ビロードの掟 第8夜
【中編小説】
このお話は、全部で43話ある中の九番目の物語です。
◆前回の物語
第二章 夜の遊園地(5)
「私ね、ミラーラビリンスに行ってみたいんです」
*
優里は大学時代、どちらかというと自分の意見を主張するタイプではなかった。それが今日は酒が入ったこともあってか、昔と比べるとずいぶん饒舌なように見えた。凛太郎は奇妙な違和感を感じていたが、どうやらそれは他の人たちも同じようだった。
「おい、優里お前なんか昔と比べるとやけに積極的というか……。なんか雰囲気かわったなぁ。というか酔ってる?」と神木が言った。
優里は頬に手を当てた。心なしか、彼女の両頬はほんのりピンク色に染まっている。凛太郎が彼女と付き合っていた時、確かにチューハイ一本も飲めばすぐ顔が赤くなっていたことを思い出す。
「うーん、確かにちょっと酔ってるかもなぁ。これでも昔よりは強くなったんだけどね。──で、どうでしょうか?最後に」
彼女はどこか上目遣いで凛太郎たちを見る。その態度とは裏腹に彼女の瞳にはしっかりとした光が宿っていた。
「なんかそれだけゴリ押しされると断るわけにもいかんよな。俺はお化け屋敷以外だったらどこでもいいよ」
小野寺が苦笑しながら言葉を発した。でかい図体してお化けが怖いんだな。でも、俺も小野寺の意見に賛成だと凛太郎は思った。昔からなぜかお化けや妖怪といったものが苦手だった。目に見えないもの、この世にあるかわからないものの存在が怖かった。
「三つ子の魂百まで」というが、その気質は大人になったところで変わらないものらしい。小野寺の言葉に他の面々も「まああとひとつくらいなら……」と同意の意思を示した。
おそらく優里はみんなが行くことに同意することをある程度予想していたのだろう。意味ありげな様子で、軽くほほ笑む。
「わ、嬉しいです。私のわがままに付き合ってくれてありがとう。私ね、ミラーラビリンスに行ってみたいんです」
ミラーラビリンスとは、アトラクションマップの説明を見るとどうやら鏡の迷路のことのようだった。想像するに全体が鏡張りになっているアトラクションだろう。方向感覚を失いながらも、どこに道があるのか手探りで進んでゴールを目指していく施設。
遊園地の敷地自体はさほど広くはないので、地図をたどっていくとだいたい3分ほどで目的地に到着した。アトラクションスタッフの説明によると、ひとりだと迷って出て来られなくなることがあるそうで、2人一組で入ることにする。
ペアを決めるために、みんなでグーチョキパーで手を出し合った。結果、なんと凛太郎は優里と一緒のペアとなる。どこか周囲も面白がるような雰囲気を醸し出している。
「お前相変わらず持ってるな。せいぜいこのチャンスをうまく活かせよ」
去り際、ボソリと凛太郎の耳元で池澤が呟き、キザな様子で片目をウインクさせた。ちなみに池澤のペアの相手は芹沢さん。もうひとつのペアは神木と小野寺という組み合わせだった。
神木と小野寺はどちらもガタイがよく背も高いので、その組み合わせがなんとも面白い。小野寺は最後まで「なんで俺がよりによって神木とペアを組まにゃならんのだ」とゴニョゴニョ不満を口にしていた。
先頭は池澤・芹沢さんペア、次が神木・小野寺ペア。最後が凛太郎と優里という順番となった。
「それじゃ行こうか」と凛太郎が話しかけると、コクリと優里は控えめに頷いた。ガチャガチャとした場内アナウンスやミュージックが気にならないほどには凛太郎自身、割と緊張していた。彼女と何を話せばいいかもわからなかったし、どう振舞うべきかも頭の中で整理できていなかった。
<第9夜へ続く>
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