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(祝!アカデミー賞) 土居豊の文芸批評・アニメ編 「映画『君たちはどう生きるか』評 〜これは宮崎アニメの集大成というより米林監督作品との和解か?」(期間限定 無料公開)

(祝!アカデミー賞)


土居豊の文芸批評・アニメ編
「映画『君たちはどう生きるか』評 〜これは宮崎アニメの集大成というより米林監督作品との和解か?」(期間限定 無料公開)




本作は宮崎アニメの集大成というより、米林監督作品との和解か?と考えてみた。
本作を観て感じたことが、元ジブリのアニメ監督で本当は宮崎アニメの後継者であるはずだった米林作品のテイストを、本作は換骨奪胎して取り込んでいるというものだった。
たとえば、本作の描写に米林作品の「アリエッティ」「マーニー」「メアリ」の要素が巧みに織り込まれている。
「アリエッティ」:キリコやヒミの部屋の様子。また家政婦のハルは、『君たち』のキリコとつながっているように見える。
「マーニー」:洋館の様子、海とボートの描写などが共通する。
「メアリ」:冒頭の火災とヒミの火の魔法は、メアリに登場するドクターの実験に通じているようにみえる。またインコ世界の様子も、メアリのエンドア大学と似ている。
もしかすると、宮崎監督が児童文学ファンタジーを描こうとすると、宮崎テイストと米林テイストの似通った部分が炙り出されるのかもしれない。
あるいは、そもそもが逆で、米林作品があまりにも宮崎アニメの影響下にあるということだろうか。しかし、もしそうなら、宮崎監督の集大成というべき本作に、米林作品の影が見え隠れするというのは、言い換えると米林監督こそ宮崎アニメの正統な後継者にふさわしい、ということになるのではなかろうか。

次に、本作の内容面について気になったことを、いくつかまとめる。
まず、インコ大王が生き残ってこちらの世界についてきた意味は、重い。
なぜなら向こうの世界を、積み木を断ち切って滅亡させたのは大王だ。その報いを受けることなく、小さなインコとなって生き延びキリコについてきた。この展開は、おそらくこちらの世界に禍根を残すのではないか。
第二に、本作の登場人物は、一見して理解しにくい部分が多い。
たとえば、夏子叔母と母の姉妹関係がどうにも複雑で、主人公まひとの感情がどう整理されたのか、映画の中では何も解決していない。だが、本作を児童文学だと考えると、実はそれでもいいのだ。大人の内面は、児童文学では描かれなくても問題ないからだ。
もしかしたら宮崎自身の内面も、女性とのことについては複雑で、あの年齢になってもなお解決されないままなのかもしれない。それはそれでいい。
この映画の悲しさは、まひとが帰還したこちらの世界が、破壊され尽くす運命だとわかっていること。あちらの世界も崩壊し、こちらも業火に焼かれ、逃れる場所はない。

もう一つ、映画としての本作に納得しかねるのは、まひとの父が無事に生き延びて、一家無事に戦後の生活を過ごしている様子だ。本作の中で滅びた世界、現実世界でも戦火に焼かれた世界への贖罪はそこに何もない。ラストシーンのまひとも、あちらの記憶を失ってしまったように見える。
それでいいのか?と言いたくなる。だが、宮崎自身の人生もそうだったのかもしれない。彼は自身の体験した戦中戦後のことを、主要なアニメ作品の中では一切、反省していないのだ。それはそれでいい。

これは一つの解釈だが、本作の中の時間はおそらく何度もループしている。
小説『君たちはどう生きるか』を、母がまひとの机に置いておいたのは、その後の地下世界の冒険を知っているからだ。彼女は、自分の息子と同じ年頃の姿で出会い、一緒に冒険し、抱きしめて、そうして自分の妹に託する。この展開は、彼女にとって辛いものだろうが、それが不可避であるからには、どうせなら息子が冒険を楽しめるようにヒントとなる本を未来の彼に残しておく、ということだろうか。もしそうなら、粋な選択だと思える。
一つだけ本作に文句をいうとすれば、宇宙?から来たというあの石、それがインコ大王の一撃で砕けるというのは、いささか呆気なさすぎるのではあるまいか。
だが、あの世界がループして何度も繰り返されるとしたら、砕けるのもプログラム通りということなのかもしれない。



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土居豊:作家・文芸ソムリエ。近刊 『司馬遼太郎『翔ぶが如く』読解 西郷隆盛という虚像』(関西学院大学出版会) https://www.amazon.co.jp/dp/4862832679/