コペンハーゲン国際空港の思い出/1

「ーーあー、こんにちは」私は言った。
なにから話したものか、考えてしまう。
開いているのはYouTubeのライブ。
ライブをするのは初めてだった。
ここはコペンハーゲン・カストラップ空港。
あたりは静寂に包まれている。
時刻はちょうど真夜中を過ぎた頃だった。
私が今寝転がっているベンチ、この先にあるエスカレーターを上がり、並んでいる二体の像の横を通り過ぎ、突き当たりを右に曲がればセブンイレブンが開いているが、この時間のここは基本的にほとんどの店が閉まっていた。
このままメトロに乗ってコペンハーゲン市内に行き、そこでパブやバーに行くこともできたが、行くだけで結局はカウンターの隅で爪をかじったまま居座る以外に手がない。
私は現在、ホームレスだった。
友人はいる。
SNS上になら。
頼れる友達は?
いない。
友人ならあちらこちらにいたが、そこを訪れたときに一緒に飲む程度の中でしかなかった。
私は、ため息をつき、身を起こした。「財布をすられちゃったんですよ……」
私は言った。
いつどこで?
わからない。
人を疑うような真似はしたくない。
だが、ポケットの中はもう12回はひっくり返したし、バッグの中身も同じくらい見渡した。
落としたということはあり得ない。
ポケットに物は入れない主義だ。
ヘルシンキからここまでやってきたのは昨日のこと。
トランジットエリアのレストランでトナカイのパスタとクマの柄が美しいフィンランドビールを飲んだことをよく覚えている。
なかなか強いビールで、私は酒に強い方だが、三リットルほどを飲んだところでギブアップしてしまった。
隣に座っていたのは、小麦色の肌の、中東のどっかしらからきたらしい青年。
思えば、彼は下心を感じさせるほどのボディタッチをしてきた気がする。
酔っていてあまり覚えていないが、彼はやたらと私の体を触ってきた。
私も私で、そんな彼にヘラヘラと間の抜けた笑顔を向けていたのだ。
それに気がついたのは、コペンハーゲン・カストラップ空港の何時ものカフェでいつものコーヒーを買おうと思ったときのこと。
財布がないことに気がついた時、私の酔いは背筋を伝う冷や汗とともに流れ落ちた。
コーヒーは既に注文してしまい、目の前に出されていた。
あと足りないのは、私の金だけだった。
どうしよう……。
デンマークの人は親切だった。
事情を話すと、レジ係の彼女は、コーヒーをサービスしてくれた。
私は代わりに彼女の頬にキスをした。
彼女は、顔を真っ赤にして笑っていたが、それが照れていたのか、あるいは、私に対する怒りと殺意を抑えるために犬歯を向きながらもありったけの理性で感情を抑えていたためなのか、私にはわからなかった。
私は、とりあえず、お気に入りのフランス製スマホ、Archos6.8があることを確認してホッとした。
私は早速リトアニアにある私の会社に連絡をした。
部下も秘書もいない。
2019年の6月に起こしたばかりの、小さな会社で、日本、リトアニア、リヒテンシュタイン/オーストリア、アルメニアをはじめとするコーカサス地方の情報を発信するホームページを運営する会社で、ライターを専業とする私以外の全員が、運営や経営、ホームページの作成やメール対応などに従事していた。
私は曲がりなりにもその会社のトップであったが、そのトップは私以外にも3人いた。
会社にいたのは、私の友人であるダリア。
彼女は、リトアニアのオフィスをに住んでいた。
彼女は眠そうな声で答えた。
「アイ、ダリア」
「ダリア、ちょっと問題が起こったんだ。今コペンハーゲンにいるんだけど、財布をすられちゃって」
「無理よ」
「無理ってなにが」
「わかってるでしょ? 利益はまだ出てないし、私のポケットマネーは会社の運営に回してるからヘスバーガーのセットだって食べられないのよ」
「あぁ、そっか。いや、違う。財布すられてカードもなにもないの」
「そ。航空券買ってって話なら尚更無理よ。ディートかダルマツィオに聞いてみて」
「OK。そちらは変わりない?」
「んー? 特に問題はないわ。どーも」
がちゃん。
私はスマホを見つめた。
冷たい女だ。
そんなことを思っていると、再び彼女から電話がかかってきた。
「はい、ダニエル」
「ごめん、言い忘れてたわ。頑張って。人間1週間食わないくらいなら死なないから」
「りょーかい」私は通話を切った。くその役にも立たないお言葉どーも、そんな言葉を飲み込んだ。
私は、そんな気怠げなダリアの優しさが好きだった。
だが、それではご飯が食べられないのも事実。
私は、とりあえず、共同経営者であるディートリントやダルマツィオにも電話をしたが、2人とも金欠のようで、助けにはなれないと言ってきた。
私は舌打ちをした。
役立たず……。
私は、自分が持っているリトアニアのカード会社と銀行に連絡をした。
どうやら、保険とやらは私が頭をかち割られない限りは適用されないらしい。
私は、ため息をついた。
所持金は、ポケットに入れておいた20ユーロ紙幣だけ。
これでは、当初の予定だったコペンハーゲン飲み歩きガイドブックの作成ができなくなってしまう。
私は、空港の外に出た。
見れば、空のある方向が白く光り始めていた。
私は、そちらを睨みつけながら、コーヒーを飲みながらタバコを吸った。
タバコの残り残量は12本。
ここから、私の1ヶ月にわたる海外でのサバイバルが始まったのだった。

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