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鮭おにぎりと海 #67

<前回のストーリー>

「そうだ、生粋くんに僕の宝物を見せてあげよう。」

そう言って、ヤナセさんが古ぼけたカバンの中から取り出したのは、どこかおしゃれなアンティーク雑誌に出てきそうな、長方体の物体だった。一見カメラのように見えるが、通常のカメラと違って二つレンズがあった。

「これ、なんですか?どこかで見たことあるようなカメラですけど、実際に目にしたのは初めてです。」

「そうだろう?今ではあまり市場に出回らなくなった代物だよ。二眼レフカメラというんだ。上のレンズがファインダー用で、下が撮影用。この上の部分を開くとファインダーになっているんだ。ちょっと覗いてごらん?」

「いいんですか?迂闊に持って壊したら大変ですね。」

と言いつつも、僕はヤナセさんからその不可思議なカメラを受け取った。見た目以上にずっしりとした重さがある。試しに覗いてみると、左右が反転した。なんとも扱いが難しそうなカメラだった。

「そのカメラの横にある回転ノブを回してピントを合わせるんだ。横にあるのは露出計だ。うまく真ん中にくるように、シャッタースピードと絞りを合わせる。」

「これ、なかなか難しい。」

実際うまくピントを合わせるのは難しかった。

「まあ、少し鍛錬が必要かも知れないね。ちなみにこれで撮るとこんな写真が撮れるんだよ。」

そう言ってヤナセさんが僕に手渡してくれたのが、真四角の写真だった。その写真には、男の人と女の人、そして女の人の腕の中には赤ん坊が今にも泣き出しそうな顔をして収まっている。

「これって、、」

「この写真に写ってるのはね、僕の息子とその奥さん、それと腕に収まってるのは息子の娘さ。息子が突然ふらりと自転車の旅に出かけて、どうやらその途中で奥さんと出会ったらしい。彼女は、東北出身の気立ての良い子でね。息子にはもったいないくらいだよ。」

そういうと、ヤナセさんはニカッと笑った。その笑顔がなんだか僕にはとても眩しかった。

「ちなみに二眼レフカメラは、中判カメラの1つで通常のフィルムカメラとは異なるフィルムを用いる。僕が持っているカメラの場合は、現像すると四角い形になるんだ。なかなか面白いだろう。」

「なんだか素敵な写真ですね。見ているだけで、幸せな気持ちに満たされます。」

「まあ息子も社会の荒波に揉まれて、しばらく沼から出ることができなかったわけだけど、結果的に息子を沼に放り込んだのもそこから救い出したのもきっとカメラだったんだろうね。旅をしている中で、出会った人たちが笑った顔をファインダーに収めることで、また自分がやりたかったことを思い出したんじゃないかな。」

そういって、ヤナセさんは二眼レフカメラと写真を大事そうに再び鞄に戻した。

「人救うのは、結局人なのかもしれないね。」

その話が終わった後も、僕はたびたび公園のベンチに座るヤナセさんと話をした。ヤナセさんと話をしていると、不思議なことになんだかいろんな悩みもちっぽけであることのような気がした。季節はめぐり、気がつけば神奈川に来て3年目の春を迎えようとしていた。


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