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【書評】青山美智子『お探し物は図書室まで』

つながる。おどろく。おもしろい。

この三つが、子どもの頃からの読書を支えてきた。

本を読む。犬は耳の後ろを撫でられると気持ちいいという。小学生のとき、わが家で飼っていた雑種犬で試した。たしかに、ふにゃっと力が抜けて無防備な姿勢になる。おぉ、本に書いてあったことは本当だ。おもしろい。犬も本も。

本を読む。人は真実でなければきちんと否定する。しかし、図星だと「別に」という言葉で濁すという。中学校のとき、クラスの友人に試した。お前、あの女の子が好きなんだろう? いや、好きじゃないよ、いっつもベラベラしゃべっていてうるさくって。じゃあ、あっちのクラスの女の子がいいんだろう? えっ!? 別にぃ、何いってんの、お前。オマエはどうなんだよ。あぁ、本に書いてあったことは本当だ。おもしろい。人も本も。

そんな、知識と知識が結びついたり、知恵が現実世界に役立ったり、人と人を結びつけたり、新たな視点を与えてくれたりすることにまず驚き、それが楽しくて、嬉しくて、ずっと読書をしてきた。

5章それぞれ異なった登場人物が語り手となり、地元の交流施設にある図書室で自分の抱えている問題を解決する糸口を見つけていく連作短編『お探し物は図書室まで』。青山美智子さんの作品を読むのは初めて。第1章で婦人服売り場で働く朋香が第5章で接客をしたり、第4章に出てくる作家志望の青年に第3章で出てくる編集者の夏美が出版を持ちかけたりと、それぞれが別のエピソードの伏線となっていくのは、連作短編ならではの楽しみだ。

実は、第1章で朋香の抱える「問題」を、自分を探すのではなく、自分ができることを増やしていくという「答え」で物語をまとめていると感じ、安直だなあという印象を抱いた。「感動した」「元気をもらった」「控えめに言って最高」。そんな薄っぺらい共感を求める薄っぺらい読者にウケる薄っぺらい物語ではないかと思った。2021年の本屋大賞第2位って、そんなものなのかと。

本書にも登場する『月のとびら』の著者である石井ゆかりさんは、巻末で「誰もが自分の話をちゃんと聞いて、考えて、理解してもらいたい。その上で、よく考えられた、心ある答えが欲しい。本書はその夢が叶えられているファンタジーなのである」と解説している。

折しも、対話型の人工知能(AI)であるChatGPTが話題だ。論文を書き、文章を要約し、プログラミングのコードをも書いてくれる。回答はもっともらしく見えても、実は不正確な情報を与えられることもあるので注意も必要だが、普段づかいの言葉で「自分の話をちゃんと聞いて、考えて、理解してもらい、よく考えられた、心ある答えが得られる」ようだ。

質問すれば、答えが得られる。それはたしかに嬉しい。しかし、その答えは本当に正しいのか、どのような意図のもとに、そんな答えになるのか。第4章でニートである浩弥が求める「自分探し」の方法と、ほかの30歳男性のニートが求める「自分探し」の方法は、どのように違うのだろうか。どんな属性の情報が与えられると、それぞれにふさわしい「答え」が得られるのか。「質問(問題)」と「答え」のほかに考えたり、検証したりすることが、対話型AIにはまだまだあるように思う。

第1章から第5章までの悩める5人に、図書室の司書である小町さゆりは、答えの糸口となる本をすすめるとき、羊毛フェルトの「付録」を手渡す。その選び方は「てきとう」「カッコいい言い方をするなら、インスピレーション」だという。

私が何かわかっているわけでも、与えているわけでもない。皆さん、私が差し上げた付録の意味をご自身で探し当てるんです。本も、そうなの。作り手の狙いとは関係のないところで、そこに書かれた幾ばくかの言葉を、読んだ人が自分自身に紐づけてその人だけの何かを得るんです。

ポプラ文庫p313

紐づけする。つながる。おどろく。おもしろい。

著者の青山さんは、感動させようとしていない。共感なんて求めていない。元気を出してもらう気もない。著者も、司書の小町さゆりも、対話型AIのような「答え」を出しているわけではない。青山さんが各章で紹介される実在の本を読んだときに、自分自身に紐づけて考えたことを語っている。21歳の婦人服売り場の女性から、65歳で長年勤めた会社を定年退職した男性まで、5人の語り手に告白させているのだ。あぁ、本に書いてあったことは本当だ、おもしろい、人も本も、と。

そのうえで、著者は『お探し物は図書室まで』の読者に問いかけている。あなたは、『お探し物は図書室まで』を、どのように読んだのか。あなたが自分自身に紐づけて得た自分だけのものは何だろうか、と。もちろん、「感動した」「元気をもらった」「控えめに言って最高」では、答えになっていない。

私の答えはこうだった。

つながる。おどろく。おもしろい。あぁ、本に書いてあったことはやっぱり本当だ。人も本も、つながると、おもしろい。

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