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プロローグ:毎朝、毎晩、宙に浮いていた。

  これまでも、朝日は美しいものなのだと君に聞かされて生きてきた。朝日を見ると、二度とやってこない今日という一日の始まりを感じることができるのだと。実際、そうなんだろうなと思う。毎朝、日が昇って、昨日とは違う一日が始まって。そういったことをちゃんと実感しながら生きて行けたら、今日という一日がちゃんと人生の一歩になってくれそうな気がするのに、僕はそれを頭では確かに分かっていて、願っている気がしているのに。なのに、僕は、朝日を見ても、君が言っているような実感をいまいち持つことができないんだ。それは僕にとって、君の言うような優しい希望を見せてくれる明かりなんてものではなくて、やっぱりどこか釈然としないような光なんだ。僕には朝日の美しさは分からない。そもそも大抵の場合、僕は朝日を見に行けるような時間に起きられていない。朝日を見に行くような時間に起きられるほど規則正しい生活をしている自分、というのを想像すると、なんだか不自然な気すらしてしまう。僕にその輝きは多分似合わないんだよ。顔に苦笑いが浮かぶ。明日は朝日を見に行けたら良いな、と思っていたんだけど、結局僕はそんな早い時間に起きられなかった。朝といえるか怪しい時間に起きて、ご飯を食べて歯を磨きながら、日の出なんてのはまるで僕の世界の外で起こっているかのように今日も生きていく。世界では今日も一日が始まっているはずなのに、僕だけまだ始まっていない気分で生活している。僕だけが、今日に、君に、追いつけていないような気にさせられる。
 朝日を見に行って確かな一日を歩き出せるような人間になれない。朝日というのがただ宙に浮いている光であるかのように感じられる。結局、何者にも慣れないままで僕は生きていて、すべてが宙に浮いて、中途半端であるように感じられる。

 僕の頭の中には、やりたいことがある。これは昔から変わらずそうだった気がする。その具体的な内容は変わっても、方向性はずっと一貫してきたんだと感じる。しかしその「やりたいこと」は進路調査票に書かされる夢のごとくはっきりとした形を持っていても、現実に立ち向かえるほどのエネルギーが僕には感じ取られない。力強く歩んでいけるほどの切実さが僕には足りない。理想すらも宙に浮いて感じられてしまって、いつまでも歩き出すことができない。そんな儚い理想が、朝も昼も夜も、僕の意識を常にふんわりと縛ってくるんだ。今こうしているのは正解じゃ無いんだろうな、と心のどこかで諦めながら、今日も一日を浪費していく。そうやって日々をすり減らして、人生に対する疲れを蓄積させていく。僕は力弱くも夢や理想をいだこうとするが、時折その理想を下らないと卑下し、破壊衝動を抱えるようになる。実際に理想に向き合ってみて空をもがくことすらしないくせに、すべて壊したいと願うようになる。とにかく人生まるごと消し飛ばしたいな、そうできたら楽なのにな、そんなことを考えながら今日も生きていた。救われたいとだけ喚いて生きていた。

 夜になると、毎日、何かを決心してみたり、昔のことを振り返ってみたり、君のことを何気なく想ってみたりする。でも時折、僕が想っている君すらも宙に浮いているように思えてくる。思ってる対象が君なのか、それとも君を媒介した僕自身なのか分からなくなってくる。もはや自分のことだけを考え続けているような気になってくる。下らない決心だ。下らない回想だ。なにも意味を持ちやしない。
 自分の中にある何かがうごめきつづけているのは、夜になって落ち着いたときにようやく分かる。あぁ、僕は今日もこんな気持ちを抱えながら生きてきたんだ。夜は、僕にとって、僕だけのものだ。僕以外の者は、夜からいなくなる。君も、いなくなる。僕以外は、みんな疎外してしまう。だから、夜になると、僕からリアリティが奪われてしまう。昼だったら、現実の様々な見えない圧力に直面して日和ってしまうところを、夜は楽天的にしてくれる。空をもがくことすらしない自分自身を反省し、なんとか自分の生を方向付けるべきだと考えたりする。今は実感の伴わない生であっても、いつか実感が伴うようになるまで努力すべきである、と必死に考えたりもする。でも、朝になるとボーっとしてしまって、そんなことはみんな忘れている。昼になれば僕はバイトを飛びたいことしか考えていない。その一方、やっぱり夜というのは、実に感情的で、閉鎖的で、そして無意味な時間だ。ふっと笑ってしまう。

 まるで人生のハイライトだ、と思った。

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