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小林エリカ『彼女たちの戦争——嵐の中のささやきよ!』

Webちくまに連載していたときから楽しんでいた小林エリカ『彼女たちの戦争——嵐の中のささやきよ!』を読む。

彼女たちの戦争は、いったいどんなものだったのか。
彼女たちは、いったいそこに、どのように抗い、どのように呑み込まれ、あるいは、そのどちらでもなく、どのように、生きのびたのか、死んだのか。
私は、彼女たちが、どのようにして戦争を生きたのか、知りたい。

「はじめに」

世界中でその名を知らぬものはいないナチス・ドイツの犠牲者、アンネ・フランクから、アインシュタインの相対性理論にも貢献したであろう「悪妻」のミレヴァ・マリッチ。孤高の詩人、エミリー・ディキンスンや、ミューズとして男の作品として刻まれたかもしれないが、自らの名は歴史に刻まれることのなかったカミーユ・クローデルまで、ともすれば「男」が引き起こした「戦争」の中で生きなければならず、また死に至った「女」たち一人ひとりの「ささやき」に耳を傾けるエッセイ集だ。

前述した4人のように、よく知られている名前もあれば、第一次世界大戦で兵器としての毒ガスを開発した化学者の妻で、自らも化学者だったクララ・イマーヴァールなど、連載時に初めて知った名前もある。ただ、率直にいえば、本書は連載時よりも小振りな印象しかなかった。それは何故だろう。

本書に書き下ろしの「ヒロシマ・ガールズ」を読んで、腑に落ちた。戦後、ニューヨークの病院で火傷痕のケロイド治療のために選ばれた、広島で被爆した日本人の未婚女性25人についての語りだ。1年半に及ぶ手術と治療を受けた彼女たちを、戦後50年となる1995年に全国紙が追跡取材した際、手術中に不慮の事故で亡くなった1人に加え、3人が死亡、3人が北米で暮らし、17人は広島県内で暮らしているという。しかし、その取材を拒否し、名前さえ明かさなかった方が8人いた。

 彼女たちのうちのひとりは、(中略)やがて彼女自身の体験を語り、アメリカ、日本、世界の人々に、原子爆弾の恐ろしさや悲惨さを訴える活動をすることになる。
 しかし彼女たちのうち八人が、その名前さえひた隠しにし、沈黙し、五〇年経った後にさえ、語らない、語れない。そのことの意味を、私は考えずにいられない。

p105

男に虐げられて死に至った「女」がいる。たとえば、こんな女性。こうやって、いつでも被害者は「女」だ——というように、筆者は相対的な「女」をひと括りにするつもりは一切ない。ある本を読んでいたら、こんな女性が出てきて、彼女の浮き沈みのある生涯はまるで「戦争」だ。自分が生まれた年とたまたま同じ年に書かれた「女」の言葉をなぞると、胸がつまってしまう——と、筆者は小さなきっかけで知ることになった「女」の一人ひとりの名前を挙げて、生涯を概観し、どんな「戦争」に対して、どのように生き、どのように死んだのかを語る。だからつらいのだと「女」を大文字で語ることはしない。本書には、28のテーマで人やグループが出てくるが、1対28という構図ではない。常に1対1で向き合い、それが28組あるという構成だ。

月刊PR誌やWebちくまの連載ならば、その回はその「女」1人(またはグループ)に焦点があたる。そこで始めて知った作家やその著書を何冊読んだことか。連載の終了時には強く単行本化を願ったものだ。しかし、いざ本書を手に取ってみると、残念ながら、激しい「戦争」を生きて、そして死んだ「女」たちのカタログとなってしまった印象は否めない。酷評ともいえる読者レビューもあるが、それは筆者の責任ではなく、媒体の特徴に端を発するものだ。

「批評の神様」と呼ばれる小林秀雄の批評はいつでも、よく「読むこと」から出発している。知識や理論に頼らず、徒手空拳で、対象と交わろうとする。〈自分が身をもって相手と交わる〉すなわち「考える」ことを実践し、言葉にあらわす。したがって筆者・小林エリカも身をもって、アンネ・フランクやミレヴァ・マリッチ、エミリー・ディキンスンと交わっている。「考える」ことを実践している。そこで耳を傾けた「ささやき」の結晶が本書なのだ。

受け身で読み、喜んだり、反発したりするのが本書の意図や意義ではないはずだ。自分の胸を衝いた人物や生き方、「戦争」があったならば、読み手もまた、一人ひとりの「女」の声に耳を傾けてみればよい。ありがたいことに、巻末には各話の「引用・参考文献・資料」がある。

そんなことを考えているところに、夫の不貞が原因の一つとして自ら命を絶った後、夫だった男が選び編集した詩集で一躍人気となった詩人であり、本書にも登場するシルヴィア・プラスの詩集がイギリスから届く。それは、元夫が編集したものではなく、もともと自分が編集して刊行するつもりだった代表作“Ariel”の復刻版である。

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