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コミpoとAIによる挿絵小説(2)

 第四話

「ブラックバード株式会社、かぁ……」
 私はシロウの助言から設立した会社に感銘を受けている。まるで自分の分身が出来たみたいで不思議な感覚よ。
 その一方で、コロッセウム闘技場近辺にある例の土地案件も進行しているのだけど、ここで再びシロウの無茶振りが炸裂する。
「姉ちゃん、次はこれ」
 指差すノート端末に映し出されたのは、銀河一サイバー武道会の概要だ。
「いい? 姉ちゃんはここで優勝して、ダンさんだけでなく、ヤマト社に内部協力者を作ってよ」
「あのねぇ、シロウ。アンタいつも簡単に言ってくれるけど、こっちは命懸けで闘ってんのよ。銀河一なんて……」
「いや、是が非でも取って。あと賞金ランキングのトップテンもね」
 次々に難題をふっかけるシロウに、流石の私もおかしいと首を捻り問うた。
「シロウ。アーロンさんからの依頼は、あくまで仮想空間上にある土地でしょう。なのに無関係な話まで持ち出して一体、何を焦ってんのよ?」
「僕は焦ってなんか……」
「嘘ね。言って。一体、何を隠しているの?」
 勘を働かせ畳み掛ける私にシロウは、そっぽ向く。
「別に……っていうか多分、言っても分からないから」
「いいから話して!」
 私の追求を前についにシロウは腹の内を晒した。何でもコロッセウム闘技場のあの土地は〈パンドラの一筆〉と呼ばれているらしい。
 そこに関連して幾つものペーパーカンパニーが設けられ、そのどれもが何かを目的としたダミー会社だという。
「シロウ、それって税金対策じゃないの? 確か軽減税率で複数に分散させた方が税率が下がるんでしょう。交際費もより多くを経費に落とせるとか」
「いや、この案件に関しては違うね。ダンさんの資料によれば、巧妙に偽装されたスキームが存在している。パンドラの一筆は、そのキーポイントなんだ。ジョン兄も説明を渋るはずだよ」
 ここでシロウは、電子ペーパーにリストを表示させた。
「姉ちゃん。この資料だけど、何だと思う?」
「えー……親が五百に子が八百? ペットか何かの商品リストとかじゃないの」
「僕も初めはそう思った。でも、それだと辻褄が合わないんだ。多分、これは武器の密売リストだ。使われているのは隠語だと思う」
 シロウの推論に私は腕を組み考えた。武器密売ですぐに浮かぶのは、ムサシ組だ。ギャングの抗争が考えられた。
 だが、シロウの読みは、その遥か上をいく。何と本物の戦争が準備されていると言う。

「シロウ。アンタそれ本気で言ってんの?」
 思わず声をあげる私に、シロウが応じる。
「こんな事、冗談で言える訳ないじゃん。とにかくジョン兄とダンさん以外から裏を取りたい。姉ちゃん、誰でもいいから、地球共栄軍に籍を置く人と連絡を取って!」
「ちょっと待ってよ。そもそもそんな人、私は……」
 ここで私の脳裏に一人の人物がよぎる。恐る恐るシロウを見ると、同じ人物を考えているようだ。私は引きつった顔で言った。
「あの……シロウ君? それだけは、ご勘弁願えるかしら」
「姉ちゃん、そんなこと言ってる場合じゃない。そもそも僕らが隠し子として、こんなトキオ区の場末に追いやられている原因も、戦争だったじゃないか」
 こんこんと説くシロウに葛藤を覚える私。確かにその通りなのよ。私達姉弟は、銀河戦争を機に捨てられた。
 だから、シロウの言い分は十分過ぎるほど理解出来る。理解出来るけど、ただ納得がいかない。
 ――あのゲスのゲレオンに頼み事? やめてよ。そんなの断固お断りよ。
 シロウの説得を受けつつも、私は頭を痛め悩みにくれ続けた。



「惑星ベガス人の分際で、この私を呼び出すとは、随分と偉くなったものだな。ブラックバード」
 キューブ・ワンにある場末のバーで苛立ちを見せるのは、ゲレオンだ。一方の私も嫌悪感でいっぱいだ。
 ともに顔を背け合い、電子カクテルのアルコールで互いの気分をごまかしながら、話を進めていく。

「戦争の準備が進んでいる、だと!?」
 声をあげるゲレオンに、私はシロウからの情報を伝えた。無論、例のパンドラの一筆も含めてね。
 ――どうせシロウの思い過ごしでしょ。
 半ば投げやりに切り出した私だけど、意外にもゲレオンは黙り込んでいる。どうやら思い当たる節があるらしい。しばし考慮の後、こう切り返した。
「いいかブラックバード、貴様ら惑星ベガス人とは、先の銀河大戦で手打ち済みだ。癪だが、自治も認めてやった。それを再び蒸し返そうと言うのか」
「だから、ただの確認よ。勘違いならそれはそれでいいから、とっととイエスかノーかで答えなさいよ」
「ノーだ。決まってるだろう……と、言いたりところだが、あながちガセとも言い切れん」
「どう言うことよ?」
 問いかける私にゲレオンは、沈黙を挟み続けた。
「今、軍の備蓄がかなりの量になっている。お前も先の大戦を経験してるなら、知ってるだろう。軍事ケインズ主義ってやつさ。戦争を公共事業と捉え、幾つかの私企業が政府とつるんで裏から糸を引く。通称ミスターXが率いるパンゲア・カルテルって名の軍産複合体だ」
 ――ミスターXにパンゲア・カルテル……。
 私はその名を口ずさむ。
「ブラックバード、悪いことは言わん。この案件から手を引け。もし危険を承知で近づくなら、鍵はパンドラの一筆だ。パンゲア・カルテル関連銘柄を追うことだな。私から言えるのは、こんなところだ」
 ゲレオンは話は終わったとばかりに説明を打ち切り、立ち上がったところで、ピタリと止まった。何かを考えているのか、しばし宙に視線を泳がせたのち、私に問うた。
「ところでブラックバード。お前、時間はあるか?」
「え? まぁ、あるけど……」
「付き合え」
 手招きするゲレオンを不審に感じつつ、私は後を追った。向かった先は、キューブ・ワンでも有数の歓楽街だ。そこでゲレオンは時計のタイマーを0時にセットするや、言った。
「いいかブラックバード、貴様は私にとって不倶戴天の敵でありライバルだ。だが今日、この日が終わるまでは、別としよう」
「何それ、どう言うこと?」
「こう言うことさ。遊ぼうぜ」
 ゲレオンは、いきなり私の手を取るや、歓楽街へと傾れ込んでいく。まず向かったのはカジノだ。そこでカード、ルーレット、スロットと立て続けにまわった。
 どうやらかなり遊び慣れているらしく、あっという間にチップの山を築いていく。驚くべきは、賭け金だ。
「ゲレオン。アンタ、いつか破産するわよ」
「かまわん。サクラ、俺はな。この世など所詮、運だと思ってる。だから、大きく張って幸運の女神を振り向かせるのさ。ケチケチしていたら、大勝負で勝てないぜ」
 いつしか私を〈ブラックバード〉から〈サクラ〉に、自身を〈私〉から〈俺〉に切り替え、口調までガラリと変えたゲレオンは、遊びを交え色々話していく。
 軍人一家に生まれた苦悩、兄弟との確執、ポリシーや哲学、趣味嗜好など、楽しげに話すその様は、私の知る嫌味なゲレオンと同一人物には思えない。
 試しにその旨を問うてみると、ゲレオンは笑って答えた。
「あんなもの、全部演技に決まっているだろう。いいかサクラ。俺の役割は〈憎まれ役〉だ。ヒールを演じているだけさ」
「じゃぁ、軍隊でも」
「あぁ、嫌な上官で通ってる。年上の部下に対してもな。格闘も然り。挑発も全て計算尽く。とにかく準備を怠らない。それで人生を勝ってきた。サクラ、お前は違うのか?」
 思わぬ一面を見せ問いかけるゲレオンに、私は返事に窮している。だが、ゲレオンは構うことなく、その足でクラブへと向かい、大音量の中でともに踊った。これまでの人生でもサイコーの楽しさだったわ。
 そうこうするうちに時間は、次の日へと秒を刻んでいく。ゲレオンとキューブパークで、そよ風に吹かれる私達だったが、そこへ時計台が鳴り響いた。日が変わったのだ。
 振り返るとゲレオンの顔が、以前のそれに切り替わっている。
「魔法が解ける時間だ。ではな、サクラ……いや、ブラックバード。銀河一サイバー武道会で相まみえよう」
 そう言い残すや、私を残しキューブパークを去って行った。


 第五話

「ミスターXにパンゲア・カルテルか……」
 ノート端末を前に情報を漁るのは、シロウだ。手分けして調べたものの、それらしき存在は見当たらない。
 調査が暗礁に乗り上げる中、私達が次に頼ったのは、梅志会という税理士の業界団体だ。ここに構成員として名を連ねるシロウがさりげなく問うてみると、意外にもその存在を知る人物がいた。
「流石は、梅志会のネットワークね」
 私は感心しつつ、シロウと機動エレベーターを上がっていく。屋上で待っていたのは、惑星ベガス・トキオ三十二区の夜景だ。
「ニーナ先生の事務所は、あそこね」
 遠方の一角を指差す私にシロウがうなずく。場所を確かめ合った私達は、反重力スライドボードを足に装着し、一気に屋上から飛び降りた。
 三十二区の高層ビル間をスノボーの如く滑走する気分はまさに爽快。対するシロウは不器用そうにバランスを崩しながら、悲鳴をあげている。

「姉ちゃん、ちょっとスピードを落として」
「フフッ、相変わらず、下手ね。シロウは頭以外はさっぱり」
「違う。姉ちゃんが飛ばし過ぎなの!」
 頑として譲らない気の強さも、いつものシロウそのもの。私は目を細めつつ、ともにニーナ先生の事務所を目指し、惑星ベガス・トキオ区の空を滑って行った。
 やがて、目の前に目的の雑居ビルが現れる。目配せを交わした私達は地上へと降り立ち、事務所の扉をノックした
「はじめまして、弟がお世話になっております」
 事務所を訪れた私達に、ニーナ先生は笑顔で応じる。見たところ三十代半ばといったところね。おっとりした雰囲気の女性よ。
「どうぞ、おかけになって」
 ニーナ先生に促された私達は、応接ソファーに腰を下ろす。観葉植物に彩られたその部屋は、まるでジャングルの一角ってとこね。
 社交辞令と雑談を交えつつ、私達は本題へと入っていく。ニーナ先生は電子テーブル上に一つの図面を表示させた。例の案件、紛うことなきパンドラの一筆の路線価図だ。
「実は顧問先から株の評価を依頼されましてね。その関係でここを見つけたんですけど、色々と訳ありなことに気付きまして」
「と申しますと?」
 聞き身を立てるシロウにニーナ先生は「何から話せばいいか」と困惑の色を浮かべつつ、切り出した。
「シロウ先生は、国税徴収法第二十六条をご存知?」
「〈ぐるぐる回り〉ですね。差し押さえた財産を、国税を含めて債権者が三者以上いて、回収の優先順位がぐるぐる回るってやつ」
「そう。この惑星ベガス・トキオ区では、確かにそれが明文化されているんですけど、仮想空間のキューブ・ワンでは法整備が追いついていなくて。結果、誰も手が出せない状況になってしまっているんです」
「なるほど……」
 シロウは相槌を打ちつつ、私とともに話を聞いていく。詳細はシロウに任せているからピンとこないところもあるけど、どうやらゲレオンが危惧していた通りみたい。
「つまり、開戦はすでに既定路線、と?」
 呆然としつつ問うシロウにニーナ先生は、うなずき続けた。
「あとは大義名分が揃うのを待つだけ。そのキッカケが、サクラさんも参加するキューブ・ワンのコロッセウム闘技場の……なんと言ったかしら、そうそう。銀河一サイバー武道会なの」
 核心に迫るニーナ先生に身を乗り出す私は、そこでハッと息を飲んだ。例の私の第六感、危機センサーよ。
 窓の向こうに何かを構える人影を見つけた私は、叫んだ。
「伏せてっ!」
 だが、ときすでに遅し――対面のビルからロケット弾らしき飛翔体が、飛び込んで来た。その直後、割れんがばかりの轟音とともに一帯の全てが吹き飛んだ。
 あまりの衝撃に何が起きたのか、分からない。なんせ物凄い力で床に叩きつけられたからね。
 気が付いた私が上体を起こすと、周囲が火の海と化している。

「シロウっ!」
 叫ぶ私にシロウがよろよろと起き上がる。どうやら無事だったようだ。安堵に胸を撫で下ろしつつ視線を移した私は、そこで絶句した。
 そこには、無惨にも木っ端微塵に砕け散り肉片と化したニーナ先生の遺体が転がっていた。


 後日、ニーナ先生の父を名乗る人物から連絡があった。出向いた私達に、その父は一本の情報記録媒体を手渡し、目に涙を浮かべながら言った。
「ニーナがパンドラの一筆について生前に集めていたものです。これで娘の仇を討ってください」
 私達は心を痛めつつ、受け取った情報記録媒体を事務所の端末に接続し、中身を確認していく。驚きの声を上げるのは、シロウだ。
「姉ちゃん。これ、仮想現実のブラック・テクノロジーだ」
「何それ?」
「キューブ・ワンの裏OS。ざっと見たところ設計はヤマト社で依頼主は、パンゲア・カルテルってとこだね」
 捲し立てるシロウだが、オツムがお留守な私には今一つピンとこない。
 ただ私なりに要約すれば、パンドラの一筆は仮想空間上の土地を装いつつもその実、裏から銀河一サイバー武道会を乗っ取るハッキングプログラムが仕込まれているらしい。
「大変じゃない。すぐにダンさんに知らせないと……」
 慌てて携帯端末を取り出す私だけど、それをシロウが制止する。怪訝に思う私に、シロウは思わぬ一言を吐いた。
「姉ちゃん。ダンさんもクロかもよ」
「え、まさか。何言ってんのよ。そんなことあるわけないじゃない。あんな紳士的な人……」
「分かってる。でもその可能性がある以上、無闇には動けない」
「じゃ、どうすんのよ?」
 問い詰める私にシロウは、考慮の後、こう言った。
「ブラックバード社を使おう」
「え、どういうこと? あの会社は私のファイトマネーを管理するマネジメント会社でしょ」
「あのね、姉ちゃん。ホントにそれだけのために設立したと思う? 確かにあの法人は表面上こそサイバーファイターの運営を装っているけど、ちゃんと裏仕事も想定して設立してあるんだよ」
 思わぬ事実を晒すシロウに、私は驚きを隠せない。だが、シロウは構うことなく、携帯端末でジョン兄に連絡を取り始めた。
 そこで作戦を立案していくのだが、その全容を耳にした私は改めて痛感した。
 ――この弟、どこまで策士なのよ。
 頼もしいといえば、そうなんだけどその謀略の才がちょっと怖くもある。敵にまわすと厄介ね。何はともあれ最悪の事態を想定して動くのが、私達姉弟の流儀。かなり細部までつめた。
 名付けてキツツキ大作戦――シロウ曰く、戦国武将である武田信玄の軍師で山本勘助が出した策をアレンジしたらしい。
 私達は、進行しつつある陰謀を突き止めんと行動を開始した。 

 第六話

 銀河一サイバー武道会の日がやって来た。キューブ・ワンにダイブした私達は闘いの舞台であるコロッセウム闘技場へと集結する。
「ここに第十回、銀河一サイバー武道会を開会を宣言する」
 エントリーされたサイバーファイターを前に声を張り上げるのは、憧れのダンさんよ。相変わらずステキだわ。
 なお、スタジアムには観客が詰め寄せ、その闘いは全銀河中に中継される。何せ凄まじい視聴率を叩き出す人気番組だからね。各マスコミの力の入れようも半端じゃないわ。
 ちなみにファーストステージは、サバイバル戦モードだ。各サイバーファイターが仮想ステージへとランダムに散って、様々なトラップを掻いくぐりつつアイテムを入手し、生き残りを目指す。
 厄介なのが、モンスター。上空をデスバードと呼ばれる怪鳥が周回し、地上にはタイガーが徘徊している。
 その中を、他のサイバーファイターと時には協力し、時には欺く駆け引きを通じて、虎視眈々と上位を狙っていくってわけ。
 次々と周囲のメンバーが飛ばされていく中、そのあとを追うように私も仮想ステージへと消えていく。やって来た場所は、森林エリアだ。
 ――さぁ、行くわよ。
 意気込む私だが、周りを見て目が点になる。
 ――何これ……。
 いきなりタイガーの群れのど真ん中に放り込まれてしまったらしい。

 どのタイガーもこちらに目をギョロつかせ、牙を剥いている。
 早くも大ピンチな私だが、そこへ一発の銃声が鳴り響く。これにタイガーの注意が逸れた。
 ――しめた!
 ここぞとばかりに、私は目の前の一匹の鼻っ柱に拳を叩き込む。さらに後方のタイガーの動きを封じるべく、身を翻して先手を取った。合気道でいうところの〈先の先〉だ。
 これを受けタイガーに動揺が走る。こうなれば、完全に私のペース。主導権を握るやタイガーを群れから分断し、各個に撃破していく。
 最後にはボスの首根っこを押さえてジ・エンド。たちまち私にボーナスポイントが加算され、一気に首位へと浮上した。
 会場に歓声が上がる中、銃声の主を確認した私は思わず声を上げた。
「ゲレオン!?」
「久しぶりだな、ブラックバード。これで貸し一つだ。共同戦線を張ろう」
「オーケー、感謝するわ」
 私はゲレオンに同意する。かくしてここに最強タッグが誕生した。双方の合意の下、私達はサバイバル空間のあらゆるステージでポイントを総取りしていく。
 縦横無尽に暴れまくる私達だが、気がつけばファーストステージの終了が迫っている。
 ――あと一分。
 会場の観客達がカウントダウンを刻む中、ギリギリまでポイントを稼いだところでタイムアップ。獲得ポイントで周囲を圧倒した私達は、ダントツでワンツーフィニッシュを決めた。
 最高のスタートダッシュに気分は上々だ。
「ブラックバード、共同戦線はここまでだ」
「分かってるわよ。これでいよいよ……」
 と言いかけた私だが、何かがおかしい。ゲレオンの方も異常に気づいたらしく、周囲を見渡しながら言った。
「おいブラックバード。一体、どうなってる。元のステージに戻れないじゃないか」
「私に言われても困るわよ。なんか運営がトラブってんじゃないの?」
 怪訝な表情で返答する私だが、やはり様子が変だ。さしもの私達も事態を察した。どうやら懸念していた何かが始まったらしい。陰謀の噂は本物だったようだ。

 第七話

 仮想ステージに閉じ込められた私達サイバーファイターは、追い立てられるようにその身を砦に集結させていく。その顔色は、一様に困惑だ。
 無理もない。一帯ではモンスター達が次々と増殖を繰り返し、周囲を取り囲んで襲撃の機をうかがっているからね。
 そんな中、ゲレオンは皆に獲得したアイテムを一室に集めさせた。
「武器は、これで全てだな」
 皆がうなずく中、ゲレオンは言った。
「いいか。この状況が一時的なものなのか、意図されたものなのかは分からない。だが、我々はこのステージでモンスター達から身を守る必要がある。いかに奴らがプログラムとは言え襲われれば、タダでは済まないからな」
「しかし、どうやって。運営はアテにならないのだろう?」
 憤りの声を上げるのは、ソロと名乗る欧米系のサイバーファイターだ。メンバーでも最年長に当たる。これに他のメンバーも続いた。次々と不安の声が上がる中、私は言った。
「一つ、手はあるよ」
 周りの視線が一斉にこちらへ集中する。私はあらかじめブラックバード株式会社を通じて仕込んでおいたプログラムを起動させた。キツツキ作戦の発動だ。
 たちまち宙に光が投影され、一人の少年がが映し出される。シロウだ。私は皆の気持ちを代弁した。

「シロウ、とにかく外の状況を教えて」
「オーケー。はっきり言って異常事態だ。今、ジョン兄を中心にエンジニアが総がかりで対処に当たっている。ただ、まだ原因の究明と対策には時間が必要だね」
「まさか私達を見殺しにする気じゃないでしょうね?」
 苛立ち気味に問うのは、シェリーと名乗る月面系アメリカ人の若い女性だ。私とほぼタメの彼女にシロウが返答する。
「心配しなくていい。何かあればこの回線で連絡が取れる。ただ、裏コードで入ってるから限界がある。皆には何とか粘って時間を稼いで欲しい」
「おいガキ。一体、何時間粘らせるつもりだ!」
 アキムと名乗る火星系のロシア人サイバーファイターが乱暴に声を荒げる。銀髪青眼のこの男は、いかにも短気といった風体で不満な気持ちを隠さない。
 これにシロウが時間を提示した。
「三時間、それで何とか復旧できると思う」
 ――三時間……。
 私達はその時間を言い聞かせる。果たしてそれまでこの砦が持つのか――皆の気持ちが萎縮する中、ゲレオンが声を張り上げた。
「皆、聞いた通りだ。全員でこの砦を守る。防御策を立てよう」
 ゲレオンは建屋の図面を広げるや、一つ一つ指示を下していく。現役の軍人だけあって、その辺は手慣れたものね。残された武器を考慮しつつ、適材適所にメンバーを配し防御体制を整えていった。
「ファランクス迎撃装置が四機、狙撃銃が二丁ある。屋上に設置し、スナイパーを配置しよう。狙撃手はシェリーとソロ、あと裏手の守備をアキムに任せたい。武器はマグナム、ベレッタ、トカレフ。だが、あいにく弾薬が足りない。無駄弾は撃つな」
 矢継ぎ早に下すゲレオンの指示の下、各々は武器を取り配置につく。ちなみに私はゲレオンの補佐だ。地図を睨むゲレオンにこそっと率直な問いを投げた。
「ゲレオン。アンタ、本当は自信の程はどのくらいあんのよ?」
「ほとんどねぇよ。だが、やるしかない。それよりお前の弟は大丈夫なのか?」
「心配無用よ。あれはなかなかの勝負師だからね」
「勝負師だと? どうせ連中をけしかけ仕掛けさせることで、黒幕の尻尾を掴むつもりなのだろう。陰湿な戦略家だ。違うか?」
 ズバリと本質を看破して見せるゲレオンに私は驚いた。まさにその通りなのだ。反応に困る私にゲレオンは手を振る。
「褒めてんだよ。それが狙いなら策としては、上策だしな。俺も黒幕が知りたい。しかし、ブラックバード株式会社? 法人経由で仕込みを入れていたとは、随分と知恵の回る弟じゃないか」
「えぇ、ブラックテクノロジーにアクセスするには、その方が都合がいいらしいわ」
 不意に屋上から発砲音が響く。自動撃退装置のファランクスが作動したらしい。
「くそっ、デスバードの奴らもう攻撃を始めたやがった。ブラックバード、サポートを頼む」
「オーケー、西からデスバードが十体、東にタイガーが八体。さらに裏手に別のモンスターが接近中、その数五十!」
 指揮を取るゲレオンに私は敵の陣容を読み上げていく。目下のところ、モンスターの撃退には成功しているようだ。
 四方に配置したファランクスは、上空から飛来するデスバードを次々と撃ち落とし、地上から迫り来るタイガーには、シェリーとソロが狙撃で牽制を続けている。
 ただ問題はその数。いくら撃退しても次々に増殖し、とめどなく波状攻撃を仕掛けてくるのだ。俗にいう飽和戦術ってやつ。
 防御処理能力の限界を超えた時間当たりの攻撃量に、私達の残弾が見る見るうちに減っていく。
 作戦そのものが詰み始め、もはや肉弾戦に打って出るしかなくなった矢先、シロウから着信が入った。
「姉ちゃん。いい知らせと悪い知らせだ。どっちから聞きたい?」
「いい知らせよ。何、もう復旧したの?」
「一部ね。ジョン兄によると、こっちに戻れるらしい」
 シロウの即答に皆が喜ぶ中、私はさらに問うた。
「で、悪いニュースは?」
「十八名のみ」
「何それ、全員帰れないじゃない!」
「そう。二名は残ることになる」
 シロウが告げる残酷な事実に、私はゲレオンと目配せをかわす。
「仕方がない。俺達が残ろう」
「ゲレオン。アンタ、それでいいの?」
「あぁ、誰かが貧乏クジを引かねばならんのなら、それはこの現場を指揮する者だ。シロウに伝えてくれ。皆を助けてやれとな」
 意を決するゲレオンに私はうなずき、その旨を伝える。周りのメンバーが一人、また一人とコロッセウム闘技場へ戻っていく中、ポツリと残された私とゲレオンは巧みに防衛網の維持を試みた。
 だが、いかんせん多勢に無勢だ。ついに最後の防御区画が突破され、万事休すとあいなった。銃器の弾は尽き周囲をモンスターにぐるり包囲され流石の私も観念した。
 ――私達もここまでか……。
 覚悟を決めた私達だったが、そこへシロウから急報が入った。
「姉ちゃん、何とかなるかもしれない!」
 シロウ曰く、かなりイレギュラーな方法で、ブラックバード株式会社がもつ仮装エリアをかまし、一旦、私達を別の仮想空間へと転移するとのことだ。
 私はシロウに問う。
「転移って一体、どこへよ?」
「パンドラの一筆さ」
 あっけらかんと答えるシロウに、私は思わず声を上げた。
「ちょっと待ってよシロウ、だってあそこは……」
 異議を唱えようとした私だが、突如、砦が轟音と地響きに揺れ、崩れ始めた。一帯が火の海に包まれる中、ゲレオンが言った。

「ブラックバード、どうやら迷っている時間はないみたいだぜ」
「その様ね」
 迫る危機に私は、うなずき言った。
「シロウ、頼むわ。私達をパンドラの一筆へ飛ばしてちょうだい」
「了解」
 シロウの返事とともに目の前が光に包まれ、気がついた時には陥落寸前の砦から、全く異質な空間へと景色が変わっていた。

 第八話

「ここが、パンドラの一筆……」
 光の地図らしき光景が広がる空間に私は戸惑いを隠せない。何せなりゆきでいきなり放り込まれたからね。察するに銀河を行き交う何かの物流を表している様だ。
 ここでゲレオンが誰に言うでなしに口を開いた。
「さて、そろそろありのままをお話し頂きましょうかね」
「お話? アンタ何言ってんの?」
 首を捻る私だが、背後から新たな声が響く。
「ほぉ、気付いていたとはな。流石だ」
「ダンさんっ!?」
 私は突如、現れた声の主に驚き目を見開く。
 ――コロッセウム闘技場のオーナー……伝説の格闘家がなぜここに?
 疑問符が頭から離れない私だが、ゲレオンはさほど表情も変えずに、ダンさんからの返答を待っている。
「ゲレオン、サクラ。お察しの通りだ。ここへ辿り着く者を私はずっと待っていた。君達二人をお招きできて光栄に思う」
 ダンさんは、笑みを浮かべ光の地図を指差し説明した。

「これは、我々が今、掴んでいる闇の武器ネットワークだ。君達も知っての通り、先の大戦は未曾有の破壊をもたらす一方で莫大な富を築く源泉にもなった。主導したのは軍産複合体のパンゲア・カルテル、彼らは次の大戦を目論んでいる」
 ダンさんの説明によると、彼らは銀河一サイバー武道会をハッキングし、サイバーファイターの電脳を破壊し廃人にする計画だったらしい。世論を怒りで感情的に煽り、戦争へと持ち込もういう寸法だ。
「私は何としても阻止したかった。だが、彼らの持つ強大な広域ネットワークを前にあまりに非力だ。そこで一計を案じた。敢えて彼らの描く絵図に乗りつつ、その一方でその陰謀を打ち砕く秘密のネットワークを構築しようとな。詳細は言えんが、既に組織化し活動も開始している。ウルティマ機関だ。ここはその聖地なのだよ」
「つまり、このパンドラの一筆からミスターXが率いるパンゲア・カルテルを牽制しようと?」
 ゲレオンの要約にダンさんは、うなずく。
「この一筆はただの仮想空間にあらず。銀河全体の武器ネットワークを監視できる絶好の立地なのだ」
「なるほど。で、ダンさんは俺達に何をさせるつもりなんです?」
 ゲレオンの問いに私も心の中でうなずく。ここまで仕込みを入れてきたと言うことは、それなりの目的があるはずなのだ。
 その真意を探らんとする私達に、ダンさんは笑って答えた。
「暴れろ!」
「?」
 首を捻る私に、その意を察したらしいゲレオンが補足した。
「要するにダンさんが主催するコロッセウム闘技場や銀河一サイバー武道会で大いに暴れて、パンゲア・カルテルの総帥と思しきミスターXの気を引けってことさ」
「そう言うことだ」
 ダンさんは我が意を得たりと、うなずく。
「君達が活躍すればするほど、彼らは動かざるを得なくなる。さすれば、自然とその実態も掴めよう。是非、我々ウルティマ機関を外から助けてやって欲しい」
「そんなことなら、喜んで!」
 私は溌剌とした声でその要請を受けた。コロッセウム闘技場の舞台で闘うことが、平和に貢献し世のため人のためになるのだ。サイバーファイターとして、これ以上のやりがいはない。
 対するゲレオンも、同様にダンさんへの協力を約束している。
「頼んだぞ。大いに期待している」
 私達二人から了承を得たダンさんは、満足げに笑ってパンドラの一筆から去って行った。



 さて、コロッセウム闘技場に戻った私達二人だが、観客から大歓声で迎えられた。その身を犠牲に他のサイバーファイターだけでなく、大会そのものを守ったのだからね。
 無論、そこには異兄のジョン兄も控えている。
 ――まるで救世主扱いね。
 私は苦笑を禁じ得ない。
「ブラックバード、君には救われたよ!」「怪我はないか?」
 駆けつけたソロ、シェリー、アキムらに私は笑みで応じる。一方のゲレオンは仏頂面をぶら下げ黙ったままだ。どうやら喜びを素直に表現できないタチらしい。
 察するにかなり照れているものと思われた。その後も記者会見でフラッシュを焚かれ、散々、マスコミに追い回された私達だが、真実が別にあることを彼らは知らない。
 あくまで作られた内容にそって報道されていくことに、私は意味深な笑みを浮かべ続けた。

 数日後、私はゲレオンとキューブ・ワンの場末に位置するバーで時間を共にしている。
「ようやくマスコミから解放されたわ。よくもあれだけ同じことばかり質問できるわね」
 若干、呆れ気味の私をゲレオンが笑う。
「そういう割には、まんざらでもなさげだったぜ。サクラ」
「それはアンタもでしょう。ゲレオン」
 互いにいじり合う私達だが、やがて、話題は銀河一サイバー武道会へと移っていく。今回の混乱を受けて一時中断となったものの、特別メンテナンスを経て来月に再開されることになっている。
 セカンドステージは、サバイバルモードから一転して、格闘トーナメント戦だ。ガチファイトを前に私の腕も鳴っている。順調に勝ち進めば、ゲレオンとは決勝で当たる段取りだ。
「ところでサクラ、シロウはどうしたんだ?」
「あぁ、アイツなら今、病院で点滴中よ。マスコミに煽られてすっかり調子に乗って、疲れがどっと出たらしいわ。シロウって案外、その辺がバカなのよね」
「まぁ、そう言ってやるな。今回はお前の弟に助けられたからな」
「異兄のジョン兄にもね」
 礼を述べるゲレオンに私は、複雑な笑みで応じた。その後、雑談を交わした私達だったが、そこへ緊急速報が入った。
 バーのテレビに映ったのは、パンドラの一筆の依頼主アーロンが関心を示していたヤマト社の新社長タケル・ヤマトだ。
 内容は、父であるツヨシ・ヤマトの会長解任である。どうやら力づくで最後の権力を掴み取ったらしい。
「まさかタケルが、勝ち上がるとはな」
 ゲレオンが驚きの声を上げる。と言うのもこのタケル、六男の末っ子なのた。権力闘争の最後尾に位置していたはずのこのタケルだが、その才覚で兄達を次々に謀略で貶め、若干三十歳にして権力を頂点を得たわけ。
 そこには、ムサシ組との黒い噂が絶えない。ちなみにアーロンから受けた依頼は、すでにシロウが機微に触れない範囲でレポートを提出している。
 どうやら惑星ベガス政府は、このレポートに基づいてタケルに接近し、会長の座にある父を追い出させたらしい。
「サクラ、俺は惑星ベガス・トキオ区のことは詳しくないが、この男は気をつけた方がいいぜ。やり手だが、手口がヤバい」
 ゲレオンの忠告に私はうなずきつつ、テレビで演説するタケルに複雑な視線を投げかけ続けた。

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