ビロードの掟 第13夜
【中編小説】
このお話は、全部で43話ある中の十四番目の物語です。
◆前回の物語
第三章 もう一人の彼女(4)
「あ、あの……あなたは?」
待ち合わせ場所に現れた女性は、かつて凛太郎が3年付き合っていた彼女と瓜二つの顔だった。幻かと思われた夜の遊園地へ行った時と同じ深紅のワンピースを着ている。
唯一違う点があるとすれば、日焼け止め用の黒いアームカバーと、同じく黒いストッキングを身につけていることだった。
突然のことに凛太郎はうまく言葉を発することができずパクパクと口を動かした。これはもしかしたらタチの悪いドッキリかもしれない。実はこの優奈と名乗る女性こそが優里その人で、凛太郎を騙すために池澤たちを巻き込んで一芝居打っているのかもしれない。
「改めて初めまして。LINEでお話しさせていただきました、優里の妹の優奈と申します」
優里の妹だと名乗るその女性は、凛太郎の顔を見ておかしいものでも見たかのようにクスリと笑った。
「──驚かれるのも無理ありません。大体姉と一緒にいると、周囲からちょっと白い目で見られるんです。今時一卵性双生児って珍しくないですけど、やっぱり同じ顔が並ぶと……ね」
凛太郎は一瞬金縛りにあったように固まっていたが、やがて平静を取り戻し口を開いた。
「あ……すいません。ちょっとびっくりしてしまって。実は少し前に優里さんとお会いしたんですけど、今あなたがきている服と瓜二つでして。おまけに顔までそっくりなものだから思わずちょっと……」
最後は言葉にならずにモゴモゴと口の中で言葉を止めるような格好になってしまった。
「なるほど。まあ相田さんが驚くのも無理ありません。せっかくですので、続きは中でお話ししませんか?だいぶ涼しくなってきましたけど、どうにもこの日本の湿度の高さにはなれなくて」
優奈はカバンからレモン柄のタオルハンカチを取り出し、おでこをそっと拭った。彼女は確かに優里と同じ顔をしていたが、決定的に違う点があった。それは優里には右目下にホクロがあったが、優奈に関しては鼻の下にホクロがあると言うこと。
その位置が何か二人の間に決定的な雰囲気に違いをもたらしていた。凛太郎はそれをうまく言葉に表すことができなかったが、優里が夢見がちながらも一本の芯をを持っていたのに対して、優奈は落ち着いていて大人の女性という雰囲気だった。
違う人間だというのは分かったが、妙な違和感も同時に感じた。どこか芝居がかっているような奇妙な感じ。
「ですよね。立ち話もなんですし、早速中に入りましょうか」
カフェ「アーネスト」は、時々横浜に来ると利用する店だった。
何回か女友達とも訪れたことがあるが、音楽のセンスや料理のクオリティーといったところも含めてまずまずといった場所だ。
ここであれば誰と話すことになっても不自然ではないかなと思い、選択した。席に着くと、すぐに店員が音も立てず席へとやってきてメニューと水を置いていく。黒と灰色二色に染まったベストが印象に残る。
「飲み物どうされますか?お昼ご飯食べましたか?」ちょうどランチタイムだったので聞かないと変んかと思い、凛太郎は質問する。
「お気遣い、ありがとうございます。はい、時間的にお昼食べた方が良さそうだと思ったので家で済ませてきました。なので私、アイスティーにしようと思います」
「わかりました」
先ほどの店員を呼び、「アイスティーを二つお願いします」と凛太郎は言った。店員は軽く礼をし、その場から軽やかに立ち去っていった。
「何だか身のこなしが軽くてちょっと忍者みたいですね」
凛太郎は頭の中に浮かんがイメージをそのまま言葉にする。
「あ、私も同じこと思ってました。流れるような動きされてますよね」と言って、優奈はクスクスと笑った。その一挙手一投足までもがかつての優里の姿と重なる。自分は一体誰といるのか頭が混乱してくる。
しばらく他愛もない話をしていたが、やがて凛太郎は意を決して本題に入ることにする。
「それで色々優奈さんにはお聞きしたいことがあるんですが、今日はどういったお話でしょうか?」
凛太郎が尋ねると、ぴっと優奈は自らの居住まいを正した。
「はい。本日は改めてお忙しい中お時間いただきましてありがとうございます。相田さんをこの場へお呼び立てしたのは他でもありません。私の姉、優里のことです」
「はい」
ちょうどその時、先ほど注文を受けた忍者のような店員がやってきて、アイスティーの入ったグラスを2つ置いていった。テーブルに置いた瞬間、カラリと中に入っている氷が涼しげな音を立てる。ふぅと一呼吸置いて、優奈が再び口を開いた。
「実は優里なんですが──」
彼女は、優里の身に起きた出来事を落ち着いた様子で話し始めた。
<第14夜へ続く>
↓現在、毎日小説を投稿してます。
末筆ながら、応援いただけますと嬉しいです。いただいたご支援に関しましては、新たな本や映画を見たり次の旅の準備に備えるために使いたいと思います。