ママとパパ
二人で必死こいて取ったクレーンゲームのぬいぐるみ
いつも私が抱き締めて離さなかったぬいぐるみ
それをそっと手渡すと
大切にしてあげてねと彼は言った
元気でね、でもなく
忘れないよ、でもなく
愛してたよ、でもなく
ずっと大切にしてあげてねとだけ彼は言った
あなたの形見
大切にしないわけないじゃない
ぬいぐるみはにっこり笑ってる
その顔で二人の全てを見届けてきた
ご飯を食べる時もそばに置いて話しかけて
眠る時もベッドの真ん中に置いて
二人ではさんで寝た
何もかも知ってるくせに
どうして今笑うの
この優しい顔が大好きだった
でも一緒に泣いてよ
悲しんでよ
ママとパパはお別れしなきゃならないのよ
しかもまだお互いを心から大切に思ってるというのに
あなたの飛行機の時間が迫ってる
でも私たちはまだ固く抱き合ってる
ぬいぐるみを間にはさみながら
二度と会えない距離に旅立つあなたに
私からはなんて言おう
行かないで
離れたくない
そんな陳腐な台詞しか出てこないから
ずっと黙って瞳を見つめてる
焼き印を押すように
あなたを私に刻み込むために
彼は必死に堪えてる
私も必死で堪えてる
こんなに人を愛したのは初めてだった
だから口から今にも溢れそうになる
でも言ったら駄目
人生すら捨てて何もかもから逃げたくなるから
そんな真似をしても後悔しないくらい愛してるから
飛行場までは着いて行かない
あなたと暮らしたこの街に
私はひとり取り残される
人目もはばからず泣きながら
何百回も歩いた道を辿り直そうか
握ってくれる手の不在に耐え切れず
ぬいぐるみを抱き締めながら歩く変な女
もうすぐそうなるの
もう時間はギリギリ
大好きだった狭いアパートの階段を降りて
思い出の詰まり過ぎた部屋を見上げたら
さよなら
さよなら
ぬいぐるみ大切にするからねずっとずっと
泣き崩れそうになる私をがっしりと支えながら
あなたは堪え切れなかったみたい
ごめんね愛してる
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