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コミpoとAIによる挿絵小説(1)

 3Dキャラソフト『コミpo!』と画像生成AI『Midjourney』による挿絵小説です。

【あらすじ】
 サクラ・ライアンは銀河上のサイバー空間で人気の格闘技大会にエントリーする上位ランカーだ。子供ながらに税理士資格を有する天才の弟シロウと、闇の仕事を凌ぎとしているのだが、謎の案件をめぐり巨大な陰謀に巻き込まれていく。
 銀河を戦争に巻き込まんと暗躍するミスターXに対し、その阻止を目論む闘技場オーナーのダン・シエルやファイター仲間のゲレオン達と奮闘するサクラ。
 だが、このミスターXの意外な正体と、その目的を知り衝撃を受ける。何とか難を逃れたサクラは地球へと逃れるや、仲間を再結集し、この真の敵との戦いに赴くのだった。

 第一話

 華麗なる我が一族を紹介しましょう。まずは私、サクラ・ライアン十八歳。間違って女に生まれてしまった男勝りの格闘娘よ。空手、ムエタイ、合気、カポエラ、闘う系ならなんでもあり。
 球技もいいけど、生身の拳でガチに殴り合う格闘技の方が戦う相手とぶつかる距離感ゼロで私向き。勝ち負けもハッキリ見えるしね。自慢の身体能力で……え、オツム? や、そっちはちょっと触れないで。
 正反対なのが弟のシロウ・ライアン、十五歳。すでに大学を卒業し税理士の国家資格まで持つ超エリート。病弱で運動音痴だけど、それを感じさせない気の強さは、じゃじゃ馬でなる私以上ね。正直、大したものだと思ってる。生意気なのがたまにキズ。

 〈動〉の私に対し〈静〉のシロウ――肉体派と頭脳派で相反する私達だけど共通点もある。どちらも無類の負けず嫌い。そんな勝負師としての一面が如実にあらわれるのが、頭の格闘技と名高いチェス。
 本能に任せ反射神経で打つ私が血に飢えた狼なら、理詰めと戦略で迫るシロウは羊の皮をかぶった狼ね。対戦成績もほぼ五分で、チェス盤には負けた側がぶつけた怒りの傷跡が痛々しく残っている。
 こんな感じで各々のフィールドで才覚をもって生まれてきた私達姉弟だけど、実はある偉大な資産家の隠し子だ。その事情は追々語るとして、今は姉弟二人で細々と暮らしている。居を構えるのは、第二の地球と名高い惑星ベガスのトキオ区。
 宇宙進出を果たし銀河に活動拠点を広げる人類だが、どんなに進歩を遂げようとも日々の営みは変わらない。先立つものはカネである。毎月、送られてくる謎の仕送りで生計を立てているんだけど、正直、それでは足んないのよね。
 で、始めた凌ぎが惑星ベガス政府から来る闇のお仕事。ヤンキー、チーマー、ゾッキー、ヤー公、ヤクの密売人から外国のスパイと、あらゆる脅威からこの惑星ベガス・トキオ区を守っている。
 決して表に出ないヤバい案件ばかりだし手を汚すこともあるけど、それなりのカネになるし、やりがいもある。惑星ベガス・トキオ区の平穏は、私達姉弟の双肩にかかっているってわけ。
 今日も依頼人がシロウの営む税理士事務所に来る手筈になっている。
「それにしても、遅いわね。予定の時間、過ぎちゃってんじゃん」
 チェス盤を前にボヤく私だが、それをシロウは人差し指でチッチッチと振ってみせる。
「甘いね。姉ちゃんは佐々木小次郎タイプだ」
「誰よそれ、アンタのダチ?」
「違う。巌流島で宮本武蔵に敗れた剣士! こんなことも知らないなんてて、ホントに姉ちゃんはバカだよね」
 チェス駒のクイーンを手に嘲笑うシロウに私は「悪かったわね」と鼻を鳴らす。要するに敢えて遅れて焦らして苛立たせるのも作戦のうちって言いたいらしい。
 だったら初めからそう言えばいいのに、もったいぶるのがシロウの悪い癖。ただ本人はさほど悪気を感じていないようで、本業の税理事務を放り出してチェスに勤しんでいる。
 かくいう私も、ここでは来客にお茶でも淹れるくらいしかやることがない。実際、弟が稼ぐ凌ぎの方がデカいしね。ただなんというか女の勘? 危機察知能力は私が上。
 そのセンサーが今、ピンと働いている。
「シロウ」
 小声で囁く私にシロウも気付いたらしく、扉に視線を走らせた。ノックとともに現れた男――それは今回の依頼人だった。

「ヤマト社絡み、ですか?」
 聞き耳を立てるシロウの傍らで私は、アーロンと名乗る依頼人を観察する。歳は四十半ばを言ったところ。何と言うか……腹黒タイプ? 痩せこけた顔といい、カネに濁った目といい、いかにも一癖ありそうな感じ。しかも、話が胡散臭い。私の危機センサーが反応しまくりだ。
 ちなみにこのヤマト社とは、惑星ベガス・トキオ区で一二を競う財閥なのだが最近、代替わりしたばかりだ。新社長の座についたオーナーの息子・タケルだが、何かと黒い噂が絶えない。
 ――流石に、この案件は断った方がいいんじゃない?
 アイコンタクトを送る私にシロウも気付いたらしい。断りの返事を口にした。
「アーロンさん。申し訳ないですが、この話は……」
「無論、相応の支払いは用意させていただく。今すぐキャッシュでね」
 アーロンは携帯端末を取り出すや、私達の前で前金の五万ギルを送金してみせた。すぐさまシロウが立ち上がる。
「いやぁ。是非、お受けしましょう!」
「オーケー、契約成立ですな」
 カネを前にコロリと態度を豹変させ、アーロンとガッチリ握手を交わすシロウに、私は呆れてものが言えない。
 ――この守銭奴め。
 去って行くアーロンの背中を見送った私はシロウをなじる。
「大丈夫なのシロウ? アンタね、本当にヤバくなったら、どうすんのよ」
「大丈夫さ。要は仮想空間上にある土地がらみだろう。正面路線に二以上の路線価が付されているだけ、加重平均で補正率を加味して算出すれば……」
 シロウは計算機を叩き評価額を割り出すや、一定の比率で割り戻し時価を算出する。
「ま、計算上はこんなところか。あとは実地調査だ。姉ちゃん、行こう。ダイブだ」
 返事を待たずに一方的に話を進めるシロウに、私は振り回されっ放しだ。まぁ、いつものことなんだけどね。仕方がない。これも仕事のうちよ。
 割り切った私は、シロウが放り投げるVR機器をキャッチするや手慣れた動作で頭に装着する。リクライニングチェアに腰かけ深呼吸の後、スイッチを入れた。その途端、私の意識はVR機器によって取り込まれ、目の前に緑色のサイバー都市空間が広がった。

「オッケー。成功よ!」
 私はシロウと互いのダイブを確認するや、さらに意識の深層へと降りていく。やがて、緑一色だった空間はカラフルに彩られた仮想空間キューブ・ワンへと変わった。

 仮想空間キューブ・ワン――それは銀河上のユーザーが集う電脳空間上の一大バーチャル都市だ。ここでは、何億キロ離れた相手とも(肉体的な接触ではないが)擬似的に会う事ができ、言語は瞬時に翻訳され、独自のデジタル通貨ゼニーで多様なサービスを受けることが出来る。
 まさに銀河上のあらゆる企業が出店し活況を呈すサイバー空間のキューブ・ワンだけど、特に人気なのが〈コロッセウム闘技場〉と呼ばれる賭博ファイト。
 ユーザーは、エントリーされたサイバーファイターの対戦を観戦し、勝敗を賭けることが出来る。かく言う私も選手登録済みで、上位ランカーに名を連ねている。
 で、今回の依頼に話を戻すと、このコロッセウム闘技場近辺にある所有者不明の空き地がらみなんだって。
「こんないい場所がねぇ」
 問題の空き地を前に唸る私にシロウが続く。
「コロッセウム闘技場第二区再開発計画で、ヤマト社がこの一帯を地上げさせているんだけど、この空き地のみがネックになってるらしい」
「それを何とかしてくれって話よね。仮想空間の地上げか。一体、どうすんのよ?」
「決まってるさ。その道の権威を当たる」
「え、それってまさかジョン兄に?」
 思わず声をあげる私にシロウはうなずいた。このジョン兄とは腹違いの異母兄弟で、三十路ながらにして、このキューブ・ワンを考案し、一大ビジネスに仕立て上げた仮想空間におけるテクノロジーの権威だ。議員の母と、世界的投資家の父をもつ期待のサラブレッドでもある。
 なお、この父の妾が私達姉弟の母なのだが、実は遠戚ながらも地球共栄圏の皇族にあたる。まさに華麗なる一族、チェスの駒を配すが如く政・財・皇の要所に人材を輩出した私達一族の訳ありな偉大さが分かっていただけたかしら?
 さて、依頼の案件を解決すべくキューブ・ワンの一角でジョン兄と接触した私達は早速、依頼の案件を持ちかけた。
「ほぉ、仮想空間の地上げねぇ……」
 ジョン兄は神経質そうな眼差しで、問題の案件が記された電子ペーパーに目を走らせる。何と言ってもこのキューブ・ワンの草分け的存在だ。当然、何らかの情報を持っているものと手掛かりを期待した私達だったのだが、その期待は淡くも消え去った。
 ジョン兄の顔が見る見るうちに血相が変わったのだ。
「サクラ、シロウ……この案件、一体どこからだ?」
 ジョン兄の問いにありのままを晒す私達だが、その説明が終わり切らないうちに話は打ち切られた。
「二人とも、悪いことは言わん。この案件にだけは触れるな」

「え……」「一体、なぜ?」
 疑問に駆られる私達だが、ジョン兄は「ノーコメントだ」とかぶりを振り、それ以上語ることはなかった。
 逃げるようにキューブ・ワンからログアウトし消え去ったジョン兄に、私達は困惑しきりだ。
「何だろうねあれ。参ったわ。シロウ、どうする?」
「それを今、考えているんだよ」
 邪魔をするなとばかりに私を黙らせ、顎を手に思案するシロウ。まぁ別に、ヘッドワークはシロウに任せっきりだからいいんだけど、それでもやっぱり勘が働く。
 ――おそらくこの案件、コロッセウム闘技場の銀河一サイバー武道会が絡んでいるわね。と言うことは……。
 嫌な予感を覚えた私は、チラッとシロウをうかがうとその顔に悪戯っ子の笑みが広がっている。どうやら予感的中らしい。
「姉ちゃん。今回の仕事、この手で行こうと思う」
 こっそり策を囁くシロウに私は、声を上げた。
「シロウ。アンタ、それ本気で言ってる?」
「もちろんさ。期待してるよ。姉ちゃん」
 片目をつむって肩をゴツくシロウに、私は呆れて言葉が出なかった。

 第二話

「全く、シロウの人使いの荒さにはまいるわ」
 嘆く私は今、ジムでサンドバッグを相手に鬱憤を晴らしている。シロウの要望――それは来週に迫るチャンピオンのゲレオン戦に勝つこと。
 先に述べた通り、私はコロッセウム闘技場のサイバーファイターで上位ランカーだ。惑星ベガス・トキオ区では無敗の怖いもの知らずだったんだけど、やっぱり銀河は広い。上には上がいるものね。その筆頭がゲレオンという、現チャンプで私よりやや目上の男。
 一度、対戦したけど、そこでの敗北は私にこの上ない屈辱とトラウマを植え付けた。
 奴のファイティングスタイルを一言で評すと〈挑発〉よ。散々、煽ることで相手から冷静さを奪い、熱くさせてペースをかき乱し返り討ちにする。
 その餌食となった私は散々いいようにあしらわれ、たっぷりいたぶられた上でマットに叩きのめされた。まさに完膚なきまでの敗北よ。
 闘う心をもっとも奥深い芯からへし折られた私はあの日、人生で初めて人目も憚らずリング上で号泣した。今でもあの悔しさは忘れられない。夢にまで出てくるほどだ。
 で、そのゲレオンなんだけど、あろうことか今度はこの私をかませ犬に対戦を要求してきたのよ。
「もう、参ったわ」
 私は頭を痛めている。短気でせっかちなだけに、心の奥底に土足で踏み込み尊厳を踏みにじる奴のファイティングスタイルを許すことが出来ない。まさに相性最悪の苦手相手よ。
 もっともシロウに言わせれば、これは返り討ちにして名を売る絶好の機会となる。勝ってコロッセウム闘技場出資者である伝説のファイター、ダン・シエルの関心を引き、この案件の解決に持ち込もうというわけ。
 ――簡単に言ってくれるわ。
 ボヤく私だけど、実はちょっとほのかな期待も抱いている。だってあのダンさんよ。あんな素敵な人の関心を引けるなんて、これ以上の栄光はないわ。
 ま、そんな事情で目下、ゲレオン戦に向け最終調整中。ちなみに真っ昼間にも関わらず傍らで酒に溺れているのが、私の師匠。
「師匠、シャドウと打ち込み、終わりましたよ」
 大きな声で報告するものの、師匠に動く気配はない。

 この師匠、酒と女をこよなく愛し、セクハラが絶えず年中飲んだくれのどうしようもないジジイなんだけど、腕だけは確かなのよね。
 出会ったのは幼少の頃でキッカケはテロ。人生でもあれほど怖かったことはない。
 まさに腰が抜ける、という表現がピッタリで狼狽のあまり死を覚悟した私だったんだけど、師匠はあろうことか完全武装のテロリスト達に臆することなく、逆に素手で一網打尽に叩きのめしてしまった。
 あれはマジで痺れたわ。で、この治五郎を師と仰ぎ弟子として今に至る。とは言え特段の指導はない。
 教えてくれるのは、正しいか間違っているかの結果だけ、あとは自分で考えろ――これが師匠の方針らしい。
 ま、その賜物なのかは不明だけど、とにかく考える癖だけはついた。
 ――さて、どうするか。
 ジムでノート端末を広げながら私は、ゲレオン戦をシミュレートしていく。蘇るのは、あの散々たる敗北の記憶だ。奴は私に拭い切れないほどのコンプレックスを刷り込んだ。
 おかげで私はいくら研究しても、勝つイメージが湧かない。
 ――何か方法はないものか。
 頭を痛める私だが、そこへ空になった酒の容器が転がってきた。
「またですか師匠? アル中になりますよ」
 呆れ気味に師匠の身を案ずるものの、返事はない。黙って無くなった酒を買ってこいと言うことらしい。
 やむなく私は容器を手に市場へと出向いた。その間もゲレオンのことが頭から離れない。シロウからのプレッシャーもあって、いい方法を探り続けながら酒を買い戻ってくると、師匠が私のノート端末の前に座っている。そこで頭を下げこう言った。
「スマン。データを全て消してしもうた」
「はぁ!?」
 いかに師匠が相手とは言え、私は憤りの声を上げざるを得ない。ノート端末には、ゲレオン戦に備えあらゆるデータが大切に保存されている。それをこの飲んだくれの師匠は、抹消してしまったという。
「ちょっと師匠、分かってます? 試合は来週なんですよ!」
「うむ、スマンのぉ……」
 それだけ言うや、師匠は黙り込んでしまった。私は呆れてものが言えない。仕方なくノート端末を開き直し、一からデータを復旧させていく。
 ――もう、やってらんないわ。
 ぼやきの止まらない私だったんだけど、ふと復旧の過程で一つのデータに目が止まった。それはあまりに初歩過ぎて見向きもしなかったんだけど、明らかにゲレオンに有効な手立てが隠れていた。
 まさに暗闇に一筋の光明が差した瞬間、私は瞳をキラリと光らせる。
 ――これ、うまくやれば何とかなるかもしれない。もしかして師匠、暗に私にこれを……。
 チラリと師匠をうかがった私は、すぐさまその可能性を否定した。どうやら思い過ごしらしい。何てったって酒で居眠りこいているんだからね。
 師匠のイビキが響く中、私はこれまで講じてきた対ゲレオン戦の策をすべて捨て去り、突貫で新たな策に練り直し始めた。幸い切替は早い方よ。
 ――待ってなさいゲレオン、目にもの見せてやるわ。
 ふつふつと湧く闘志を胸に、私は奴へとリベンジを誓った。

 第三話

 試合の日がやって来た。キューブ・ワンにダイブした私は、熱気を帯びるコロッセウム闘技場で師匠とセコンドのシロウを傍らに、出番を待っている。この緊張と不安が入り混じる時間だけは、いくら経験しても慣れないわね。
 ちなみにこのサイバーファイトだけど、あくまで仮想空間上での電脳バトルであって、実際の肉体を伴うものではない。
 ただ、対戦で相手に与えた打撃はヒットポイントとしてカウントされ、やられた側は電気信号化された疑似的なダメージが苦痛情報として電脳に刻まれる。
 つまり、血こそ流れないものの痛みは伴うの。死者が出たこともあったしね。その辺、シロウにも分かって欲しいんだけど、本人が気をかけてくれる気配はない。
「姉ちゃん、分かってる? この試合に勝って……」
「出資者のダン・シエルさんと繋がりを持つって話でしょ。分かってるわよ。それよりシロウ。もし勝ったら、そこからはアンタの仕事だからね」
「ふっ、もちろんさ。ボクは天才だからね」
 相変わらず意味のない自慢をひけらかすシロウにうんざりな私だけど、そこで合図が入った。
 ――さぁ、決戦だ。
 私は頬を平手でパンっと弾いて気合いを入れると、師匠とシロウを引き連れコロッセウム闘技場のリングへと乗り込んだ。
 互いを紹介するアナウスの後、私はリング上でゲレオンと対峙する。奴の装いは軍に属するだけあって、迷彩仕様だ。
 対する私は黒一色。所詮、私は半汚れ――そんな自虐と覚悟で決めたナリなんだけど、いつしか〈ブラックバード〉というリングネームが定着してしまった。
 ここで早速、ゲレオンが挑発を仕掛けてきた。
「ブラックバード、キミは運がいい。この私のかませ犬になれるのだからね。光栄に思うことだ」

 陰湿に笑って見せるその顔には「惑星ベガスの女如きがリングに上がるな」と侮る心のうちが透けて見えた。 
 そんなゲレオンを私は下から睨みつける。
「ゲレオン。チャンプかなんだか知らないけど、以前の様にはいかないわ。覚悟することね」
「おいおい、キミは本気で私に勝とうというのかね。惑星ベガス出身者如きが大それたことをいう」
 暗に地球出身者であることを鼻にかけるゲレオンのニヤケ面に、私は怒りを隠せない。しかもその目つき、まるで全身を舐まわすようで生理的な嫌悪感すら覚えた。
 ――私は勝つ。相手がチャンプであろうと、こんな奴のかませ犬になんかならない。
 意気込む私だけど、一度染み付いてしまった負け癖というのは、簡単には払拭できないらしい。策を秘めているとはいえ、本人を前にするとあの敗北のトラウマや苦手意識が、ありありと蘇ってくる。
 さらに厄介な事にゲレオンという男は、その匂いを独特の嗅覚で感じ取ることが出来るらしい。早速、私を脅してきた。
「さて、ブラックバード。いかにして料理してやろうか。タコ殴りがいいかい。それとも半殺しかね」
「ふざけないでっ!」
 思わず声を荒げる私だけど、所詮はハッタリ。見かけ上は堂々と対峙してみせてるけど、心の奥底では蛇に睨まれた蛙の如く身をすくめてしまっている。
 それを知ってかゲレオンの顔がニッタリとした笑みに溢れている。瞳の奥には妖しい光が灯り、その目はまるでエサである獲物を前にした猛禽類の如く、一度捉えたら離さない鋭さがあった。
 やがて、ゴングが鳴るや互いに拳を突き合せ、私達はバトルに突入した。慎重に間合いをはかる私だけど、ゲレオンは大胆にもノーガードで手招きし挑発して見せた。
「ほら私はここだ。かかって来たまえ。それとも怖いのかね。レベルの低い惑星ベガスちゃん」
「上等よっ!」
 カチンときた私は目を細めるゲレオンに攻めかかる。ただ気負うあまり、体がガチガチに固まってパンチに力がのらない。
 対するゲレオンは、前のめりな私の攻撃を軽やかなフットワークでかわしつつ、要所要所で的確に打撃を加えポイントを稼いでいく。短気な私の神経を逆なでしながらね。
「何だそんなものかね。惑星ベガス・トキオ区のレベルなどたかが知れたものだ」
 ――悔しいっ……。
 頭に血が上った私は、うまく感情をコントロールできない。
「姉ちゃん。熱くなったらダメだ。しっかり!」
 リング下からシロウが叫ぶものの、気がつけばすっかりゲレオンの術中に嵌まっていた。
 ――くそっ、このままじゃ以前の二の舞だ。
 ダメージが苦痛情報となって着実に加算されていく中、焦燥にかられた私の耳にゲレオンの一言が突き刺さった。それは、寸鉄人を刺す強烈な一言だった。
「所詮、親に捨てられた子だ。哀れなものだな。同情するよ」
 これに私の頭は真っ白になった。怒りに震えゲレオンの懐に踏み込む私だが、その視野からゲレオンのニヤケ面が消える。
 ――しまったっ……。
 慌ててガードを整えた私だけど、時すでに遅し。気が付けば無防備にさらされた私のボディーに、狙いすました奴のストレートが突き刺さっていた。たちまち腹部へのダメージが苦痛情報として信号化され電脳に走る。
 それは内臓にえぐり込むような凄まじい一撃だった。
「うげぇっ……」
 混乱とともに地獄の苦しみが私を襲う。
 ――息が……出来ない……。
 あまりの苦悶に私は背中を丸め、腹を抱え込む。満足げな笑みを浮かべるゲレオンと入れ替わるように、膝から崩れ落ち奴の足元に転がった。
 またやってしまった。完全に以前の二の舞だ。私は苦悶に喘ぎながら己の愚かさを呪った。レフリーのカウントが進む中、ダウンを喫した私にシロウの声が響く。
「何してんだよ姉ちゃんっ! 早く立って!」
 早くも敗色濃厚な私だが、ゲレオンはマットにうずくまる私をニヤニヤと見下ろし、罵声を浴びせる。
「クックック……お前ら惑星ベガス人など、虫ケラ以下だ!」
 さらにあろうことか、その足で女である私の顔面を踏みにじってきた。まさに外道下劣、異常な陰湿さだ。どこまで人の尊厳を傷つければ気が済むのか。

 レフリーの注意を受け離れはしたものの、奴に反省の気配はない。対する私は屈辱に塗れ、怒りにワナワナと手の震えが止まらない。
 ――許せないっ!
 悔しさに唇を噛み締めつつ、ゆっくり立ち上がりファイティングポーズを取った。だが、受けたダメージは深刻だ。一方のゲレオンはどこまでも冷徹で、トドメを刺さんと私を巧みにコーナーへと追い込んでくる。
 ――やられる……。
 敗北を覚悟した矢先、ゴングが鳴った。ゲレオンは私の目の前に突き出した拳から人差し指で私の額をピンっと弾き、嘲笑った。
「フッ、ゴングに救われたな。惑星ベガスちゃん」
 余裕の表情を浮かべながらゲレオンが去って行く中、私は心身ともにボロボロになってコーナーへと戻る。待っていたのは、セコンドを担うシロウの怒声だ。
「姉ちゃん、何やってんのさ! あんな目にあわされて悔しくないの!?」
「悔しいに決まってるでしょう!」
 私は、ままならない感情をシロウにぶつける。不甲斐なさに憤りを抑えられない。
 ――情けない……。
 これ以上はない屈辱に涙まで滲みませた私だけど、そこではたと師匠がいないことに気がついた。
「シロウ、師匠は?」
「え……や、それが「飽きちゃった」とか言って、キューブ・ワンをログアウトして帰っちゃってさ……」
「はぁ!?」
 思わず私は声を上げる。弟子の試合中に師が帰るなど聞いたことがない。いかに無様な試合運びをしてしまったとは言え、それはあまりにふざけ過ぎだ。
 ――冗談じゃないわ。
 我に帰った私に闘争心の火が灯ったのは、この時だ。いわゆる〈ハートは熱く、頭はクールに〉だ。すぐさま心を入れ替えた私は、ゴングとともにゲレオンへと襲いかかった。
 見事に気持ちをチェンジし、ギアまで上げる私にゲレオンは、明らかに動揺を覚えている。けど、そこは現チャンピオン、巧みなフットワークで見事に私のラッシュを捌き切った。
「さぁ、ブラックバード。おネムの時間だ」
 カウンターを合わせようとしたゲレオンに私は、ほくそ笑む。
 ――来たっ!
 それは師匠にデータを消された後に気付いたゲレオンの妙なクセだ。それをゲレオンは試合中に必ず一回は出すのだ。こうなればしめたもの。この一回あるかないかのチャンスを確実にものにするのが、私のファイティングスタイル。
 ――ここだっ!
 私は半身を切ってゲレオンのカウンターを見切るや、一気に踏み込み一撃必殺のとび膝蹴りをかました。この滞空時間の長いとび膝蹴りこそ、私が〈ブラックバード〉と呼ばれる所以だ。

 流石のゲレオンもこれは予想外だったらしい。顔面に炸裂した私の膝を受け、たちまちマットに崩れ落ちた。
「よしっ……」
 私は思わずガッツポーズを作る。この展開に会場のキューブ・ワンは、大いに揺れた。入り混じる歓声と悲鳴の中、ゲレオンがユラユラとふらつきながらも立ち上がる。
「惑星ベガス人如きが、小癪な……」
 こちらを睨みつけてくるゲレオンに私も睨み返す。
 ――あのダメージから立ち上がるとは……流石はチャンピオンね。
 再び対峙した私達は、闘いへと戻る。理屈から入るが最後は根性が決める――以前、そうつぶやいた師匠だけど、奇しくもその言葉通りとなった。
 まさに意地と意地のぶつかり合い。互いに手を打ち尽くし、後はどちらの勝気がまさるかという死力を尽くした闘いへと傾れ込む。
 その死闘を制したのは、私だった。終了間際に放ったハイキックがゲレオンの首に絡みつく。この一撃にゲレオンはマットに沈み、立ち上がることなく試合は終わった。
  ――勝ったっ!
 拳を突き上げる私だが、死闘に昂る感情のあまり、緊張の糸がプツリと切れ意識を失ってしまった。



 どれほど時間が経過しただろう。はたと目を覚ました私の前に思わぬ人物が、優しげな笑みを浮べている。そう。伝説のファイターにしてコロッセウム闘技場のオーナー、ダン・シエルさんよ。
「ダンさんっ!」
 憧れの人物を前に思わず上体を起こそうとする私だが、それをダンさんが手で制す。その傍らからシロウが、腕を組んで鼻高々に言った。
「言ったろ、姉ちゃん。勝ったら話はつけるって」
「サクラさん、話はシロウ君から聞かせてもらったよ。確かにあそこには、所有者不明の空き地がある。ヤマト社のタケル新社長の件もある。協力しよう。君の将来性も兼ねて、ね」

 もーステキっ! 静かに微笑むダンさんに私ったら、感極まって泣いちゃった。その後、去っていくダンさんを見送った私にシロウが言った。
「姉ちゃん、これでこの案件はかなり進む。それだけじゃない。チャンプを張るあのゲレオンに勝っちゃったんだ。銀河一サイバー武道会のシード権入りだ。で、相談なんだけどさ……」
「税金?」
 私の応答にシロウが苦笑気味にうなずきつつ、一つの提案をした。
「姉ちゃん。法人を作ろう。ファイトマネーを管理するマネジメント会社だ」
 熱く語るシロウに私も異論はない。もっともこの会社が銀河を大波乱に導く事になろうとは、このときは露ほども思っていなかったのだけど。

#創作大賞2024 #オールカテゴリ部門

(1)https://note.com/donky19/n/n84d7f935b54d
(2)https://note.com/donky19/n/n34c8be88773f
(3)https://note.com/donky19/n/n7b79f7d07618
(4)https://note.com/donky19/n/n2b4f4aa0aa67
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(6)https://note.com/donky19/n/n284ca759eb00
(7)https://note.com/donky19/n/nd8d550ab43ce
(8)https://note.com/donky19/n/n882d9663cdb1
(9)https://note.com/donky19/n/nbe0a9637fc64

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