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自分にないものに憧れる

 昔はどこか現実世界から逃避できるような場所を欲していて、心温まる小説ばかりいっとき読んでいた。それがここ最近だと、割と人の内面だとかその人の行動する理由みたいなところに、焦点を絞った作品を読むことが多くなった気がする。

 そんな中で読んだのが、奥田英朗さんの『ナオミとカナコ』という作品。

■  あらすじ

望まない職場で憂鬱な日々を送るOLの直美。
夫の酷い暴力に耐える専業主婦の加奈子。
三十歳を目前にして、受け入れがたい現実に
追いつめられた二人が下した究極の選択……。
「いっそ、二人で殺そうか。あんたの旦那」

すべては、泥沼の日常を抜け出して、人生を取り戻すため。
わたしたちは、絶対に捕まらない——。

■  全体的な見解

 奥田英朗さんをもともと知ったきっかけは、『イン・ザ・プール』を始めとする精神科医・伊良部シリーズ。肩肘張らない軽快な語り口は、まさに私の理想とする文章形態のひとつ。伊良部シリーズをきっかけに、同じ作家の他の作品を読むようになったのだが、今のところ一つとして外れはない。

 割と奥田英朗さんの作品って和やかな切り口とかちょっとクスリと笑えるような展開が多かったりするが、『ナオミとカナコ』の場合はあらすじを読んだだけでもだいぶ方向性の異なる物騒な話だと分かる。

 要は、DV被害に遭っている友人を、その害の大元となる旦那を殺害することにより救う、という展開。最後読み終わるまで、いったいどうなってしまうのかという怖いもの見たさと、わくわく感が奇妙に入り乱れる形となった。

-----  以降、ネタバレ含む可能性があります。  -----

■  中国と日本間の隔たり

 今回読んでいて、まずなるほどと思ったのが、国の文化の違い。本作品でのキーパーソンのひとりは、間違いなく中国出身の李社長。

 この人がとんだ曲者で、主人公ナオミが働く葵百貨店が企画した商談会で、騒ぎの混乱に便乗して高価な時計を盗み出す。そして、事件の全貌が明らかになった後でも、その場でしらを切り続ける。日本人から見れば、とんでもなく神経が図太い人間。

 ところが弱肉強食の世界で育った李社長からすれば、日本人は酷く温い世界で生きていると見えている。中国は、やらないとやられる世界。

 よく海外に行くと、どうしようもない違和感を感じる。日本人とは明らかに異なる世界観の中で生きているのだ、という当たり前のことを思い知らされるのだ。

 知っているのと自分が理解するのとでは、天と地も差があるのだと海外を旅して実際に肌で感じた。

■  相手にないものに惹かれる心理

 心理学に「相補性の法則」と呼ばれる概念がある。自分に足りない部分を、無意識に相手で補おうとする心理から起こる現象のことを指す。

 ナオミと李社長が、この法則に当てはまるように感じた。

 一度は商品を盗んだ憎き敵という視点でナオミは李社長を冷ややかにみるのだが、次第に李社長のもつ芯の強さに惹かれていく。

 わりと人間同士の関係性が希薄になった現在の日本社会において、一度家族と認めた人間に対してとことん礼と義を尽くす李社長。最近のSNSで軽く他人とつながれるようになった代わりに、日本人は深くつきあうことが苦手になったといわれる。もしかしたらナオミ自身、気づかぬ間にカナコに対して、そうした親密な関係性を求めていたのかもしれない。

 李社長の精神的な強さが、間違いなくナオミという一人の人間の、少々奇抜な行動を後押ししたと言っても過言ではない。

■  捻れた執念の行方

  そしてもうひとりのキーパーソンとなるのが、カナコの夫の妹である陽子。失踪した兄の行方を追って、それこそ血眼になって真実を追い求める。

 彼女がそうまでして事件の真相を追い求めるのは、決して李社長のような家族としての義を忠実に守る結果ではない。そこかしこに見えるのは、自分の利己心に従った結果だ。

 家族を奪われた復讐というよりも、自分がこれまで築き上げてきたキャリアを崩されたくない、という思いに駆られて行動しているように見えた。

 一見、執念というのはひとつの方向性の元でしか生まれないものだと思っていたけれど、その根本には様々な人の生い立ちやら文化が関連しているものなのだと、あらためて気づかされた作品。


 本筋とは逸れてしまうが、なぜかいつも奥田英朗さんと荻原浩さんを混同しがち。。いつも図書館に行くと大体近い場所に本が置いてある。どちらの作家さんも、サラサラと読めてしまうのでおすすめ。

↓ 荻原浩さんは、『神様から一言』がなかなかパンチ効いていて面白い。




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