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大河ファンタジー小説『月獅』24   第2幕:第8章「嘆きの山」(4)

第1幕「ルチル」は、こちらから、どうぞ。
前話(23)は、こちらから、どうぞ。

第2幕「隠された島」

第8章:「嘆きの山」(4)

<あらすじ>
(第1幕)
ある晩、星が流れレルム・ハン国エステ村領主の娘ルチルは「天卵」を宿し王宮から狙われる。白の森に助けを求めるが、森には謎の病がはびこっていた。「白の森の王(白銀の大鹿)」は「蝕」の期間にあり本来の力を発揮できない。王は「隠された島」をめざすよう薦める。ルチルは偵察隊レイブンカラスの目につくよう断崖から海に身を投げた。
(第2幕)
ルチルはノアとディアの父娘と「隠された島」で暮らしはじめた。天卵は双子で、金髪の子をシエル、銀髪の子をソラと名付ける。シエルの左手から孵ったグリフィンの雛は飛べなかった。天卵の子は人の子の3倍の早さで成長するという。ディアとルチルは双子を連れ「嘆きの山」の中腹にある泉まで出かける。泉より先は迷いの森になっていて危険だが、抑えられないソラの好奇心を満たすために先に進むことになった。

<登場人物>
ルチル‥‥‥天卵を生んだ少女(十五歳)
ディア‥‥‥隠された島に住む少女(十二歳)
ノア‥‥‥‥ディアの父 
シエル‥‥‥天卵の双子の金髪の子
ソラ‥‥‥‥天卵の双子の銀髪の子
ビュー‥‥‥グリフィンの雛
ギン‥‥‥‥ハヤブサ・ノアの相棒
ヒスイ‥‥‥ケツァール・ディアの相棒
トート‥‥‥ルチルの幼なじみ・村の悪ガキ

 泉のまわりは高い樹木がなく、そこだけぽかりと空いた穴のように天に向かって開けている。だからいつでも明るい。ところが、迷いの森では高い樹木が陽射しをさえぎり、進むにつれて蔭が濃くなりたちまち鬱蒼とした。見あげても厚く重なる葉裏が連なるばかりで、空はかけらも見えない。白の森も樹木が生い茂り空は見えなかったけれど、白く輝く光が森のそこかしこに神々しいほど降り注いで明るかった。だが、この森は光が届かず昼なのに冷やりと昏い。
 嘆きの山には意思があるという。迷い込んだものを閉じ込めて帰さない。ルチルの背筋がぶるっと震える。シエルは怖がって、ルチルの胸にしがみついたままだ。光の届かない昏さが、あたりを不気味にしている。正体の定かでない不安にルチルは飲み込まれそうになり、シエルを抱く手に力を籠める。一方、前を行くディアはソラと朗らかに歌いながら歩んでいた。

 カサカサっと微かに葉の擦れる音をルチルの耳がとらえた。落ち葉を踏みしめているような音だ。森ではあたりまえの音だが、ちくりとした違和感をルチルは抱いた。ディアがソラの手を握って先頭を進む。ヒスイはディアの前を優雅に飛ぶ。ディアから遅れがちになりながらも、ルチルがシエルを抱いて追う。ビューはシエルの肩に止まっていた。だから後ろには誰もいないはず、なのに。
 カサカサッ、サクッ、ガサガサッと葉を踏む音が遠く背後から聞こえてくるのだ。音はしだいに近づく。
 しゅるカサッ、シュルシュる、ガサッシュルしゅる――
 落ち葉の擦れる音に、躰をくねらせて地を這うような音が混じっていることに気づいた。ぞわぞわとした嫌悪感がつま先から背筋をつたって這いのぼりルチルの全身を駆け巡る。
 蛇……? 
 ルチルは蛇が苦手だ。わずか三インチほどのメクラヘビですら怖い。図鑑のページをめくるのも嫌だ。絵とわかっていても、触れただけで指先からぞわぞわする。トートたちがおもしろがって、ポケットに蛇をひそませ、ルチルの目の前にぶら下げて卒倒させられたこともある。蛇を目にしただけで全身の血液が逆流する。
 振り返るのが恐ろしかった。音は確実に近づきしだいにはっきりと形をもつ。
 怖い――。でも、私がシエルを守らなければ。
 意を決して振り返って、ルチルは凍りついた。
 真っ赤に焼けただれた鱗をくねらせ、赫黒い大蛇が落ち葉を巻き上げ、下草を薙ぎ払いながら迫って来ている。頭だけで太い丸太くらいある。尾の先はどこにあるのか、うねる波のように続いて果てもわからない。赤い目に金の瞳が禍々しくきらめき、その瞳に射られると背筋が凍りつき微動だにできなかった。大きく開けた口には鋭い毒牙が上下に並び鎌首を持ちあげている。赤い舌をシュッシュッツと突きだす。
「キャ――っ!」
 頭の先から恐怖の叫びをあげると、あたりは一瞬のうちにランプの火が落ちるように闇となった。暗闇に金の目だけが光る。シューシューシューと毒牙から漏れる呼吸が周囲の空気を震撼させる。シュルシュルシュるっと地を這う音がしだいに速くなる。大蛇への恐怖と、闇の恐怖がルチルを襲う。音と気配が迫る。シエルを胸の下に隠して地面に突っ伏し奥歯を食いしばった。喰われる――!

「……ル、……チル、ルチル、ルチル!」
 バシッと頬をぶたれたような鈍い衝撃が走って、ルチルはぼうっと目を開く。ディアがルチルの肩を両手でつかんで揺すっている。
 ルチルは飛び起きる。
「逃げて! 早く! 赤い大蛇が……。早く、早く逃げて。シエル、シエルはどこ?」
 ルチルは髪をふり乱して錯乱する。
「ルチル、ルチル落ち着いて。幻だから」
 ディアがルチルをきつく抱き留める。
「まぼろ……し?」
「そう、迷いの森のいたずら。たぶん正体は、これよ」
 ヒスイがミミズを咥えている。
「そんなはずない。真っ赤に爛れた鱗の大蛇が迫ってきたのよ。金の目をして、鋭い牙が光るのも見た。地を這う音も聞いたわ」
「この森ね、迷路になってるだけじゃないの。人の心も迷わせるんだよ。怖がる心につけこんで幻を見せて楽しむの。びくびく怯えてるとね、巨人が現れたり、獰猛な獣が牙をむいて襲ってくるのが見えたりする。でも、その正体は大木だったり、ネズミだったりするの。ルチルも森にからかわれたんだよ。ほら、このミミズも赤いでしょ」
 ルチルは躰の芯から力が抜ける。シエルはルチルの足もとで泣きじゃくっていた。
 ルチルはほおっと大きく安堵の息をつく。心なしか森が明るくなった気がする。シエルを抱きよせ、ディアに向かって微笑みかけたそのときだ。
「おいディア! ソラがいないぞ」
 ヒスイが叫んで森の真上に飛びあがる。

(to be continued)


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