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『ヒトカドくんは八方ふさがり!』第1話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】
あらすじ:横浜市にある「聖英学院」。元々、幼小中高大学一貫の女子高であったこの学校は、一年前から共学化し、二年目を迎えた。
エリート中のエリートが所属する高等部2年A組……学業、スポーツ、芸術etc……あらゆる分野でそれぞれトップ〝だった〟女子たちが顔を揃えていた。そう、ある1人の男子生徒が入学してくるまでは……。
これはクラスの中央の席に座る一廉純という少年と、彼の前後左右斜めの席に座る8人の女子生徒による物語である……。
本編:プロローグ
「はあ……」
聖英学院に入学し、二年目の春を迎えた茶髪で短髪の少年、一廉純(ひとかどじゅん)はため息をつく。この学校は幼小中高大学一貫の女子高として有名だが、昨今の少子化という事情から共学化。男子生徒の受け入れを始めたが、まだまだ男女比率は女子の方が多く、女子高としての気風を色濃く残す。一廉がそういった雰囲気にまだ慣れていないのも事実なのだが、彼がため息をついたのはその為ではない。
「……」
一廉の前の席に座る赤縁の眼鏡をかけた黒いロングヘアの女子がプリントを回してくる。
「あ、ありがとう、不二さん……うわっ、新年度早々、実力テストか……」 一廉がプリントの内容を確認し、頭を抱える。
「……負けませんから」
「え?」
一廉が首を捻ると、不二と呼ばれた女子は既にその綺麗な黒髪をひるがえして、前を向いている。
「一廉! 新年度のオレを見くびってもらっちゃあ困るぜ!」
一廉の右斜め前に座っているジャージ姿の青みがかった髪色でショートカットの女子が声をかけてくる。何故かジャージの袖をまくり、右腕の力こぶを見せつけてくる。
「う、うん、三冠さん。別に見くびってはいないけど……」
一廉は首を左右に振りながら、笑顔で応える。
「とどくん、新入生見た? 友達百人できるかな~♪」
一廉の右隣に座る薄い緑色のショートボブの髪型の女子が楽しそうに尋ねてくる。
「四恩さん。下級生とそんなに関わることってあるかな?」
一廉は至極もっともな疑問を返す。
「一廉ちゃん、おはよう~」
一廉の右斜め後ろの席に座った金髪でセミロングでスタイルの良い女子がにこやかに挨拶をしてくる。
「あ、おはよう、大五さん」
一廉も笑顔を返す。
「今日もお弁当作ってきたから味比べしな~い?」
「え、今日は午前中だけじゃなかったっけ……」
一廉が軽く戸惑う。
「HITOKADO、プリント……」
一廉の真後ろの席に座るピンク色でポニーテールの髪型をした女子が気だるそうに話しかけてくる。
「ああ、ごめん、六花さん。はい」
一廉はプリントを回す。六花と呼ばれた女子がプリントに目を通し、悪そうな笑みを浮かべる。
「ふっ、文化祭が楽しみだね……」
「文化祭って、き、気が早くない?」
一廉が困惑する。
「一廉殿、グッドモーニングでござる!」
一廉の左斜め後ろに座る赤髪のツインテールの女子がテンション高く挨拶をしてくる。
「七宝さん、おはようでござる」
一廉は恭しく挨拶を返す。
「一廉君、おはよう、良い朝だね」
一廉の左隣に水色の長髪が特徴的な男子用の制服を着た中性的な雰囲気の女子が座る。
「八神さん、おはよう、すっかり春だね」
一廉も笑顔で返事をする。
「一廉純! 今年度が楽しみだな! 色々と……」
一廉の左斜め前に座る紫がかった髪色とお団子ヘアとチャイナドレスが目立つ女子が声をかけてくる。
「そ、そうだね、九龍さん……」
一廉はプリントの内容を確認しようと視線を落とす。
「…」
「……」
「………」
「…………」
「……………」
「………………」
「…………………」
「………………………」
(まただ、八方から強い視線を感じる! 今年度もこれか……)
「はあ……」
一廉は小さくため息をつく。
何でもそつなくこなしてしまうエリートの一廉純は学院内でも一目も二目も置かれている存在である。
学力試験は常にトップ。運動神経もよく、各部活からは助っ人として引っ張りだこ。芸術分野などでも多彩でマルチな才能を発揮する。加えてルックスやスタイルも抜群。かといって、それを鼻にかけない性格の良さも周囲に好印象を与え、大いに人気を集めている。人当たりも良いため、男女問わず生徒たちからの人望も厚く、教職員からの信頼も高い。さらに、保護者や学院の近所の人々、他校の生徒などからの評判も上々。まさしく〝ヒトカド〟の人物である。
共学化によって、聖英学院に現れたこの少年の存在は大きなインパクトを与えると同時に、一部の女子たちのプライドを強く刺激した。
一廉の前の席に座っている黒髪ロングヘアで赤縁眼鏡をかけている女子が不二静(ふじしずか)……学業優秀な生徒である。
一廉の右斜め前の席に座っている青みがかったショートカットの女の子が三冠希望(さんかんのぞみ)……ボーイッシュで運動神経抜群。
一廉の右隣の席に座っている薄緑色のショートボブの髪型をした女の子が四恩和(しおんなごやか)……コミュ力が高く、SNSのフォロワー数多数。
一廉の右斜め後ろに座っている金髪のセミロングでスタイル抜群の女子が大五楽々(だいごらら)……料理上手で包容力に溢れていると評判。
一廉の真後ろの席に座っているピンク色のポニーテールが目立つ女の子が
六花愛美(りっかまなみ)……芸術センスに秀でている。
一廉の左斜め後ろの席に座っている赤髪ツインテールが目印である女子が七宝エミリー(しっぽうエミリー)……大企業の社長令嬢で日米ハーフ。
一廉の左隣の席に座っている水色の長髪をたなびかせ、男子用の制服をきている美少女が八神自由(やがみじゆう)……とにかく顔が良い、男装の麗人。
一廉の左斜め前の席に座っている紫がかった長髪にお団子ヘアがトレードマークの女子が九龍紫萱(クーロンズーシュアン)……どこか只ならぬ雰囲気を漂わせている、中華街出身の華僑の娘。
……以上の女子生徒らがプライドを強く刺激された人物たちである。何故なら中等部までは、各々がそれぞれの分野でナンバー1だったからである。その状況が一廉の登場によって一変、彼女たちはナンバー2に甘んじることになったからだ。そのような状況は彼女たちのアイデンティティーを大きく揺さぶることであった。
一廉と彼女たちは1年生時から同じクラスであり、教室の席順も中央に座る一廉のちょうど八方を囲むように座っている(何故か)。
第一話
四月のある日、一廉の表情は暗かった。そう、この日は実力テストの日だったからである。一廉は頭を抑えながら呟く。
「う~ん、進級してすぐにテストとはな……」
「……一廉さん、その程度ですか?」
「え?」
一廉の前の席に座る不二静が振り返る。
「どうやら貴方のことを過大評価していたようですね……」
「ええ?」
「この聖英学院は他校よりも教育面に力を注いでいます。この時期に各生徒の学力を見極めるテストを行うことは至極当然のことです」
静が眼鏡をクイっと上げる。
「は、はあ……」
「ふう……」
一廉の反応に静はため息をつく。一廉は面食らう。
「ろ、露骨なため息!?」
「どうやら私の完全なる見込み違いだったようですね……」
「み、見込み違い? どういうことだい?」
「昨年度の貴方はちょっとばかり出来過ぎだったということです」
「で、出来過ぎ?」
「今日のテストで完全に貴方と私の違いがはっきりとするでしょう……」
「む……」
「先日も申しましたが、私は負けませんから……」
「……」
静と一廉が見つめ合う。
「おお~早速バチバチだね~」
一廉の右隣に座る四恩が笑う。
「若干不二ちゃんの一方通行っぽいけどね……」
四恩の後ろに座る大五が苦笑気味に呟く。
「……テストを配ります」
教師が声をかける。テスト用紙が配られる。
「……全員に渡りましたね? それでは、はじめ……!」
全員がテストに取り掛かる。
(まずは国語! 得意科目です。ここでつまづいていられない……!)
静が問題にとりかかる。
(む! こ、これは……!)
静の顔がちょっと険しくなる。
「……はい、そこまで。十分の休憩後、次のテストです」
休憩が終わる。
「……では、次のテストです。用紙は行き渡りましたね? ……はじめ!」
(次は数学! 一応文系のクラスとはいえ、この聖英学院は〝文理両道〟を生徒に求める学校! 理数系の範囲もしっかりと学習済です!)
静が問題用紙を見る。
(むむ! こ、これは……!)
静の顔が少し険しくなる。
「はい、そこまで。休憩後、次の科目です」
休憩が終わる。
「次の科目です。用紙は行き渡りましたね……はじめ!」
(次は社会科科目! 歴史は得意です。日本史だけではなく、世界史もばっちり! 地理も完全に頭に入っています! 『歩くメルカトル図法』とは私のことです!)
静が問題用紙に目をやる。
(むむむ! こ、これは……!)
静の顔がやや険しくなる。
「はい、そこまで。昼休みを挟んで、午後一時から次の科目です」
約一時間の昼休みが終わる。
「それでは次の科目です……はじめ!」
(次は理科科目! これも網羅しています! ノーベル賞全部門総なめを狙う私にとっては通過点に過ぎません!)
静が問題用紙に目を通す。
(むむむむ! こ、これは……!)
静の顔がかなり険しくなる。
「……そこまで。休憩後、最後の科目です」
休憩が終わる。
「それでは最後の科目です……はじめ!」
(最後は外国語! 英語だけでなく、中国語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語、ロシア語、ヒンディー語、アラビア語などに精通している私には簡単なことです!)
静が問題用紙をじっと見る。
(むむむむむ! こ、これは……!)
静の顔がだいぶ険しくなる。
「そこまで。お疲れ様でした……6限目は自習時間ですが、お静かに。その後ホームルームもありますので、帰らないように」
教師が答案を集めて、教室の外に出る。約一時間後、教師が戻ってくる。
「……お待たせしました。ホームルームですが、採点した答案用紙をお返しします」
「も、もう採点が終わったのか、早いな、いつものことながら……」
「教員の皆様は優秀でいらっしゃいますから……」
一廉の呟きに静が反応する。
「……皆さんの一層の奮起を促す意味でも、科目ごとに成績優秀者を何名か発表させていただきます」
「縁のないことだね……」
一廉の後ろの席に座る六花が苦笑する。
「……成績不振者も何名か発表しますか?」
「あ、悪趣味では? 美術科ならあり得なくもないが……」
六花の反応に教師がふっと笑う。
「冗談です。それでは、まず国語から……不二さん、98点。一廉君、95点……」
「よっし!」
静がガッツポーズを取る。右隣の三冠が声を上げる。
「驚かすな、不二! 大体、テスト中から『むむっ⁉』とかうるせえんだよ!」
「あら、声に出ていましたか?」
「ああ、お陰で集中出来なかったぞ!」
「それは申し訳ありません」
静が三冠に向かって素直に頭を下げる。
「ま、まあ、小さい声ではあったけどよ……」
「しかし、お言葉ですが……」
「あん?」
「……集中したところで三冠さんにはどうにもならなかったのでは?」
「本当にお言葉だな!」
「古文で平安時代を取り上げるのは予想がついたけど、まさか源氏物語の感想を古語を交えた随筆風にまとめよ、とはね……」
一廉の左隣の席に座る八神が両手を広げる。
「そこはなんとかなったのだけど、漢文でミスったな……」
一廉が呟く。
「なんだよ、孔子の論語の一節だろうが」
一廉の左斜め前の席に座る九龍が振り返って笑う。八神が反応する。
「ほう、分かったんだね、紫萱、さすがだ。では、問六の問題について教えて欲しいのだけれど……」
「……考えるな、感じろ……」
「前言を撤回するよ……」
九龍の答えに八神が苦笑する。
「続いて数学ですが……一廉君、97点、不二さん、93点」
「やられた!」
静が両手で頭を抱える。三冠が呟く。
「一廉が一点リードか……」
「まさか『ナビエ–ストークス方程式の解の存在と滑らかさ』について解を示せとは……」
「さっぱり分からん……」
静の説明に三冠は首を捻る。
「現代数学の未解決問題の一つです……」
「それが分かったのかよ、一廉⁉」
「いや、自信はないよ、否定的な解決だ」
三冠に対して、一廉は手を左右に振る。
「それでも学会の検証次第では100万ドルの懸賞金が出る可能性があります……」
「! 凄いね~」
「スケールが大きいわ」
静の呟きに四恩と大五が目を丸くする。
「……それが分かる分からないで4点差、点数配分おかしくないか?」
六花が首を傾げる。
「続いて社会科ですが、不二さん、98点、一廉君、96点」
「よし!」
「コロンビアの歴史、地理、政治経済までは分かったけど、暗躍する麻薬組織の倫理観までは分からなかったな……」
ガッツポーズを取る不二の後ろで一廉が鼻の頭をこする。
「わたくしもコーヒー豆の種類でコロンビア縛りというのはピンと来たのだけどね~」
「麻薬組織の倫理観を理解しちゃ駄目だろう……」
自らの頬を撫でる大五の隣で六花が戸惑う。
「ただ国名が……コスタリカと書いてしまいました……」
「いや、そこまでいって、肝心なところを間違えるなよ……」
嘆く静の左隣の九龍が呆れる。
「不二殿が一廉殿を再逆転でござる!」
一廉の左斜め後ろに座る七宝が興奮気味に声を上げる。
「だが、まだ1点差だ……」
七宝の前に座る八神が自らの顎をさすりながら呟く。
「続いて理科科目ですが……一廉君、97点、不二さん、96点」
「くっそ!」
静がまた頭を抱える。
「しずちゃん、のんちゃんみたいな言葉遣いになっちゃっているわよ」
四恩が静を注意する。三冠が振り返る。
「そこで人の名前を出すなよ!」
「ハイゼンベルクの不確定性原理の不確かさを見落とした……」
「ひ、人の名前だというのは辛うじて分かるけどよ……」
静の呟きに三冠が戸惑う。
「されど、これで両者同点でござる!」
「ああ、実に興味深いね……」
七宝の声に八神が頷く。九龍が笑みを浮かべながら八神に問いかける。
「八神自由、どっちが勝つか賭けるか?」
「賭けない」
「そうか……」
八神の即答に九龍は若干しょんぼりする。
「賭けるならせめて試験が始まる前だろう……」
六花が小声で呟く。
「それでは外国語ですが……不二さん、99点!」
「おおっ!」
「よっしゃあ!」
三冠が驚く横で静が派手なガッツポーズを取る。大五が首を傾げる。
「あら? 一廉ちゃんは?」
「……一廉君、100点!」
「おおおっ!」
七宝が声を上げる。
「最後の問題は……?」
静が振り向いて一廉に問う。
「エスペラント語だよ」
「ラテン語に似ている単語だと思ったのですが……」
「ラテン語っぽいのは拙者も気付いたでござるが……」
静と七宝が俯く。
「それでも1点差って、配点がおかしいだろ……」
六花が呆れながら呟く。
「……と、いうことは?」
四恩が首を捻る。
「……不二さん、484点、一廉君、485点! 一廉君がこのクラス、さらに学年ナンバー1です!」
「ぐっ!」
静が頭を抱える。一廉が口を開く。
「……ありがとう、不二さん」
「え?」
静が一廉の方を見る。
「テスト前に君が発破をかけてくれたからだ。お陰で高い集中力を持って臨むことが出来たよ。ありがとう」
一廉が右手を差し出す。
「え、ええ……」
静が困惑気味に握手に応じる。
「これからもお互いに高め合っていこう」
「た、互いに高め合う!?」
「良きライバルで愛すべき友人だからね」
「あ、愛すべき!?」
一廉の思わぬ言葉に静の顔が真っ赤になる。
「おや、体温が急に上がったような……風邪かい?」
「な、なんでもありません!」
静が握手を振りほどく。
「そ、そうか……」
「まだまだ中間試験や期末試験もあります! 私たちの戦いはこれからです!」
静の叫びがクラス中に響く。
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