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コミpoとAIによる挿絵小説(3)

 第九話

 コロッセウム闘技場の騒動は、私達に多くの変化をもたらした。その一つが名前だ。陰の主役となったシロウは銀河にその名を轟かせ、事務所を行列の出来る税理士事務所へと押し上げた。
 次々と舞い込む仕事に事務所が活況を呈す中、事の発端である依頼人アーロンがやって来た。
「お二人のご活躍、何よりでございます」
 社交辞令から入るアーロンに私達は頭を下げる。そこからしばしの雑談を経てアーロンは、徐ろに切り出した。例のパンドラの一筆にまつわる案件だ。
「頂いた調査レポート、非常によく出来ておりました。感謝しております」
 謝意を述べるアーロンに私は「そりゃそうでしょうよ」と心の中でうなずく。あのレポートのおかげで、ヤマト社のタケル新社長は父である会長の排除に成功したようなものなのだ。
 今や惑星ベガス・トキオ区でも最大手の財閥にあたるヤマト社は、タケル新社長の意のままに動くオモチャと化した。惑星ベガス人の全員がこの新たな支配者が繰り出す一挙手一投足を固唾を飲んで見守っている。
 アーロンから持ち込まれた依頼は、このタケルに対するお仕事だった。
「惑星ベガス政府の上層部は、このタケル新社長に大いなる期待をかけつつ、その一方で警戒もされておられます。特に先日のコロッセウム闘技場で起きたサイバーテロ。その主犯と思しきパンゲア・カルテルとの接触は、非常に危険です。そうなる前にこのタケル新社長には、鈴をつけておきたい」
「なるほど、ご事情はよく分かりました。ただ相手はあのヤマト社です。リスクもある。やはり、相応の……」
 条件を切り出すシロウに、アーロンは携帯端末で着手金を送金してみせた。入金を確認したシロウはすぐさま立ち上がるや、アーロンと握手を交わす。
 ――相変わらずの守銭奴だこと。
 呆れを通り越し達観の域にある私だが、その一方でこうも考えた。
 ――パンドラの一筆をめぐる動きを探るのには、ちょうどいいかもしれないわね。
 私達は所有者不明のパンドラの一筆の実態が、ウルティマ機関にあることを知っている。もし触手を伸ばそうものなら、すぐさまダンさんが手を打つであろうことは想像に難くない。
 今回の依頼は、開戦の陰謀が囁かれるヤマト社の本心を探るリトマス紙とも言えた。
 ――ムサシ組との関係が取り立たされるタケル新社長だが、果たしてその心中やいかに。
 手駒か敵か、和平派か会戦派か――この新たなるプレイヤーの貫目をはかるべく、私とシロウはその手腕に関心の目を注いでいる。
 人となりを探るべく、さまざまな資料を入手した私達だけど、もっとも鮮烈だったのが、新社長就任にあたり全従業員に対して行なったスピーチね。

〈自分は雇用ありきのゾンビ企業経営はやらない。雇用が価値を生むのではない。価値の後に雇用がついてくるのだ。俺の経営哲学を教えてやる。死ぬ気でやるな、殺す気でやれだ〉
 ネットで流行った言葉を交えつつ、さらに近くのガラスコップを素手で握り締めながら叩き割った。突き刺さる破片で傷ついた手のひらを広げてみせながら、こう続けた。
〈これが仕事だ。摩擦という傷を恐れず成果を手中に収める。常に果実はリスクの先にあることを忘れるな〉 
「何と言うか……圧が凄いね。流石は権力闘争を勝ち上っただけあるわ」
 率直な感想を述べる私だが、意外にもシロウは黙っている。どうやらこのタケルから色々と感銘を受けているらしい。
 しばしの沈黙の後、シロウは言った。
「姉ちゃん、僕らが居をおくこの惑星ベガス・トキオ区の原型って分かる?」
「あぁ、確か前世紀に経済で名を馳せた弓状列島の首都が起源なんでしょ」
「そう。そこに古事記っていう歴史書がある。どうもこのタケル新社長の経営手法は、その歴史書にインスパイアされているみたいだね」
 シロウの推察に私は「そうなの?」と相槌を打ちつつ、嫌な予感を覚えている。
 ――こう言うときのシロウって、大体、私一人が貧乏くじを引かされてロクな結果にならないのね。
 なお、この予感は後日、的中することとなる。

 第十話

 銀河一サイバー武道会の再開が迫っている。飲んだくれの師匠のもとで最終調整を行う私だが、そこへシロウから携帯端末に着信が入った。
「姉ちゃん、ちょっとこっちに来て」
「え、事務所?」
「違う。スサノオ・シティーだ。分かるだろ?」
 シロウの呼びかけに私は、言葉を失った。スサノオ・シティーとは、惑星ベガス・トキオ区の筆頭区域に本社を構えるヤマト社を指す。
 シロウ曰く、この本社にカチコミ営業をかけたらしい。
 ――次は何をやらかす気!?
 私は頭を痛めつつジムをとび出し、反重力スライドボードでビル街を滑走していく。その間も疑問符が頭から離れない。
 ――シロウ、アンタは何がしたいの? 算段はついている? ちゃんと身の丈にあってる?
 様々な可能性を推測しつつ、スサノオ・シティーへ一っ飛びした私は、荘厳な門構えのヤマト社へと乗り込み、厳重な警備を経てシロウのもとへと急いだ。
「来たわよシロウ。アンタ一体、何を……」
 案内された部屋でシロウに詰め寄ろうとした私は、そこで目が点になった。なんとヤマト社の総帥に君臨するタケル社長が、シロウとともに私を待っていたのだ。
「あの……これは、一体……」
 困惑する私に、タケル社長は「ふーん、君がねぇ」とこちらをジロジロうかがっている。
 やがて、何を思ったか私に思わぬ要望を出した。
「ちょっと、シャドーやってよ」
「え……今、ここでですか!?」
「他にいつ、どこがある?」
 なんでもない事のように問い返すタケル社長に、私はやむなくシャドーを披露する。宙に向かって相手を想定しながら、キレのあるパンチやキックを繰り出す私だが、そこへ突如、灰皿が飛んで来た。
 素早くキャッチした私は、投げた主と思しきタケル社長に驚きの目を向ける。
「ほぉ、大したものだ。いいだろう。シロウ、契約成立だ」
 タケル社長は満足げに電子書面で生体情報のサインをするや立ち上がった。私達姉弟を手招きしてこう言った。
「ランチ!」
 かくして私とシロウは、タケル社長直々に昼へと招かれることとなった。車での移動中に聞かされたところによると、どうやら私はヤマト社とスポンサー契約を結ぶこととなったらしい。
「一体、どうやったの!?」
 後部座席の私は、小声で隣のシロウに問う。なんでも、シロウはタケル社長に偶然を装って同じエレベーターに乗り込み、そこでこの話を持ちかけたと言う。
 いわゆるエレベーターピッチってやつね。タケル社長も満更でもなかったようで、この話に乗ったらしい。
 ――これだからシロウは、隅におけない。
 私は嘆きつつ、どのくらいの額が入るのかの皮算用を働かせる。試しに聞くと、予想を遥かに上回る額であることが判明した。
 やがて、車が高級レストランへと入っていく。どうやら席をリザーブしてくれていたらしく、私達は待ち時間なしで席についた。

 そこでタケル社長は、メニューを伝えるや対座する私達に問うた。
「君達、これはネット上にあった例え話だが、毎朝86,400ギルが振り込まれ、夜には残高がゼロになってしまう銀行口座があったら、どうする?」
「え、繰り越せないんですか?」
 問い返す私にタケル社長は、うなずく。
「そうだ。使い切れなかった額は、その日のうちに消えてしまう」
「だったら、全額引き出しますよ」
「そう言うことだ」
 私の返答に我意を得たりとタケル社長は、続けた。曰く、自分達はこれと同じような銀行口座を持っている。それは時間だ、と。
 ここにピンと来たらしいシロウが言った。
「86,400秒……1,440分、つまり、二十四時間って事ですね?」
「あぁ。タイムイズマネー。今、こうしている間にも、この貴重な時間は無くなっていっている。俺はそれが許せない。だから、親父を追放した」
「なるほど。聞いたところでは、社長さんは民主主義を否定されているとか」
「民主主義ごっこを否定、だ」
 タケル社長はシロウに言い直すや、続けた。
「俺達の生きるこの電脳社会は換言すれば、視神経剥き出し社会だ。反射神経がものをいう。なのに親父はやれ皆の合意だの、やれ伝統的な手続きの踏襲だの、何をするにしても時間がかかり過ぎる。あれでは現場はたまらない。全て俺が変える。即決即断の本能社会だ」
「あの……お話はなんとなく分かるのですが、それだと独裁化しませんか?」
 恐る恐る問う私をタケル社長は、皿の上のステーキを捌きながら鼻で笑う。
「独裁は必ずしも悪をもたらさない。対し民主主義は衆愚を産んでしまう。要はリーダーシップだろう。俺はこの改革でヤマト社を時代に適合させる組織に変える。その上ですぐに引退する。未練などない。後は野となれ山となれ、だ」
 その後もタケル社長は自身の経営哲学を延々と捲し立て、頃合いを図り去って行った。その背中を見送った私は、シロウに言った。
「ざっと見たところタケル社長は、開戦派のやり手ね。確か依頼人からのお仕事って、あの社長に鈴をつけることでしょ。ちょっとムズくない?」
「いや、出来る。そのためのスポンサー契約さ」
 語気を強めるシロウだが、見るとヘナヘナと地べたに座り込んでいる。

「ちょっ……シロウ、どうしたのよ!」
「ゴメン。ちょっと疲れちゃって……」
「もーしょうがないわねぇ。無茶するからでしょう」 
 私は呆れつつシロウを背中に担ぐや、反重力スライドボードで帰路に着く。スヤスヤ寝息を立てるシロウの顔は、交渉のときとは打って変わって、あどけなさに溢れていた。


 コロッセウム闘技場へのサイバーテロから約半月、主犯が割れた。
「パンゲア・カルテルの幹部〈ドロシー〉と〈オズ〉だ」
 キューブ・ワンのバーで興奮気味に語るのは、異母兄弟のジョン兄だ。私はこの二人を知っている。
「サクラ。お察しの通り、前の宇宙大戦を引き起こす原因を作った武器商の姉弟だよ。パンゲア・カルテルの一員として頭角を現し、先日、地球共栄軍が開発したサイバー兵器〈ゼロサム〉のハッキングにも成功したらしい」
「えぇっ!? それってかなりヤバいじゃない!」
 私は思わず声をあげた。このゼロサムとは、サイバー空間上の大量破壊兵器と呼ばれ、長らく秘匿されてきた存在だ。これを奪取した彼らは今、発動させるターゲットを絞っており、その標的リストに銀河一サイバー武道会も入っているという。
 すかさず私は問うた。
「トキオ区の捜査機関は?」
「お手上げ。知り合いの官僚曰く、手口が巧妙過ぎて尻尾すら掴めないだと」
 肩をすくめて見せるジョン兄に、私はさらに問う。
「ダンさん達は、どうするつもりかしら?」
「ウルティマ機関の上層部でも開催派と中止派で割れているらしい。ただ、ダンさんは決行を決め込んでいて、その判断に進退を賭けるらしい」
「フフッ、その辺は流石ね」
 私は小さな笑みを浮かべつつ、頭を働かせた。そもそもダンさんからの要望は、ウルティマ機関を外からアシストすることだ。そのためには、私が大会で大暴れして彼らの注意を一身に引き付ける必要がある。
 ――つまり、囮をやれってことね。
 己の役割を再認識する私に傍らのシロウが念を押す。
「姉ちゃん。これはキケンな仕事だ。覚悟はある?」
「もちろんよ。あの大戦で私達は家族と引き裂かれた。その原因を作ったドロシーとオズには、思うところがあるからね。相応の贖罪を果たしてもらう。そのためならどんなリスクでも背負ってやるわ」
「なるほど。なら僕も付き合おう」
 ここでシロウは、机上にひと束のリストを並べた。そこには、パンゲア・カルテルの脱税スキームが事細かに記されている。私は驚きの声をあげた。
「シロウ。アンタ、これ全部調べたの!?」
「あぁ、誰も怖くて触れないアンタッチャブルな案件さ。いざとなれば僕はこれを公表する。ヤマト社のタケル社長の協力を仰ぐ形でね。姉ちゃん同様に、僕も僕なりのフィールドで奴らと戦うつもりだ」
 覚悟を示すシロウに私達は、頼もしさを覚えている。どこまでやれるかは分からないものの、皆の腹は固まった。
「いいだろう。こちらも協力する。出来る事があれば、言ってくれ」
「私もオーケーよ」
「僕もだ」
 意気投合する我ら異母兄弟の三人組だが、皆の脳裏に一つの不確定要素がよぎった。
「あとは……親父だな」
 声をそろえる私達は頭を痛めている。ただ、ともかく出来る範囲で協力し合おうと言うことで合意し、ジョン兄はバーを去った。
 一方で残された私達姉弟も互いの役割を確認し、息を合わせた。
「シロウ、徹底的に暴れるわよ」
「もちろんさ。開戦の轍は踏ませない。やってやろう」

 ハイタッチを交わし、それぞれの覚悟を胸に健闘を誓い合った。


 開催が危ぶまれた銀河一サイバー武道会だが、ジョン兄の尽力もあり、予定通りの再開となった。キューブ・ワンへダイブした私は、闘技場コロッセウムにログインし、入場を果たす。
 ここからはセカンドステージ――セコンドなしのガチファイトトーナメントが始まるのだ。私は期待と不安を胸に抱きつつ、出番を待っている。
 なお、一帯をうかがう限り、パンゲア・カルテルの妨害は見られない。私は安堵しつつ、戦いに向け精神を集中させていく。
 やがて、中央の電光掲示板に私の名が点灯した。
「さぁ、行くわよ」
 私は闘志を高めつつ、バトルに向け立ち上がった。対戦相手は、ファーストステージでサイバーテロをともに戦った最年長の元チャンプ、ソロだ。
 ――ファイティングスタイルはカンフー、トリッキーな動きが厄介ね。
 私はあらかじめ調べておいたデータをそらんじつつ、所定の位置へとついた。やがて、電光掲示板の映像が目まぐるしく回転する。バトルエリアの選定よ。
 数あるステージからランダムで戦いの舞台が決まるのだが、どうやら舟上での水上戦ステージになったようである。
 ――オーケー、南船北馬ね。
 私の頭の中に師匠の格言が点灯した。一般的な意味は、南部は川や運河が多いので船を、北部は山や平原が多いので馬を用いるせわしなさを指している。
 これを師匠流に格闘技でアレンジすれば、状況に応じてファイティングスタイルも変わる。所変われば品変わる、となる。
 ――足場の落ち着かない舟上では、足技より拳技……。
 大胆に足技を繰り出すのが、本来の私のスタイルだが、ここでは封印だ。足元がぐらつく中、私はソロと舟上の甲板で対峙する。
 先手を打ったのはこの私。先手必勝とばかりにソロを攻め立てるものの、ここぞという局面で攻撃をいなされ、ポイントを稼ぐ事ができない。
 ――流石は元チャンプね。
 私は舌打ちする。もっともそれはソロも同じ。互いに決定打を欠く中、タイムアップとなり第一ラウンドはドローで終わった。しばしの休憩に入った私は、気持ちをクールにリセットし頭の中を整理する。
 ――次が勝負ね。経験では劣る私だけど、アドリブでは負けないわ。
 私はあらかじめ描いていた策を確認した後、第二ラウンドへと入った。その開始早々、奇襲に打って出る。定石を捨て大胆に足技へと切り替えた。

〈時には捨て、時には頼る〉
 これが師匠から盗み取った私の定石論だ。さらにここに奇襲論が加わる。  
〈仕掛けるなら早期に〉
 終了間際では、その効果を持続させることが出来ない。開始早々に仕掛けてこそ、その後にたっぷりと残る時間中、相手を疑心暗鬼にさせ続けることが出来る。
 あれもあるぞ、これもあるぞと過剰に意識させ、一人相撲を取らせようってわけ。まさにあらゆる思考や策を総動員して臨んだ私だけど、それが吉と出た。
 確かに足場が安定しない中での攻撃は正確性を欠くものの、ソロの意表を突くには十分だ。戸惑うソロにほくそ笑む私。こうなれば完全にこっちのペースだ。
 主導権を握った私は一気に畳み掛ける。その終了間際、ついにソロからダウンを奪った。
 ――よしっ……。
 私は思わず拳を握り締める。なんとか立ち上がったソロだが、すでに勝負はついていた。
 結局、このダウンが決定打となり、私は勝利を掴むことに成功した。
 ――まずは、初戦突破ね。
 私は気分も晴れやかに、水上戦ステージからコロッセウム闘技場へと戻って行った。



 トーナメント初戦で元チャンプに快勝し、勢いに乗った私は、その後も次々に勝ちを重ねていく。だが、それもゲレオンには、及ばない。
 奴は全て一ラウンドでケリをつけ、完全に無双状態だ。察するに以前、私をかませ犬にもくろみ、返り討ちにあった敗戦が効いたらしい。
「フフッ、現チャンプの意地ね」
 私は苦笑を禁じ得ない。やがて、ベスト4が出揃ったところで初日が終了した。
 コロッセウム闘技場からログアウトした私は、バーチャル空間から現実世界へと舞い戻る。そこでVR機器を外し、ノート端末を前に明日の対戦相手の研究に移った。
「初戦は、シェリーか……」
 サイバーテロでともに戦った女性ファイターで月面系アメリカ人だ。歳も私よりやや目上といった感じで、カポエラを主としつつ、変幻自在なファイティングスタイルで相手を翻弄する難敵だ。
 ――作戦がいるわね。
 私は参謀を呼んだ。
「シロウ、ちょっと来てよ」
 だが返事がない。仕事にでも出ているのかと勘繰る私だが、そこへ緊急速報が入った。何と明日の対戦相手であるシェリーが欠場するという。
 代わりに参戦するのは、ジルと名乗るファイターだ。その映像を見た私に危機センサーが働く。
 ――このジル、おそらく人じゃない。参加が禁じられているプログラムだわ。でも、このくらいならダンさんでも気付くはずなのに……。
 首を捻る私の頭に一つの可能性がよぎる。
 ――まさか脅されて?! だとしたら、この私にも……。
 案の定、通信端末に非通知着信が入った。応じた私の前に光の映像が広がる。映ったのは、シロウだ。
「姉ちゃん。いいから早くこの着信を切って!」
「シロウ。アンタ今、どこにいるの!?」
 私の問いかけに応ずることなく、シロウが消えた。代わりに現れたのは、いかにもふざけたひょっとこ仮面の二人組だ。

「はじめまして、ブラックバード……もといサクラ・ライアンさん」
「くっくっくっ……コロッセウム闘技場でのご活躍、拝見しておりますよ」
 意味深な笑い声とともに、親しげに話しかける二人組を私は睨みつける。
「あなた達が何者かは知らないけど、うちのシロウを傷つけたらただでは済まないわよ!」
「おっとこれは失礼を。まずは名乗らせて頂きたいわ。私どもはドロシー、こちらに控えるのは、愚弟のオズと申します。非常に心苦しいのですが、シロウ様の身柄をお預かりしております」
 慇懃無礼に語るドロシーに私は吠える。
「目的は何!?」
「簡単なことです。私達は主催者ダン・シエルのウルティマ機関を排除したい。そこで、サクラには明日の試合に負けて頂きたい」
「ふーん、八百長ってこと。幾ら賭けてんのよ」
 これにオズが応じた。
「サクラよ、その程度の発想しか浮かばないとはな。ブラックバードの名が泣くぜ」
「大きなお世話よ。こんな卑劣な手を使わず、弟を返しなさい!」
「それはお前次第だ。サクラ、期待してるぜ」
 そこで着信が切れた。思わぬ事態に頭を抱えた私だが、ふと携帯端末を確認するとメールが入っている。その主を見た私は思わず目を見開く。何と地球共栄軍の基地からである。
 察した私は問うた。
〈ゲレオン、アンタね?〉
 その主は同意を示す。どうやらドロシーとオズの痕跡を追っていたらしい。私はありのままの現状を晒した。
〈あの姉弟が八百長を強いる狙いが分からない〉
 するとゲレオンが、一つの可能性を提示した。何でもプログラムファイターを決勝に進出させることで、キューブ・ワンが有するデータセンター中枢へのハッキングを狙っているという。
 ――確かに銀河一サイバー武道会の決勝ともなれば、コロッセウム闘技場だけでデータを処理し切れない。運営は他のサイバー空間も動員するはずだ……まさか!?
 閃いた私は、ノート端末で運営が用意しているサーバーのアドレスを追う。そこには、あのパンドラの一筆があった。
〈つまり、ドロシーとオズの狙いは、パンドラの一筆にゼロサム兵器を投じるってこと!?〉
〈そういうことだ。ダンさんもそれは見抜いている。その上であの姉弟を泳がせ、尻尾を掴む気なんだ〉
 ――じゃぁ、シロウは……。
 言葉に詰まる私にゲレオンが続けた。
〈サクラ、ジルを決勝に進出させる訳にはいかない。弟の身は任せろ。お前は全力で闘って勝つんだ〉
 そこでメールはプツリと途切れた。私は携帯端末の画面を眺め続ける。確かにジルを野放しには出来ない。最悪の場合、銀河をつなぐサイバー空間は壊滅だ。
 それは即、現実世界にも波及する。あの姉弟は、その混乱に乗じ再び大戦を起こそうとしているのだ。
 ――確かにそうなのだろうけど……。
 私は頭を抱えた。確かに理屈では分かる。だが、それでもシロウを犠牲に晒すことは出来ない。試しにジョン兄にも救い求めたものの、芳しい返事は得られなかった。
 悩んだ挙句、私は一つの決断を下す。徐ろに携帯端末を取るや、ある相手に一本のメールを送った。
〈会いたい〉
 その一言で相手は全てを察したようだ。すぐにキューブ・ワン上の一画を指定してきた。
 ――背に腹は変えられない。
 私は憤りを覚えつつ、悲壮な覚悟でVR機器を取るや、キューブ・ワンへとダイブした。



 私が向かった先、それはほとんど人の寄りつかない旧市街区域にあるサイバー上の教会だ。 
 扉を開き中へ入ると、一人の男性が祭壇近辺に腰掛けている。コートに身をやつし、フードを深くかぶった外見からは、その素顔がうかがえない。
 だが、私にはそれが意中の人物であることが分かった。ゆっくり歩み寄りその真後ろに腰掛けた私は、しばし躊躇の後、意を決し話しかけた。
「頼みがあるの」
「ほぉ、お前から頼みとは、珍しいなサクラ。コロッセウム闘技場では、随分と名を上げているそうじゃないか」
 背を向けたまま返答する男に私は、声を絞り出した。
「そんな事を言ってる場合じゃないの。シロウが危ないのよ」
 実情を晒す私にその男は黙って聞き役に徹していたが、全てを聞き終えたところで突き放すように言った。
「お前達の身から出た錆だ。私には関係がない」
「関係がないですって!? 実の子でしょ!」
 私が思わず声を荒げるその相手こそ、私達を見捨て隠し子に仕立てた父〈ジン・コスギ〉だ。
「父さん、あなたはかつて母さんを見殺しにした。今度はシロウまで見殺しにするの!?」
「案ずるなサクラ、財は残す。相続人が一人減ってお前の懐も潤うじゃないか」
「誰もカネの話なんかしてないっ!」
「じゃぁ何だ。要するに私の資産力で何とかしてくれって話だろう。悪いが他を当たってくれ。そうだな。高利だが幾つか金貸しを紹介してやっても……」
 父が差し出そうとするメモ書きを、私は乱暴に叩き落とす。怒りに打ち震える私に、父は話は終わったとばかりに席を立つと、教会を去って行った。



 第十一話

「あんな奴に頼ろうとした自分がバカだった」
 翌日、コロッセウム闘技場の控え室で、私は己の愚かさ呪った。
 その上で改めてダンさんとの約束を思い出す。求められたのは、大いに暴れてパンゲア・カルテルの注意を引き手を出させること。その意味において、私は成功している。
 だが、それも程度によりけりだ。
 ――あろうことかシロウを攫われ、人質にされるなんて……。
 私は焦燥を抑えられない。あのドロシーとオズというふざけた姉弟が、この後、どう動くのかさっぱり読めない。
 ――かくなる上は、ゲレオン達に任せるしかない。
 私は苦悩の末にたどり着いた選択を己に言い聞かせる。やがて電光掲示板に私の名が点灯した。
 意を決した私は立ち上がるや、控え室をでた。すでに観客席は満席状態で、皆が固唾を飲んで見守っている。
 そこへ電光掲示板の映像が目まぐるしく回転し、バトルステージの選定に入った。指定されたのは、月面である。
 ――ムーンステージ、か……。
 私は素早く頭を働かせる。最大の特徴は重力だ。はるかに軽減された中での闘いになるため、空中戦が予期された。
 たちまち私の体が光に包まれ、コロッセウム闘技場から白い乾燥した月面へと飛ばされた。上空に青い惑星〈地球〉が浮かぶ中、私はジルと対峙した。

 ――間違いない。あの死んだ瞳、プログラムファイターのそれだ。
 確信を得た私は、意を決しバトルへと突入していく。マシーンの如く正確無比な攻撃を繰り出すジルを巧みにさばきつつ、ひたすら様子見に徹する。
 そこには、迷いを断ち切れない己の甘さがあった。
 ――やっぱり私には、シロウを見殺しに出来ない。
 どれだけジルを倒す必要性を説かれても、無理なものは無理なのだ。戦争で家を焼かれ母を失い、父に捨てられ路頭に迷いつつ飢えを凌いでともに生きて来たシロウは、私に残されたかけがえのない家族だ。
 ――例え銀河が戦乱に見舞われようとも、私はシロウを手放せない。
 バトルが進み、最終ラウンドでもドローとなった私とジルは、ムーンステージからコロッセウム闘技場へと舞い戻った。
 延長ステージの準備が進む中、私は待機しつつ己の敗北を覚悟している。その矢先だった。聞き覚えのある声が私の耳に突き刺さる。
「姉ちゃん、何やってんのさ。ちゃんと闘ってよ!」
 驚き振り返る視線の先には、シロウが立っている。その傍らには、あのサイバーテロをともに戦った面々が、笑みを浮かべこちらを見ていた。
「これで借りは返したぜ」「とっととそのでくのぼうを倒してしまいな」「ファイトだ」
 皆の声援を受け、私は不覚にも涙を禁じ得ない。
 ――皆、ありがとう。
 ライバル達の協力を受け、完全に迷いを断った私に闘争心の火が灯った。
「倍返しだ」
 私は合図とともに立ち上がり、延長ステージへと飛び込んでいった。すでにこちらに弱みはない。皆がシロウを取り戻してくれた。その思いに応えんと私はジルを攻め立てている。

 完全に優位に立った私だが、ジルの様子がおかしい。
 ――何かある……。
 異変を察した私は、すかさず距離を取る。その直後、ジルの肉体が神々しく光り始めた。周囲のエネルギーを取り込んでいくその様は、異様そのものだ。
 やがて、ジルの顔に不気味な笑みが広がった。
 ――まさか、自爆!?
 ようやくジルの意図を察した私は、一気に踏み込みタックルを決めるや、ジルを押し倒す。
 ――これだっ!
 ジルの心臓部にタイマーと自爆装置と思しきものを見つけた私は、すぐさまその解体を図った。まさに間一髪、起爆コードを引き抜いたところで、カウントダウンが止まり、ジルは糸の切れた操り人形の如く、その機能を完全に停止させた。
 まさに勝負あり――観客席が歓声に沸き立つ中、私はほっと安堵に胸を撫で下ろす。皆の協力で掴んだ完全勝利だった。

「シロウ!」
 バトルステージから控え室へと戻った私は、真っ先にシロウの元へと駆け寄る。その無事を確認するや否や、華奢なその体を抱きしめた。
 感無量のあまり涙を浮かべる私だが、ふと皆に素朴な疑問を投げかけた。
「でも一体、どうやってシロウを? ドロシー達姉弟に拉致されていたんじゃなかったの?」
「それが、よく分からないんだ」
 シロウを筆頭に周囲の面々は首を傾げている。確かにウルティマ機関を通じ、皆の協力の下でシロウの奪取に成功したのは事実だ。
 だが、そもそものキッカケは匿名の通報と懸賞金によるらしい。それも相当な額がポンと提示されたのだ。これによりドロシー達姉弟の潜伏先が割れ、駆け込んだ皆によって救出されたという。
 ――懸賞金……一体、誰が?
 真っ先に浮かぶのが、異兄のジョン兄だが、どうも違うらしい。となると父が疑われるが、この可能性を私は真っ先に否定した。
 ――あの父にそれはない。
 何はともあれシロウは無事に戻ってきたのは、事実だ。私は深々と謎の懸賞金と通報者に心中で謝意を述べた。
 かくして私は決勝へと駒を進める。対戦相手は現チャンプのゲレオンだ。再戦となった私は死力を尽くし、延長ステージにまで持ち込んだものの、最後は一歩及ばず敗退となった。
 ゲレオンにとっては、見事にリベンジを果たした格好だ。トロフィーを手に拳を突き上げるゲレオンの傍らで私は、やや達観気味だ。
 ――確かに悔しい、けど今はこれでいいわ。

 そんな中、太っ腹を見せたのがヤマト社のタケル社長だ。何と五万ギルをポンと差し出したのだ。
「事情は色々聞いている。ボーナスだ。好きに使え」
 思わぬ臨時収入を受け、気の大きくなった私達はハメを外して打ち上げに興じた。その席でシロウは一つの団体を立ち上げる。サイバーテロを阻止したメンバーからなる共栄会〈サイバーピース〉である。
 税務でいうところの人格なき社団等だ。
 ――サイバーファイターの私をダシにして……本当に知恵の回る奴ね。
 私は苦笑しつつ、その設立メンバーに名を連ねた。シロウがほとんど勢いで作ったこのサイバーピースだが今後、思わぬ展開を見せていくことになる。

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