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コミpoとAIによる挿絵小説(6)

 第十九話

 ダン・シエル杯の詳細が公表された。エントリーしたサイバーファイターのリストには、現チャンプのゲレオンは言わずもがな、サイバーピースでお馴染みのコロッセウム闘技場の上位ランカーが名を連ねている。
 ただ、その中に見慣れない名が入っていることを私は見逃さない。
「ZIL……間違いない。あのジルね。奴らが放ったサイバー空間での大量破壊兵器、ゼロサムの鍵を握るプログラムファイター……」
 さらに私は公表されたダン・シエル杯の内容にも目を走らせていく。そこで痛感したのが、水面下で進んでいるであろうミスターXの企みだ。
 パンゲア・カルテルに地球共栄軍、惑星ベガス・トキオの上層部、さらにはヤマト社の内通者等々、オールスターキャストの陣容で臨んでいる。
 そんな中、時を同じくして銀河ネットワーク上の掲示板に実名で一本の論文が掲載された。それは、いかにこのダン・シエル杯が理念から外れた内容であるかを、パンドラの一筆にスポットを当て税務上の観点から克明に糾弾するものだ。
 無論、この投稿者はシロウだ。この弟は己が持つネットワークをフル回転させて、水面下に潜む真の敵たるミスターXを表に晒そうとしている。
 さらにこの動きに呼応するニュースが銀河上のネット界隈をざわつかせている。ひょっとこ姉弟のドロシーとオズが移送中に脱獄を果たしたのだ。手引きをしたのは、ゲレオンである。
〈毒をもって毒を制す。ひょっとこ姉弟の武器ネットワークは利用できる〉
 ゲレオンに持ちかけられた私は、断腸の思いでそれを許した。その上で改めて闘いに向け誓いを立てた。
 ――ミスターX、あなたの宣戦布告はしかと受け取った。この挑戦状は私達の返事よ。首を洗って待っていなさい。
 ジムでサンドバッグに拳を叩き込みながら、私はダン・シエル杯に向けた最終調整を進めていく。ちなみに師匠はジムに来ていない。全て託すと言い残し、姿を消した。まさに〈立つ鳥跡を濁さず〉だ。

 私はダンさん以来の免許皆伝者として、その名に恥じぬ闘いを見せるべく、臨戦体制へと入っていった。

 ダン・シエル杯が開催を迎えた。コロッセウム闘技場には、エントリーした多くのサイバーファイターが集っている。地球系、惑星ベガス系、月面系と多種多様だ。
 そんな中、銀河一武道会のチャンプであるゲレオンが、宣誓を行なっている。
 ――いよいよね。
 私は、横目でサイバーピースの面々と目配せを交わす。ダンさんの追悼を表の任務としつつ、水面下で密かに進行中の陰謀を暴く裏任務を帯びているのだ。
 やがて、宣誓が終わりダン・シエル杯はバトルへと入っていく。これから約一ヶ月かけて、その頂点を目指すこととなるのだ。
 皆が散っていく中、一人のファイターが私の前に立ち塞がった。ジルだ。かつて、銀河一武道会で闘ったことがあるだけに、勝手知ったる相手なのだが、どうも様子がおかしい。
 ――以前と、印象が違う。
 怪訝な表情を浮かべる私だが、その理由はすぐに判明する。
「サクラさん。一つ、お手柔らかに」

 手を差し出すジルに応じる私だが、ジルはその手を凄まじい力で握り潰してきた。対する私も負けじとその手を握り返す。互いに手を潰し合う中、私は言った。
「ジル。あなた、以前闘ったプログラムファイターとは、違うわね」
「ふっ、あんな劣化コピーと一緒にされたくないですね」
「なるほど、オリジナルの登場ってこと」
 合点がいった私とジルは、互いの手を振り払う。ここでジルは底意地の悪げな笑みを浮かべながら、一人の人物を手招きした。
「紹介しましょう。私のスポンサーの……と言っても、よくご存知でしょうかね」
 意味深に語るジルの傍らに現れた男性に、私は思わず声を上げた。
「父さん!?」
「サクラ、そういう事だ。棄権するなら今のうちだぞ」
「待ってよ。これって一体、どういうことよ!」
「見ての通りだ。この大会は、全銀河の現状を晒す縮図と言える。そう言った場所にこそ、投資の機会は訪れるのだ。そこに一枚噛ませてもらう」
 唖然としたまま返す言葉が見つからない私だが、父とジルは構う事なく去って行った。
 ――最悪だ。あのゲス……。
 心の中で罵りつつ、これから始まるであろう闘争の激しさに覚悟を固めた。

 さて、このダン・シエル杯だが、勝ち星の数を競う総当たり戦方式となっている。ルールは打撃、寝技ありの総合スタイルだ。
 参加人数は約三十名で三日目以降の取組は、前日の勝敗を見て決定される。あくまで賭博興行であり、注目の一戦はその日の終盤に設定されるのが常だ。
 中には企業や個人から応援の証として懸賞金が懸けられる取組もあり、観客と一体となって大会を盛り上げる重要な要素にもなっている。
 なお全てのサイバーファイターはランク付けされ、ファイターAからファイターFまで格付けが与えられる。
 相撲に例えるなら、ファイターAは横綱クラス、ファイターBは大関クラスだ。ちなみに私の格付けは、ファイターB。多少不本意ではあるが、それでも大いに暴れてファイターAを食ってやる気でいた。

 第二十話

「よしっ……」
 ダン・シエル杯のリングで、対戦相手をマットに沈めた私は拳を突き上げる。五日目を終えた時点で無敗は、私とゲレオン、ジル、ソロの四人。それを一敗のアキム、シェリーらが追う展開だ。
 スタートダッシュに成功した私は満足しつつ、キューブ・ワンをログアウトし、現実世界へと戻った。VR機器を外し、事務所の仕事場へ赴くと、シロウが脱獄したドロシーやオズとともに、運営の不自然な資金の動きを調べていた。

「やっぱり鍵は、パンドラの一筆とゼロサム兵器だ」
 断言するシロウによれば、ゼロサム兵器はあらかじめパンドラの一筆で展開させるべく、設計されたらしい。
 ダン・シエル杯を目眩しにゼロサム兵器をパンドラの一筆へ投じ、銀河中のユーザーがアクセスする電脳に働きかけ洗脳をかけるつもりだという。
「つまり、ソフトパワーだよ」
 断言するシロウに私は問う。
「何それ、美味しいの?」
「……そうじゃなくて、自分の望むことを相手にも望んでもらうようにする力のこと。軍事力や経済力で無理やり従わせず、価値観や文化で相手を魅了し、敬服させ味方につける力のことだよ」
 シロウは私に苛立ちながらも概念をロジックで言語化する。一方、概念をイメージで把握するのが私流だ。
 ――要するに合気道の〈対すれば相和す〉ってやつか。相手の体格、性別、年齢、性格いかんを問わず、極論で言えば自分を殺しに来た相手すらも仲良くさせる術。まさに師匠が求めていた境地ね。
 ここでオズが疑問符を投げかける。
「シロウ、言いたいことは分かるが、奴らが使うのはゼロサム兵器だ。ゲーム理論の立脚から離れないか?」
「そこは、僕も疑問だね」
 シロウはうなずいて見せるものの、やはり私には分からない。分からないのだが、どうやらゼロサム兵器というは、ゼロサムゲームというゲーム理論に立脚しているようだ。
 経済学用語らしく参加者の得点と失点の総和(サム)がゼロになる概念だという。
「限られたパイを奪い合う椅子取りゲームってこと?」
 私の要約にドロシーがうなずきつつ、シロウに言った。
「テクニカルに言えば、電脳ハッキング兵器の部類よね。密輸ルートなら辿れるよ。多分、サイバー空間を使ってるわ」
「え、ちょっと待ってよ。キューブ・ワンでかい?! いくら何でもそれは無茶だ。百歩譲ってキューブ・ツーだとしても、難しい」
 かぶりを振るシロウだが、ドロシーは意味深な笑みを浮かべつつ、魔法の言葉を吐いた。
「キューブ・ゼロを使うのよ」
 ――え、キューブ・ゼロ!?
 これには、オツムがお留守気味な私も耳を疑った。実際、そのようなサイバー空間を聞いたことがない。シロウも同様らしく首を捻っている。
 だが、このひょっとこ姉弟によれば、実在するという。
 ――蛇の道は蛇、か……。
 私はドロシーとオズが持つ武器密売ノウハウに感嘆の念を覚えつつ、シロウとともにミスターXへ迫るための一手を考案していった。



「キューブ・ゼロだと!?」
 携帯端末の先で声をあげるのは、ジョン兄だ。ドロシーとオズから情報を得た私だが、念のため裏を取っている。
「ふっ、確かにそれは存在するが、キューブ・ワンの基礎段階でテスト用に使っただけだ。一応、非常用の裏コードとして今も残しているがな」
 ――やっぱり実在するんだ。
 私は感心しつつ、ペンを片手に詳細をまとめていく。その結果、幾つかの不明点を残しつつもゼロサム兵器の運搬経路と、そこに絡む裏勢力が明らかになった。
「オーケー。ジョン兄、助かったよ」
「あぁ、だがサクラ。和平派を気取るのも結構だが、この世界は海千山千のビジネスだ。くれぐれも慎重にやれ。母親の二の舞を踏むぞ」
「分かった。ありがとう」
 ジョン兄との通話を終えた私は、一息つきながら机上の写真立てを手に取った。そこには今は亡き母〈モモカ・ライアン〉の写真が飾られている。

 大戦は、皇族の私が食い止める――母は幼き頃の私達にそう言い残し、数々の交渉に赴いた。だが、現実は残酷だ。和平への願いは無惨に打ち砕かれ、全銀河を巻き込む大戦へと発展した。
 多くの血が流れ、ようやく終戦を見たものの、失ったものの大きさは計り知れない。許せないのは和平に尽力した母が、大戦に関わった一人としてスケープゴートにされ、過激派によって批判の的にされたことだ。
 計算高い父は母と距離を置き、精神を病んだ母は私達姉弟のことすら分からなくなり、自害し果てた。
 ――許せない。
 憤慨する私達姉弟だが、出来ることは何もない。結局、己の無力さに打ちのめされながら、逃げるように地球を去った。
 幸い才覚と運に恵まれ、惑星ベガスで活路を見出した私達だが、その心底に渦巻く恨みはいまだに拭えずにいる。
 ――それでも全てを許し平和を選ぶ。それが母さんよね。なら私達もその思いを引き継ぐわ。
 私は改めて誓いをたてつつ、写真立てを直し、部屋を去った。

 第二十一話

「その仮説、間違いないのか?」
 キューブ・ワンで人目をしのんで接触したゲレオンに、私は調査レポートを手渡した。素早く目を走らせるゲレオンだが、その真相を前に空を仰いでいる。
「ゲレオン、にわかには信じられないかもしれないけど、多分、それが事実よ」
「みたいだな」
 ゲレオンは、私にうなずくや調査レポートをその場で抹消した。内容が内容だけに慎重を期しているのだ。
「サクラ、もしシロウらの言うことが事実なら、まずこの俺に対して何かを仕掛けてくるはずだ」
「同感よ。目下、ダン・シエル杯でゼロ敗は私を含め四人。特にサイバーピースのメンバーで、天下一サイバー武道会でチャンプのアンタは、奴らにとって絶好の標的だからね。で、作戦なんだけど、こう考えているの」
 私はシロウらと話し合った内容をゲレオンに伝えていく。いわゆるサイバーピースによるストライキだ。一斉に参戦を拒み、銀河中の注目を集めた上で調査内容を公表する作戦である。
 だが、ゲレオンはこれを「ぬるい」と一蹴した。
「サクラ、前の大戦でお前達が人生を狂わされたのと同様に俺も多くを失ったんだ。そして今、新たな大戦の火蓋が切られようとしている。なら、ここは小手先に頼らず、チャンプとして正々堂々と迎え撃つべきだ」
「ゲレオン、それはキケンなのよ! もしアンタを失ったら、私達は……」
「それも含めての判断だ。サクラ、俺は今まで任務の名の下、かなり手を汚してきた。だが、闘いの場から逃げたことは一度もない。いかに罵られようとも、その責めは甘んじて受けるつもりだ」
 ――やっぱりゲレオンは、ゲレオン……生まれながらにしてファイター、チャンプに相応しい男だ。
 私は改めて説得を拒む目の前のゲレオンに嘆いた。頭ではキケンを理解しつつも、闘いから逃げることはない。私がどれだけ理路整然と言葉を尽くしても、ゲレオンは変わらなかった。
 頭を抱える私だが、その一方でそんなゲレオンの一本、筋の入った姿勢に強烈な共感を覚えている。同時に言葉にならない感情が込み上げてくるのを抑える事が出来ない。
「ゲレオン……お願い、分かって……」
 溢れ出る言葉は、懇願に変わりついには涙となって流れ落ちた。そこで私ははじめて、ゲレオンが自分の中でかけがえのない大切な存在になっていたことに気付いた。
 そんな私に対するゲレオンの答えは、口付けだった。唇を奪われた私は驚きに目を見開きつつ、同時にゲレオンを心から受け入れていく。

「サクラ、俺とお前との間には、一億五千キロの距離がある。だが、少なくともこのキューブ・ワンでは一心同体だ。たとえ敵味方に別れようとも、変わらない。それだけは分かってくれ」
 ゲレオンは私に笑顔を作って見せるや、キューブ・ワンから去って行った。一方の私はゲレオンの背中を立ち尽くしたまま、ただ黙って見送り続けた。



 シロウ達によるミスターXへの調査は進んでいる。その一方で私はダン・シエル杯で着々と勝ちを重ねていく。そんな中、大会は一つの佳境を迎えようとしている。
 ゲレオン VS ジルだ。ゼロ敗同士の戦いに会場は大いに盛り上がっている。私も選手用の控え場から、その決闘を見守っていた。
 ちなみにオッズはゲレオンを若干有利と見ているものの、ジルに対する期待値も小さくない。それは試合開始とともにすぐさま形となって現れた。
 互いに先手必勝とばかりに打ち込んだストレートが交錯し、見事に相打ちとなったのだ。たちまち二人は、マッドに崩れ落ちる。いわゆるダブルノックダウンだ。
 ――ゲレオンっ!
 息を飲む私だが、それは他の皆も同様だ。初っ端から見せた思わぬ展開に会場は、水を打ったように静まり返った。まるで針が落ちる音さえ聞こえそうなほどの静寂だ。
 やがて、電光掲示板に双方のダウンがカウントされ、ようやく我に帰った観客が一斉に立ち上がり、二人に大声援を送った。
 割れんがばかりに歓声が一帯に轟く中、ゲレオンとジルはよろよろと立ち上がり、互いにファイティングポーズを取る。
 そこから始まったのは、正真正銘のガチバトルだ。息つく暇もない壮絶な殴り合いに私の目も釘付けになっている。
 そんな中、ついに転機が訪れる。ジルが見せた一瞬の隙にゲレオンが見事に反応したのだ。
「よしっ……」
 思わず声をあげた私だが、そこで私の鋭い勘が働く。何か謀られたような奇妙な違和感を覚えたのだ。
 ――何、今の……。
 胸騒ぎを覚えた私だが、試合の方はゲレオンの強烈な前蹴りがジルのボディに炸裂し、勝負ありとなっていた。

 ジルに土をつけたゲレオンは拳を突き上げている。だが、私は不信感を拭えない。
 それは試合後のジルとゲレオンの目を見比べて確信に変わった。ダウンを喫しつつもほくそ笑むジルに対し、ゲレオンは照準の合わない乗っ取られたような目になっていた。
 ――間違いない。明らかにジルは、ゲレオンに何かを仕込んだ。
 もっともそれが何かまでは分からない。私の不安をよそにゲレオンは、控え室へと去って行った。



 その日の興行が終了したところで私は、シロウやひょっとこ姉弟とゲレオン対ジル戦を振り返っている。
「ほら、ここ! 怪しくない?」
 スロー再生の画面を指摘する私にオズとドロシーが応じた。
「PT2000だ」
「え、何それ?」
「電脳ハッキングの一種、ゼロサム兵器に通ずる秘密兵装よ」
 ひょっとこ姉弟の説明によると、相手の興奮状態につけ込むサイバー兵器で瞬間的に開いた電脳をハッキングし、意のままに操る汚い兵器だという。
「それじゃぁ、今のゲレオンは……」
「ジルに洗脳されている。完全に乗っ取られている」
「そんな……」
 あまりにも酷い現実に私は、言葉を失った。そこへシロウが速報で入った明日の取り組みを見せた。
「姉ちゃん。明日の闘いだけど、勝負は避けられないみたいだよ」
 そこには、私の対戦相手としてゲレオンの名がはっきりと記されていた。

 第二十二話

 ゲレオン洗脳の一件を受け、私達サイバーピースの面々はキューブ・ワンの一角で対策を練っている。
「一体、どうすれば……」
 頭を抱え悩んだ挙句、私は一つの決断を下す。棄権だ。皆の視線が注がれる中、私は身振りを交え必死に訴えた。
「だってそうでしょう。相手は洗脳状態で敵味方の区別も付かない状態なのよ。そんな中でどう闘えって言うのよ。少なくとも私には出来な……」
 だが、その台詞は突如としてパチンっという物凄い平手音に遮られた。頬を引っ叩かれた私の前には、これまで見せたこともないほどに激情したシロウの顔があった。
「姉ちゃん、どこまで臆病風に吹かれてんのさ。棄権? 闘いもせずに逃げ出して、問題が解決するとでも思ってんの!?」
 滅多に見せないシロウの迫力に、私を含めサイバーファイターの面々は度肝を抜かれている。あっけに取られつつ、必死に反論を繰り出す。
「じゃぁ、どうしろって言うのよ。シロウには、命懸けでリングに上がる私の気持ちなんて分かんないわよ」
「そう言う姉ちゃんは、僕の気持ちが分かるの?」
 シロウは私の前に一束の書類を叩きつけた。そこには、シロウの税理士事務所に宛てた脅迫まがいの罵詈雑言が書き殴られている。
「ミスターXを相手に出した僕の論文への誹謗中傷さ。毎日、毎分、毎秒、ずっと送られ続けてる。姉ちゃんは知らないだろうけど、僕だってずっと闘ってるんだ!」

 シロウの怒声に私は、言葉が出ない。だが、どれだけ罵られても、やはりゲレオンとの一戦には、踏み切れない。
「シロウ。無理なものは無理なのよ。第一、洗脳状態の相手との闘いなんて前例がないじゃない。ここは皆で話し合って……」
「皆で話し合って民主主義ごっこ? 姉ちゃん、はっきり言うけどね。大きな決断に必要なのは、独裁なんだ。でなきゃ何もできっこない」
 シロウの暴論に皆が振り返る。だが、シロウは構うことなく続けた。
「前例がない、時期尚早、どれももっともらしく聞こえるけどね。そう言う人って十年経っても同じことを言っているよ。今、闘わなくていつ闘うのさ。僕はたとえ最後の一人になったとしてもこの場に残ってみせる」
 啖呵を切るシロウに場が静まり返っている。正直、シロウにこんな熱い側面があったなんて、誰も知らなかったからね。
 一帯が沈黙に包まれる中、メンバー最年長のソロが切り出した。
「確かにそうだ。闘う前に逃げ出すのは、俺達サイバーファイターとして失格だな。ここからは、具体策にかかろうじゃないか」
「一つ、手がある」
 挙手するのは、ひょっとこ姉弟のオズだ。息を合わせるように姉のドロシーが続けた。
「PT2000に代表される電脳ハッキングには一つ、大きな欠陥があってね。特に相手の興奮状態につけ込むサイバー兵器には、有効な方法がある」
 専門的な用語を交え説明する姉弟に皆が聞き耳を立てている。やがて、その説明が終わったところで、ため息が漏れた。
 確かに可能だが、あまりにも難易度が高すぎる。下手をすれば双方とも深刻なダメージを被りかねない。それが皆の率直な感想だ。
 その上で私は己の考えを恥じた。
 ――確かにシロウの言う通りだ。戦いの場でこそ、私は自分を表現できる。ここが勝負所なんだ。
 皆が二の足を踏む中、私は意を決した。
「分かったよ。その手に賭ける。ゲレオンは私が刺し違えてでも止めてみせるから」
 断言する私に皆の目の色も変わっている。それは、サイバーピースがただの選手会から対ミスターX戦チームへと大きく変貌した瞬間だった。



 翌日、ゲレオン戦を前に控え室で待機中の私は、師匠が残した心得を読んでいる。曰く、戦士は型の奴隷だと。常に情勢が変化する中でいかに型に頼り、これを破っていくか。俗にいう創造的破壊だ。
 ――注げば酒は盃の形にもグラスの形にもなる。時に静かに時に激しく、しなやかで変幻自在にあれ、か。截拳道に通ずる酒に溺れた師匠らしい言葉ね。本当にどうしようもない人だったけど、言ってることは正しかったな。
 私は改めて師匠の存在の大きさを実感している。なお情報によれば今、ゲレオンは私を確実に葬るべく殺人モードに入っているらしい。
 ――対すれば相和す。合気の心得で自分を殺しに来た者と友達になれ。まさに師匠の求める境地だ。ゲレオン、ダンさんが言った通り、リングで大いに暴れましょう。
 私は精神の集中度を高めつつ、合図とともに席を立ちリングへと向かって行った。


 第二十三話

 ダン・シエル杯が転機を迎えている。無敗同士の頂上決戦にコロッセウム闘技場が沸く中、私はゲレオンと対峙する。
 ゲレオンの目は明らかに心ここにあらずといった風体だ。完全にサイバー兵器にハッキングされ、殺人マシーンと化している。
 ――チャンスは一度、あるかどうか……。
 私は改めてひょっとこ姉弟から受けたレクチャーを思い出す。その後、レフリーに促され拳を突き合わせた私達は、ゴングとともにバトルへと突入した。
 間合いを詰め牽制し合う中、仕掛けたのは私だ。ゲレオンを手招きで挑発した。
「ゲレオン。覚えてる? 初めて対戦したとき、アンタはこうやって私を挑発したよね」
 腕をダラリと下げ防御を放棄して見せる私にゲレオンは食いつく。ここぞとばかりに攻撃と繰り出してきた。
 対する私はスウェーバックで、瞬時かつ的確にこれをかわしつつチャンスをうかがっている。ディフェンスを軸としつつ、要所でカウンターを繰り出す、踊るようなバックステップにゲレオンは明らかに苛立ちを覚えていた。
 ――オッケー、ゲレオン。もっと怒って。
 その後も私はU字を描くようなウィービングでフック系のパンチをくぐり、死角から巧みにインパクトを当て続けた。
 的を絞らせない型破りで奇抜なトリッキーアタックを繰り出す私だが、その心境はとても生きた心地がしない。
 ――一発でも喰らえば即、ノックダウンだ。
 悲壮な覚悟の下、私はバックハンドブローやステップを交え応戦していく。
 そんな私に業を煮やしたゲレオンは、遂にファイティングスタイルを切り替えた。オーソドックスなスタイルを改め、アグレッシブで攻撃的なファイトへと移行したのだ。
 ――来たっ!
 すかさず私は、防御の薄くなったゲレオンの懐に潜り込み、その首筋に両手を組んでダブルスレッジハンマーを叩き込んだ。
 まさにこれこそ、私が待ち望んでいた戦機だ。ひょっとこ姉弟が言う、洗脳状態下の相手に対する有効な打撃だ。
〈PT2000は、動物脳と称される小脳に働きかけるサイバー兵器。よって後頭部への打撃が、ポイントになってくる〉
 この助言に従った私にさしものゲレオンも、体をよろめかせている。だが、ここで誤算が生じる。ゲレオンは足を踏ん張り私のクリティカルヒットに耐えたのだ。
 ――マズい……。
 私は焦りを隠せない。本来ならここで決めねばならない。私はさらなる打撃を目論むものの、すでにゲレオンは完全マーク済みだ。
 さらに私に対し怒涛の反転攻勢に打って出た。その余りの激しさに、私は完全に守勢にまわってしまった。
 ――やられるっ!
 慌ててガードを固める私だが、それよりも早くゲレオンのストレートが私の頬を打ち抜いた。
 その強烈な一撃に私はマッドへと沈む。対するゲレオンは、完全にトドメを刺すべく転がる私からマウントを取り、さらなる打撃を叩き込んできた。私はその猛攻を何とか両腕もガードで凌ぐものの、すでに勝敗は明らかだ。
 ――負ける……。
 困惑し動揺する私だが、ふとその目に観客席に佇む一人の翁が飛び込んできた。
 ――師匠っ!?
 何と姿を消していた師匠が、こちらを見守っていた。その瞬間、私の心から焦りが消えた。巧みにゲレオンの打撃をさばきながら、機を見てマウントから逃れることに成功する。
「よしっ!」
 立ち上がり対峙する私は、ゲレオンとさらなる死闘を繰り広げていく。
 ――ダメ元でいい。ここは勝負だ。
 私は再びガードを下げる。攻めかかるゲレオンに、ひたすら弱気を演じ続ける私。その試合時間が残り三十秒を切ったところで、ゲレオンが畳み掛けてきた。
 ――ここだっ!
 私は意を決し再度、ゲレオンめがけて飛び上がる。その後頭部めがけて飛び膝蹴りを叩き込んだ。それも先程打ち込んだ箇所と全く同じポイントへの打撃である。

 この寸分狂いないヒットを受け、遂にゲレオンが崩れ落ちた。ここで試合終了の鐘が鳴る。
 まさに勝負あり、だ。試合結果が判定に持ち込まれる中、ゲレオンは呆然とした顔で上体を起こし周囲を見渡している。その上で目の前の私に声をあげた。
「サクラじゃないか。一体、どうなってるんだ? なぜ俺はお前とリングにいる?!」
 疑問符を投げかけるゲレオンの目は、かつての落ち着きを取り戻している。
 ――洗脳が解けたんだ。
 私は歓喜のあまり涙を滲ませ、人目も憚らずゲレオンに抱きついた。
「お、おいサクラ……」
 困惑するゲレオンに感極まる私。そんなリング上の私達にサイバーピースの面々は安堵と喜びの笑みで、見守り続けていた。


 試合後、私は師匠を求め会場を探したものの、すでにその姿はない。思えば師匠は、いつもこうだ。
 ここぞと言う場面で様々な示唆を与えつつ、それ以上の接触は断ち続ける。そんな奥ゆかしさに苦笑しつつ、私はキューブ・ワンをログアウトし、次なる闘いへの準備に取り掛かった。
「いよいよ頂点が見えてきたね」
 事務所へと戻った私にシロウが語りかける。次の相手は、ここまで一敗を守り続けてきたジルだ。
 ――おそらくこれが、ダン・シエル杯における事実上の決勝戦ね。
 私は改めてジルの特徴をまとめたシロウのレポートに目を走らせる。何と言ってもゲレオンをサイバーアタックでハッキングした相手だ。
 さらに言えば、父が出資する相手でもあるだけに、次にどんな手を打ってくるのか、全く読めずにいた。

 第二十四話

「え、スポンサーを降りるかもしれないって、どう言うことですか?」
 ジル戦を前にした私は、ヤマト社のタケル社長からの電話に戸惑いを隠せない。理由を問うものの、返ってきた答えは「ビジネス上の判断」のみだ。
「要するにジルと私を両天秤にかけるってことですね?」
 念押し気味に問う私だが、それ以上の説明は得られなかった。仕方なく通話を終えた私にシロウが苦笑する。
「ビジネスライクな社長らしいよね」
「シロウ、達観している場合じゃないでしょう。折角、ついたスポンサーなのに」
「多分、父さんが手を回したんだろう。別にいいさ。要は勝てばいいんだから」
 何でもないことのように言うシロウに、私は呆れた。
 ――いつもながら簡単に言ってくれるわ。
「それより姉ちゃん。パンゲア・カルテルとミスターXについて、色々分かったよ。なぜこんなまどろっこしい手をくり出すかもね」
 シロウは資料を手に説明を始めた。黙って聞いていた私だが、説明が佳境に入ったところで思わず声をあげた。
「何よそれ。まるで私達はモルモットみたいじゃない」
「そう言うことさ。煎じ詰めて言えばミスターXが求めるのは、DNAの優良サンプル。ダン・シエル杯はそれを見極める……まぁ、言ってみれば試験管でありリトマス紙みたいなもんさ」

「シロウ、仮にアンタの言う通りだとして、よ。この後、ミスターXはどうしようっていのよ?」
「ゼロサム兵器の実験体としてパンドラの一筆に利用するのだろう」
 淡々と語るシロウに私は言葉を失っている。沸々と湧き起こるのは、怒りの感情だ。
 ――私達は機械じゃない。
 ダン・シエル杯を新兵器の実験場の如く扱うミスターXに憤りを覚える私だが、その一方で別の感情も抱いている。どうもミスターXは人間というものを信用していないという現実だ。
 あくまで基準は強さにあり、その研究材料として人類がいる。そんな常軌を逸した側面を私は感じ取っている。
「ま、何はともあれ、まずはジル戦ね。行ってくるわ」
 私はシロウとひょっとこ姉弟に見送られながらキューブ・ワンへとダイブした。



 事実上の決勝戦と見られるジル戦だが、延長戦を経て辛くも判定勝利をおさめることが出来た。それは、ただ一人無敗として残った私の優勝が決まった瞬間でもある。
「勝ったっ!」
 私は拳を天に突き上げ喜びを爆発させた。
 その後、表彰式を経て初代チャンプの名が刻まれた私は、ゲレオンらサイバーピースの面々にもみくちゃにされながら、いつものバーで、至福のときを過ごしている。
「今回は負けたが、次はこうはいかないぜ」
 若干の悔しさを顔に見せながら、私の肩をゴツくのはゲレオンだ。もっとも他のメンバーも大なり小なり同じ心境らしい。
 それでも私は嬉しさを抑えきれない。何より初代チャンプの座を刻めたことが、たまらなく嬉しかった。
 やがて、祝福会は解散となり、私はゲレオンとともにキューブ・ワンでも有数の歓楽街へと傾れ込んだ。そこで熱に浮かされたように、ネオン街を回った私達はホテルで一夜をともにする。
 仮想空間上ではあるものの、私が心を許した初めての瞬間だった。やがて、ベッドの上でゲレオンが問う。
「サクラ。真面目な話だが、すでにパンドラの一筆に絡む権利はダンさんから、お前のブラックバード社へ渡っている。今回の優勝を経てコロッセウム闘技場を中心とした情報へのアクセスも手に入った訳だ」
「えぇ、これでようやく事の真相に辿り着けるって訳」
「それなんだがな。もし、シロウの仮説が立証できれば、水面下で模索されている大戦への大義名分のロジックを崩す絶好の機会となろう」
「そうよ。いよいよ真相に迫るときが来たってことね」
 興奮気味にうなずく私にゲレオンは、しばし考えた後、ポツリと言った。
「ちょっと、うまく行きすぎじゃないか」
 これには私もうなずかざるを得ない。事実、ここまで順調に運ぶとは思っていなかった。
 しばし沈黙が流れた矢先、突如、私達の携帯端末に着信が入った。見るとサイバーピースの面々である。皆が互いに興奮しながら何かを話しているが、早口過ぎて伝わらない。
 だが、どうやら何か事件が起きたらしく、盛んにテレビを見ろと告げている。不審に感じた私達はともにテレビをつけ、そこに映った速報に息を飲んだ。
「ジルが、殺された!?」
 驚く私だが、事態はさらに上をいく。何でも現場に私と父のログイン記録が残っていたというのだ。すでに警察は私達を容疑者として手配を進めているという。
「何それ、どういうことよ!?」
 いきなり訪れた思わぬ事態に、私はただ呆然と速報を眺め続けるしかなかった。

 キューブ・ワンから慌てて現実世界へと戻った私を待っていたのは、シロウだ。すでに外は、警官隊の包囲が始まっているという。
「一体、どうなってるのよ!?」
 困惑気味に問う私にシロウは、険しい表情で答えた。
「ひょっとこ姉弟が裏切ったんだ」
「何それ、じゃぁドロシーとオズは……」
「パンゲア・カルテルと手を打ったらしい。すでにここから逃亡した後だ」
 突きつけらた過酷な現実に、私はめまいを覚えている。
「一体、なぜこんなことに……」
 頭を抱える私にシロウがため息混じりに答えた。
「遠戚とはいえ、僕らが皇族の血筋を引くからさ。奴らはこれをスキャンダルに絡めて開戦機運を高めるはず。姉ちゃんは、その人柱にされたんだ」
「でも、私は何も。警察だってそのくらいは……」
「いや、手遅れだ。奴らはすでに罪状を取り冤罪にしてでも姉ちゃんを拘束し、葬り去るつもりさ」
「……シロウ。私、どうすればいい?」
 愕然とする私にシロウは「ここは任せて逃げて」と囁き、メモ書きを差し出した。どうやら逃亡先を記したものらしい。
 私は困惑しつつもシロウに促されるまま、事務所の裏口から脱走していった。

#創作大賞2024 #オールカテゴリ部門

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(7)https://note.com/donky19/n/nd8d550ab43ce
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