新月から3日目の細い月

 そういえばいつだったか、私がちょうど就職活動で思い悩んでいた時に、知人から仕事をする上では「努力」「感謝」「覚悟」がとても大切なんだ、と言われたことがある。その言葉を聞いた時は至極当たり前のことだと感じていたけど、今思えば正しくそのひとつひとつの言葉の意味をきちんと理解していなかったように思う。

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 ここ数ヶ月の間に、note編集部の方々から「今日の注目記事」に私の文章を選んでいただく機会が増え、以前よりもいろんな方に私が世に放った言葉の数々をご覧いただけるようになった。

 その間、フォローいただくこともありがたいことに増えた。この場を借りてお礼申し上げます(なかなかお礼方々フォローしていただいた方の全ての記事を拝見することができず申し訳ない限りです…)。

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 気がつけばnoteで文章書くことがひとつの習慣として常態化するようになった。これまでどちらかというと日記など限られた閉鎖空間でのみ綴られていた言葉たち。いろんな人に読んでいただくという行為を通じて、言葉が現実味を帯びたものとして浮かび上がってきた気がする。

 改めて1年間くらい文章を書き続けて思ったことは、何かを習得する上では一朝一夕だとなかなか成し遂げられないということ。正直久しぶりに(というよりも初めて)自分が一番最初に書いた文章を読んで、よくこんなもの世に出せたなと勝手に自分の中で恐縮しきりである(今改めて読んでみると主張がだいぶぼんやりしてる 笑)。

 もう少し落ち着いてきたら、昔自分が書いた文章に対して改めて改稿し今の自分が書いたらどんな表現になるのか、before&afterという形で比べることもしたいと密かな野望も抱いている。

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 よく一つのことに秀でた人に対して、「天才」という言葉を世の中の人たちは安易に使いたがる傾向にあるけれど、「天才」だって最初から飛び抜けて優秀だったわけではない。裏にはそれはそれはぐるぐる世界が回るくらい、目まぐるしい努力が潜んでいるわけだ。その努力の裏側はあまり表立って報道されることが少ないからついつい勘違いしてしまいがちだけど。

 文章を書くことも、私自身物心ついた時からひたすら読んでいたという自負があったし日記も書く習慣があったから、人並みに書けると思っていた。でも蓋を開けてみれば、結局それは悲しいことに単なる自己満足だった。

 続けることによって、少しは自分の中でも視野を広げて言葉を発することができたように思う。

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 もうひとつ改めて自分の中で、きちんとある形となって腑に落ちたことがある。

 それはひとつのことを続ける上でも、ひとりでは完結しなくて、誰かにきちんと認識してもらってるという感覚が大切だということ。昨年ものの弾みで参加した企画で、何人かの方にたまたま目を留めていただいた。それ以来マガジンに追加していただいたりコメント、サポートをいただいたりして、本当にそのことがなければここまで続けて来られなかったと思う。

 私には残念ながら文才はなかったけれど、どうやら誰かに足を止めてもらえるひと雫の運だけは、この手の中にかろうじて握っていたらしい。

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 仕事でもそのことをはっきりと意識する機会があった。ただお金をもらっているからという理由で淡々と仕事をするよりも、周囲の人に褒めてもらったり気にかけてもらったりすることでよりやる気が上がるという単純思考。

 誰かに認めてもらえるだけで、きちんとリアクションをしてもらうことで、私の頭の中にある物事とのつながりは軽やかに、それでいて強固に結びつきが強くなっていく。

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 「努力」「感謝」「覚悟」。2文字熟語が単純に3つ並んだだけ。最近になって簡潔なこれらの言葉が持つ重みを、ほんのひとかけら理解した気になってる。

 ついつい金曜日の夜は気持ちのタガが緩み、どこか感傷的になってしまうから不思議。これからも自由気ままにゆるゆると、頭の中の繋がりを手繰っていければと思う。

 今日は遠くで、長く細い三日月が朧げに灯っている。


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