出オチ

出たら落ちるだけ。

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乱れている

どうやら乱れている。 生活リズムが。ヘアスタイルが。人間関係が。心が。国が。世界が。 ピアノも弾く気力も湧かなければ絵を描く気力も湧かない。湧いていた時の方が稀だったのか。 万物は非定常から定常にいずれは到達する。とわかったように先輩ヅラする彼は言った。 乱れ続けていることはある種、一定に定常状態とも言えるし、乱れ続けている定常状態が整った時点で非定常状態の乱れたとも言える。好きなところを起点にすればいい。起点を選ぶことは自分で決めること。一度決めても後から変えていいから

    • 自分勝手にはゆとりを

      毎日、ロシアの動きにニュースが騒がしい。 平和に暮らそうじゃないか。自分勝手なことはよろしくないよ。なんて浅はかな感想に留めておいて。 自分勝手はやめようよと思いながら、僕は毎日、ロシアのニュースを聞きながら株価の動向を見ている。また下落したな、ちょっと影響大きいじゃないか、と。 はい。お察しの通り、僕は平和を願って自分勝手なこと止してと言っていた僕は、自分の株価への影響という自分勝手なことを考えているだけなことにはたと気づく。 人間は油断すると自分にフォーカスした思考

      • 退職

        12年勤めた会社を辞めた。 昨日、最終出社日でお世話になった人に会いに行き、遠方にいる人にはメールでご挨拶。メールの宛先が500名を超えたときに関わった方の多さに驚く。(それでも後から抜け漏れがあったことに気付いて悔やまれる) 会社に退職を告げてからのこの2ヶ月、ずっとふわふわした感覚の中で生きていたように思う。記憶がないというよりも情報処理が追いついていない。 おかげで出社をもうしなくなると思えど思ども実感が湧かない。これがある種リアルなのかもしれない。その連続で日々重

        • 今だからできる会話

          会社の退職が決まって約1ヶ月半、ようやく落ち着いた。 退職引き留めから、決定後の上の方々の態度の変わりよう、送別会までフルコースで堪能した。 勤続10年で取得できていてこの2年コロナ禍で使えてなかった連休をこの週明け1週間を取ることにした。 海外にも行けないこの状況で1週間の休暇がもらえてどう使おうか。 東京にいても日常であり、読みたい本を読むにしても場所は関係ないとも言える。 退職前にあっておきたい人が数人いる。 退職後でもあってくれる人ではあると思うのだが、同じ会社

        乱れている

        マガジン

        • だらだら
          9本
        • 記憶の井戸に潜る
          5本
        • 好きなもの
          4本

        記事

          スベリ倒した

          会社を年内で辞めることを部署のメンバーに告げる日。 課長に伝えてから2週間。課長からは他のメンバーにはまだ黙っとくようにとのお達しがあり、一応黙っていた。 そして迎えた今日。臨時会議で呼び出されて一言ご挨拶をすることに。 「実は…年内で辞めます」 ノーリアクション。 もうちょい待ってみよう。びっくりして声も出ないのではないだろうか。待ちますよ。そりゃ。 ノーリアクション。 この空気に耐えきれず「知ってました?」と声を上げてしまう僕。 頷くみんな。 課長から「業

          スベリ倒した

          本当に34歳だった

          10代の頃、僕は34歳で死ぬと思い込んでいた。 それは20代の頃、もっとリアルに感じていった。 そして30代になった。 もう数年しかない。そう思いながら4年が経過して、今年34歳になった。 34歳ってこんなものか。誰もが思うであろう「もっと大人になっているかと思った」という手垢のついたような言葉が、気を抜くと漏れてきそうだった。毎年恒例の健康診断では、大きな影響がある結果はなく、寿命はもうちょっと長くなりそうな気配しかしない。 死は無になること。人生の区切り。僕は広義の死

          本当に34歳だった

          面接終了。今の気分を文字に残す。

          転職の最終面接が今日終わった。 なんだか不思議な気分だ。 もし不合格なら現職での生活が続く。 もし合格なら現職との別れを告げる日が来る。 思いもよらなかった。現職との付き合いがメインになっている。 もちろん次の職へのワクワクや不安という部分はあるのだが、心の中で折り合いをつけるのは現職のこと。現職と言っても仕事内容に関しては何にも思っていない。 気になるのは一つだけ。現職で出会って今まで一緒にやってきた人のこと。 自分自身がドライな人間だと思っていたので、お世話

          面接終了。今の気分を文字に残す。

          人としての関係

          昨日10月1日、今年度入社の新入社員が僕のチームに入ってきた。 初日から飛ばしても仕方ないので、彼女のことを知ろうとほとんどフリーディスカッションの時間にした。先輩後輩のコミュニケーションというより人と人とのコミュニケーションに近い。 結果、初日とは思えないくらい自己開示をしてくれたと思う。 ・めんどくさがり ・コスパ悪いとやめる ・違うと思う人は縁を切る ・期待値上げすぎないようにヘラヘラと笑う癖がある 一日終わって帰り際に初対面だよね?とお互いに笑い合って話をした。

          人としての関係

          旧友

          「明日謝るんやからその時まで言い合おう」とLINE画面に表示され、開始のゴングが鳴り響いた。そんなことを言い出したのは約1年ぶりに会った小学生の頃からの旧友。 まるでリセットボタンがあるかのように、勝手な設定を持ち出されたのだが、そんなことに合意しちゃいない。一方的に暴力的な言葉が乱れ飛んでくる。僕は打たれ強くない。心休ますために寝て覚めた今日も、まだ瘡蓋になっていないどころか血が流れている箇所もある。この傷が癒える前に記しておこう。これは限りなく個人的な日記だ。 暴言は止

          19

          19(ジューク)って今のハタチくらいの人って知らないのかな? 僕が中学生くらいの頃に大ブームになったフォークデュオなんだけど、当時青春真っ盛りの学生にザクザクと刺さる歌詞を発信し続けていた。ググったところによると1998年-2002年まで活動。解散からもうすぐ20年が経とうとしている。そりゃハタチは知らなくても不思議じゃない。 僕自身も狂うほどに大ファンだったわけではなく、兄が聞いていたのを聴かせてもらって聴き始めたくらいのものだ。当時は歌詞の深さも本当に理解していたかと

          こりゃ傑作だ

          先週、部長と課長が真剣な顔つきで言った。 「若手が辞めていく…こんな良い会社なのに。」 僕は一言。 「若い世代と良いの定義が違いますよね。」 部長と課長は、それはわかってると言わんばかりの全く同じ顔をしていた。 遡ること1週間前、僕はその辞める若手の彼に転職しようとしてるとの相談を直接受けていた。そして彼の思いを理解しているつもりだし、僕は背中を押して応援したばかりだ。 その後、部長に話がちゃんと順序を辿って伝わったわけだ。 僕は経緯を知っているため、「実は私、話を事前

          こりゃ傑作だ

          分かっているようで分かっていなかったこと

          本日、ワクチンの1回目を打ち終えた。 小雨の降る中、余裕を持って10分前に渋谷区の接種センターに到着した。外ではワクチンを待つ人が若者から中高年、外国人まで多数いた。「20分になったら入れますので。もう少しお待ちください。」と、来る人来る人全員に丁寧に説明をしてくださる警備員さんには頭が下がる。 流石に食い下がる人はいないし、混まないようにスムーズな運営に協力する空気がそこにはあった。 定刻になりぞろぞろ並んで会場に入ると、まずは複数の大学生くらいの若い人が、整列を促し、

          分かっているようで分かっていなかったこと

          本音

          とある同期から珍しく着信があり、15分程度雑談混じりで話をして電話を切った。その時ある記憶が蘇った。 今から10年以上前の情熱大陸の一コマだ。 今から何年前だろう?もう10年以上の2008年(ググった)。 当時、SMAP中居正広さんの回があった。中居さんは当時38歳。 その中での一言がいまだに記憶に残っている。 本音言わなくてもいいんじゃないですかね。 そんな一言をぼそっと発言されていた。 当時の僕は20歳。大人とは言えない年齢で圧倒的に何にも考えずに生きていた時だ。

          忘れてた、歩兵の最中だった。

          間違えて頼んだホットコーヒーを目の前にして、村上春樹を読んで夕暮れを待つ。こんな時間の使い方こそが至高。 今日から3日間、在宅ワークをして、さらには15時に毎日仕事を切り上げることにした。自分の時間は確保した上で労働も行うべきだ。 今日のAM、僕と他部署の担当者はチャットしていた。全セールスへのアンケート協力いただいたことの御礼と生データを主担当者へフィードバックするという案件で、その連名発信のメールをどうするかというもの。どうせ受け手なんて50人くらいしかいないメールだ

          忘れてた、歩兵の最中だった。

          会話の余白

          会話に余白を設けた方がいい。 余白があると遊びになるし、遊びになると思いもよらなかった方に転がっていく。 会話をキャッチボールのように喩えられがちだけど、おんなじボールを狙った的のところに投げ合って「いい球投げるね」なんて続けてもね。 それよりもいろんなボールを備えていて思ってもみない角度から投げられる人になろう。 飽きやすい人間と自覚しているならば、せめて飽きられない人間になろう。 だからって怒涛のトークを続けるんじゃない。 上手く余白を。

          会話の余白

          遂になった。

          34歳になった。信じられない。 中学時代の僕は、自分の人生は34歳に寿命を迎えるとの想いをもったのだが、実際にその歳になったわけだ。 人生は矢のように月日が過ぎていくと岸田繁は言った。 僕が生きる理由は僕自身で決めなきゃいけない。 放っておいても誰も面倒見てくれない。 僕は僕の人生を生きるだけ。

          遂になった。