鮭おにぎりと海 #41
<前回のストーリー>
ある日を境になんだかうまく眠れなくなってしまった。原因はもうわかりやす過ぎる。自分が初めて思いを寄せた女の子に対して気持ちを伝えてから、どうにも深い眠りにどっぷり浸かることができなくなってしまったのだ。
現在アルバイトをしている職場でもミスが重なった。小学生に対して本来配らなければいけないプリントを渡し忘れるなど、いつもの自分では考えられないくらいの簡単なミス。サポートで入ってくれているベテランの塾講師の先輩からも、思わずと言った感じでため息をつかれてしまった。
いつの間にか意識するようになっていたのは、大学でいつの間にか定期的に学食を食べるようになっていた葛原さんという女の子で、どちらにせよあのまま自分が何も行動しないままだったとしてもおそらく今と同じような心情になっていたに違いない。
結局どうしても自分の思いを直接伝えられるほどの度胸は持ち合わせていなくて、手紙という形で言葉にした。手紙を受け取った葛原さんはどこか嬉しそうな顔をしていたと思う。僕自身も、渡したその日はひとまず一大事が終わったという感じだったのだが、じわじわとその夜から不安が襲いかかってくるようになった。そして次の日、LINEで答えをきちんと伝えるまでに少し時間が欲しいという連絡が来た。そのときの僕自身の心情としては、単純に死刑執行が少し延びたなという感じだった。
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少し気まずかったけれど、僕がささやかな告白をした後も葛原さんとの奇妙な学食でのランチは続いた。その時は少なくとも、彼女は前と変わりなくいつものようにしゃべり、それから朗らかな声で笑うのだった。
葛原さんと古本祭りに行ってから1週間ほど経った11月11日。この日は僕の誕生日だった。気がづけば、20歳になっていた。これで僕も立派な成人の仲間入りをしたわけだ。これでお酒も合法的に飲むことができる。その日の朝早く、母親と妹から別々のタイミングでただシンプルに、「誕生日おめでとう」とLINEがきていた。母親とはどうにも癒えることのないしこりはあったものの、その反面なぜだかシンプルにうれしかった。
それ以外はさほどの感慨もなく、最初で最後の誕生日は終わりを迎えかけていた。あと少しで、日付も跨ぐというタイミングで突然携帯の短い着信音が鳴った。LINEがきたことを知らせる音だった。誰からだろうと携帯の画面を見てみると、なんと葛原さんからだった。
そこには、「少し遅れてしまったけど、誕生日おめでとう。」
と短い言葉が綴られていた。その文字を見た瞬間、なんだか身体中に血がうまく流れ込んだような感覚を覚えた。
「今日が誕生日だってこと、知ってたんだ。」
急いで返信すると、すぐにまた返信が返ってきた。
「うん。前に神木さんと一緒に3人で食べてた時あるでしょ?その時、みんなで誕生日いつかって話したの覚えてない?戸田くん、その時自分の誕生日言ってた。ポッキーの日だと思って覚えてたの。」
そうか、今日はポッキーの日だったのか。全然知らなかった。そうした日付の覚え方を聞くと、なんだか葛原さんらしいなと単純に思ってしまった。そして誕生日を覚えてもらっていたことに対して、ほんの少し淡い期待をしてしまっている自分がいた。そういえば、葛原さんの誕生日は7月20日だということは覚えていた。それもなんだかすごく彼女らしいと思った。
続けてまた着信音が鳴る。
「明後日会えますか?」
「はい、大丈夫です。空いています。」
震える手でようやく返信を返した。葛原さんが送ってきた文章からは何かしらの決意が感じられた。
彼女が指定してきたのは、横浜駅からほど近いみなとみらいという場所だった。大学の関係で群馬の山奥から神奈川に出てきて以来、一度も足を踏み入れたことがない場所だった。元来、そういったところはお洒落な男女が行くべき場所で、僕には一生縁のない場所だと思っていたからだ。
幾分緊張しながら、僕は当日を迎えたのだった。
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