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#16 雨下の迷い者たち

「昔々、まだ神様と人間が仲良かったころ、空の上には、天候をつかさどるお天気様がいました。ところが、そんなお天気様の力がとどかない場所がありました。世界の一番東にある朝日ノ国と、一番西にある夕日ノ国です。朝日ノ国は、降りやまない雨に苦しめられ、夕日ノ国は晴ればかりの日々に困っていました。
 そのことを知ったお天気様は、自分の天使二人に、それぞれ、雨を降らせる力、晴れさせる力を与え、その国を助けるよう命じました。男の天使(アマノ様)は雨を降らせるために夕日ノ国へ、女の天使(ハルル様)は晴れさせるために朝日ノ国へ。
 二人の天使の活躍で、二つの国には平和が戻りました。ですが、まだ、問題があったのです。実は、二人の天使はお互い愛し合う恋人同士でした。
 夕日ノ国に暮らしていたある青年は、二人の事情を知り、二人を再会させたいと考えました。アマノ様から雨の力を授かった青年は、その力で大きな、三つの首を持つ竜をつくり、アマノ様を乗せて朝日ノ国をめざします。ところが、夕日ノ国を出て、アマノ様は気づきました。自分はいつの間にか、雨神になっていたことに。自分が通るとその場所には必ず雨が降るのです。もともと朝日ノ国は、雨が降りやまない国だったので、自分が朝日ノ国に行くことで、その国を滅ぼしかねないと思ったアマノ様は、会うのをあきらめて、夕日ノ国に帰ることにします。
 あきらめきれない青年は、一人で朝日ノ国に向かいました。そこにいたハルル様を説得し、夕日ノ国へ連れていきます。しかし、ハルル様も晴神になっていました。自分が通った場所は必ず晴れになるのです。二人は二度と会えないのか、そう思ったとき、竜がこう言いました。
『もし、わしらが言った通りのものを準備することができれば、おぬしの願いをかなえる方法をわしらは知っておる』
青年は、竜が伝えてくれた詩のあらわすものを、正しく準備しました。すると、すべてがそろったとき、ハルル様の目の前にはアマノ様が。二人は夕日ノ国で再会したのです。
 二人の上には、虹が降っていました。
 青年は大喜び。雨の力で二人の結婚式を準備しました。

まあ、こんな感じかな。だから、晴れと雨が出会った場所っていうことで、夕日中は『天気に一番近い学校』って呼ばれているの。雨下とつながりやすいのもそのせい。雨下は、この一連の出来事があった後、お天気様と二人の天使が、竜に感謝の気持ちを込めて用意した世界なの」
「虹が降っていたって?」
「まあ、言い伝えだしはっきりしたことはわからないけど、ただの雨だったってうわさもある」
それから、僕の方に輝く目を向けた。
「ねえ、虹が降ったとしても、この話によれば、初代アメヨミである青年は雨の力が使えている。てことは、もしこの話が本当なら、コンサート当日、ユウくん、雨の力使えるようになるんじゃない?」
確かにそうだ。僕はうれしくなってそううなずくが、テンはすぐに考え込む表情になり、また本のページをぱらぱらとめくりだす。
「でもね、そうこれ。竜の残した詩っていうのが、分かりにくいんだよね」
テンの見せてくれたページには、こう書かれていた。

 一つ、母なる大空に向けて
 三つ、万物を生み出すヘビと、
 五つ、天から落ちた火の玉とともに、

 雨ふらしの願いは
 虹の調べとともに空に届けられん

「えっと、まさか、謎解き?」
「そのまさか、なんだよね」
それからしばらくの間、二人で考え込む。この図書館は、空気の音が聞こえそうなくらい静かだから、考え事にはうってつけだった。いつの間にか、火の子たちが僕たちの周りを取り囲んでいる。見慣れないお客さんに、興味があったようだ。お互いに顔を合わせたり、首をかしげてみたりしながら、僕たちの様子をうかがっている。本当に、人間の動きみたいだ。
「でも、この言い伝え、詩だから少したとえてる表現もあるんだと思うよ。だから同じ状況をつくり出せばいいんだ」
テンがそううなずく。半分は僕に向けて、もう半分は自分自身に向けて。僕は、目の端に黄色い光がちらっと見え、ハッとする。
「まあ、でもとりあえず、この火の子が、ここに書かれている『天から落ちた火の玉』だよね?」
「あ! たしかにそうだ!」
テンが近くにいた火の子を指さす。指さされた火の子は、びくっと肩をこわばらせていた。この調子なら、すぐ謎解きできるんじゃないか! そう二人で盛り上がっていると、いきなり、
「テン! うるさいぞ!」
という、ひくく怖い男の人の声が上から響いてきた。上から。雷が落ちたような圧迫感にびくりとする。なんだ? そう思って上を見上げる前に、黒いマントをはおった人が僕たちの目の前に舞い降りてきた。えっと、この人、どっからきたんだ……?

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