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Eric Clapton 武道館公演 100回目 〜 2023年4月21日

クラプトンのライヴは, 1975年, 中学3年の時の第2回来日公演以来, これまでに 15回観てきた(今回の記念すべき 武道館 100回目ライヴを含めて)。うち 10回は妻子と 3人で, それを含む 12回は妻と共に。クラプトンが, 自分が 今までで 一番多くライヴを観てきた ミュージシャン。

隣町珈琲 に寄ってから 〜 いざ, 武道館 へ

いきなりの第1章, クラプトン 武道館 100回目ライヴ とは直接関わらない話題なんだけど(でもやはり少し関わることにはなる), 些か長い文章になってしまった。背景を簡単に説明したり, 自分の note の宣伝(!)をしたりで。 

.. というわけで, のっけから, 本 note タイトル上は「脱線」トピック。

というのは, 今回, 久しぶりの 武道館 への道すがら, 文筆家の 平川克美氏が主宰する 隣町珈琲(となりまちカフェ, 品川区中延にあるイヴェントスペース 兼 プチ図書館 兼 喫茶店 といった趣のユニークなスポット)を初めて訪れたのだ。

隣町珈琲, 期待通りのいい感じのスポット!

いや, 単に訪れただけではこのクラプトン武道館 100回目ライヴ note で触れることではないんだろうけど, 自分にとっては何というか, 大事な機会だったわけで。

というのは, 隣町珈琲 が発行する mal" という名の書籍(雑誌, マガジン)の第3号が, 昨年亡くなった稀代の名コラムニスト 小田嶋隆氏(1956年11月12日 - 2022年6月24日)の追悼特集号となっていて, その中で 自分(本 note 筆者)の手による ジョン・レノン "Give Peace a Chance" の 和訳歌詞の一節が 引用されるということが起きていたから。

小田嶋氏とは直接の面識はないけれど, もう遥か10年以上前になるある日, 彼のブログ・サイト「偉愚庵亭憮録」上で ご本人とコメントのやりとりをしたことがあって, 自分の方は「ロック」というハンドルネームで書き込みをしていたのだが, 小田嶋氏から「ロックさんの言う通りで」と, 肯定的に取り上げてもらったりして, 何というかミーハーなのだが(最近 ミーハーって言わないか, 笑)妙に嬉しく思ったことを 今でもよく記憶している。そして勿論, 小田嶋氏のコラムも, 折りに触れて雑誌やネット上などで 幾度となく眼にし, 読んできたのだった。

以下の mal"03 の中に,

小田嶋氏と長年 編集者の枠を超えて公私にわたる親交があった穂原俊二氏の小田嶋氏への追悼文があって, とにかく心に沁みる文章なので 機会があったら是非手にとって読んでいただきたいのだけれど,

そこに, 小田嶋氏が亡くなる数日前の重要な出来事に関わって 件の "Give Peace a Chance" を取り上げている箇所があり, 「ネットで見つけた山本剛さんの和訳より」と注釈が付された上で, 自分が note 上に投稿していた和訳歌詞

の一節が 併せて掲載されている。これはほんと, 名誉に感じることだった。

.. といったことがあったので,

いずれ機会を見つけて, 隣町珈琲 に行ってみたいと思っていたところ, クラプトン の 武道館100回目ライヴ に馳せ参じる機会を使って, 立ち寄ってみたのだった。

当日は mal"03 において上記の和訳歌詞が引用されることになる際に掲載可否の件で(もちろん可なのだが)丁寧な連絡をしてくださっていた 栗田佳幸氏(mal" 発行人で 隣町珈琲 に勤務もされている, また mal"03 にやはり素晴らしい追悼文を寄せられているので 同誌を手に取ったら 是非読んでいただければと思う)にお会いして挨拶することもでき, また同氏の口から, 小田嶋氏の奥様が 今回の クラプトン 来日に際し, 既に 武道館 でのライヴを観ていたことを聞かせてもらい, あらためて何となく縁を感じられるものとなった。

因みに, 隣町珈琲は, 珈琲はもちろん美味いし, 流れている音楽も楽しいもので, 且つ色んなジャンルの書籍を置いていて, いい意味で(わるい意味ってあんまり無いだろうけれど, 笑)「文化」に触れられる居心地がとてもいいスポット。今後も何かの機会に近くまで行く時があったら, また立ち寄ってみたいと思っている。

「因みに」ついで, 以下の note マガジンは, 拙者(筆者, オレ, っつーか今この note を書いている私のことです)が note 上に投稿してきた 自分の手による歌詞和訳 note や, その他, 自分の歌詞和訳を掲載した別テーマの note などを, どさっと集めたもの。宣伝しておきます!

上記の "Give Peace a Chance" はシンプルな歌詞で和訳する上で工夫するところはそれほど多くないんだけど, 挙げ出したらキリないけれど, ピンク・フロイド "Echoes", ポール・サイモン(サイモンとガーファンクル)"Dangling Conversation" などなど, 歌詞和訳の自信作(!)が 沢山あるので, 是非 覗いてみていただけたら 🎶  

さてさて,

本章タイトルに「いざ, 武道館 へ」と添えてみたものの, その件については 〜 いざ, 次章 へ。 

クラプトン 武道館 100回目 ライヴ 見聞, いや 観聴 🎶 〜 珍しく セットリスト等に サプライズ も ♫

というわけで, いざ, 武道館 へ。

久しぶりの 武道館

今回の 武道館ライヴ行き, 自分としても久しぶりだった。この数年, コロナ禍の影響もあって コンサートに行く機会が減っていたけれど, まぁ 2016年ぐらいまで遡れば(随分前か, 笑), この間に ライヴを観たミュージシャンは, 海外からでは クラプトン, ジェフ・ベック, ボブ・ディラン 2回 .. ん? .. ディラン?

ま, ディランはさておき(2回ライヴ観たんだけど, 笑), その他, ドゥービー・ブラザーズ, コリーヌ・ベイリー・レイ, チャンス・ザ・ラッパー, ポーランドの歌姫 モニカ・ブロトゥカ など, また 日本人では 小坂忠(ギタリストに 鈴木茂), そして別の日にも 鈴木茂(吉田美奈子 もゲスト参加!) …

で, これまでに 武道館 でライヴを観たのは相当な回数に上るけれど, しかし上記の 2016年以降だと, 武道館は 2016年4月の クラプトン だけ。

というわけで, 過去 何度も何度も足を運んだ武道館(それも多くは妻や息子と一緒に), その 武道館 に 7年ぶりに行くということで, なんというか音楽ライヴ見聞(観聴!)の個人史上, 特別な想いのある「聖地」(「聖」とは大袈裟だな, 笑)みたいな場所に向かう道, そこを歩いているだけでも, 何だかそれだけで懐かしい気分にさせられるものがあった。

で, 着きました。

グッズ売り場, 衝撃の混み具合でグッズは断念(ま, いいや)。
いよいよだなぁ。
間もなく開演です。
この数秒後ぐらいだったかな, クラプトン 登場!

セットリスト(等)に込められた リスペクト 〜 ジェフ・ベック, J. J. ケイル, ゲイリー・ブルッカー(プロコル・ハルム), ジョージ・ハリスン, ボブ・マーリー

クラプトンのライヴに関しては, これまで事前にセットリストを見て行くことが多かった(勿論 1975年に初めて観た時はインターネットなどというものがなく情報源なし, ネットで情報を漁るようになったのは今世紀に入る前後の時期からで, セットリストを観るようになったのは 2001年のライヴ辺りからだと思う, 括弧の中 長いなぁ!)。「セットリストは知らないでライヴを観た方がいい」派も世に少なくないだろうけれど, 自分の場合は「セットリスト見てから行っても十分楽しめる」派なので, まぁ見ても見なくてもいいんだが 好奇心でつい事前にネットでチェックしてしまう, というのが, セットリストを巡る個人的事情だった。

しかし, 今回については, セットリストは敢えて見なかった。理由はシンプルで, 妻が「今回は見ないで行こう」と言ったから。何となく自分もそれがいいかなと思い, セットリストの情報を得ないまま行くこととなった。そして, それは正解だったと思う。

今回のセットリストは 本章の下部に掲げる通りだが, 選曲に関してサプライズがある方とは言えないクラプトン, だが, 今回はちょっとしたサプライズがあったのだ。

ビックリマークほどのサプライズというわけではないが, しかし文字通り「驚かされた」, しかも初っ端から。というのも, 最初の曲が, 全く知らない曲, 「聴いた」ことも「聞いた」こともない, インストゥルメンタルの曲だった。

後で調べたところによると, "Blue Rainbow" というタイトルの未発表曲で, どうやら 今年2023年1月10日に亡くなった ジェフ・ベック(Jeff Beck; June 24, 1944 – January 10, 2023)に捧げられたものらしい。クラプトンにしては珍しい方の指弾きだったことには, 指弾きスタイルを多用した ジェフへの追悼の意が込められていたのかもしれない。

そういえば クラプトン, 今月下旬(2023年5月22, 23日)に, ジェフ・ベックの奥さんとの共催で, 多数のミュージシャンを招いてのロンドンのロイヤル・アルバート・ホールでの ジェフ・ベック追悼公演を予定している。

(ロッドもロニーも出て, 感動的なイヴェントになることは確実!)

今回のクラプトンの武道館公演で オープニングを飾った "Blue Rainbow" は, ネット上の情報にあった通り ジェフに捧げられた曲で, 5月のジェフ・ベック追悼公演に向けてリハーサルを重ねてきた曲の一つだったのかもしれない。

再び「そういえば」, 今回の クラプトン のライヴ, "Blue Rainbow" 以外にも, 「追悼」と思われる・見做される, そんなパフォーマンスが 三つほどあった。

一つは, J. J. ケイル(J. J. Cale; December 5, 1938 – July 26, 2013)の曲。アンコール前にやった "Cocaine", あれを クラプトン 作曲だと思っている人は今もわりといるのではないかと思われるけれど, あれは J. J. ケイル の曲。まぁこの曲は これまでも クラプトン が ライヴでよく歌ってきた, 弾いてきた曲なので, "Cocaine" をもって「追悼」と見做すのかは微妙なのだけれど, しかし 自分は生で聴いていた時は不覚にも気づかなかったのだが, セットリスト 8曲目の "Call Me the Breeze", あれも J. J. ケイル の曲なのだった。 

他には, これはまさしく「サプライズ」という感じだったのだが, "Tears in Heaven" の時の ポール・キャラックのキーボードのフレーズに, 聴いて直ぐに分かる プロコル・ハルム(Procol Harum)の「青い影」("A Whiter Shade of Pale")のイントロが含まれていたこと。これはおそらく, 昨年2022年2月19日に亡くなった ゲイリー・ブルッカー(Gary Brooker; May 29, 1945 – February 19, 2022)への追悼だったのではないかと思われる。

もう一つは, クリーム(Cream)時代の曲 "Badge", あれは クラプトン と ジョージ・ハリスン(George Harrison; February 25, 1943 – November 29, 2001)の共作だから。今回でなくとも, これまでも何回もステージで演奏してきた曲ではあるけれど, しかし, 二人の関係を踏まえると, やはりあらためての追悼かなと感じた。

いや, やや強引に加えてしまうならば, ボブ・マーリー(Bob Marley; February 6, 1945 – May 11, 1981)だって その輪に! .. セットリスト 5曲目の "I Shot the Sheriff", とまぁ, これは クラプトン が 1974年のビルボード No.1 ヒット作 "461 Ocean Boulevard" で カヴァーし, そのシングル盤もやはり ビルボード No.1 ヒットとなった曲で, 言わば レゲエの巨人・偉人 ボブ・マーリー をもっともっと広い世界大の規模で有名にしたとも言えるカヴァー, これまでにも何度も何度も クラプトン がライヴで歌い, 弾いてきた曲ではあるけれど。

そこまで言い出すと, 今回もやってる数々のブルーズ・カヴァー, あれらにも当然ながら, 先達のブルーズ・ミュージシャン達へのリスペクトと追悼が込められている, と加えたくなるね。いや, 勿論, ここに加えよう!

さて, 因みに, クラプトン は 1945年3月30日生まれ。御年 78歳にして幸い まだまだ 元気。

Wonderful Tonight に Katie Kissoon の スキャットはなく, この日から Layla は Cocaine に代わったけれど 〜 いいじゃないか, また クラプトン が来日してくれたんだ, 演ってくれたんだ ♫

そう, クラプトン は, まだまだ 元気。

とはいえ, クラプトン のライヴを観るのは今回で 15回目だけど, 流石にギターの手数は過去14回と比べて 明らかに減っていたのは確か。まぁね, 御年 78歳なのです。十分じゃないか, 文句ないよ。

それでもそうですね, セットリスト 4曲目 と 5曲目, "I'm Your Hoochie Coochie Man" と "I Shot the Sheriff" での ギターは, パワーあった方だと思う。前者に関しては過去よくライヴで演る中で そのうち聴いていて何となくマンネリを感じる時もあったことを憶えているけれど, 今回のパフォーマンスは 相当によかった。納得の フーチークー ♫ でした。

ところで, サプライズ と呼んだらこれは妙な感じになるけれど, "Wonderful Tonight", あの日のあの曲, その 2番の歌詞の歌い出し部分について, 珍しく歌詞を忘れてやや口籠った歌い方をしていた クラプトン。78歳ですよ, あれはご愛嬌, ということで(笑)。

その "Wonderful Tonight" と言えば, 今回, コーラスに Katie Kissoon がいるので, 彼女の美しいスキャットを聴ける, これはほぼ確実に, 確実に聴けるだろうと期待していた。

(上掲ヴィデオ 4:00 やや前辺りから Katie のスキャット, 素晴らしい!)

しかし期待と願望は叶わず, Katie のスキャットは今回はなかったのだった。でもね, 文句は言いませんぞ。

もう一つ触れておくと, 今回の来日でも 武道館 99回目までは演っていた "Layla", その "Layla" が 武道館 100回目では落ち, "Cocaine" が取って代わった。これに関しても拙者個人は不満ない。というか, 比較するなら, "Wonderful Tonight" で Katie のスキャットを聴けなかったことの方が残念。

"Layla" がセットリストから落ちたことは, たまたま我々の直ぐ前の列にいたカップル(特に女性の方だった, ただこの文脈において性別にさして意味がないことは書いておきます, 念のため, 細かいね!)など かなりショックを受けた様子で, 「どうして, どうして!」とけっこう大きな声で口に出していたし, そう感じた人は少なくなかったんだろうけど, 前列にいたその人達も クラプトン のライヴを観るのは初めてじゃなかったようだし, そもそも過去のライヴを思い出しても, "Layla" が毎回 セットリストにあったわけじゃない。演らなかった時も何回かあった。もう何回も聴いてきたんだし, クラプトン 本人がその日のライヴに選曲したり・しなかったりした, ということなんだから, それはそれでいいじゃん, 自分としてはそんなふうにシンプルに思う。

そして アンコールは, "High Time We Went", 過去にもよくあったことだけれど, アンコールで, そしてその日のステージの最後の曲として, 自分の曲でなく, 持ち歌でなく, しかも自分ではなくてその日のバンド・メンバー(Paul Carrack)が リード・ヴォーカルをとる歌を選ぶ。こういうところは, いかにも クラプトン という感じがする。 

ともあれ, ギターの手数は減ったけれど, ヴォーカルの声はまだまだ出ていたし, クラプトン 翁, 武道館 100回目, おめでとうございます。観れて, 聴けて, 本当に良かった。感謝です。

今回の来日メンバー と 武道館 100回目ライヴ, セットリスト

今回の来日公演の バンドメンバー と, 記念すべき Eric Clapton 武道館 100回目ライヴ(2023年4月21日, 金曜日)の セットリスト は, 以下の通り。

Band members:
Eric Clapton – guitar, vocals
Doyle Bramhall II – guitar, vocals
Chris Stainton – piano, keyboards
Paul Carrack – organ, keyboards, vocals
Nathan East – bass
Sonny Emory – drums
Katie Kissoon – backing vocals
Sharon White – backing vocals

Electric Set I:
1. Blue Rainbow
2. Pretending
3. Key to the Highway (Charles Segar cover)
4. I'm Your Hoochie Coochie Man (Willie Dixon cover)
5. I Shot the Sheriff (Bob Marley & the Wailers cover)
Acoustic Set:
6. Kind Hearted Woman Blues (Robert Johnson cover)
7. Nobody Knows You When You're Down and Out (Jimmy Cox cover)
8. Call Me the Breeze (J.J. Cale cover)
9. Sam Hall ([traditional] cover)
10. Tears in Heaven
11. Kerry
Electric Set II:
12. Badge (Cream song)
13. Wonderful Tonight
14. Cross Road Blues (Robert Johnson cover)
15. Little Queen of Spades (Robert Johnson cover)
16. Cocaine (J.J. Cale cover)
Encore:
17. High Time We Went (Joe Cocker cover)

Note: Clapton's 100th performance at the Budokan—the first time a non-Japanese artist has ever performed 100 times at the venue.

*Songs on Albums, etc.
Covers, 12 (incl. Cream's "Badge")
Journeyman, 1 ("Pretending")
Rush, 1 ("Tears in Heaven")
Slowhand, 1 ("Wonderful Tonight")
The Lady in the Balcony: Lockdown Sessions, 1 ("Kerry")
Unreleased, 1 ("Blue Rainbow")

上掲リンクは, 上は Clapton に関する超有名サイト Where's Eric での掲載ページへのリンク, 下は 拙者がよく利用しているセットリスト情報サイト setlist. fm での掲載ページへのリンク。

Eric Clapton 来日公演を, 自分史とともに振り返る

ざっくりと。

1974年 10月, 初来日(筆者, 中学2年)。Yardbirds も, John Mayall & Bluesbreakers も, そしてあの Cream も, Blind Faith も, Delany & Bonnie and Friends も, そして Derek and the Dominos の時代も, それら全てが 既に過去の歴史になっていたけれど, それでも クラプトン は, 少なくともここ 日本ではまだ, 「神」扱い, 「ギターの神様」扱いの時代だった。

そう, 昔々(の一時期), クラプトン は 本国 イギリスでも..(このおばちゃんはクラプトンではありません, 笑)。

と呼ばれたりしてたんだなぁ..

さて,

1975年 10-11月, 2回目 の来日公演(筆者, 中学3年)。この時点でもまだ 日本では(少なくとも一部で)「神」扱いだった クラプトン, なぜ このとき「極東の島国」の地方都市, 静岡市に来てくれたんでしょう。それは個人的にいまだ謎。ともかく, 静岡県生まれ, 当時もまだ静岡県にいた拙者, 10月29日 の 静岡駿府会館でのライヴを観ているのだった。というわけで, これが 筆者の 初めての クラプトン・ライヴ体験。その興奮の一夜のライヴの模様は, 音源付きで,

の 第1章「Me and Eric Clapton 音源てんこ盛り」の中で さらっと書いてます。

1977年 9-10月, 3回目 の来日公演(筆者, 高校2年)。高校の時は下手くそながらバンドやって学園祭で Cream の "White Room" や "Derek and the Dominos" ヴァージョンの "Little Wing", それになんと "Layla" もやったりしたはずだけれど(筆者は下手くそながらギター, "White Room" ではヴォーカルも), でも行ってないんだな, この時の クラプトン・ライヴ。遠いし, カネないし。

1979年 11-12月, 4回目 の来日公演(筆者, 大学に入学した年)。札幌で大学生として生活中。大学時代も一応, 本場(!)アメリカのブルーズ・ミュージシャン達を招いたブルーズ・フェス, 山下洋輔トリオ, それにタウン誌の懸賞でチケット当たって行った 柳ジョージ&レイニーウッド, 他, 何回か コンサートに行ってるんだけど, なんでこの時, 12月6日 道立産業共進会場での クラプトン のライヴを観に行かなかったんだろう。これは謎。その理由, なぜか思い出せない。 

因みに, この年の 12月3, 4日 の 武道館 でのライヴをレコーディングして(だから言葉尻だけ捉えると「ただの一夜」ではない) 2枚組のライヴ・アルバムとして 翌 1980年4月16日にリリースされたのが, "Just One Night",

さて, 

1981年 11-12月, 5回目 の来日公演(筆者, 大学3年)。まだ 札幌で 学生生活の時代。この年の クラプトン, 北海道には来ていない。貧乏学生, 北海道から本州までコンサートの為に行くカネはありません。

1985年 10月, 6回目 の来日(筆者, 25歳)。既に就職して 横浜市に在住。まだ カネないのかよ(笑), でもこの年 10月末, 国立代々木競技場第一体育館での スティーヴィー・ワンダー のコンサートに, まだ付き合う前で 2年半後に結婚することになる 妻と行ってる。クラプトン はなぜ行かなかった? .. 謎だ。

1987年 11月, 7回目 の来日(筆者, 27歳)。行ってない。オープニング・アクトとして ロバート・クレイ・バンド が一緒だったのに, なぜだ, 謎だ(因みに ロバート・クレイ は後年, 日比谷野音での ブルーズ・カーニヴァル で ライヴを観た)。

1988年 10-11月, 8回目 の来日公演(筆者, 28歳)。この年の3月, 結婚した。クラプトン は エルトン・ジョンマーク・ノップラー(ダイアー・ストレイツ)と 共に 来日。セットリスト的に クラプトン がメイン・アクトの形で, ジョイント・コンサートをした。このビッグ・イヴェント, なんと, 行ってない!

.. しかし これは謎ではない。今となっては「あれは行っておきたかったな」感が強いが, しかし当時, 11月1-3日 に行なわれる故郷の秋祭りに馳せ参じることを優先したのだった。それは今も全く後悔などしていないが, 11月2日 の 東京ドームは無理だったわけだけれど, 11月4日 に 武道館で演っているので, 4日の早いうちに頑張って元気出して戻って来れば, 行けないことはなかった。故郷の秋祭り, って昔は「ケンカ祭り」と呼ばれたりもした些か荒々しい祭りだし, 酒は沢山飲むしで, 日程キツいなぁと早々に諦めたのかも(エルトン・ジョン については後年, 武道館 でのライヴを妻子と3人で観ているが, マーク・ノップラー は残念ながらいまだ生聴きしたことなし)。

待て待て, 果報は寝て待て。いや, この件は既に間に合わない(笑)。

待て待て, というのはですね.. うーむ, 10月31日 に 名古屋レインボーホール で演ってたか。それに行ってから 静岡県西部の故郷の秋祭りに行くってことも不可能ではなかったはず。いや, 当時の賃労働の仕事のスケジュール上, 無理だったのかな。詳細, 忘れたよ。

1990年 12月, 9回目 の来日(筆者, 30歳)。この頃から, 妻や 職場の同僚と一緒に, 趣味で ロック・バンド をやり始めた(筆者は一応, 一応ってなんだ, 笑, とにかく ギター, 妻は キーボード, 妻は めっちゃ上手い!)。この年, 12月13日 の 横浜アリーナ でのコンサートに, 妻やそのほか大勢の職場の同僚と共に行ってる。これが 筆者, 2回目 の クラプトン・ライヴ体験。

1991年 12月, 10回目 の来日(筆者, 31歳)。この時の クラプトン は, ジョージ・ハリスン と共に来日。George Harrison with Eric Clapton & his band としてコンサート。これはほんと, 後悔してる, つまり, 行かなかったのだ, なんとなんと。

ビートルズ の曲の中で, ジョージ・ハリスン 作の曲は好きな曲が多いし, 妻とのバンドでは "Something" もレパートリーにあった。行っておけばよかったなぁ。

ジョージ・ハリスン は以前から好きだったけど, 彼の音楽の良さをもっとちゃんと認識するようになったのは後年。あの時はなんと, コンサート趣旨からして セットリストは ジョージ・ハリスン の曲中心で, クラプトン は ジョージ を支えるって感じ, そういうわけで, クラプトン の曲は比較的少なくなるんだろうなと思って(実際そうだったのだが), まぁいいやと思って行かなかった。

行くべきだったよなぁ!

1993年 10月, 11回目 の来日公演(筆者, 33歳)。前年 9月に 息子が生まれた。この時は 妻が 武道館 に行って ライヴを観, 自分は 横浜アリーナ で ライヴを観た(筆者が クラプトンのライヴを観るのは 3回目)。お互い, 留守番の夜は 息子の世話。自分も「子供カレー」とかで 息子に夕食を食べさせ.. 。まぁ当たり前だね。

1995年 10月, 12回目 の来日(筆者, 35歳)。クラプトン自身のオリジナル曲は 一切やらず, ブルーズ・カヴァー・オンリー の "From the Cradle" ツアー。

幸い, 当時は ロック・コンサートにおいて 未就学児童は入場禁止などというルールが存在しておらず, 我ら夫婦, 3歳の息子を連れて(膝に乗せれば息子はただ, 無料でライヴ観れたんだよ), 3人で 武道館 へ。この時が, 息子が 初めて観た クラプトン(この年, 息子は 他に イーグルス や CSN もライヴを観てる)。妻は 3回目 の クラプトン。

筆者が クラプトン のライヴを観たのはこの時まだ 4回目 だったのだが, 本 note タイトルにある 武道館 100回目ライヴを含めて, これまでに 15回, クラプトン のライヴを観てきたわけだけれど, この時の クラプトン のパフォーマンスは, その中の トップ 3 に入ると思う。

1997年 10月, 13回目 の来日(筆者, 37歳)。これも 妻子と 3人で行った。クラプトン のライヴを観るのは 5回目

1999年 11月, 14回目 の来日(筆者, 39歳)。これも 妻子と 3人で行った。クラプトン のライヴを観るのは 6回目

2001年 11-12月, 15回目 の来日公演(筆者, 41歳)。これも 妻子と 3人で行った。筆者が クラプトン のライヴを観るのは, この時が 7回目

我々が観たのは 11月30日 の 武道館ライヴ。過去 15回観た クラプトン の ライヴの中で, 確実に トップ 3 に入る パフォーマンスだった。以下の音源は, それから 4日後, 2001年12月4日の 武道館ライヴ。

さて, 

2003年 11-12月, 16回目 の来日公演(筆者, 43歳)。これも 妻子と 3人で行った。筆者が クラプトン のライヴを観るのは, この時が 8回目

2006年 11-12月, 17回目 の来日公演(筆者, 46歳)。これも 妻子と 3人で行った。筆者が クラプトン のライヴを観るのは, この時が 9回目

12月2日に さいたまスーパーアリーナ で観たのだが, この時のツアーは, デレク・トラックスドイル・ブラムホールⅡ を伴った トリプル・リードギター の ゴージャスな陣容。

"Motherless Children" の豪華スライド 3人揃い踏みが 強く印象に残っていて, それはまさしくこれ(以下の音源は 翌2007年の サンディエゴ でのライヴ)。

さて, 次は, 

2009年 2月, 18回目 の来日(筆者, 48歳)。ソロ公演も, 記念すべき日本で初めて実現した ジェフ・ベック とのジョイント・ライヴも, 共に 妻子と3人で行った(筆者が クラプトン のライヴを観るのは この時が 10回目11回目)。

ジェフ とのジョイント, 夢のひとときでした。もう叶わないけれど, ほんと, もう 1回 観たい!

2011年 11-12月, 19回目 の来日公演(筆者, 51歳)。スティーヴ・ウインウッド との共演。Blind Faith 時代の曲もやって, 最高。

これも妻子と共に 3人で行った(息子は既に大学生)。筆者が クラプトン のライヴを観るのは, この時が 12回目

2014年 2月, 20回目 の来日(筆者, 53歳)。2月23日, 横浜アリーナ でのライヴを, 妻子と 3人で観た。筆者が クラプトン のライヴを観るのは, この時が 13回目

この年の来日公演, 他の日の出来はどうだったのか知らない。ただ, はっきり言えるのは, あの日の クラプトンのライヴは, 決していいパフォーマンスとは言えないものだった。バンドというより, クラプトン自身が.. 。なぜだろう, とにかく不調だったことは(終演後, 3人でそんな話をしたことも合わせ)よく憶えている。

2016年 4月, 21回目 の来日(筆者, 55歳)。この年は 武道館のみ。この時は一人で行った。前回と違って, ライヴ・パフォーマンスは かなり良かったと思う。筆者が クラプトン のライヴを観るのは, この時が 14回目

2019年 4月, 22回目 の来日(筆者, 58歳)。やはり 武道館のみ。前回同様, 一人で観に行く予定で チケットを入手していたが, ロック・コンサートよりも, クラプトン のライヴよりも, 自分の人生において もっともっと大事なことが起き, 行くことをキャンセル。チケットは記念に取ってある。大事なことは解決済み!

そして,

2023年 4月, 23回目 の来日(筆者, 62歳)。今回も 武道館のみ。久しぶりに, 妻と一緒に, 武道館 へ。

筆者にとっては 15回目, そして 妻と共に観る機会としては 12回目 の, クラプトン・ライヴ。それが今回の, クラプトン 武道館 100回目 の ライヴ ♫

Me and Eric Clapton 音源てんこ盛り

以下の note, 題して,

エリック・クラプトン、「人生そのものが表現と言っていいアーティスト」の "River of Tears" 〜 歌詞和訳

その 第1章 に, あり。

さて,

次章から 3点, クラプトン の オリジナル曲の, 筆者であるところの拙者の, 拙訳ならぬ, 良薬ならぬ, 良訳 🎶

River of Tears 〜 歌詞和訳

前章でも リンクを貼ったけれど ♫

Tears in Heaven 〜 歌詞和訳

次は これ。

Let It Grow 〜 歌詞和訳

そして, 

まだまだ元気な Eric Clapton 〜 今年9月には 久しぶりの Crossroads Guitar Festival 🎸

クラプトン翁, 御年 78歳, まだまだ 元気。我々 夫婦も(もちろん息子も), まだまだ 元気。今年9月か, LA に行きたいくらいだね ♫ 


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