エッセイ・小説・感想文・詩:脳内ポエジー、島宇宙旅行
[繰り返します.本船は宇宙槍に接触しました.携帯ヘルメットを装着してください.お近くのスタッフの指示にしたがい脱出ポッドへ避難してください.]
ヘルメットの中で、警告音が鳴り響いている。
「大丈夫、必ず助けるから、絶対に君を見捨てないから」
わたしは、大型資材ケースの下敷きになった妻の手を引っ張る。
焦る。うまく力が入らず、動かない。
「いいから、先に行って!」
妻は泣き叫ぶ。
「嫌だ、絶対になんとかする」
わたしの非力ではダメだ、梃子を使うしかない、何か使えるものはないか、わたしは周りを見回す。
ヘルメットに表示される警戒メッセージが、わたしの視界をふさぎ、繰り返される警告音が、わたしの思考を邪魔する。
どうすれば救える? 考えろ、考えるんだ。
◆
「思考」について考えているんです、わたしは。
ひとは、一度には一つのことしか考えられない、そう考えるのが、一般的かも知れません。
でも、わたしは思うんであります。
たしかに意識できる思考は、一つかも知れないけれど、じつは、意識していないだけで、脳内には複数の思考が、同時に存在していて、渦巻いているのではないだろうか、と。
思考とは、まるで、宇宙空間にある銀河系、あるいは、たくさんの惑星が集まってできた小さな島宇宙。
つまり、「思考は脳内に島宇宙みたいに存在する」のではないだろうか、と。
◆
脳内ポエジー、島宇宙旅行
◆
わたしのおじいさんが若い頃に、宇宙旅行は実現した。
わたしのお父さんが若い頃に、短い宇宙旅行はパッケージで売られるようになった。
そして今年32歳になるわたしの世代はというと、ちょっとした宇宙旅行は日常化した。
今年で勤続10年、福利厚生の一環で会社から旅行券をもらったわたしは、妻と一緒に、月の裏をぐるりと回る、ちょっとした小宇宙旅行を計画した。
高所恐怖症だけれど、あまりに高すぎるところに行くのだから、逆に楽しみだ、と思考が一周回った妻は、うきうきしながら旅支度をしている。
わたしはといえば、宇宙を題材にした古い映画を思い出していた。
◆
宇宙と言えば、わたしは宇宙を題材にした映画が好き。
幼い頃は『E.T.』と『スターウォーズ』をよく観ました。古いものでは『2001年宇宙の旅』も好きだし、最近だと『メッセージ』や『ゼロ・グラビティ』が面白かった。一番のお気に入りは『インターステラー』です。
どれもこれも、壮大な外宇宙の物語でありながら、どこか、ひとりの人間の内宇宙の物語でもある。
果てしなく広がる巨大な宇宙と、ひとりの人間のこころの対比。そんな極大と極小の対比に眩暈を起こしながらも、その魅力にすっかり取りつかれていました。
宇宙人と友だちになる少年、惑星を跨いだ親子喧嘩、
宇宙生命の起源と接触する男、
時間の概念が異なる宇宙人と接触する言語学者、
不慮の事故で家族を亡くし、こころに傷を負った宇宙飛行士が宇宙から帰還する物語、
荒廃する地球を救う手立てを探しに宇宙へと旅立つ男。
壮大な外宇宙に晒され(あるいは、その使者に出会い)、その「広さ」に接触した人間は、自分の内宇宙の「狭さ」や「限界性」にぶつかるのでした。
◆
限界性が膜のように広がっている
わたしとあなたの間に 膜が広がる
投げやりになって 槍が刺さり 膜が破れる
膜を破れば 見破れる
破れる 探る やさぐれる
わたしは何も見つけられない 傷つけただけ
槍が膜を破る 限界性は破れない
◆
宇宙槍が宇宙船に刺さった、らしい。
槍のように細長く鋭利な隕石を宇宙槍と呼ぶ。
宇宙遊泳の際には気を付けるように、とガイドに言われていた。
無重力空間、ぷかぷかと浮かびながら移動しているために、揺れや衝撃は感じられなかった。船内が赤いランプで照らされて、緊急アナウンスが流れる。
[本船は宇宙槍に接触しました.携帯ヘルメットを装着してください.お近くのスタッフの指示にしたがい脱出ポッドへ避難してください]
わたしと妻は見合い、急いで携帯ヘルメットを起動する。
[繰り返します.宇宙槍が宇宙船に刺さりました.携帯ヘルメットを装着してください.お近くのスタッフの指示にしたがって脱出ポッドへ避難してください.繰り返します]
◆
「思考」というものは、何度も繰り返してしまう、と思うんであります、わたしは。
あの日考えたこと、いま考えること、いつか考えるだろうこと。
過去、現在、未来の思考は、時系列に並んでいるのではなくて、じつは、同時に在って、渦巻いているんじゃないだろうか。
フラッシュバックする過去の思考。
槍が刺さるように、ハッと思いつく現在の思考。
もしかしたらいつの日か考えるのかもしれない未来の思考。
過去と現在と未来は、その都度入れ替わり、ぐるぐるとめぐっている。
まるで、渦巻く銀河系、あるいは、ぽつんとある島宇宙のように。
島宇宙、それは、ぐるぐる回るポエジーの渦。
◆
わたしは、ぐるぐると周りを見回した。何か使えるものは無いか、と。
宇宙槍との衝突で、船内火災が発生、運悪く、緊急用の酸素ボンベに引火し爆発。船内に設置された消火器などにより爆発が連鎖し、火は、わたしたちがいる通路の隣にある資材室まで届いた。
資材室が爆発。通路に資材ケースが飛び出し、わたしと妻は資材ケースに押し潰される。わたしは上手く抜け出したが、妻は資材ケースが複雑に重なって身動きが取れない。
資材ケースの隙間に棒を刺して、梃子で持ち上げることを考えたが、複雑に積み上がったケース群は動かせそうにない。
通路には何もない。わたしは、資材室に入る。
奥の壁に、緊急用の斧が取り付けられていた。これだ、これで壊すしかない。わたしは、それを手にし、妻のもとに急いで戻る。
焦ってはダメだ、慎重に、妻を傷つけないように。わたしは斧を大きく振りかぶり、複雑に積み上がる資材ケースに向かって振りおろした。
◆
「思考」というものは、複雑に積み上がっている、と思うであります、わたしは。
そして、積み上がった思考に、わたしは身動きが取れなくなる。
過去、現在、未来の思考が渦巻き、ひとつではない、複数の思考が、島宇宙を形成する。
そして複数の島宇宙が積み上がる。積み上がる島宇宙、あるいは、脳内のポエジー。積み上がるポエジーに、わたしは身動きが取れない。
動き出すには、ポエジーを壊すしかない。
でも、どうすれば壊せるのだろうか。
わたしは思うんであります、きっと、壊すには、わたし以外のひとが必要なんだ、と。
だからわたしは、この脳内にある、複雑に積み上がるポエジーを、まるで旅行するみたいに、あっちいったり、こっちいったりしながら、書き出すんであります。
わたし以外のひとに、読んでもらうために。
読んでもらって、初めて、破壊してもらえる、わたしのポエジー。
あなたに破壊してほしい、わたしのポエジー、この島宇宙。
◆
どうにか、積み上がった資材ケースを破壊し、わたしと妻は、脱出ポッドの投下口に到着した。「行こう」と言うわたし、頷く妻。
わたしたちは、脱出ポッドに乗り込み、ドアをロックする。
脱出シークエンスを開始。ベルトを装着。ポッドが、ガコンと揺れる。
窓の外を見る。母船が遠のく。
「ありがとう」と、妻はつぶやいた。
おわり
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