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あたまの中の栞 -卯月-

 4月は1年の季節の中でも1、2を争うくらい好きな季節かもしれない。何といっても日本人が愛してやまない桜を見ることができるし、気温も暖かくなって過ごしやすい。新しい年度始めの季節ということもあって、気持ちも新たに引き締まる。

 去年の今頃は同じように緊急事態宣言が発令されていて、あの頃は状況が改善されていることを心の底から願っていたけれど、再びゴールデンウィークを迎えるにあたって同じビデオテープを再生しているような気にさえなってくる。どこかやるせなさも湧いてくるではないか。

 正直どこかへ出掛けたところで疑心暗鬼になるだけなので、それなら自由気ままに本の海の中に溺れようと思い立ち、気がつけばいつもより多くの本を読めたような気もする。というわけで、例の如く振り返り。気になるところだけつまみ読みしていただけると嬉しいです。

1. アパートたまゆら:砂村かいり

 以前も記事にて書かせていただいたが、本当に物語の展開が早く、文章の構成から伏線に至るまで色々と勉強させられた作品。そうそう、恋愛には障壁があって然るべきなのよね、と思いながらふむふむと読ませていただいた。

 時にはクスリとした笑いあり、時には降って湧いた邪魔者あり。そういえば私自身毎回住居を変わるたびに、また新しい出会いないかしらんと胸をときめきながら引越し先へ移って行ったことを思い出す。あの頃の淡い気持ちがつと蘇ってくる。これまで何十年と生きてきた中で胸を焦がすようなすんばらしい出会いはなかったけれども。無念。

部屋の数だけ生活があり、居住者の数だけ人生がある。(KADOKAWA p.52)

2. 暇と退屈の倫理学:國分功一郎

 友人に借りて数ヶ月の時を経てようやく読破した本。普段小説をそれなりに読んでいる割に実用書の類はあまり読み慣れていないため、完読するのにはなかなか苦労した。でも内容的にはかなり濃かった。

 いつの間にか私たちの生活は気がつけばマスメディアの誇大広告によってくるくると踊らされており、その実態に気が付かぬまま自分の意思で体を動かしていると思っている節があったんだなと気づかされる。

 いっときスローライフ的な生活の仕方が流行った時期があったけれど、今一度見直してもう少し人生をゆっくり楽しんでみたいと心の底から思う。

 なお、せっかくなので併せてミヒャエル・エンデの『モモ』を読むことをおすすめしたい。それにしても怠惰な生活をしているときって、なぜに罪悪感と共にあれほどのひとときの心地よさをもたらしてくれるのだろう。

 たまにはダメ人間になる日があったっていいじゃない。徳島県の阿波踊りで「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損々」と言いながら狂った夜のことを思い出す。

人が退屈を逃れるのは、人間らしい生活からはずれた時である。(朝日出版社 p.350)

3. 私はあなたの記憶のなかに:角田光代

 角田光代さんの作品との出会いは、確か『紙の月』が最初だったと思う。普通のどこにでもいそうな主婦が、パートタイムを始めたことをきっかけにそれまでの夫との間の違和感の影響もあって、次第に後戻りのできない深い穴におちていく。主人公の行動背景部分含めてよく練られた作品だった。

 続いて読んだのは『八日目の蝉』。不倫相手の相手を誘拐した希和子と、事件後の誘拐された子どもの行く末に描かれた物語。どうしても誘拐犯に共感してしまう語り口に気がつけば沼にはまり込んでいた。誘拐された側の子どものその後の生活は、何が園子にとって本当は良き道だったのかをよく考えさせられた。

 上記2つの作品については、いずれも映画化されている。私自身は本を読んでしまうと、その内容を原作とした映画は見ることが少ないため未だに未鑑賞。ただ映画も高い評価を受けているようなので、映像派の方は映画で見るのも有りだと思う。

 本作品で言えば、どこか私が幼かった頃の根幹をえぐられたような、そんな懐かしさと仄かに鈍い痛みが同時に去来した感覚を覚えた。ふと立ち止まってまた自分の過去の思い出に戻りたいとき、きっとまた本棚からそっと取り出すことになるだろう。

恋愛においてもっともつらいことは、拒否ではなくて、意志のない受容である。(p.57 小学館文庫)

4. 新しい文章力の教室:唐木元

 これまで創作小説含めて好き勝手に書いてきたこともあり、改めて文章ってどう書けば相手に伝えやすくなるのだろうかと考えて手に取った作品。以前紹介した『読みたいことを、書けばいい』で読んだ時も思ったけれど、文章におけるルールって案外知っているようで知らないことが割とあることに気づく。

(メモ)
主眼 … テーマ → 目的地
骨子 … 何を、どれから、どれくらい → 経路
 ・書きたいことのパーツを揃える
 ・定めた主眼に対してパーツは必要?(取捨選択)
 ・結論や要約を最初に提示する
<推敲の3つの見地>
①意味 = ミーニング(脳)
 誤字脱字はないか?事実誤認は?主眼と骨子は噛み合っているか?
②字面 = ビジュアル(目)
 同じ文字の連続や別の単語に見えるところはないか?
 別の言葉への置き換え、並べ替えをする。
 漢字が多いと黒っぽくなり、カタカナが多いと白くなる
③語呂 = オーディオ(耳)
 読み味 … 食べ物における喉ごしのようなもの
 重複チェック … 2連や3連に注意 

 ああこれは知ってる知ってるというものから、ほうなるほど!と目から鱗のものまで割と広範囲に網羅されている。誤字脱字チェックなんてそんなの当たり前だ!とは思いますが、noteでも公開後見返してみるとよくやらかしていることがあって恥ずかしい。(気づいたら指摘していただけると幸いです。)

 本作品を読んで感じたことがある。文章を練る行為は料理を作る作業、文章を読む行為は料理を実際に味わうプロセスとよく似ているのでは、ということだ。素敵な文章を書くにはつまるところ、上質な文章を読むしかないということか。

5. さよならの儀式:宮部みゆき

 宮部みゆきさんといえば私の中では非常に幅広いジャンルの作品を扱っているイメージがある。全般的にはミステリーが多いが、その中でも人の心理描写やその行動に至った背景などが細かく描写されていて、読むものを惹きつける。かと思えば『ブレイブ・ストーリー』のようなファンタジーも書いたりする。

 以前の記事でも触れたが、『ソロモンの偽証』を初めて読んだ時には衝撃だった。「学校内裁判」という形で中学生が同級生の死の解明を行なっていくストーリー。以前より『模倣犯』が気になっているのだが、何せとても長いので少し時間に余裕ができた時に改めて読んでみたい。

 今回読んだ作品は、近い将来にありそうなSFテイストの作品がずらりと並んでいる。背筋がちょっと凍るものからホロリとくるものまで様々な印象の作品が収められていて飽きることなく一気読みした。

「初めに言葉があった。」とわたしは言った。「それなら、言葉が神を生み出すこともできる」(河出書房新社 p.312)

6. 隣のずこずこ:柿村将彦

 矢喜原町という架空の町に伝説の「権三郎狸」なる破壊神が現れて、町の人たちが慌てふためくというあらすじ。

 実はファンタジーの定義が自分の中で曖昧だったということもあって手にした作品。割とサクサク読める感じの本だったが、話の筋など含めてちょっと自分には理解が追いつかなかった部分があった。どうしてもストーリーが唐突すぎるような気がして、ちょっと難しかったかな。

 同じ狸がらみの話で言うと、森見登美彦さんの『有頂天家族』もおすすめ。狸が主人公のなかなか斬新な設定だが、ときに笑いあり涙ありで驚くほどすらすら読めてしまう。京都が舞台になっているのもまた良いのです。あと、ジブリの『平成狸合戦ぽんぽこ』も最近ものすごく観たい。

7. 小説を書きたい人の本:誉田龍一

 小説での構成を考えるにあたって気をつけるべき点が書かれている箇所も参考になったが、それ以上に今をときめく3名の作家さん(角田光代さん、辻村深月さん、誉田哲也さん)にインタビューされた内容がとても自分の中では印象に残った。

 特に辻村深月さんの作品は全作品を完読しているほどかなり入れ込んでおり、不思議と言葉の一つ一つがまるで身体中に巡る血液の如く脳の奥底に染み込んでいった。辻村深月さんの作品は、『凍りのくじら』と『スロウハイツの神様』がおすすめ。(前の振り返りでも紹介したかも)

書くことは自分から一生逃げないから、書きたいという情熱がある限り続ける価値がある。(成美堂出版 p.15)

8. ぼくから遠く離れて:辻仁成

 多様性って一体何を指すのだろうという疑問が自分の中で湧き上がり、そこから改めてトランスジェンダーなどの場合によっては繊細な話題についても改めて考えてみようと思って手に取った作品。

 2、3時間で読める内容で、主人公が自分の内に新たに出現する自身の感情を突き詰めていく作品。個人的にはちょっとあっさりし過ぎていた感じがある。辻仁成さんの作品は、どこか石田衣良さんの作品を彷彿とさせる。(思春期に起こるモラトリアムをうまく描いている作家さんのような気がする) 

 全体的な内容からすると、個人的にはもう少しそれぞれの登場人物の心の揺れうごきが見たかったかな。第三者の神視点で文章を書くのはなかなか難しいな、と思ってしまった。

幸福なんて言葉に騙されちゃだめ。幻想にすぎない。人間をなんとか生かして働かせ続けようと考えた誰かが、開発した強壮剤的な言葉にすぎない。(p.37)

9. ロヒンギャ危機:中西嘉宏 

 先月に引き続き、ミャンマーの歴史や時代背景などについて書かれた本をひたすら読んでいる。タイトルになっているロヒンギャとは、ラカイン州北部に住むムスリム(イスラム教徒)のことで、彼らのほとんどが国籍を持っていない。

 どうしてもイスラム教徒というと場合によってはジハードを心棒に掲げ、過激派たちが世の中を騒がせているイメージが強い。実際ミャンマーにおいても、一部のムスリムは暴徒化して大変な被害をもたらしている部分もある。

 もちろん暴力はいけないことは子どもでもわかる原理であるが、彼らが過激的な行動に差し迫られてしまったのは、それなりの理由がある。故郷を追われ、国籍も奪われ、自分が何者かも定義されることのない存在。物事はどちらかが一方的に悪いなんてことはなくて、必ず双方には双方の言い分がある。 

 みんな本当はもっと歩み寄りたいはずなのに、そうできないことにもどかしさを感じる。世界の様々な状況を見ると、日本は本当に平和な国だと改めて思い知らされる。

 ミャンマーに関する歴史については、先月の記事で紹介した『ミャンマー権力闘争』も構成立てて文章がまとまっているため、読みやすい。

10. 炭酸水と犬:砂村かいり 

 上記に挙げた『アパートたまゆら』と同じく第5回カクヨムWeb小説コンテスト〈恋愛部門〉特別賞を受賞した作品。側から見たときにどうしても主人公の彼氏である和佐に対してヤキモキしてしまう。登場人物への叱咤激励も含めて、読み手に対してある種の感情を沸き起こさせる語り口は本当に見事。 

 改めてタイミングや相手への反応って、ひとつ間違えると次第に大きな歪みに変わっていくことを痛感した。私もこれまでの人生を内省し、同じ轍を踏まないように生きていきたいと思う。

気持ちはわかるけれど、やりがいだけを求めていたら生活はできない。(KADOKAWA p.261)

11. 流浪の月:凪良ゆう

 昨年の本屋大賞に選ばれた作品。最初読んだ時なかなか奇抜な設定だと思ったけれど、だんだん読んでいくうちに様々な伏線が回収されていき、最後本当に頭の中がカラカラと音がするくらい、作品の世界に没頭した。

 読んでいると本当に人と人との本当の意味での精神的なつながりって、この世の中にあるんだろうなと思わせられてしまう。それは「運命」みたいな、単純な二文字で表せられるものではきっとなくて。どこか心の奥底で強烈に惹きつけられるような、ピンと張られて決して切れない糸。

 本作品を読んだ人からすると内容についてきっと賛否両論あるだろうけど、私自身はあまり暗くならない内容が好きなため、読み終わった後すっと爽やかな風が吹く作品はとても好みです。

みんなが自由に生きて、みんなの自由を尊重するために、みんなが我慢をする。(p.259)

■ 今回ご紹介した作品一覧(順不同)


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