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コミpoとAIによる挿絵小説(5)

 第十五話

 ドロシーとオズの逮捕から数日後、私は惑星ベガス・トキオ区のウルティマ機関を調べている。
「ここも、か……」
 私は、もぬけの殻となった雑居ビルの一室に舌打ちする。本来ならば、ウルティマ機関の事務所がなければならないはずなのだ。
 無論、一時的な閉鎖状態はありうる。だが、調べる限りことごとく実態がない。状態としては明らかに異常だった。
 ――戦争を生業とする軍産複合体パンゲア・カルテル、これに対抗すべくダンさんが設立したウルティマ機関……のはずなのに。
 私はリストをバツ印で消しながら、携帯端末でシロウと連絡を取る。
「シロウ。こっちは、さっぱりよ。アンタの方はどうなのよ?」
「同じさ。惑星ベガス・トキオ区にウルティマ機関なる存在を証明出来るものは何もない。一体、どうなっているんだか……」
 困惑気味に返答するシロウに、私は頭を働かせる。
 ――今、開戦への機運は大いに削がれている。けど、その根底で何かが蠢いている気がしてならない。嫌な予感がする。
 胸騒ぎを覚える私だが、その活路を見出す手段がない。唯一の手がかりと思しきドロシーとオズのひょっとこ姉弟は、監禁状態に置かれ接触も固く禁じられている。
「もはや詰み、か……」
 シロウとの通話を終えた私は、調査を切り上げるべく部屋を出る。そこで、ふと気配を感じ振り返った。
「誰!?」
 声をかけるものの返事はない。
 ――気のせいか……。
 私は首を傾げつつ、雑居ビルを後にした。



 キューブ・ワンでは目下、コロッセウム闘技場で多大な功績を残したダンさんを偲んで、銀河一サイバー武道会と並ぶ新たな大会が企画されている。その名も〈ダン・シエル杯〉だ。
 対立は礼節で和ごす――これがダンさんの格闘哲学だ。その理念を共有すべく、銀河を股にかけて開催されるのだが、魅力的なのはその賞金だ。
「五千万ゼニーか……」
 私は取らぬ狸の皮算用を働かせる。目下、賞金ランニングのトップを独走するゲレオンだが、もしこの大会で優勝できれば、一気に肉薄出来る。
 賞金ランキングトップの座も見えてこようというものだ。ゲレオンもそれは重々承知のようで、私達をさらに突き放すべくエントリーを表明済みだ。
 無論、私も同様だ。大会を制すべくジムで酔っ払いの師匠を傍らに日々、研鑽を重ねていた。そんな中、意外にも師匠が声をかけてきた。
「サクラ、話がある」
「え、酒ですか? それなら……」
「いや、酒はいい。ついてきなさい」
「はぁ……しかし、どこへ?」
 問いかけるものの、返事はない。私は訳が分からないながらも、師匠の後に続く。向かった先は、惑星ベガス・トキオ区でも有数の狩猟区だった。
「自然界とは素直なものだ。脅威を察し、身を隠す術を持っている」
 目を細める師匠の先には、群れで逃亡を試みる野鳥達の姿があった。師匠曰く、この自然界は今、何かに身構えているらしい。
「サクラ、自分を殺しに来た者と友人となることは出来るか?」
「え……合気の対すれば相和す、ですか?」
「うむ。真正面からぶつかるのでなく、相手が戦意喪失できるように、気持ちを外してやる。そのために基本がある。だが、これはあくまでも原則であって、各々の体質に合った体勢には叶わない。それは教えられんし、自分で見つけるしかない」
「はい、それでどうせよと?」
 私の問いに対する師匠の答えは、短かった。
「三日やる。ここで生き残れ」
「えぇっ、猛獣が蠢くこの一帯でですか!?」

「いかにも。よいな。三日後、生きて会えることを望んでいる」
 それだけ言うや、師匠は去って行った。一方、残された私としては、溜まったものではない。いきなり猛獣が縄張り争いに明け暮れる一帯のど真ん中に放り込まれたのだ。
 ――マジで勘弁して欲しいわ。
 嘆く私だが、その一方で師匠が言わんとする心中も察している。おそらくこれが最終試験だと言うことだ。
 そこには、己の死期を悟った師匠の焦りらしきものが感じられた。私は腕時計をきっかり三日後にセットする。
 ――これを乗り切って私は、戦士になる。最強のサイバーファイターを目指すのだ。
 意を決した私は三日間の戦いに備え、神経を研ぎ澄ましていった。

 第十六話

 試練初日、私は空きっ腹を抱えながら狩りへと赴く。武器は己の肉体のみ。猛獣の脅威を肌身で感じつつ、小動物を求め食べ物を漁った。
 生態系の頂点に君臨する人類だが、ここでの私はただの獲物に過ぎない。
 ――いかに騙し凌いでいくか。まさにタヌキとキツネの化かし合いね。
 ヒリヒリする緊張感の下、私は水で空腹をごまかし小動物や昆虫で飢えを凌いでいく。そこで感じたのは、この狩猟区を牛耳る主の存在だ。
 どの動物もこの主を意識しているようなのだ。私はこれを警戒するとともに、密かに付け狙っている。
「主をやれば、他の動物は私に付き従うはずだ」
 私はその居場所を突き止めるべく、ひたすら観察を続けた。必要は発明の母とはよく言ったもので、至る箇所に罠を仕掛け主を追っていく。
 二日目の後半、ようやくその存在を確認することが出来た。草むらに身を隠しながら遠目にうかがう私だが、そこにいたのは、他の動物とは一回りもサイズの異なる巨大白虎だった。
 ――あれが、ここの主……。
 私は思わずその勇姿に見惚れてしまった。同時にこの巨大白虎をいかにして仕留めるか、頭を働かせている。
 やがて、算段がたったところで意を決し、私はその身を巨大白虎の前に晒した。たちまち咆哮を轟かせる巨大白虎に、さしもの私も震えが止まらない。
 ――まずは撹乱よ。
 私は巨大白虎を横目で捉えつつ、ダッシュで側面へと回り込む。

 だが、そこは主だけあって、素直に横腹を捉えさせてくれない。
 互いに駆け引きを演じつつ、私はジワリジワリと迫っていく。
 ――おそらくチャンスは一度、あるかないか。でもこれを決めれば、私はここの主だ。
 私は一帯の生態系を平定すべく機動力で巨大白虎を撹乱した。一方の巨大白虎は、その図体にものを言わせ、凄まじい攻撃力で迫ってくる。
 パワーか、それともスピードか、私と巨大白虎の死闘はなかなか決着に至らない。苛立ちを見せる巨大白虎だが、ついにその巨体を突進させて来た。
 ――ここだっ!
 勝機を見た私は、すかさず身を翻しその突進をかわすや、逆にその額めがけて飛び膝蹴りを叩き込んだ。
 鼻っ柱をへし折る私の一撃に、さしもの巨大白虎も怯んでいる。こうなれば完全に私のペースだ。獅子身中の虫となるべく巨大白虎にまとわりながら、一発、また一発と拳を叩き込んでいく。
 ジワジワと追い詰める私に、ついに巨大白虎は戦意を喪失した。
 ――ここが頃合いか……。
 私は足を止めるや、巨大白虎の前にその身を晒す。ゆっくりと歩み寄り、巨大白虎に手を差し伸べた。
 これに巨大白虎も応じた。私の足元に頭を垂れ、従属の意思を示したのだ。まさに勝負あり、主の座が入れ替わった瞬間だ。
 自分を殺しに来た者と友人となる――師匠が求める境地に達した私の元に、成り行きを見守っていた猛獣が次々と現れ、付き従うべく集まっていく。
 私はそれを慈愛の瞳で眺め続けた。



「どうやら求める境地に達したようだな」
 三日目の刻限に現れた師匠は、私を前に目尻を下げている。
「もはやワシが授けれるものは、何もない。ダン・シエル以来の免許皆伝だ」
「え、あのダンさん……ですか?!」
「うむ。惜しい男を亡くしたものだ。だがサクラ、今のお主なら武道を正しい方向に導くことも出来よう。よくぞついて来てくれた。礼を申す。期待しておるぞ」
 それは、師匠が私に述べた初めての謝辞だった。感極まる私だが、師匠はここで思わぬ一言を述べる。それは、大会が予定されているダン・シエル杯へと忠告だった。
「参加するな……とまでは言わん。だが、真の敵を見極めよ」
「え、それってどういう……」
 首を傾げる私だが、それ以上、師匠の口から語られるものはなかった。
 これは後日談になるが、どうやら師匠はこの真の敵の正体を見抜いていたようだ。その上で、私に忠告と未来を託したものと思われた。
 もっともこの時点の私には、それが何かは分からない。ただ、このダン・シエル杯がサイバーファイトの大会を装いつつ、その裏に何か別の目論見を隠しているらしき匂いは嗅ぎ取っていた。

 第十七話

 ダン・シエル杯が近づく中、最終調整に入る私の元に一本のメールが入った。相手を見るとゲレオンである。
〈キューブ・ワンで一度、会えないか。シロウ込みで〉
 ゲレオンの申し出に、私はすぐさま応じた。
〈オーケー。明日、いつものバーで待ってる〉
〈分かった。では現地で〉
 早々にやり取りを切り上げるゲレオンに、私はただならぬ何かを感じ取っている。それはシロウも同様だ。
「姉ちゃん。このダン・シエル杯だけど、どうも様相がおかしいんだ」
 ブラックバード社を通じ、集めた情報にシロウは首を傾げている。というのも出資者にパンゲア・カルテル関連と思しき名が連なっているのだ。
 ――そもそもダンさんを亡き者にしたのは、パンゲア・カルテルだ。なのにその追悼大会になぜ?
 疑問を感じる私だが、奇妙な点はそれだけではない。大口の出資者の一人に思わぬ人物の名が入っていた。
「ジン・コスギ……って、何よこれ!?」
 思わず声をあげる私にシロウも憤りを覚えている。あろうことか実の父が出資者となっていた。
「実の娘への応援とか」
「シロウ、アンタそれ本気で言ってる? あの守銭奴に限って、そんなことは絶対にあり得ない。一体、何が狙いで……」
「分からない。とにかく明日、ゲレオンと情報を共有しよう」
 私達はともにうなずき、情報を整理した。
 翌日、万全の体制でキューブ・ワンへとダイブした私達だが、待ち合わせのバーにゲレオンは現れない。
「遅刻なんて、アイツにしては珍しいわね」
 時計を何度も確認する私達だが、そこへゲレオンから連絡が入った。着信に応じた私は、問いかける。
「どうしたのよ、ゲレオン……」
「サクラ、今すぐそのバーを出ろ!」
「え、どういうこと?」
「いいから早く!」
 ゲレオンは、ただならぬ雰囲気を醸し出しながら、一本の映像を送ってきた。それはまさに私達がいるバーを上空から眺めた映像だ。問題はその中央に刻まれた十字線に狙いが定められている点だ。
「まさか、これって……」
 事ここに至り事態の深刻さを理解した私達は、慌てて荷物を手にバーを飛び出した。その十数秒後、バーが物凄い轟音とともに木っ端微塵に砕け散った。
 間一髪で難を逃れた私達は、炎上する一帯に愕然としていると、一台の車が滑り込んできた。

 見るとゲレオンが運転席から「早く乗れ」と叫んでいる。
 ――えぇっ……またこの展開?!
 私達はゲンナリしつつ、言われるがままに車へと乗り込んだ。先日のタケル社長といい、今日のゲレオンといい、どうも車とは縁が切れないらしい。
「ゲレオン。一体、どういうことよ?」
 助手席から問いかける私に、ゲレオンはハンドルを捌きながら言った。
「俺にも分かんねぇよ。とにかく狙われてるんだ。多少、運転は荒っぽいが我慢してくれ」
 私達はゲレオンの雑な運転に振り回されながら、仮想空間を走り抜けていく。
「ちょっ……ゲレオン、アンタその運転なんとかならないの?」
「あのな。俺はモノを操縦するのが、大っ嫌いなんだ。我慢しろ!」
 安全運転とは程遠いその運転にあちこちをぶつけながら、私達は繁華街から閑静な住宅街へと逃れた。私達がほっと安堵に胸を撫で下ろす中、ゲレオンは後ろに声をかけた。
「おいひょっとこ。もういいぜ」
 トランクルームから現れたのは、なんとあのドロシーとオズ姉弟だ。驚く私とシロウにゲレオンが事情を明かし始めた。
 曰く、ドロシーとオズは何者かにハメられ、今は獄中で買収した刑務官の力でキューブ・ワンへとダイブしているらしい。
「私達は、ハメられたのよ」
 罵りの声を上げるのは、ドロシーだ。これにシロウが応ずる。
「そんなの武器商では当たり前の世界だろう。海千山千なんだから」
「あぁ、そうだ。俺達は所詮、死の商人。何とでも罵ればいい。だが、これだけは誓って言う。今、銀河の勢力図を塗り替えているのは、俺達じゃない」
 苛立ちを交えながらオズが声を荒げる。これにドロシーも続いた。
「サイバー空間の大量破壊兵器、ゼロサムはすでにキューブ・ワンの一角に収められている。私達の役割は、それを脅しに交渉を有利に進めること。だが、ミスターXはその約束を反故にした。本気でゼロサム兵器を使う気よ。すでに大戦のカウンドダウンは、始まっている」
「そうは言うけどね。そもそも前の大戦を引き起こした一因は、あなた達でしょう。その上、シロウまでさらって私を脅した」
 私の一言にドロシーはうなずく。
「えぇ、私達はそう教えられて育ったから。前の大戦では、流れた血を代償に巨万の富を築いた。けど今、進行中の企てはその全てを否定するものよ」
「サクラ、シロウ。お前達だってこの状況に置かれれば、同じことをしたはずだ。隠し子とは言え、資産家の庇護の下で育ったお前達に、俺達少年兵の気持ちなんか分からない!」
 吠えるオズに言い返そうとするシロウだが、それを私は目配せでやめさせる。ここでゲレオンが話の流れを変えるべく、問うた。
「それでひょっとこ、お前達をハメたパンゲア・カルテルの総帥・ミスターXだが、一体、何者なんだ」
「分からない。何せ急に代替わりしたからね」
 ドロシーの返答にゲレオンは、さらに問う。
「代替わりってことは、今までとは別人なのか?」
「えぇ。知らないうちにすり替わっていたのよ」
 ――すり替わる……。
 私はその言葉に首を捻った。どうやらこの一件は相当に闇が深そうである。少なくとも二人から聞いた話では、前の大戦との繋がりは見られない。
 むしろ何者かが乗っ取りを企て、一から全てを塗り替えに来ているように思われた。ここで私の脳裏に先日、タケル社長と交わした会話がよぎる。
 カネを得た後、何を求めるか――タケル社長の答えは名誉だった。史に名を刻むとまで断言した。それを念頭に私は考える。
 ――今、水面下で進みつつある陰謀は、明らかに史を塗り替えるものだ。ただ、それが可能なのは……。
 だが、ここで私の推理はストップする。それほどの業を担う人物が思い浮かばないのだ。そんな中、シロウが一人の人物の名をあげた。
 これに私達は、全員で否定の声を上げた。
「いやっ……シロウ、ちょっと待ってよ」「それは一番あり得ない」「無理だ」
 これにシロウは、ツンと澄ましながら言った。
「分かってるよ。ただ一つの可能性として言っただけ。そんなに本気にしないで欲しいね」



 第十八話

「可能性として、か……」
 ゲレオンやひょっとこ姉弟と別れた後、キューブ・ワンからログアウトした私はシロウと事務所でチェスに興じている。
 その間も頭の中はシロウの仮説でいっぱいだ。
 ――確かに飛躍はある。だが、可能なだけにタチが悪い。
 そんな私の心中を察したのか、シロウが言った。
「姉ちゃん、あくまで仮説として提示しただけだ。忘れてくれて構わないよ」
「そうは言うけどシロウ、それが真実なら私達は……いや、全人類はその人物の掌の上で完全に踊らされていることになるのよ」
「まぁね。もし仮にその可能性が事実だとして、真相に迫る方法は、ダン・シエル杯に参加することさ。それが一番手っ取り早い」
 ――確かに。
 うなずく私にシロウはニヤつきながらビショップの駒を動かし言った。
「チェック」
「あ……」
 盤上で詰みに入るシロウに私は、舌打ちする。あろうことかシロウの仮説にうつつを抜かすあまり、目の前の勝負がおざなりになっていた。
「降参?」
「いや、まだ勝負はついていないわ。長考よ。一旦置きましょう」
 私は憤慨しつつ駒の配置をそのままに、チェス盤を片付ける。本来の税務業務に戻るべく立ち上がったシロウだが、そこへ思わぬ来客が現れた。
 依頼人のアーロンだ。意外なことにジョン兄も一緒である。
 シロウが首を傾げる。
「ジョン兄にアーロンさん。一体、どうしたんですか。確かご依頼のヤマト社とタケル社長の件はレポートで……」
「えぇ、あの件ではお世話になりました。おかげさまで依頼人の政府高官も喜んでおります。今回はそれとは別件でして、その……お時間は宜しいですか?」
「あ、はい。結構です」
 同意するシロウは私と目配せの後、アーロンを応接間に通した。そこで新たな依頼に聞き耳を立てている。
「実はダン・シエル杯の事なんですが、私どもも非常に関心を抱いておりまして……ただ、何と申しますか、いくつかの点で合点がいかない」
「と申しますと?」
 聞き耳を立てるシロウだが、ここでジョン兄が、意味深な笑みを浮かべながら言った。
「ふっ、シロウ。この際、おとぼけはやめろ。すでにひょっとこ姉妹のドロシーとオズとは接触済み、違うか?」
「え、いや……」
 言葉を失うシロウにアーロンとジョン兄は構う事なく続けた。奇しくもそれは、シロウが立てた仮説と一致している。
「あの……アーロンさん。その話は政府高官に?」
「いえ、あくまで私個人として、です」
「心配するなシロウ、ここ以外では誰にも漏らしていない」
 飄々と応じるアーロンとジョン兄を前に私は、考えを巡らせる。
 ――これは、本当にあり得るかもしれない。
「アーロンさん、この件は実にナーバスだ。機微にも触れる。残念ながら調査にお応えは出来かね……」
「前金で片手」
 すかさず目の前で五万ギルを口座に振り込むアーロンに、例の如くシロウは「任せてください」と大見得を切っている。
 呆れる私だが、その一方でこの案件がどんな影響を見せていくのか、先が全く見通せなかった。
 その後、「せめてもの手がかりになりましたら」と、情報記録端末を差し出しアーロンは、ジョン兄とともに去って行った。その背中を見送った私達は早速、ノート端末に取り込んで中身を確認したものの、そこからが地獄だった。
 ――何これ……。
 絶句する私の目に止まったのはコードネーム・ジルと記された、何というか……インスピレーション? つまり、闘う上で言語化できない閃きや攻撃の選択におけるエッセンスだった。
 ちなみに、このジルを私は知っている。ひょっとこ姉弟のドロシーとオズに八百長を唆されたときに戦ったプログラムファイターだ。
 シロウにもこのヤバさが分かったらしく、目を鋭く光らせながら言った。
「これ……姉ちゃんらサイバーファイターが闘うときの頭の中だよね?」
「えぇ、それもかなり残忍なね」
 フィールドは違えど、勝負師としての側面を併せ持つ私達は、互いの意見をぶつけ合う。そこから導き出された答えは、このデータが全人類が経験してきたあらゆる戦争をデータ化したファイティング・プログラムの一端らしいという事だ。
「戦士が好む攻撃パターンを瞬時にカテゴライズする殺戮マシーンの真髄、あんたが以前言ってたブラック・テクノロジーって奴ね」
「そう。先日、地球共栄軍から漏れたサイバー空間上の大量破壊兵器、ゼロサムの一端さ」
「でも、何でそんなヤバいブツが私達の元に?」
 ここで私たちの推理ゲームはストップする。ただ、その一方でこのゼロサム兵器にゾクっとするような興奮を覚えている。沸る、とでも言えばいいのか、いかに相手を屈服させ苦しめ痛めつけるかという、勝負の世界に身を置く者なら誰しもが隠し持つ冷酷な興奮だ。
「随分とドSな案件だこと。趣味の悪いジョークの連続だわ」
 率直な感想を述べる私だけど、そこで師匠の一言が頭をよぎった。真の敵を見極めよ――確かに師匠はそう言った。その上で改めてこれまでの経緯を整理する。
 ――アーロン、パンドラの一筆、銀河一サイバー武道会、ゼロサム兵器、ヤマト社、ミスターX……。
 たちまち私の頭の中で可能性に過ぎなかった点が線となり繋がりを生んだ。確信を得た私は言った。
「シロウ。アンタが言ってた仮説、真の敵の可能性だけど十分にあり得るわ。疑問なのは、なぜ敢えて私達に手の内を晒すような真似をするのか……」
「それなら簡単だよ。要するにこれは僕らへの宣戦布告さ」
「へぇ。かかって来い、と?」
 直視する私にシロウが視線を逸らす事なく、うなずいて見せた。

 ――上等よ。ダン・シエル杯……思う存分に暴れて見せるわ。それが私達挑戦者に与えられた使命だからね。
「シロウ。アンタの方で奴らへプレッシャーを与えることは出来る?」
「出来るよ。そのためのブラックバード社であり、サイバーピースだからね。梅志会のネットワークもあるし」
「オーケー、じゃぁ頼むわ。私はダン・シエル杯で頂点をとって真の敵の正体を表に晒して見せる。作戦名は……そうね。〈悪い奴程よく眠る〉でどう?」
「ふっ、いいよ。奴らに戦端は開かせない。これは前の大戦で人生を振り回された僕らが果たすリベンジだ」
 私達は互いに拳を突き合わせ、各々のフィールドへと準備に入っていった。

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(1)https://note.com/donky19/n/n84d7f935b54d
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(9)https://note.com/donky19/n/nbe0a9637fc64

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