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『この厳島甘美にかかればどうということはありませんわ!』第3話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】

「通路が少し広がってきたか……?」
「!」
 甘美がピタッと立ち止まる。
「……いたか」
「ええ、角を曲がったところに……」
 甘美が角を指差す。二人はそっと覗き込む。
「ウウウ……」
「む!」
 黒く丸々と太った影がそこにはうごめいていた。両手で頭を抱えていることから、かろうじて人型の影だということが分かる。
「ふむ、あれがこの夢世界のボスのようなものか……」
 現が冷静に分析する。甘美が尋ねる。
「どうしますか?」
「もちろん、取り除くしかない」
「よ、よろしいのですか?」
「ああ、あれがいわゆる悩みの種なのだからな」
「で、では……」
「ちょっと待て」
 角を曲がろうとする甘美の肩を現が掴む。
「な、何ですの?」
 甘美が首を傾げる。
「考えがある……ここは任せてくれないか?」
「え、ええ……」
 現の申し出に対し、甘美は戸惑いながら頷く。
「では……」
「お、お気をつけて……」
 現が角を曲がり、太った影の前に進み出る。
「ウウ……」
「ちょっと失礼」
 現が太った影に呼びかける。
「ウ……? ウウ……」
 太った影は一瞬、現の呼びかけに反応したかと思われたが、また頭を抱える。
「呼びかけには一応反応するが……」
「ど、どうするのですか?」
 様子を見ていた甘美が問いかける。
「ふむ、ちょっと試してみたいことがある」
「試してみたいこと?」
「ああ」
 現が背中に背負っていたキーボードを体の前に持ち出す。
「いつも通りではありませんか」
「まあ、見ていろ」
「はあ……」
「~~♪」
 現がキーボードを弾いて音を奏でる。
「優しい音色ですわね……」
 甘美が目を細める。
「ウ……」
「……~~!」
「えっ⁉」
 現が急にメロディーの雰囲気を変えたため、甘美が驚く。
「ウウッ!」
 太った影が暴れ出す。
「ちょ、ちょっと! 刺激を与えてどうなさるのです⁉」
「静かに!」
 現が甘美を制する。太った影が何やらぶつぶつと呟く。
「ウウッ! ……パ……ツ……シテ……ドウモ……シイ……」
「え……?」
「~~♪」
「あ、曲調が戻った……」
「ウ? ウウ……」
「また大人しくなった……」
「~~~♪」
「さらに優しい音色に……」
「ウウ……」
 太った影が霧消する。現が呟く。
「……戻るとするか」
「う……」
 田中が目を覚ます。
「良い夢はご覧になれましたか?」
 甘美が声をかける。
「え、ええ……」
「それは良かったですわ」
「うん……」
 半身をチェアからゆっくりと起こした田中が頭を軽く抑える。
「? どうかされましたか?」
「い、いいえ、なんでもありません……」
 甘美の問いに田中が首を左右に振る。現が尋ねる。
「……ご気分はいかがですか?」
「……はい、お陰様でいくらか晴れやかになりました……」
「そうですか……順番が前後してしまって恐縮なのですが、こちらの書類に必要事項のご記入をお願いいたします……」
 現が紙を田中に手渡す。
「は、はい……」
「あくまでもこちらの記録用です。外に出るということはあり得ません」
「わ、分かりました……これでよろしいでしょうか?」
 席を移した田中が書類の記入を終え、現に渡す。現がそれにざっと目を通す。
「……はい、大丈夫です。以上でセラピーは終了となります」
「そ、そうですか……」
「お支払いの方、よろしいでしょうか?」
「ええ……」
「……ありがとうございます」
「それでは失礼します……」
「お気を付けてお帰り下さい」
 田中が事務所を後にする。甘美が首を捻る。
「……いくらか?」
「ふっ、気付いたか」
 現が笑みを浮かべる。
「完全にクリアになったわけではないのですね」
「そういうことだ」
「よろしいのですか?」
「アフターケアもしっかりと行わなくてはな……」
 現が書類をピラピラとさせる。
「……なんでこちらの大学に?」
 甘美と現は自分たちが通う大学とは別の大学に来ている。
「それは決まっている」
「え?」
「用事があるからだ」
「用事?」
 甘美が首を傾げる。
「ああ……」
「ん?」
 甘美が端末を取り出すと、現から女子学生の画像が送られてきた。
「確認したな?」
「ええ……」
「この子を探してきてくれ」
「何のために?」
「それは追々話す」
「ふむ……」
「頼むぞ……」
「いや、貴女も探しなさいな! そんなところに隠れていないで!」
 甘美が植え込みに身を隠す現を見ながら声を上げる。
「……そういう年頃なんだ」
「どういうお年頃ですか……」
この大学全体に漂う、陽のオーラにはとても耐えられん……
「なんですか、オーラって……」
「甘美、お前ならば大丈夫だ……」
「うちの大学は平気じゃありませんか」
「あれは慣れだ」
「慣れの問題なのですか?」
「とにかくその子を探してくれ」
「探してどうするのです?」
「この近くの喫茶店にでも誘い出してくれ」
「どうやって?」
「言葉巧みに」
「そんなこと言われても……」
「陽キャならば容易いことだろう?」
「陽キャをなんだと思っているのですか?」
「任せたぞ」
「任せられても……はあ……」
 甘美は画像を見せながら、その辺の女子学生に片っ端から声をかけ、あっという間に目当ての女子学生の友人を見つけ、その女子学生を呼び出してもらうことに成功した。
「おおっ、凄いな」
 植え込みに隠れながら現が感心する。
「別に凄くありませんわ」
「探偵の素質があるぞ」
「ただ単に聞き込みをしただけですわ。誰でも出来ます」
「いやいやそんな謙遜することではない」
「まあ、貴女よりは確実にありそうですわね」
「なんでそうなる?」
 甘美は現の方に視線を向ける。
「植え込みに隠れているのがバレバレ……尾行ならば0点ですわ」
「わ、私は推理力で勝負するタイプだからな……」
「そこで妙な対抗意識を燃やさないで下さる?」
「この女子にたどり着いたのも私の推理力、洞察力があればこそだ」
「この女子が誰なのかをそろそろ教えて下さる?」
 端末をかざしながら甘美が尋ねる。
「さっきの友人の話を聞いていただろう? 千秋さんだ」
「それは名前でしょう? どこの千秋さん?」
「それはまあいいじゃないか」
「圧倒的なまでの説明力不足……! やっぱり貴女、探偵には向いていませんわ」
「なんだと……」
「あ……」
 甘美の前にオシャレな恰好をした女子学生が現れる。女子学生が甘美に近づく。
「あの……」
「え、えっと……」
「今だ、言葉巧みに誘い出せ……!」
 現が甘美に声をかける。
「ど、どうやって?」
「そこは任せる」
「ま、任せるって……」
「用事があるって聞いたんですが……」
「あ~そ、そうです、こんにちは」
「こんにちは……」
「……」
「………」
「う、占いに興味はありませんか?」
「は、はい?」
 甘美の言葉に女子学生は露骨に戸惑う。現が声を上げる。
「そ、そんな怪しげな誘いがあるか⁉」
「だ、だって思い付かなかったのですもの!」
 甘美が現の方に視線を向けて、反発する。
「え、えっと……」
「し、失礼。あらためて名乗らせていただきます」
「は、はい……」
「わたくしは厳島甘美と申します」
「! 近くの女子大の?」
「ええ、ご存知でしょうか?」
「もちろんです! 私、厳島さんのバンドのファンで!」
「!」
「ライブも初期の頃から通わせてもらっています!」
「そ、そうですか……」
「それならば話は早い」
「うわっ⁉」
 いきなり自分の横に立ってきた現に、甘美は驚く。
「えっ⁉ 隠岐島現さん⁉ お二人がお揃いだなんて!」
 女子学生が信じられないと言った様子で、両手で口元を抑える。現が笑う。
「ははっ、どうやら驚かせてしまったようですね」
「こちらもね……」
 甘美が冷ややかな視線を向ける。
「今だ、誘え」
「あ、ああ……良ければ近くの喫茶店でお話でもしませんか?」
 甘美が女子学生に笑いかける。
「え、ええ、喜んで!」
 女子学生が頷く。三人は喫茶店に移動する。店の奥の席に座り、注文したものが届く。
「それでですね……」
「はい」
「失礼……」
「! zzz……」
 現が耳元で鈴を鳴らし、女子学生を眠らせる。甘美が驚く。
「! な、何を⁉」
「夢世界に行くぞ」
「‼」
 二人が女子学生の夢世界に入る。道が開けており、わりと明るい。現が腕を組んで頷く。
「ふむ、なるほどな……リアルが充実していると、もしくは悩み事が少ないと、夢世界も比較的明るく、障害物などもほとんどないと……」
「何を一人で納得しているのですか……何故この子の夢世界に? そもそもこの子は?」
「この子は田中千秋という……」
「! 田中?」
「ああ、田中教授の娘さんだ……」
「な、何故、娘さんの夢世界に?」
「教授の悩みの種が、娘さんにあると睨んだからだ」
「え⁉」
「いたぞ……」
「⁉」
 わりと小さい影があくせくと作業をしている。小さい影が話す。
「もうすぐパパの誕生日、そして教授になって十年目……うんとお祝いしなきゃ、その為にはアルバイトを頑張らなきゃ……いくつも掛け持ちするのは大変だけど……自分へのお小遣いにもなるしね……」
「こ、これは……」
「田中教授は娘さんの帰りが遅くなったり、身だしなみが少し派手になったことを『パパ活でもしているのではないか。どうも疑わしい……』と思っていた。しかし実態はこうだ」
「親子のコミュニケーション不足?」
「そうとも言うが、娘さんはサプライズ感を出したかったのだろう……さて……~~♪」
「ん⁉」
 現の演奏を聞いて小さい影は穏やかな眠りにつく。現が甘美に告げる。
「……戻るぞ」
 目覚めた三人は会話を楽しんだ。やがて田中千秋はその場を後にする。甘美が呟く。
「アフターケアってこういうことでしたのね……」
「ああ、誕生日が来たら、教授の疑いは晴れ、気持ちも完全に晴れやかになる」
「さりげなく教授のゼミ生だということも伝えられましたわ。娘さんからわたくしたちの良い評判を聞けば、教授のわたくしたちに対する印象も変わるでしょう。単位も取りやすくなるのではないかしら?」
「そこまではさすがに虫の良い話だと思うが……」
 現は苦笑いしながらコーヒーを口にする。

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