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鮭おにぎりと海 #55

<前回のストーリー>

「あ、あの…ちょっと今お時間よろしいですか?」

ひょうなことから葛原さんという女の子と学食を毎週決まった時間に食べるようになってから数ヶ月。ある時を境に、パッタリと彼女の姿を大学で見かけることがなくなってしまった。困り果てた僕が、たまたま構内で葛原さんと中の良い友達を見かけたので思い切って声をかけて状況を探ってみることにした。

普段からあまり女の子に話しかける機会がないので、とりあえず頭の中に浮かんが言葉で喋りかけてみたのだが、いざ自分が言葉を発してみると渋谷かどこかで見かけたことのあるようなキャッチの人のフレーズになってしまった。

「何ですか…?」

どこか怪訝そうな顔で、葛原さんの友人らしき女の子は足を止めた。

「あの…違っていたらすいません。あなたは葛原さんの友人の方でよろしかったですかね?」

彼女は、僕の顔をまじまじと見て僕が誰なのかを見極めようとしているようだった。そしてしばらく考えた後、

「…あ!あなた、どこかで見たことあると思ったら南海と月曜日一緒に学食でランチ食べてる人じゃないですか。」

南海とは、葛原さんのファーストネームだ。どうやら葛原さんの友人も僕のことを認識していたようで、ホッと胸を撫で下ろした。ちなみに葛原さんの友人の名前は、今宮楓という名前だった。先程の様子とは打って変わって、顔から警戒の色は消えていた。

「そうです、ちょっとお聞きしたいことがありまして。実は最近、葛原さんと連絡が取れてなくて。何かあったのかと、少し心配になりまして。」

少し声が震えた。思えば、確かに葛原さんとは学食で何回か一緒に食べて、たまの休みに一緒に出かけただけの関係だ。おまけに、僕から葛原さんに告白して振られている。見ようによっては、ストーカーと間違われられても仕方ないと思った。そんな僕の心境を知ってかしらずか、少し重たい口調で今宮さんはぽつりと言葉を紡いだ。

「ああ、なるほどですね。実は南海、あ、葛原さんのことなんですけど、お母さんが先月倒れられたみたいで。しばらくお母さんが留守の間、家で家事手伝いなんかをしていて大変みたいです。時々学校に来ることはあるんですけど・・・。」

頭をガツンと殴られたような感じがした。

葛原さんのお母さんが、倒れた・・・?ひとまず僕が葛原さんに連絡しても返ってこなかったことに関して、少なくとも僕自身には非がなかったことでホッとしたものの、そんなふうに思ってしまっている自分のこともなんだか最低だと感じで自己嫌悪に陥った。

「そういう事情があるので、もしかしたら南海と今連絡とっても返ってこないかもしれません。私も定期的にLINEでやりとりしているのですが、そんなに頻繁に返ってくる感じではないんです。」

少し憐れんだような顔で、今宮さんは僕のことを見た。僕はなんだかその場にいるのが居た堪れない気持ちになった。

「そうでしたか、なんだか引き止めてしまった形になってすいません。すごく、助かりました。ありがとうございました。」

僕はその場で深くお辞儀をした。今宮さんもお辞儀を返して、再び歩き始めてその場を立ち去った。

その日の大学の講義は、全く頭に入ってこなかった。大学の教授がマクロだのミクロだのと必死に色々説明していたものの、全てがどうでも良いことのような気がして右から左へ言葉が流れていった。実際、社会に出た時にこうした考え方はどれくらい役に立つのだろう。

ただただ、今は葛原さんのことが心配だった。とはいえ、LINEをしてしまうとそれがまた葛原さん自身の重荷になってしまうかもしれない。LINEからいきなり電話してしまっても、一度振られている身としてはそれはそれでおかしな状況だと思うし。どうしたら良いか八方塞がりだった。

その日、夕方くらいから雨がザァザァ降った。天気予報では曇りだったはずなのに。僕は慌てて売店でビニール傘を買って、家路に着いたのだった。その時点で、僕はどうしたら良いか途方に暮れていた。

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