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鮭おにぎりと海 #73

<前回のストーリー>

トルコ共和国の前身となったオスマン帝国は、いっとき世界における勢力図を一変させた。異国の民の猛攻により、ヨーロッパの人たちも太刀打ちできなかったようだ。その時の文化の名残が、今もなお世界各地で見ることができる。

かつては、キリスト教の人たちが派閥を極めた世界だった。元は同じ宗派だったにもかかわらず、そこからギリシア正教とローマ・カトリックが分離し、ギリシア正教はビザンツ帝国を興す。ところが突然イスラムの小国からやってきた移民に対しビザンツ帝国は滅ぼされることになるのだ。

トルコには至る所でその時代の片鱗を見ることができる。夕暮れを背に悠然と佇むアヤ・ソフィアを初めて見た時にその美しさに息を飲んだ。

トルコに到着してからすぐに、なんとも怪しげな絨毯を売られそうになったのだが、色々と理由をつけてなんとか回避した。最初に気さくに声をかけてきたおそらく10代後半の青年には申し訳なく思ったが、なんとなく胡散臭そうな気配を感じ取っていた。と、思ったらまさしく俺が連れて行かれた絨毯屋の隣で、半ば困惑気味な雰囲気で絨毯を抱えた日本人の青年と目が合ってしまったのだった。

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もともとトルコの位置的に他の国々との中継点の役割をしていたためか、至る所にバザールがあって、さまざまな国籍の人が入り乱れていた。そして彼らは根っからの商人だった。実に交渉ごとがうまい。バザールを練り歩いているうちに、目で見て耳で聞いて彼らのその巧みな話術と振る舞いに舌を巻く思いだった。

トルコでは美しい景色をいくつも見た。石灰棚が広がるパムッカレやら奇岩が所狭しとはびこるカッパドキアやら。カッパドキアという町では、当初の目的は気球が一斉に空へと昇る光景を見ることだった。行く前に調べたところ、実にインスタ映えしそうな雰囲気だった。

ところが折しも、ここで再び季節の問題が。冬は、上空の風が強いためにかなりの確率で飛ばないことが多いそうだ。俺はカッパドキアに4日ほど粘ったが、結局出発するまでにその光景に出くわすという願いは、ついに叶うことがなかった。

♣︎

トルコではこれといって目新しい出会いはなかった。滞在中に宿泊していた安宿には屋上があって、そこに水タバコが置いてあった。なにやら物々しい入れ物の中には水が入っている。入れ物の上にはタバコの葉を置くところがあって、それを火で炙るのだ。そして水タバコの周りに宿の宿泊者たちが丸く輪を作るように座り、みんなでぽこぽこと吸い込むのだ。側から見たらさぞかし異常な集団に見えることだろう。

日がちょうど暮れ沈む頃になって、段々と水タバコの周りに座る人が多くなって、みんなが同じパイプを吸い込むのだ。そういえば昔小学生の頃に間接キスだとか言って茶化していた阿呆な同級生がおったな、ということを思い出した。

その場では、国籍も性別もなにも関係がない。皆が時に軽く話をしながら、水タバコをぽこぽこと吸い込む。妙な一体感があった。ぽこぽこぽこぽこ。そこだけ時間が止まったかのように、頭がクラクラした。

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トルコに合計でなんだかんだ1週間ほど滞在しただろうか。どこかアラビアンナイトを思わせるような街の風景は、やはり見ているだけで安心した。名残惜しくもトルコを旅立った後に向かった先は、東南アジアの国々である。

最初に行った国がインドで、そこで受けた衝撃が忘れられずにもう少しゆっくり時間をかけて回りたいと思っていた。そのため、トルコからインドにわたりそしてそこから東へと移動して行く計画にしていた。

インドに再び降り立ったのは2月の上旬だ。そこからネパール、バングラデシュ、ミャンマー、タイ、カンボジア、ベトナムと移動した。半年ほど時間をかけてゆっくり回った。基本的には貧乏旅行だったので、移動はバスである。若いから大丈夫かと思っていたが、中盤あたりで深刻な腰痛に悩まされることになったのは言わずもがなである。

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