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鮭おにぎりと海 #79

<前回のストーリー>

「ばあちゃんがなあ、生前パリに行きたがっていたことを思い出したんだよ。」

「神木さんのおばあさん、亡くなられてるんですか?」

「そう、まあ結構歳だったから大往生って感じでさ。ばあちゃんは、俺が小さい頃よく面倒見てくれていたみたい。でも、俺はそんなばあちゃんのことがどこか疎ましくてさ。どこか厚かましいばあちゃんの態度が気に食わなかったのかもしれないな。それでも、パリのエッフェル塔を見た時ばあちゃんのことを思い出したよ。」

「そうでしたか、、。」

「うん、まあこんなこと言うとちょっと臭いんだけどさ。大切な人と一緒にいた記憶というのは、その人が生きている限りずっと残っていくよ。南海ちゃんが会いたいと思ったら、望めばいつだって会えるよ。」

他の人が言ったら気障に聞こえる言葉でも、なんだか「神様」から言われるとどこか真実味がある気がした。

「そんなもんですかね。」

「うん、絶対そうだって。」

そういうと、「神様」はすっと伝票をとってレジへと向かった。

「神木さん、ここはワリカンですよ。」

「いやいや、ここは先輩に花を持たせてくれよ。まあしけたラーメン屋で働いてるから、毎回毎回奢りっていうわけにはいかないけどな。」

そう言って、にかっと「神様」は笑った。海外の放浪の旅から帰国後、旅へ出る前に働いていた戸塚のラーメン屋さんで再び働き始めたらしい。

「ありがとうございます。その代わりと言ってはなんですが、わたし今藤沢にある米の湯で働いてるんです。いらっしゃったら、入湯料金タダにしますので。」

「おう、それは楽しみだな。」

「壁に大きな富士山も描かれてるんですよ。」

一つ思い出したことがある。

わたしは元々大学に入ったばかりの頃、最初はラーメン屋で働こうとしていた。理由は至って単純で、大学から近いし毎日ラーメンが食べられるって言うし。ラーメンは実は好きなものの一つ。大学へ向かう途中、いつも美味しそうな匂いが外からしてずっと気になっていたのだ。

そして恐る恐ると言った感じでお店に入ったのだが、そこで働いている店員さんに度肝を抜かれた。大きな声で「らっしゃい!」と言うその男性が何とも威圧的な感じがして怖かったのだ。

わたしは急遽ラーメン屋で働くことをやめ、地元にあるスーパーで働くことにしたのだった。当時ラーメン屋で働いていたのが、何を隠そう大学で密かな噂となっていた「神様」だったのだ。

思えば、あのままラーメン屋で働くことにしていたら戸田くんとは出会うことがなかったのだ、と不思議な感慨に駆られる。世の中、何がきっかけで出会うものかわからないものだ。

そういえば、戸田くんとはスーパーで彼が試食コーナーの試食品を漁っているところを咎めたことから出会いが始まったのだ。

その日の夜、戸田くんにLINEをした。

「こんばんは、お元気ですか。今日、久しぶりに日本に帰国した神様とご飯を食べてきました。神様は、戸田くんも誘っていたみたいですね。一緒に食べたかったのに、残念。」

すぐに返信が返ってきた。

「すいません、嬉しいお誘いだったのですが、どうも急用ができてしまいまして。」

事情は「神様」がすっかり話してくれた。その煮え切らない感じに何だかなあ、と思ってしまう。

「今度の日曜、空いてますか?先日会った時、いつか写真撮って欲しい、という話したよね?早速ですが、撮ってもらいたいんです。」

既読になってしばらく連絡が来なかったが、一日明けた朝の早い時間に戸田くんから返信があって、「ぜひ、よろしくお願いします。」と一言メッセージが届いていた。

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