私だが、老婆は手で制す。
「心配せんでいい。この一帯は国と手を打ち合った治外法権だ。警察も追ってはきまい」
「あの……あなたは一体?」
「この一帯を束ねる女ボスと言ったところさ。名は言えん。ま、ここに来る者は皆、スネに傷を持った連中ばかりさ」
 女ボスは自笑しつつ、私を案内していく。そこで思わぬ人物との再会を果たした。
「え、父さん!?」
「サクラ?」
 ともに驚きの声をあげる私達だが、その雰囲気はすぐに険悪なものへと変わった。
「サクラ、お前のせいで随分とややこしい面倒ごとに巻き込まれたものだ」
 ――それはこっちのセリフだわ。
 嘆く父に私はそっぽ向く。

 本来なら顔も見たくない相手だが、背に腹は変えられない。私達は女ボスに促されるまま、父と廃屋の地下へと降りていく。すると目の前に一本の地下通路が現れた。
「トキオ区から隣街に通じている。まっすぐ行って逃れるがいい。あとこれは少ないが水と食料だ。シロウに言っておいてくれ。貸し一つだ、とな」
 笑みを浮かべる女ボスの老婆に私は、深々と腰を折り礼を述べるや、父とともに地下通路を歩いて行った。
「しかし、サクラ。ジルにトドメまで刺すとは、随分と大胆になったものだな」
「はぁ!? 何で私がそんな事しなきゃいけないのよ」
「なんだ。違うのか?」
「当然でしょう。父さんこそ、わざわざ惑星ベガスにまで来るなんてどう言うつもり? おまけにダン・シエル杯にまで関わって!」
「カネの匂いがしたからだ。儲けるためなら銀河の辺境へでも足を運ぶ。現地現物主義こそ俺のスタイルであり投資の原点だからな」
「戦争で一儲けって訳?」
「おいおいサクラ。いい加減、偽善ぶるのはよせ。これが資本主義なんだ。リターンを狙う過程で中小規模の星が滅びようが関係ない。これは投資の世界に生きるものの鉄則であり本音なんだ」
「違う。そんなものは、資本主義とは言わないわ。だって未来に何も築いていないじゃない」
「見解の相違だな。しかしサクラ、お前も随分と言うようになったじゃないか」
 感心する父だが、私は嬉しくも何ともない。ただ、父の変わらない信条には(理解は出来ないものの)一目置いているのは事実だ。
 ――案外、父の価値観が歴史家の理解を得るのかもしれない。
 そんなことすら感じる私だが、気が付けば思わぬ質問をしていた。
「父さん、アンタは私達の事をどう思っているの?」
「サンプルだ。投資と社会実験のためのな」
「そのために皇族の母さんと?」
「あぁ、何かおかしいか?」
 真顔で応じる父に、私は舌打ちする。
 ――言うと思ったわ。この自分勝手さこそ父の強さって訳ね。
 私は呆れを通り越し、すがすがしさすら覚えている。そうこう言ううちに、女ボスが言っていた出口が現れた。
 地上へ出た私達の目の前には、荒涼とした砂漠と滅んだ街、それに深々とえぐられたクレーターが広がっている。
「大量破壊兵器の爆心地、前の大戦が残した傷跡だ」
 深く感銘を受ける父に私がなじった。
「これが父さんの求める世界の犠牲ってわけ?」
「あぁ、より正確に言えばミスターXの目指す世界だ。奴は格闘の世界でのノウハウを戦争にまで発展させようとしている。革命と言っていい。是非、一枚噛みたい。ジルはその代償だ。ま、高くついたがな」
「随分、勝手な理屈ね」
「ふっ、争いこそが、生態系の頂点に君臨する人類の本質なのだ。この代償の先に切り開くべき未来がある。行こう」
 父は目を輝かせながら爆心地へと向かっていく。荒れ果てた大地に空いたクレーター、その中心地についた私だが、そこで思わぬものを見た。
 頭の中に膨大な情報の津波が押し寄せて来たのだ。
 ――何これ……。
 何が起きたのか理解出来ない私は、その場にうずくまり頭を抱え込む。やがて、情報は一つのイメージを形成し私の脳内で完結した。
 目を開けると、父の興奮した顔がある。
「サクラ、見えたんだな?!」
 父の問いに私はうなずきつつ、信じられない表情で問い返した。
「父さん。アンタは一体、私に何をした!?」
「だから、言っただろう。お前は私の投資のための実験サンプルだ、と。胎児の頃にちょっと人体実験を施しただけさ」
 ――冗談じゃないっ……。
 怒りに震える私は感情を爆発させた。あまりの興奮に意識がプツリと途絶えたほどだ。はたと意識が戻ると、目の前の父が無惨な屍に変わっている。
「え……父さんっ!」
 慌てて駆け寄るもののすでに息はない。
 ――私は一体、何を……。
 錯乱状態に陥った私は、父の胸ポケットから手紙らしきものを見つけ素早く目を走らせた。

〈我が娘、サクラへ。これを読んでいると言うことは、すでに私の命は尽きているということだ。お察しの通り、私はお前の体を実験に使った。全ては人類の未来のためだ。ここに重要な事実を晒す。後の判断はお前に一任しよう〉
 前置きの後に綴られていたのは、前の大戦から脈々と受け継がれてきた陰謀の真実だった。

 第二十六話

 人類を一歩前へ――これが父が遺した手紙の要約だ。さらに父のカバンを調べるとVR機器がバッテリーとともに入っている。
「分かったよ。これで全てを確認しろってことね」
 私はすぐさまVR機器をセットし、キューブ・ワンへとダイブした。指名手配がかかる中、フードで顔を隠しながら向かったのは、パンドラの一筆だ。
 足を踏み入れると、何もない空き地に忽然と扉が出現した。どうやらあらかじめ私の到来を予期していたらしい。
 ――ここに全ての答えがある。
 意を決した私はノブに手をかけると、扉を開いた。目の前に広がったのは、漆黒の宇宙と光が交錯する空間だ。そこに見覚えのある二人が拘束されている。ひょっとこ姉弟のドロシーとオズである。
「あなた達。一体、なぜここに!?」
 驚き駆け寄る私だが、その背後から聞き覚えのある声が響く。
「処刑予定の裏切り者ですよ。サクラさん」
 振り返った先にいたのは、パンドラの一筆を案件として持ち込んだ依頼人のアーロンだ。思わず声をあげる私にアーロンは構う事なく丁寧に腰を折り、私を手招きした。
「サクラ・ライアン。ずっとあなたの到来をお待ち申し上げておりました。真の我が主人が首を長くしてお待ちです。どうぞこちらへ」
 歩き出すアーロンに私は困惑しつつも後に続く。その背中を追いながら問うた。
「アーロンさん。あなたはベガス政府から送り込まれた依頼人のはずよ。それがなぜ……」
「フッ、それはあくまでかりそめの姿、欺瞞です。仏の嘘を方便といい、武士の嘘を武略という。全ては人類の未来のため。貴方は我々が施した全てのテストをクリアされた選ばれし方」
「つまり、巧妙に仕組まれていたってことね。皆を騙して一体、何を企んでいるのよ」
「それは是非、ご自身にご確認頂ければ。さ、こちらです」
 案内するアーロンの前には、二つの扉がある。一つは元へ戻る出口の扉、もう一つは全てを明かす真実の扉、そのどちらか一つを選べと言う。
 私が選んだのは、後者だった。満足げな笑みとともにうなずくアーロンに促され、私は徐ろに扉を開く。すると一人の男が立っていた。
「よくぞ来た。我がサンプルよ」
 両手をあげて出迎えた人物――それはコロッセウム闘技場のオーナーであり、格闘技界で名を馳せた生きる伝説、ダン・シエルだった。
「ダンさん。やっぱり、あなただったのね。父と組み自作自演の爆弾テロで死を装いつつ、社会の闇に紛れ水面下で全てを牛耳っていた騒動の中心人物」
「フッ、その通りだ。私の余興、楽しんでいただけたかな」
「冗談じゃない。何が目的にこんなことを……」
 吠える私だが、突如として走る激痛に頭を抱えその場にうずくまる。跪く格好となった私にダン・シエルは満足げに歩み寄った。
「サクラ。頭が高いぞ。君は今、銀河王を前にしているのだ」
「銀河王……ですって?」
 見上げる私に、ダン・シエルは説明を続けた。

「思えば前の大戦が全てのキッカケだった。家族、財、地位……あれは私から全てを奪った。痛感したよ。この世は闘いだ。常に勝ち続けなければならない。その先兵に立つのが君なのだ」
「冗談じゃない。なんで私がそんなものに……」
 異議を唱える私だが、襲いかかる頭痛に体が言う事を聞かない。四つん這いになる中、ダンは私の頭に手をかざす。
「時は来たり。今、この虚妄の世をあるべき真の姿へと戻す。このダン・シエルの名をもってだ」
 その途端、私の身体が光を帯び、あらゆる力が溢れ出した。危機を察した私は、いざという時に備えシロウから与えられていた強制ログアウトを発動させる。
 だが、時すでに遅し、溢れ出る光を抑える事が出来ない。ここに至り私は、ダン・シエルの狙いを悟った。
「ダンさん。まさかあなたは私を人柱にこのパンドラの一筆で、ゼロサム兵器を発動させるつもり!?」
「ふっふっふっ……人類はさらに進化する。サクラ、君はその生贄だ」
 吠えるダン・シエルに抗う私だが、その努力も虚しく砕け散る。私はダン・シエルの赴くまま体内に宿るエネルギーの全てを放出した。
 そこから先の記憶は、定かではない。ただパンドラの一筆と一体化し、全てを粉々に吹き飛ばしかけたところで、何者かの介入を受けたのは事実だ。
 それが何者かを知ることなく、私の意識は朦朧とする微睡に消えていった。

 どれほどの時間が経過しただろう。はたと目を覚ました私が一帯をうかがうと、宇宙船の中らしい。
 そこで見知った顔を見つけ、思わず声を上げた。
「ドロシー、オズ!?」
「お目覚めかしら。お姫様」
 冷笑するドロシーに私は問う。
「なぜ、ここに?」
「決まってるだろう。ダンから逃げて来たのさ」
 オズの返答に私は我に帰る。
 ――そうだ。私は確かダンさんの手にかかって、ゼロサム兵器の人柱にされたんだ。
 朧げながらも記憶を取り戻した私は、ひょっとこ姉弟に問うた。
「今、キューブ・ワンは……サイバー空間はどうなっているの!?」
「中枢のほとんどが破壊された。俺と姉貴は間一髪でキューブ・ワンからログアウトして、砂漠で横たわるアンタとこの宇宙船で脱出したって訳さ」
 ここで色々察した私は、ゲンナリしつつ言った。
「つまり、アンタ達は私がカネになりそうだと踏んで、密輸ルートを移動中って訳ね。死の商人らしい発想だわ。商魂たくましい事ね」
 嫌味を込める私だが、意外にも二人の反応は否定的だ。しばしの沈黙の後、オズが声を荒げて言い放った。
「もうたくさんだっ!」
 驚く私にドロシーが続けた。
「サクラ、確かに私達は戦争を食い物に生きてきた。人々を欺き、多くの民が流す血の犠牲の上に今の地位がある。そうせざるを得ない環境で育ったからね。けど正直、うんざりなのよ」
「あのダン・シエルというイカれたサイコ野郎は、何とかした方がいいぜ」
 意外な反応を見せる二人に私は考えを改めている。どこまで信用すべきか迷うものの、どうやらひょっとこ姉弟と私の利害は一致しているようだ。
 目下、惑星ベガスを離れ密輸ルートで青い惑星・地球を目指しているという。
「サイバー空間の大部分がやられたからね。接触は、肉体を伴ったリアル空間に頼るしかないわ」
「まぁ、脱出・密輸はお手のものさ」
 得意げに語るドロシーとオズだが、私の解釈は違う。
 ――相手はあのダン・シエルだ。ひょっとこ姉弟にサイバー空間の完全洗脳を阻止された以上、何としても私達を見つけ出すはず。にも関わらず捜索の手が及んでいないのは、私達を泳がせ何かを目論んでいるからだ。きっと裏があるはず。
 もっともそこは二人も心得ているらしく、敢えてその企みに乗ろうとしている。要するに狸と狐の化かし合いだ。
「ともかく今はこのオンボロで脱出だ。事情はゲレオンに伝えている。地球へ逃れ奴を頼ろう。燃料節約だ。スイングバイからワープ航法に入る。しっかりつかまっててくれ」
 オズに促され、私はシートベルトを締めるや、人類発祥の大地・地球へと向かって行った。



 第二十七章

 ひょっとこ姉弟と地球へと赴くことになった私だが、その道中で妙な感覚に囚われている。何というか、自分の中にもう一人の己がいる感じ? 仮にそれを分身と呼ぶとしよう。
 その分身はまるで私の体を寝床に受肉し、巣立ちを待つひよっこのような感覚なのだ。
 ――私の中にもう一人の私がいる……。
 私は違和感を払拭出来ない。特に睡眠時に顕著で深層心理のさらに奥底に宿った分身は、朦朧とする私の意識の中で盛んに何かを訴えかけてくる。
 対する私は夢の中で問いかける。
 ――あなたは一体、誰?
 だが、戻ってくる返事もやはり「あなたこそ一体、誰?」とおうむ返しなのだ。
 ただ邪悪な感じはなかった。むしろ自分の中に何かを飼って、ペットのように育てている感覚に等しい。それは、地球に近づくほどより顕著に、色濃くなっていく。
 月に着いたとき、私はこの異変をドロシーに打ち明けた。ちなみにオズは月面政府の通関業者に書面の審査と燃料を求め、宇宙船を離れている。
 サイバー空間をゼロサム兵器で破壊したダン・シエル達パンゲア・カルテルによって、その濡れ衣を着せられているだけに、通関業者の買収を目論んでいるのだ。
 その間、宇宙船に残った私達は、敵とも味方とも分からないこの不思議な存在について議論を交わしていく。
「何かを体内に仕込まれた感じなのよ」
「何かって何?」
「分からない。ただ今はまだ機が熟さず、私の中でとどまっている感じよ」
 困惑気味な私にドロシーは、はたと思い出したように言った。
「そう言えば聞いたことがあるわ。ゼロサム兵器には、万民を洗脳しつつ秩序をもたらす女神の側面があるって。確か電子文献があったはず」
 ドロシーはコックピットの端末を操作し、検索をかけていくと一冊のレポートに行き着いた。

 その著者に私は思わず声を上げた。
「これ……ジョン兄の論文だ」
「サクラの腹違いの異母兄弟?」
「そう。キューブ・ワンの考案者にして、仮想空間におけるテクノロジーの権威」
 すかさず私は、その論文に目を走らせていく。そこには、匿名のサイバー空間に秩序をもたらす知見が述べられ、その一つに〈アマテラス〉と銘打つ擬似人格の付与があった。
「何それ?」
 眉唾ものでも見るようなドロシーに、私は返答した。
「多分、監視プログラムね。質問と回答を繰り返すことでタスクを達成へと導く自律型AI。これをサイバー空間を走らせ秩序をもたらそうって話よ」
「それは平和的統治として、それとも洗脳による支配として?」
「同様よ。表裏一体ってやつ。つまり使い方次第なんだと思う。料理用にも殺人用にもなるナイフのように」 
「さしづめサクラはキューブ・ワンに君臨するアマテラスの生みの親、イザナミってところね?」
 冷やかし気味に語るドロシーに私も異論はない。
「今、私の中に宿りつつあるこの擬似人格・アマテラスをうまく育ててサイバー空間に放てば秩序となり騒乱を防げる」
「逆に邪気が残れば、サクラはコードネーム・ジルのように大戦へ導く凶器ともなりうる?」
 念押し気味に問うドロシーに私はうなずく。
 ――父は身をもって私にアマテラスを託した。その乱用をダン・シエルが目論むも、ひょっとこ姉弟に妨害された。そして今、私は人類発祥の星・地球に赴こうとしている。
「師匠は真の敵を見極めよと言った。多分、これも定めなのね」
 己の運命を自覚した私は、迫る戦いに向けその意を固めた。とそこへオズが帰ってきた。驚くべきは、その内容だ。通関業者の監視を全てクリアし、燃料も格安で提供してくれるというのだ。
「一体、どうやったのよ?!」
 驚く私達にオズは苦笑し、後ろに控える人影を指差した。そこにいたのは、紛れもない我が弟である。
「シロウ!」

「久しぶりだね姉ちゃん。色々あったんだろう?」
「まぁね。でも一体、どうやってシロウはここに?」
「ヤマト社のタケル社長に助けてもらったのさ」
「え!? あの守銭奴の?」
 驚く私だが、ここで頭を働かせた。いかに繋がりがあるとはいえ、無条件で協力を申し立てることは考えにくい。
「シロウ。アンタ、まさかタケル社長を買収したの!? 一体、いくらかかったのよ」
 私の問いにシロウは、指で金額を示す。それは、シロウがケチケチと事務所で蓄財した全ての額だった。驚く私にシロウは言った。
「カネは貯めるべきときに貯め、使うべきときに一気に使う。それが僕の主義だからね」

 第二十八話

「いざ地球へ」
 タケル社長の顔効きで通関業者の審査をほとんどクリアした私達の鼻息は荒い。青い惑星・地球へ進路を取るや、エンジン全開で月を後にした。
 さて、この地球だが統一政府たる共栄圏の名の下、無数の区により成り立つ集合体だ。向かう先はニホン区と呼ばれる弓状列島で、ゲレオン達の軍が駐留するオキナワである。
 目前に迫る地球を前にした私は、思わず声を上げた。
「青い、ね」
「あぁ、惑星ベガスにはない海が大部分を占めているからね」
 答えるシロウに私は感嘆のため息を漏らした。
「海、かぁ……」
 未知なる世界に期待を膨らませる私だが、そこへ一隻の宇宙船が接近した。地球共栄軍の宇宙艦船である。
 ランデブーを果たした二隻は、衛星軌道を維持したまま双方の接触を図った。開いたハッチから現れた人影に、私は思わず笑みを浮かべた。
「来たよ。ゲレオン」
「あぁ、待っていたぜサクラ。現実世界では初対面だな。歓迎するよ」
 私達はともに微笑を浮かべハイタッチを交わした。
 その後、ゲレオンの手引きの下、私達は積荷船を装い大気圏へと突入していく。炎に包まれながら降下した先に広がるのは、この一帯でも有数の宇宙港を持つオキナワ諸島だ。
 ――ついに来た。私達のルーツたるニホン区……。

 大地がどんどん迫る中、私達は促されるまま進路を合わせ、基地へと着陸を果たす。そこで母なる大地へと降りたった私だが、なぜか奇妙な既視感に襲われた。
 はじめて訪れた地であるにも関わらず、なぜか郷愁の念に駆られたのだ。
 その旨をシロウに話すものの、何事もロジックで考える弟だけに「気のせいじゃないの」とそっけない。
 対する私は本能で動くだけに、この奇妙な違和感に勘を働かせている。
 ――多分、これは夢に現れた分身、私に付与された擬似人格のアマテラスが地球と共鳴しているんだ。
 もっともそれ以上の正体は掴めずにいる。ただこのアマテラスに試されている事だけは確かだ。それは己の身をもって実感していた。

 さて宇宙港を後にした私達は、ゲレオンにオキナワ諸島の案内を受けたが、ここではじめて前にした海に強烈な衝撃を受けた。その広大で圧倒的な存在感に心が開放される思いだった。
 ――こんな世界があったなんて。
 全てを飲み込むような青さと力強さに惹かれた私は、声を失ってしまった。



 その夜、ゲレオンらと酒を酌み交わした私達は、与えられたアジトで寝床に就くものの、海の衝撃が忘れられない。強烈なエネルギーとともに、何かメッセージの様なものが感じられてならないのだ。
 ――呼ばれている気がする。
 シロウに声をかけたが、寝息を立ててスヤスヤと眠ってしまっている。やむなく一人でアジトを出ると海辺へと向かった。一帯をゆったりとした空気が支配する中、私は潮風に吹かれながら砂浜に腰掛けた。
 遠方の水平線に目を向けると、さざなみが月に照らされ銀色にきらめいている。その光景がなぜかたまらなく切ない。
 気がつくと、目に涙が浮かんでいた。
 ――私、なんで泣いているの……。
 困惑する私の胸に響くのは、心の中に宿るもう一人の自分だ。盛んに訴えかけてくる声を無視することが出来ない。
 そんな矢先、突如背後から声が響いた。
「よぉサクラ、一体、どうしたんだよ。眠れないのか?」
 見るとゲレオンが立っている。私は慌てて涙を拭うや、自分の身に起きている変化を説明した。

「アマテラスだと!?」
「そう。私の分身たる擬似人格。どうやらダン・シエルに埋め込まれてしまったらしいの。この地にやって来たのも多分、導きなのだと思う」
「サクラ、ダンの正体はミスターXで、銀河中のサイバー空間制圧を目論んだ。ひょっとこ姉弟の反乱が重なりゼロサム兵器の完全発動は阻止出来たものの、奴はまだ諦めてはいない。そうだな?」
「えぇ、間違ってないわ」
「だとしてだ。お前の中に分身だか擬似人格だかを宿らせて何をさせたいんだ?」
「人類の進化……と父は言っていた。要するにサイバー空間を通じた銀河中の洗脳よ。戦争を科学的にアプローチし、その根源をゼロサム兵器で破壊した上で自らの哲学に塗り替えたいらしい。とんだサイコパスよ」
 嘆く私だが、意外にもゲレオンは理解を示している。大きくうなずきつつ、つぶやくようにこう言った。
「墨家だな」
「?」
「地球史に名を残す中国古代の諸子百家だ。墨子を祖に兼愛倫理を説いた軍事的思想集団さ」
 キョトンとする私にゲレオンが説明する。何でも戦国時代末期に社会と人間のありようを追求した一派らしい。急速に伝播し、一時は儒家をも凌ぐ隆盛を見せたものの、忽然と姿を消した謎多き思想集団だという。
「軍のシンクタンクでも盛んに研究されている。俺も何本か論文を上げた。長ずる所に死せざるはすくなし(人は自分の長所によって身を滅ぼすことが多い)、義を為すは、そしりを避け誉に就くに非ず(正義を行うとは、世間から好かれるように振る舞うことではない)、名と実は必ずしも一致せず、何かと名言は多いぜ」
「そうなんだ」
「こんな逸話もある。大国・楚が敵国・斉の攻略を目論んだ際に、単身で楚国に乗り込んで王に面会し、侵略の非を説いた。さらに机上の模擬戦で盤上の楚を完膚なきまでに叩きのめし、戦意を喪失させたんだ」
「よく殺されなかったわね」
「そこは墨子さ。自分を始末しても三百人の弟子が撃退するから無駄だと諭した。結局、楚は、斉への侵略を中止するに至る。凄いだろう」
 うんちくを傾けるゲレオンに私はうなずきつつ、頭を働かせた。
 ――もしダン・シエルが墨子に倣うなら、今、私の身に宿る分身はその尖兵となる。食うか食われるか――私がまず闘うべきは己自身ってことね。

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