だだ

大学生、成長期です。

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最近の記事

否定せず、恐れず。。?

 後悔ってなんだろうか。未来のことに関してあれこれ考えても、いずれ来る日が来れば答えは出るもので、それは選択の末のことかもしれないが、いずれにせよそこに確かに存在するはずでそれ以上でもそれ以下でもなく。過去のことに関して考えてみても、後悔したとて、今は今で確かにここに存在していて、それ以上の意味もそれ以下の意味も持たず、ただ良いも悪いもなくそこに存在しているのである。あらゆる道が否定されないはずだ。それなら、否定されないなら未来を過度に恐れる必要はないということになり、今そこ

    • ラブライブ!サンシャイン!!視聴直後の熱量書き殴りnote

      Twitterで呟くことじゃないような気がするし、何より長いので、ここに書きます。Twitterの下書きで書き殴った事をここにコピペします!!!!良かったら見てね。 μ'sの穂乃果はそこに輝きを見つけたら追いかけずにはいられない子で、μ'sの中心にある輝きはそうだったし、輝きを追うことに迷いを抱きながら、時折見失いながらそれでも9人で確かめ合って信じ続けて真っ直ぐ証明してみせたような、前を向くことをやめずに最高の輝きを更新し続けるような輝きだった。 サンシャインは、千歌は、

      • 花風には抗えず

         桜の咲く季節。いつもの河川敷に絶妙な間隔で植えられた桜たちが見事に咲き誇るあの季節が、今年も着々と近づいている。満開の桜を待ち望む気持ちの中に一抹の不安が宿るのを感じる。こんな風に日々そわそわしながら見守るのも、いつぶりだろうか。  綺麗だと想うこころがある分だけ、寂しさが宿るのだろう。きっとこの人生という旅においても同じことで、この世界で見つける「好き」の強さの分だけ嫌いなものが現れて、期待する分だけの不安があって、出会っていく数だけ別れていく。  良くなると思ったら

        • 自己矛盾

           好きなものを否定されると腹が立つ。笑われると腹が立つ。冷笑に腹が立つ。色んなものを許そうと努力してみても、冷笑だけは最後まで許せないと思う。全く真剣でないくせに、僕がどれだけの切実さを賭けているか知らないくせに、命がけの切実さを笑う人間に腹が立つ。しかし一方で、僕が他人の何かを否定するとき、そこには一種の自己肯定への衝動が含まれていて、それは紛れもなく冷笑である。僕は何かを否定するとき、それを冷笑している。僕は、自らの冷笑を強く自覚させられる瞬間が、怖い。  猫ミームが理

        否定せず、恐れず。。?

          君にだけ、綺麗な物語を。

           僕のことを考える必要はない。    ただ、君は、僕にとってだけではなく、間違いなく世界にとってかけがえのない存在だったと、僕はただその事実だけを事実だと確信していて、君の中には確かに、曇りのないままで綺麗なものがあって、ただ世界の中に、途方もなく長い宇宙の歴史の中のほんの一時、ほんの一点として確かに希望の光が存在していたという紛れもない真理だけを真理だと確信していられたら、本当にその他には何もいらないような。僕の救いなんていらなくて、君の存在証明と、君の存在した世界が、君

          君にだけ、綺麗な物語を。

          真の意味で自分のために書かなくてはいけない。良いものを作る、というのは意識してしまうとどうしても他人の基準が入り込む。それを器用に作り出してしまう。そうではなくて、まさしく自分から、その中から出てくるような、良いとか悪いとかではなくこれが自分だと納得できるようなものを書きたい。

          真の意味で自分のために書かなくてはいけない。良いものを作る、というのは意識してしまうとどうしても他人の基準が入り込む。それを器用に作り出してしまう。そうではなくて、まさしく自分から、その中から出てくるような、良いとか悪いとかではなくこれが自分だと納得できるようなものを書きたい。

          2023年という一つの区切りを愛すること

           引用元の「プロローグ:毎朝、毎晩、宙に浮いていた。」という先程公開した記事については、以下を踏まえて読んでもらえると捗ると思う。 「君を朝日と重ね合わせる。僕は朝日を実感することができないのと同様に、君のことを実感することができない。自分の人生を実感することができない。」   これを2023年最後に書いておきたかったのだ。かなり力を入れて書いたので、読んでいただけるととても嬉しい。  振り返ってみると、2023年はいろんなことがあった年だったなと思う。様々なコンテンツとの

          2023年という一つの区切りを愛すること

          プロローグ:毎朝、毎晩、宙に浮いていた。

           これまでも、朝日は美しいものなのだと君に聞かされて生きてきた。朝日を見ると、二度とやってこない今日という一日の始まりを感じることができるのだと。実際、そうなんだろうなと思う。毎朝、日が昇って、昨日とは違う一日が始まって。そういったことをちゃんと実感しながら生きて行けたら、今日という一日がちゃんと人生の一歩になってくれそうな気がするのに、僕はそれを頭では確かに分かっていて、願っている気がしているのに。なのに、僕は、朝日を見ても、君が言っているような実感をいまいち持つことがで

          プロローグ:毎朝、毎晩、宙に浮いていた。

          茜さす

          失われたものこそ、より克明に思い出されるんだ。僕はそうやって、思い出に落ちてゆく。 彼女と僕は、ほんのささやかなきっかけで出逢い、ほんのささやかなきっかけでお別れした。ささやかなすれ違いに思えたものは彼女にとって思いの外大きかったみたいで、決定的で衝動的なお別れに繋がった。恋に浮かされた熱のようなものは、お別れの時にはもうお互い消え去っていた。それでも。 茜さす君の事ばかりが思い遣られるんだ。夜が終わるといつも朝が来る。君は前に進めているのかな。こんな事ばかり考えている。君

          命ばっかりと水と咳

          誰にも分かってもらえなくてもある程度の精神状態は維持することができる。分かりやすい称号なんてなくても、傲慢ささえ持ち合わせていれば一匹狼の如く生きることができる。だが、他人に認められるものを持っていないと、自己肯定感が低下した時「おれはなんも持ってないんだ」という感覚に晒され、途方もない絶望感を味わうことになる。ただ救われたいと喚きながら何者をも否定しどこにも行けないでいる俺と、よく分からなくても、迷いながらでも、間違いでも、どこかへ向かっている人の方が、その在り方のほうが美

          命ばっかりと水と咳

          微笑がえし

          「もうそろそろ時間だね。」 僕たちは、今からお別れ。空にはひつじ雲が浮かんでいて、なんだか不思議な気分。ぼくが馬鹿をやるといつも呆れながら微笑んでくれていた君の顔が思い浮かぶ。君の顔には、いつも健気さがあったね。 「ちょっと、寂しくなるね」 「うん」君は微笑んでそう言った。 きっと、僕たちは今おんなじ気持ちなんだと思う。この人はきっと僕と別れても、これからもこうやって微笑んでる。その微笑みはかけがえのない切なさで、まるでお空に浮かんでるひつじ雲みたい。 君の微笑みをみて僕がふ

          微笑がえし

          夏の盛り、過ぎて暮れなずむ夕

           夏休みになると例のごとく、週の練習時間がぐんと増える。昔からそうだった。4時間以上の練習なんてザラだったが、友達と愚痴をこぼしながらも毎日顔を合わせて真剣な顔つきで練習に取り組んだ。練習中盤までは基礎練中心で多少の余裕はあっても、実戦形式の練習に差し掛かる終盤になると疲れがピークに達し、靴紐を結ぶことすらままならなくなる。靴紐を結ぼうとかがむたび筋疲労の酷さを実感するのだ。自分の疲れを実感するたび体の動きのキレが落ちていってる気がした。それでもなんとか動き続けるていると、や

          夏の盛り、過ぎて暮れなずむ夕

          模倣による永劫回帰(日記11/17)

           ヨルシカにはファンクラブ的な役割をしている「後書き」と呼ばれるサイトがある。僕は前からヨルシカの歌がとても好きなのだが、後書きに入る気は全くなかった。むしろヨルシカに関しては純粋に音楽を聴くだけで、曲以外の情報を入れたくないと思っていたのだ。(ほんとに思っていたのか?俺はほんの一時期だが、ナブナさんのラジオを聞いたりもしていた)しかし最近、n-bunaさんの描く音楽の根底にある価値観に染まりゆく自分が行くところまで行ってしまったのか、n-bunaさんのコラム読みたい気持ちが

          模倣による永劫回帰(日記11/17)

          月光浴 足すということ

           10月に発表されたヨルシカの新曲、月光浴。曲全体として一貫した表現世界を持ちつつ、とても印象的な仕上がりとなっていた。特にサビの歌詞は、メロディの壮大さと相まって強くリスナーにインパクトをもたらした。  1サビの歌詞を見ることにする。 「足して、足して、溢れて。 足して、足している分だけ、過ぎて。」  足して、という言葉選びはどこか不思議な感じがする。「足す」というと、どこかに入れ物のようなものがあって予めその中に何かが存在しているという風な趣が感じられるからだ。ここで

          月光浴 足すということ

          大義名分をもった旅行は下らない in日本 北陸地方

           一人旅に出てみたい、出てみよう、とは随分前から思っていたはずだったのに、行き先を決めたりホテルを予約したり、準備をする気には全くなれなかった。怠惰な性格が災いし、やりたい事すら実行に移せないところは相変わらずだった。それで結局一人旅行けずじまい、は嫌だったので、この夏休みは予め長期の休みを確保していて、その間に一人旅に行こうと決めていた。しかし結局前日の晩20時に、そもそもどの地方で何をしようか、の段階から準備が始まったのだった。決断力はあったようで、そこから諸々の準備はス

          大義名分をもった旅行は下らない in日本 北陸地方

          なに?文句?

          最近よく無気力になる。 夏バテだろうか。将来の行く末に希望が見出せないのも夏の暑させいなら良かったのだが。 みんな何を見出して生きるのだろうか。 僕は本当に大事にしたいことだけを大切にして生きていきたい。大好きな音楽。推しという言葉では収まらない存在となっていく湊あくあちゃん。腐れ縁の友達。残り続ける大切な気持ちと考え。 何かに囚われて生きていきたい。 価値を判断するに絶対的な基準があると、それは自分を追い込むことにもなるが絶対的な絶望はそこから生まれない。常に「良い」が

          なに?文句?