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土居豊の文芸批評・YouTube講座編【姓名文学のすすめ あなたと同姓同名の主人公】第3回 小説の人物名・現代文学編〜『ノルウェイの森』と『暗夜行路』の直子

土居豊の文芸批評・YouTube講座編
【姓名文学のすすめ あなたと同姓同名の主人公】第3回 小説の人物名・現代文学編〜『ノルウェイの森』と『暗夜行路』の直子



概要


戦後文学に登場する人物名は、近代小説の場合と違って横文字名の影響を色濃く受けている。
過去の名作と同じ名前もあり、特に正反対の作風である村上春樹『ノルウェイの森』と、志賀直哉『暗夜行路』のヒロインが、どちらも直子なのは興味深い。
また、小説の人物名がアニメや映画で使われる例もある。三島由紀夫『潮騒』とアニメ「エヴァンゲリオン」の主人公名が同じシンジである、など人物名とキャラクターの性格やイメージは奇妙につながっている。


※前回まで

土居豊の文芸批評・YouTube講座編【姓名文学のすすめ あなたと同姓同名の主人公】

第1回 村上春樹と村上龍〜ペンネームと本名について
https://note.com/doiyutaka/n/nd61273aab534

https://youtu.be/IRRZRDKmMoY

第2回 小説の登場人物名〜鴎外と藤村の「小泉」など、近代文学編
https://youtu.be/Svik7gNXsHs

https://note.com/doiyutaka/n/n0bb60b8d4261




⒈ 戦後以降の現代小説に登場する人物名


(1)横文字名の影響

戦前
谷崎潤一郎『痴人の愛』の河合譲治(英米名のジョージ)、ナオミ(聖書の人物)。

戦後
安部公房『壁』のS・カルマ、K・アンテン、アルゴン君。
大江健三郎『性的人間』のJや、『個人的な体験』の鳥(バード)。

(2)過去の名作と同じ名前

森鴎外『雁』の「岡田」は、村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』の岡田享に受け継がれた?
志賀直哉『暗夜行路』の愛子は、村上龍『テニスボーイの憂鬱』の吉野愛子に?

(3)時代の変化を感じさせる名前

明治〜大正期
夏目漱石『行人』の長野一郎、二郎。
森鴎外『青年』の大村荘之助、『ヰタ・セクスアリス』の埴生庄之助。
宮沢賢治『風の又三郎』の高田三郎など。
いかにもありそうな名前で、入れ替えても違和感がない。

戦後
遠藤周作『わたしが・棄てた・女』の森田ミツ。
三浦綾子『氷点』の辻口夏枝、ルリ子。
などのカタカナ混じりの名前が、いかにも戦後という感じだ。

三島由紀夫『潮騒』の宮田初江。
村上龍『コインロッカー・ベイビーズ』の桑山和代。
山田詠美『僕は勉強ができない』の時田秀美。
などは、昭和によくありそうな名前だ。

ところが、
朝井リョウ『桐島、部活やめるってよ』の沢島亜矢、小泉風助、前田涼也
などは、作者自身のカタカナ名とともに、時代の変化を感じさせる。


⒉ 村上春樹『ノルウェイの森』と、志賀直哉『暗夜行路』の意外な類似


(1)「ノルウェイ」直子&「暗夜行路」直子は、なぜ同じ名前?

1)『ノルウェイの森』は、作者・村上春樹曰く、「リアリズム小説」、「恋愛小説」だ。
2)『暗夜行路』はリアリズム(自然主義)小説の頂点とされ、作者・志賀直哉自らが「恋愛小説」と名付けている。
3)ヒロインの名前が、どちらも「直子」であり、どちらも三角関係に迷う。
4)主人公の青年が、どちらも愛に迷って各地を放浪する。特に京都が重要な舞台となる。
5)主人公が、どちらも父親との関係性の結果、出奔する。
6)主人公が、どちらも傷ついた心を自然の不思議な治癒力によって回復させる。
7)心の治癒の場所が、どちらも山陰地方。

(2)森鴎外『雁』の(fete)は、『ノルウェイの森』に通じる

1)『雁』に出てくる(fete)という言葉は、愛人との性的な饗宴を連想させる。
2)『ノルウェイの森』のパラグラフにある、「多くのfeteのために」も、多くの登場人物たちの性的な愛憎をテーマとしているように思われる。

(3)太宰治『斜陽』に出てくる夾竹桃のイメージが、『ノルウェイの森』に通じる

1)『斜陽』で描かれる夾竹桃は、滅びのイメージである。
2)同じく『ノルウェイの森』の直子が入院している病院(モデルは西宮市の回生病院)には、咲き誇るキョウチクトウがあるが、これは病と死のイメージを醸し出す。夾竹桃には毒があることからの連想だ。


⒊ 三島由紀夫『潮騒』と、アニメ「エヴァンゲリオン」の主人公名は同じ

(1)『潮騒』久保新治と、「エヴァ」のシンジ

1)『潮騒』の新治は、全てに秀でた「勝ち組」の「リア充」青年である。
2)対して「エヴァ」のシンジは、劣等感の塊で、最愛の女子(アスカ)にも、旧劇場版のラストシーンで「気持ち悪い」と突き放されてしまう少年。

(2)村上龍『愛と幻想のファシズム』鈴原冬二&「エヴァ」スズハラトウジ

1)『愛と幻想のファシズム』の冬二はカリスマである。
2)対して「エヴァ」のトウジは、コミカルなボケ役だ。同作の相田剣介も、「エヴァ」ではボケのトウジに対するツッコミ役の相方だ。

(3)三島由紀夫『午後の曳航』の塚崎竜二は、映画「竜二』の原型?

これは仮説だが、『午後の曳航』における、少年にとっての理想の男性像である竜二は、映画『竜二』の人物像に影響を与えたかもしれない。


⒋ 同じ姓名をつけられた主人公たち


(1)三島由紀夫『鏡子の家』の杉本清一郎と、『愛の渇き』の杉本弥吉

同じ作者があえて同じ姓名を違う登場人物につけるのは、過去に使ったことを忘れている可能性もある。しかし、なにがしか似通ったイメージを持っているとも考えられる。

(2)埴谷雄高『死霊』の三輪与志と、小川国夫『弱い神』の紅林與志

違う作家が同じ名前を人物につけるのは、知らずにそうする場合もある。だが、両作家が親しい関係の場合は、オマージュ、あるいはライバル心からということもありうる。

(3)大江健三郎『性的人間』Jや『個人的な体験』鳥(バード)と、村上春樹『風の歌を聴け』ジェイ、鼠

村上春樹は、大江健三郎をデビュー当時リスペクトしていたと思われる。大江が村上を酷評したので、その後、両者は席を同じくしないようになった。
ちなみに、村上春樹『1973年のピンボール』のタイトルは、大江健三郎『万延元年のフットボール』のパロディだとされる。





(第4回へ続く)


※バックナンバー

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