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大河ファンタジー小説『月獅』18   第2幕:第6章「孵化」(4)

第1幕「ルチル」は、こちらから、どうぞ。
前話(17)は、こちらから、どうぞ。

第2幕「隠された島」

第6章:「孵化」(4)

<あらすじ>
(第1幕)
レルム・ハン国にある白の森を統べる「白の森の王」は体躯が透明にすける白銀の大鹿だ。ある晩、星が流れルチルは「天卵」を産む.。そのためルチルは王宮から狙われ白の森をめざす。だが、森には謎の病がはびこっていた。白の森の王は、再生のための「蝕」の期間にあり本来の力を発揮できない。王はルチルに「隠された島」をめざすよう薦める。ルチルは王宮の偵察隊レイブン・カラスの目につくように断崖から海に身を投げた。
(第2幕)
ディアは「隠された島」に父とふたりだけで暮らしている。島のヴェスピオラ火山は「嘆きの山」ともいい、迷いの森となっているだけでなく、山頂には強い磁場があり近づくものを飲み込む。ある日、島の浜に天卵を携えたルチルが漂着する。ルチルは、ノアとディアと共に島で暮らすようになる。

<登場人物>
ルチル‥‥‥天卵を生んだ少女(十五歳)
ディア‥‥‥隠された島に住む少女(十二歳)
ノア‥‥‥‥ディアの父 
ギン‥‥‥‥ハヤブサ・父の相棒
ヒスイ‥‥‥翡翠色の翼をもつケツァールという鳥・ディアの相棒
カシ‥‥‥‥ルチルの教育係兼世話係だった
ブランカ‥‥ルチルが飼っていたシロフクロウ
シン‥‥‥‥白の森で暮らす「森の民」の末裔
ラピス‥‥‥シンの娘

 島に流れ着いて二度目の満月の夜だった。
 季節は夏から秋にかわりはじめるころで、一年でもっとも美しく月が輝き、エネルギーが高まる。大潮を迎えた海は、打ちつける波音が澄んだ空を叩く。ルチルはディアと並んで月を眺めていた。
 白い月光が草原を明るく照らす。すべてを支配する太陽の明るさではない。闇を透明にする明るさだ。世界が澄んでいく。ルチルの胸の澱も晴れていくような気がした。群青の波間に白く月の道がたゆたっている。
 ルチルは天卵を身に宿してからのことを思い返していた。
 たった三月みつきほど前のことなのに、以前の暮らしは遠い昔のことに思える。トビモグラに守られながら地下を駆けているとき、「これは悪夢で、目が覚めれば屋敷のベッドにいるのよ」と頭の奥で繰り返していた。それが今ではどうだろう。この草原に天卵といること、ディアと月を眺めていることこそ確かな現実で、屋敷で過ごした日々のほうが幻のように思えるのだ。島に来て、何ひとつ満足にできないと知った。父母の大きな羽の下で雛鳥として守られることに満足し、世界を見ようとも、飛び立とうともしてこなかった。自らの毎日が誰かの労働によって成り立っていることにも無頓着だった。手があかぎれで荒れ、柔らかな足裏がまめで固くなろうとも、自らの体を駆使することは、今ここで生きている、そのことを確かな手触りで実感させてくれる。
 この月はお父様とお母様を、カシを、ブランカを同じように照らしているのだろうか。シンはラピスを抱いて白の森から月を眺めているだろうか。それぞれの場所に、それぞれの生きる現実がある。
 そういえば今夜はディアが静かね。そっと隣に目をやると、ディアは惹きこまれるようなまなざしで月を見つめている。海風がディアのオレンジの髪を巻きあげ、月と同じ色に輝く。
 月光に呼応するように、脇に置いていた籠のうちで天卵が明るく瞬きはじめた。みるみる光量を増していく。ディアも気づいたのだろう。二人で顔を見合わせる。
 月が中天に昇りきったそのときだ。ひときわ鋭い月光が一条、まっすぐに天卵を射た。
 すると、あたりの闇を薙ぎはらうように、卵が燦然と黄金の光を放ちはじめた。あまりの眩しさにルチルは、一瞬、目をつぶる。
「父さん、卵が!」
 ディアが叫ぶよりも早く、ノアがたらいと湯を汲んだ木桶を携えて駆けてきた。
「今夜あたりじゃないかと思っていた」
「天卵が孵るのでしょうか」
「ああ。天卵は満月の夜に孵るといわれている。しかも、一年でもっとも力の高まる望月もちづきを選ぶとは。この卵が天命を背負っていることはまちがいないようだ」
 天卵は煌々と輝きを放つ。
 まるで月光のエネルギーを吸い取って自らの輝きに変えているようだ。光と光がつながりあい拮抗する。月から降りそそぐ銀の輝きと、地上から放たれる黄金の輝き。それらが中空で弾けあい光の粒が散乱する。
 なんて美しいのだろう。
 ルチルは恍惚として、「いのちの…輝き」と小さくつぶやく。
「そのとおり。まさにいのちの輝き、この世に生まれるという覚悟の光だ」
 籠に手を伸ばそうとするディアの肩を押さえながら、ノアがこたえる。
 卵は天頂に達するほどのまばゆい光のきらめきを放った。
 あたりが昼のように輝く。
 ピシッと鋭い高音をたて殻にひびが入る。稲妻が走るように亀裂が広がっていく。
 卵が割れる。天卵が孵るのだ。
 ルチルは籠の脇に膝をつき、両手を胸の前で固く握りしめ喉の奥をぎゅっと縮こませる。ディアは父の手を振りほどき、ルチルの肩を抱く。ノアは立ったまま、娘たちと天卵を見守る。ハヤブサのギンは草原の真上であたりを警戒しながらホバリングしていた。ヒスイはディアの肩に止まり美しい尾をぴんと張っている。小鳥たちもつぎつぎに集まってくる。五頭の山羊たちは、白い顎ひげが地面に届く長老山羊を中心に、光におののきかたまっている。山からサルやイノシシも降りてきた。島中の生きものたちが集まってくる。天卵の光を遠巻きにして、生きものたちの輪が幾重にも取り囲んでいた。
 亀裂が卵の両端に達すると、天に向かってひときわ強烈な閃光が放たれ、殻が粉々に弾け飛んだ。打ち上げ花火のように目的の高度に達した光はかさとなって開き、地上にまばゆく澄んだ黄金の光の粒が降る。
 おぎゃ、ほぎゃ。ほぎゃあ。
 光に目を奪われていたルチルは、静寂をはらう泣き声にはっとして視線を地上にもどした。まぶしい光に目をすがめながら、籠のうちを見る。
 黄金の髪を額にはりつけた頭がみえた。横を向いてこちらに背を向けている。ルチルは目を細めたまま視線をゆっくりと左にずらし、そこで目を見開いた。赤ん坊の足もとに、もう一つ頭があったのだ。こちらは銀髪だった。互いの顔を寄せ合い、二つの勾玉が向かい合うような形で卵におさまっていた。
「なんと、双子か」
 ノアも驚きの声をあげる。

(to be continued)

『月獅』19に続く→



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