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ビロードの掟 第18夜

【中編小説】
このお話は、全部で43話ある中の十九番目の物語です。

◆前回の物語

第四章 在りし日の思い出(3)

「──え、それって一体どういうこと?」

 凛太郎の目の前にはまるで不動明王のように仁王立ちしている女性が立っている。友人の紹介で付き合い始めた奈津美とはかれこれ2年の付き合いとなる。さすがにそれだけ長く付き合っていると、彼女が今何を考えているかがそれとなくわかるようになった。──というよりも、凛太郎だけではなくおそらく他の人でも彼女のその言葉の調子を聞いていたら少なくとも機嫌が良さそうというふうには見ないだろう。

「いや、だからさ俺の仲良かった男友達が失踪したんだよ。それで人伝にその人の兄弟だっていう人が俺と会いたいって言ってきてね。心配で話を聞きに行ったんだ。少しでも失踪した手がかりが欲しいらしくて、また会ってその友達がいきそうなところを教えて欲しいって言うんだよ。次の日曜日にさ」

「なにそれ、なんで凛太郎がその人に付き合わなきゃならないのかわからない。それはつまり、私と来週は会えないって意思表示?」

 奈津美と付き合い始めた当初はお互い忙しい合間を縫ってたとえ平日でも会うような日々が続いていたのだが、近頃は二人の間で日曜日に会うことが暗黙のルールになっていた。今日のように数時間で終わればいいが、毎度毎度都合よく切り上げられるとは限らない。

「え、うん、まあ。ごめん。いや、でもしばらくの間は日曜日じゃなくて土曜日に会うでも良くない?きっと、ほら、土曜日の方が次の日休みだから余裕も出てくるだろうしさ。これまでの習慣を崩すことになるのは本当に申し訳ない。どこかで埋め合わせするからさ」と言い、奈津美の機嫌を崩さないよう、祈る気持ちで両手を合わせた。

「はあ。仕方ないな。その代わり、どこかのタイミングで私がこの前行きたいって言ったスイーツのお店、付き合ってよね」

 凛太郎は助かったと思った。何はともあれ、これで奈津美の許しを得ることができたので、一旦は日曜日に優奈と会うことはできるか。ふぅと息を吐くと、肩の力が一気に抜けた。その様子を見た奈津美は何やら訝しげな顔に変わる。

「凛太郎、ちなみにその日曜日に会う人、女の人じゃないよね?」

 内心、ドキリとする。奈津美は時々妙に勘が鋭い時がある。これで元カノの双子の妹と会うなんて言ったらどうなるかは目に見えている。なるべく感情が表に出ないように、凛太郎は言葉を発した。

「そんなわけないじゃないか。そいつは男だよ」

「ふーん、ならいいけど。まあでも凛太郎の友達がいなくなったっていうのは気になるね……。だいたいなんでその人急にいなくなっちゃったの?話を聞く限り、その人何か犯罪に巻き込まれたとか、そっちの方が可能性としてあると思うし、そこはその……プロに任せたほうがいい気もするけど」

 優奈がカフェで言っていた言葉を思い出す。警察が手を尽くしたが、犯罪の匂いが全くしなかった。

「うーん、それが警察に捜索願いを出したにも関わらず、本当に一切犯罪の気配みたいなものがしかったんだってさ」

「そっか。早く見つかるといいね、その凛太郎の友達。そういや、お腹減ったでしょ?軽くなんか作ってあげる」

 奈津美は廊下に面した台所へと行き、そのままパカリと冷蔵庫の扉を開けると卵を二つ取り出した。カシャンと卵を割って、彼女は器用にボウルの中へ黄身をポトリと落とした。その中へ牛乳を目分量でバシャっと入れ、有塩バターも一緒に中へ放り込んだ。

 そのままカシャカシャとリズミカルに混ぜ合わせる。一通り混ぜ終わった後で、シンク台の下から年季の入ったフライパンを取り出した。確かあれは凛太郎が学生だった頃からずっと使い続けている。そういえば、優里も昔あのフライパンを使ったはずだ。

 次第に台所からは香ばしい匂いが漂ってくる。優奈がお昼ご飯を遠慮したものだから、凛太郎もなんとなくそれに釣られてランチメニューを頼まずにいた。だが実際のところ凛太郎の方はお昼ご飯を食べていなかったのでかなりお腹が空いていた。

 しばらくして、奈津美のお手製の手料理が運ばれてきた。それと一緒に、ほかほかの白いご飯とお味噌汁もおかずの横に置かれる。奈津美はとても料理がうまかった。付き合いたての頃、彼女に作ってもらった料理を食べて文字通り胃袋をぎゅっと掴まれたのだった。この子はきっといつか良いお母さんになるだろうなとどこか他人事のように凛太郎はその時思っていた。

 どうしても、過去と比べてしまう自分が嫌だった。心のどこかがズキンと軋む音が聞こえた気がする。

<第19夜へ続く>

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