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鮭おにぎりと海 #54

<前回のストーリー>

結局ある日我が家から距離を置いた母親の出現により、妹が高校を辞めようとした事件は未遂に終わった。そう終わってみればなんてことはないのだけれど、どうしようもない徒労感が自分の中に残ったのは確かだ。

その間大学は1週間休む羽目になった。万が一妹が心変わりしてはいけないと、とりあえず様子を見ることにしたのだ。塾のアルバイト自体もその時ばかりは休んで、別の先生に代わってもらった。僕自身、実のところ少し前に女の子に振られてしまったこともあり、どこか傷心していたので一息つきたかったのだ。

いつもどちらかと言うと、大学に通いながらもお金を稼ぐためにあくせく働く日々だったので、束の間の休息といったところか。どうせ冬休みになると、稼ぎどきなのでものすごく忙しくなる。

その間、僕が思いを寄せていた葛原さんからは全く連絡がなかった。

妹から「さすがに1週間も家に居座られるとうざい。ただでさえお父さんだけでも家が陰気くさいのに、その上お兄ちゃんがいるとますます陰気くさくなって息吸えない。」と何とも生意気なことを言われてしまい、兄としても立つ瀬がなくなったので、神奈川の戸塚にある自分の部屋に戻った。

葛原さんとは、なぜか振られた後も一緒に学食でご飯を食べていた。今思い返してみるととても不思議な関係だったと思う。妹に関するゴタゴタも解決し、安心して戸塚に戻ったあくる日の月曜日。いつもの学食に行ってみると、葛原さんの姿が見当たらなかった。

前回の月曜日を何の連絡もなくすっぽかしてしまったので怒っているのか、それともこれを機に一緒に学食で一緒に食べると言う習慣を辞めようと葛原さんが思ったかはわからない。それでも、もしかしたらこれで二度と一緒に学食を食べた日々に戻ることができないのかと思うと、とても寂しかった。

何だか諦めることができなかったので、「先週は学食のいつもの場所にいけなくてごめんなさい。今日は学校に出てきています。よかったら一緒にどうですか?」というLINEを送った。我ながら、とても女々しいと思ったのだけど送らずにはいられなかったのである。

最終的に僕が送ったLINEに既読がついたのは次の日の朝だった。ところが、彼女の返信はいつまで経っても返ってこなかった。もう一回送ろうか迷い、でも何度も送ってしまうとまるでストーカーみたいだなと考えて思いとどまり、何度も躊躇しているうちに冬休みの前のテストが各授業で始まった。その勉強としているうちに、段々と葛原さんに連絡しなければならないと言う思いが薄らいで行ってしまった。

そのうちに怒涛のような速さで1日が過ぎて冬休みに突入した。冬休みは年末年始以外はあらかた塾講師のアルバイトで消えてしまった。本当に目まぐるしい日々だった。年末はついこないだ実家に帰ったばかりだったので、一人で年を越すハメになった。除夜の鐘を遠くに聞きながら、何とも言えない寂しさを味わった。

こんな時、神様のことが思い出された。神様は今年の8月、海外を放浪するといって単身で旅立った先輩のことだ。神木という名字なので、自分の中では神様と呼んでいる。実際出会ったのは今年の4月のことなのに、もうずいぶん前から神様のことを知っている気分になるから不思議だ。

そして冬休みが明けて、大学の校舎へ行く。また月曜日が来て、いつものルーチンワークで学食へ行っても、彼女の姿は見当たらなかった。冬休み前に送ったLINEは相変わらず既読のままで返事がなかった。

どうしたものかと思案しているうちに、見知った顔を見かけた。それが葛原さんの友達である楓という女の子だった。何度か葛原さんと一緒に歩いているのを見たことがある。思い切って、僕は楓という女の子に話しかけたのだった。

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