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ビロードの掟 第34夜

【中編小説】
このお話は、全部で43話ある中の三十五番目の物語です。

◆前回の物語

第六章 白猫とタンゴ(6)

 優奈から連絡があってから4日後の夜、凛太郎はしっかりと小さな白い招き猫をカバンに入れ、家を出た。

 駅にたどり着いたと同時にホームに電車が入ってくる。慌てて改札ゲートを通り、目的地へと向かう電車に乗る。そのままゴトゴト揺られる電車の中から外を眺める。すると、中空に一片も欠けていない大きな月が浮かんでいるのが見えた。

 夜10時でも、仕事帰りの人である程度人がいた。その人の波に流されながら駅に降り立つ。改札にSuicaを当てると、優奈が待っていた。

「時間ぴったりだね。さすが、凛太郎くん」

 たいしてすごいことだとも思えなかったが、コクリと凛太郎は頷いた。

「久しぶりだね、優奈。君は元気にしてた?しばらく会えなかったから心配してた」

「うん、そこそこ。──こっちものっぴきならない事情があって遅くなっちゃった。さ、早速海へ行こうか」

 彼女は、今日は白い長袖シャツにそれからくるぶしまですっぽりと収まる長い紺のスカートを履いていた。ふと、芹沢さんと会った時に彼女が言っていた言葉を思い出す。

 以前と同じように、凛太郎の前を優奈がゆったりと歩いていた。5分ほど歩くと、どこからか波の音が聞こえてくる。頭上にぽっかりと浮かぶ満月と辺りを覆う深い闇。時々遠くから聞こえてくる鳥の鳴き声。

 優奈は満月の光を一身に受けて、ぼんやりと体が浮かび上がっていた。振り向きざま、彼女はどこか悲しげな様子で僕のことをじっと見つめる。何も言葉を発しないまま。

 彼女に対して何か言葉を伝えなければいけないと思うのに、思いだけが空回りしてうまく言葉にすることができない。何度も言うことを躊躇ちゅうちょしては、結局何か口にすることを諦めた。

 しばらく二人はお互い言葉を口にせず、正面から奇妙に向き合う格好となった。結局先に口を開いたのは優奈だった。

「ねえ、凛太郎くん」

「ん?」

「時って残酷よね。ほんの少し早く生まれてきたばかりに、下の子を守る責務を負ってしまうんだから。たくさんのことを我慢しているのに、そのくせハズレくじを引くことが多いし」

「え?」

 一瞬優奈はぼんやりとした顔をして、それから再び焦点を戻して凛太郎の目を捉えた。

「ごめんなさい、話が脱線したわね。あなたが持ってきた小さな白い招き猫をここで出してくれないかしら?」

 言われた通りにカバンから小さな招き猫の人形を取り出すと、その場がさっと眩い光に包まれる。

 思わず凛太郎は目を瞑った。それも一瞬のことで、再び恐る恐る目を開くと、気がつけば目の前に猫がいた。月の光に照らされて、体を覆う白い毛が輝く。高潔な雰囲気であったが、同時に不気味な印象も醸し出していた。

 暗闇の中でぼんやり浮かび上がる体と、鈍く光る二つの目。その白猫はか細げに一回鳴くと、砂浜を歩き始めた。

 凛太郎は突然起きた目の前の出来事に、頭がいっときパニックに陥りかける。反面優奈は冷徹れいてつとも表現できるような表情でじっと凛太郎のことを見つめている。

「さあ、あの白猫のあとを追いかけていって。その先に、優里がいるわ」

「君は──優奈はこれからどうするの?」

「私は残念ながらそっちには行けないから、ここに残るわ。後始末もあるしね」

 寂しげな表情を浮かべて、優奈は一人砂浜に佇んでいた。

 凛太郎は一瞬どうしようか考えたのち、とりあえず優奈の言葉に従うことにした。白猫の方へ凛太郎が体を向けると、後ろで優奈が凛太郎に向かって「くれぐれも、飲み込まれないように」と声をかけてきた。

 彼女の意味するところはわからないが、ここまできたらもう引き返せない。思いのほか白猫の足取りは軽く、気を抜くとグングン先に行ってしまう。少し小走りになって、か弱げに見える小さな生き物のあとを追いかける。

 いつもよりも月が、大きく見える気がした。

*

 砂浜はしっとりとしており、サラサラと凛太郎の靴を包んでいく。まるで地に足がついていないような感じだったので、歩くのに苦労した。

 白猫の後を追いかけていくと、辿り着いたのは灯台である。どこかで見覚えがあると思ったら、大学の同窓生たちと一緒にたくさん飲んで遊園地に行った日、確か夢に出てきた場所だった。

 この海には何回も来ているのに、こんな灯台があるなんて知らなかった。

 いや、それとも──。優奈が言っていた。小さな白い招き猫が鍵になっていると。おそらくこの先頭を歩く猫が、灯台への道標みちしるべの役割を果たしているのだろうか。

 白猫が時々振り返ってはミャアと鳴く。

 凛太郎がついていくと、やがて猫は灯台の中へと入っていった。不法侵入という言葉は頭の中に思い浮かばなかった。とにかくこの猫のあとをついていかなければならないという使命感に駆られていた。

 灯台の中は螺旋状になっている。白猫はまるで踊るように華麗にぐんぐんと前に進んでいく。ぐるぐると張り巡らされた階段を、猫の後姿を見失わぬよう、凛太郎は一つひとつ慎重に駆け上っていった。10分ほど登ったところで階段の終わりへと辿り着く。

 凛太郎は白猫と踊っている気分になる。あるいは、踊らされているのだろうか。どっちでもいいと思った。進むことに対して一抹の不安はあるけれど、その先に優里がいるのだ。

 階段の終着点で、白猫が凛太郎を待っている。その先には古びた扉がひとつ、歴史に忘れ去られたかのようにぼんやりと浮かび上がっていた。凛太郎自身は一呼吸置いてから、決心した様子で扉を開く。

 意外にも扉はギイイと重厚な音を立てて、簡単に動いた。この先に一体何が待っているのか、凛太郎は若干の恐怖心と戦いながら進むことになる。

<第35夜へ続く>

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