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鮭おにぎりと海 #43

<前回のストーリー>

人生初めてみなとみらいへ行った日。僕は落ち込むべきなのか喜ぶべきなのかわからないなんとも複雑な感情を抱きながら、そのまま家路へと向かった。

そのと途中フィルムカメラで、ところ構わず気になったところだけパシャリと写真に収めた。そのカメラは、前に実家に帰ったときにその場の流れで自然と僕のものになったものだった。その日は、頭上にあともう少しで満月になると思われる月が、ぽっかりと暗闇の中に浮かび上がっていた。

これをなんと表現したら良いのだろうか。今まで異性に対してあまり興味を持たなかった僕からしてみたら、かなり勇気を振り絞ってとった行動だった。正直いえば、少しは期待していた部分もあるのかもしれない。答えを聞くまではなんだって想像できるのだ。

初めて好きだと思った人に自分の思いを伝えるのはこんなにも緊張して、こんなにも怖いことだったのか。これまでちょうど20年生きてきた中で、全く味わったことのない感覚だった。胸の奥がちくりと痛んだ。

みなとみらいからの帰宅路、写真を撮りながら歩いていたのだが、途中で緑、白、青のストライプで縁取られた看板が目に入った。どこにでもあるコンビニエンスストアである。自分でも驚くほど迷いなく中に入ると、僕はそのままレジカウンターに向かった。店員さんに対して一番軽いタバコはなんですか?と聞いて、その人が持ってきてくれた四角い箱を迷わず購入した。

そしてようやく自分の住むアパートに到着すると、少し一息ついてベランダに出た。そして思いがけず、と言った感じで箱から一本タバコを取り出して自分の口に運ぶ。アパートの中にあったライターで火をつける。

一息吸った瞬間に盛大にむせてしまった。これが、大人の味か。昔地元に帰った時に、同級生が開いた飲み会に参加したことがあった。彼らの何人かは、盛大にタバコをぷかぷか吸っていた。その時はただ嫌悪感でしかなかった。

ところが、一旦むせるのが終わり、改めて恐る恐る一口吸ってみる。しばらくは慣れない感じが続いたが、吸い続けてみるとどうしようもない安堵感が広がっていった。この感覚を、どう表現したらいいのだろう。自分でも訳がわからないほど、肩からするすると力が抜けていった。

結局その日はタバコを吸ったことで、何か自分の中でモヤモヤしていたものがどこかへと吹き飛んでしまった。そのまま自分でも驚くくらい、思い悩んでいたことが嘘のように、久方ぶりにぐっすり眠ることができたのだった。

次の日になって、改めて彼女の真意について考えてみた。よくよく思い出してみると、僕はどこか焦りすぎていた部分があったのかもしれなかった。そのまま葛原さんとの関係は終わってもおかしくなかったのだが、その日のうちに葛原さんから連絡が来て、「また明日の月曜日いつもの場所で待っています。」と書かれていた。ああ、これで終わりじゃなかったんだな、というなんとも表現し難いホッとする感情が降って湧いたのだった。

11月はなぜか忙しい月だった。塾講師のアルバイトは、なぜか代行という形で他の人たちの穴埋めをするべくあちこち駆けずり回ったり、大学のゼミの1次提出が控えていたりとあっという間に時間が過ぎていった。

そうこうしているうちに、あっという間に12月に突入していた。相変わらずなぜか目の前にはやることがいろいろ山積みという中で、妹から誕生日以来となるLINEが来ていた。

「私、高校を辞めることにした。」

嫌にあっさりしたその一文が、ひどく僕の心をざわつかせた。

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