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『漫画家の私、平安宮中の弱小サロンの女房に転生しちゃったのでBL漫画とかを描いて無双します……多分。』第2話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】


 ある日、甘子さまサロンの私のもとを訪ねてくる人がいた。女房にはそれぞれ仕事用のスペースが割り当てられている。漫画を発表するようになってから、その感想を伝えてくれる人がよくやってくるようになった。感想はもちろん様々ではあるのだが、この時代の人々は漫画というものに初めて触れるので、そこにはなんというか、新鮮さみたいなものが共通していている。
 令和の時代に活動していたときは、ファンレターやSNSなどで反応を知ることがほとんどであった為、こうして面と向かって反応を頂けるのは、例えば子どもの頃などを思い出してほっこりとする。
「鬼神兵庫さん、入っても良いかしら?」
「ええ、もちろん、どうぞ」
 入ってきたのは、若干縮れ毛で黒髪ロングヘアだらけのこの宮中――というか時代――においては珍しい少し茶色が入った髪の毛の女性だった。目はパッチリとした垂れ目であり、鼻はさほど高くはなく、口は小さめのいわゆるおちょぼ口で、顎はラインがふっくらとした丸顔である。正直に言ってしまうとすごい美人というわけではないが、なんとなく『可愛らしい方だな』と感じた。
「ごきげんよう♪」
 よく通る、耳に心地の良い声だ。そうか、類まれなる『愛嬌』があるのだ、この人には。私はなんとなくではあるが、納得して小さく頷く。
「えっと……」
 私は首を傾げる。この方は誰だろうか?うちのサロンでは見かけない顔だ。体調不良かなにかで休んでいた方であろうか。
「ああ、はじめまして♪ わたしは清少納言と申します」
「せ、清少納言さまっ!?」
 私は思わず後ろにひっくり返りそうになる。
「あら、ご存知?」
「も、もちろん、ご存知ですとも! あの『枕草子』の!」
「本まで知ってくれているのね」
 清少納言さんがにっこりと微笑む。しかし、話には聞いていたし、感覚としては、同じ場所で仕事をしているということは理解はしていたが、こうして実際に対面すると、やはりちょっとビビってしまう。
「わたしも読ませてもらったわ、あなたの漫画というものを」
「ああ、それは光栄の極みです……」
 私は平身低頭する。清少納言さんはそれを見て苦笑する。
「あらまあ、大げさねえ……」
「いや、この頭、出来ることならば、この床板を頭で破りたいほどです」
「ほ、本当に大げさね!?」
「……ちょっとやってみます」
「ま、待った! ちょっと落ち着いてちょうだいな……!」
 清少納言さんが頭を大きく振りかぶった私を制する。
「……」
「とにかく頭を上げて」
「はい……」
 私は体勢を元に戻す。
「漫画、素晴らしかったわ。あの逃げ足の速い盗賊を捉えるまで、何度も同じ時に戻る検非違使の話とか……」
「最近のやつですね、ご覧になってくださったんですか」
「ええ、あなたの漫画はとても人気があるから、こんなに早く回ってくるなんて僥倖だったわ」
 あの清少納言さんが私の漫画を楽しんでくださるなんて……こちらも感想を伝えなければ……!
「わ、私も……!」
「ん?」
「い、いや……な、なんでもないです……」
「え?」
 い、言えない……『枕草子の原本を実際に枕にしてみたwww』なんて底辺〇ーチューバーみたいな真似をしただなんて……。まあ、実際は写本だけども。そういう問題ではない……。
「ええっと……」
「うん?」
「枕草子! 冒頭の文が素晴らしいですよね!」
「あらそう?」
「ものすごく共感できます!」
「そんなに?」
「ええ、『春は、あけぼの。やうやう白くなりゆく、山ぎは少し明りて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。』」
「よく覚えているわね」
 それくらいは覚えている。これは……春は、夜明けが良い、次第に白んでいく山と空の境目が、少し明るくなって、紫がかった雲が細くたなびいていくのが素晴らしいという意味だ。
「夜明けは……絶望感によく囚われていました」
「えっ!?」
 締め切り直前の追い込みでうっかり寝落ちしてしまい、朝焼けを見た時のあの絶望感と言ったら、もう……。
「は、はは……」
「あ、あの……」
「あ、ああ、その続きが良いですよね! 『夏は、夜。月の頃はさらなり。闇もなほ。螢の多く飛び違ひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。雨など降るもをかし。』」
「それも覚えてくれているのね」
 これは……夏は、夜が良い。月の明るい頃は言うまでもない。月の出ない闇夜もまた良い。蛍が多く飛び交っているのは良いものだ。また、ほんの1匹か2匹が、ほのかに光って飛んでいくのも趣がある。雨が降るのもまた風情があるという意味だ。
「夜は無力感に苛まれますよね……」
「ええっ!?」
 ネタがなかなか思い付かないとき、鳥と言わず、虫になってどこかへ飛んでいってしまいたいと思ったことは一度や二度ではない。
「は、ははは……」
「あ、あのう……」
「あ、ああ、えっと、その続きが良いですよね! 『秋は、夕暮。夕日のさして、山の端いと近うなりたるに、烏の寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど、飛び急ぐさへあはれなり。まいて雁などの列ねたるがいと小さく見ゆるは、いとをかし。日入り果てて、風の音、虫の音など、はたいふべきにあらず。』」
「へえ、それも覚えていてくれてるのね」
 これは秋は、夕暮れが良い。夕日が山の端に近づいた頃に、烏が寝ぐらへ帰ろうとして、3羽4羽、2羽3羽と、飛び急ぐのまでも心惹かれる。まして雁などが連なって飛んでいるのが小さく見えるのは、たいそう趣がある。日が暮れてから聞こえる、風の音、虫の音などは、また言うまでもないという意味である。
「夕暮れは虚無感に包まれますよね……」
「え、ええっ!?」
 連載打ち切りを告げられたときの編集部からの帰り道は、沈みゆく夕日をぼうっと見つめながら、もう二度と浮かび上がれないのではないかと考えたものだ。
「はは、ははは……」
「えっと……」
「あ、ああ、ええっと、最後も良いですよね! 『冬は、つとめて。雪の降りたるはいふべきにもあらず。霜のいと白きも、またさらでも、いと寒きに、火など急ぎ熾して、炭もて渡るも、いとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も、白き灰がちになりて、わろし。』」
「そこまで覚えていてくれてるのね」
 これは……冬は、早朝が良い。雪が降っていれば言うまでもない。霜が白くおりていても、そうでなくても、とても寒い朝に、火を急いでおこして、炭を届けに回るのも、冬の朝に大変、似つかわしい。昼になって、寒さがゆるんでくると、火鉢の火も白い灰になってしまい、好ましくないという意味である。
「早朝は孤独感に襲われますよね……」
「え、えええっ!?」
 寒過ぎる早朝、誰も暖めてくれないあの寂しさ……。思い出すだけで震えてきてしまう。
「……共感できます」
「そうは思えないのだけれど!?」
 しみじみと呟く私に、清少納言さんが声を上げる。
「え?」
「い、いえ、ごめんなさい、大きな声を上げてしまって……」
「それは良いんですが……」
「今日は思い切って会いにきて良かったわ」
「そ、そうですか?」
「ええ、世の中には色々な考え方をする人がいるということをあらためて認識出来たんですもの」
「は、はあ……?」
 私は首を傾げる。
良いネタをもらったわ……
「ん?」
 清少納言さんが首を左右に振る。
「なんでもないわ、こちらの話……そうだ、一つ提案があるのだけれど……」
「なんでしょう?」
「あなたの考え方、感じ方を漫画で表現してみるのはどうかしら?」
「考え方、感じ方……?」
「今日はお話が出来て良かったわ。また機会があれば、お話しをしましょう。それでは、失礼するわ……無理をしないでね♪」
「は、はい、ありがとうございます……」
 清少納言さんがその場から軽やかに去って行く。新作のヒントを頂けたかもしれない。私は筆を持って、紙に向かう。

↓第3話



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