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鮭おにぎりと海 #69

<前回のストーリー>

スイスでは4日くらい滞在しただろうか。カナダに留学していた時に知り合ったマギーは俺をいろんな場所に連れて行ってくれた。毎日飲んでいてばかりで正直ずっと二日酔いのような気分だったが、最後スイスを発つ時にはなんだか後ろ髪を引かれる思いだった。それでもそうした想いを振り払って、俺は再びヨーロッパの電車であるユーレイルに乗る。そして、次なる目的地であるドイツへと向かう。

♣︎

もうすぐ1年も終わりを迎える。俺が向かった先は、ドイツのシュトゥットガルトという場所だった。調べるまでは知らなかったが、どうやらそれなりに大きな街の模様。この場所での目的はただ一つ。クリスマスマーケットだった。

ドイツの三大クリスマスマーケットだけあって、どこもかしこも煌びやかな屋台だらけだった。みな道行く人たちは楽しそうな表情をしている。屋台の上に乗っかっているデコレーションを見るだけで楽しい気持ちになってくる。

正直、日本にいた時はクリスマスマーケットなんてイベントは全く持って興味がわかなかった。日本では何故かカップルが過ごす大切な夜という位置づけになっており、しばらく彼女がいない身としては全くもってどうでもよいイベントの一つだったからだ。バレンタインデーも同じである。

それでも、海外の派手なイルミネーションを見ると何故だか心が躍る。なんだか童心に帰った気持ちになる。幼い頃、サンタさんはいるのだと本気で信じていた時のことを思い出す。両親がクリスマスの日になると、こっそり枕元にプレゼントを置いていたらしい。息子を起こすまいとそっと足音を忍ばせて部屋に置いている姿を思い浮かべるとなんだか微笑ましい気分になる。

屋台を練り歩くと、ところどころで目にしたのがホットワインだ。レッドワインの中にはレモンやらシナモンやらたくさんのスパイスが入っていて、こんな美味しいものがあるのかとほう、と息を吐くのだ。

♣︎

なんだかんだシュトゥットガルトは居心地の良い場所で、クリスマス当日も居座っていた。クリスマスマーケット自体は、なぜかクリスマス本番前には終わってしまっていた。それでも、クリスマスの夜は俺が泊まっていた安宿でささやかながらクリスマス限定の夜ご飯が振舞われた。

いつもよりも少し値が張ったが、赤ワインで煮込んだと思われる牛ほほ肉がここ最近で食べた食事の中で一番美味しい食べ物だった。その時たまたま隣のテーブルで食べていたのが、アリーというブラジル人である。彼女と話すきっかけになったのはなんだったのか、今となってはもう思い出せない。

それでも何かのきっかけで彼女と話すことになり、そして敬虔なクリスチャンであるアリーに誘われて、安宿の近くにある街で一番大きな教会へ出向くことになった。外は凍てつく寒さである。だがいつぞや氷点下の寒さの中に放り出された夜のことをいまだに覚えているので、その時と比べたらずいぶんマシだった。

教会に入ると、不思議なことにとてもたくさんの人が中にいた。その人たちが発する熱気のおかげで教会の中は、暖房をつけていないにもかかわらず暖かかった。

人々は熱心に祈りを捧げていた。本来クリスマスとはイエス・キリストの誕生日を祝うための日だ。俺には老若男女が熱心に祈る姿を見て、彼らにとっての神様という存在が、生活の中で大きな存在をきっと占めているのだと感じた。

厳粛なパイプオルガンの音色に合わせて人々は綺麗な声で歌う。彼らには恥ずかしさといった感情はきっとない。みんな手にキャンドルを持っていた。なんだか奇妙な夜だった。俺は別にクリスチャンでもなんでもないが、不思議なことにその場にいた人たちと心を通わせられた気がしたのだ。

今まで思ったことなかったが、教会にいたたくさんの人たちの未来が明るいものでありますように。そう祈らずにはいられない夜だった。

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