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『ヒトカドくんは八方ふさがり!』第3話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】

第三話

「ふう……」
 四月のある日、教室内で一廉はため息をつく。
「ふっふっふっ……」
 一廉の右隣で薄い緑色のショートボブの髪型をした女子がスマホを眺めながら笑う。
「……」
 一廉はその様子に視線をチラッと向けた後、視線を前の方に戻す。
「ひっひっひっ……」
「………」
「けっけっけっ……」
「…………」
「ぽっぽっぽっ……」
「鳩か!」
「反応するの遅いって!」
「ええっ!?」
 声を上げた一廉に対し、ショートボブの女の子がより大きな声を上げたため、一廉は驚く。
「こっちがええっ!?だよ。ふっふっふっ……の時点で反応して欲しかったよ……」
 ショートボブの子が俯く。
「反応ってどんな風に?」
「なんだか楽しそうだねとか」
「楽しそうだったんだ」
「気が付かなかったの?」
「うん」
「ひっひっひっ……は?」
「魔女かなと……」
「けっけっけっ……は?」
「楽しそうだなと……」
「だったらその時点でリアクションして! っていうか、ウチのデフォルトの笑い声、けっけっけっ……だと思っているの!?
「違うの?」
「違うよ!」
 女の子は頬をぷうっと膨らませる。
「ごめん、四恩さん……」
 一廉は右隣の女の子の方に体を向けて、頭を下げる。彼女の名前は四恩和である。
「まあ、別にいいけどさ……」
 和は笑みを浮かべる。
「どうかしたの?」
「え?」
「いや、スマホを眺めて楽しそうだからさ」
「え~聞きたい? とどちゃん?」
 和は小首を傾げる。彼女は一廉のことをとどちゃんと呼ぶ。〝ひとかど〟の〝と〟と〝ど〟を取ったのだ。わりと珍しい呼び方だが、一廉としてはそんなに悪い気はしていない。彼女の持つ、天性の愛嬌の良さによるものであろう。
「うん」
「え~どうしよっかな~?」
「言いたくなければ、無理には聞かないよ」
 一廉は視線と体を前に向き直らせようとする。
「ああ、嘘! 嘘です! 是非聞いてください!」
 和は一廉の右肩をがっしりと掴む。一廉は戸惑う。
「お、おお……」
「……聞いてくれる?」
「……ああ」
 一廉が頷いたのを見て、和が笑顔に戻る。
「へへっ、実はね……バズっちゃったんだよね~」
 和は自らの腰に両手を当てて胸を張る。
「バズる?」
「そう……」
 和はわざとらしく、自らの鼻の頭をこする。
「そうか……」
 一廉は俯く。和が戸惑う。
「え? なに、そのリアクション?」
「四恩さんはこのクラスでもネットリテラシーに気を付けている方だと思っていたんだが……」
「はい?」
「いや、逆にネットに接する機会が多い故に起こったことか……」
「は?」
「とにかく一刻も早い沈静化を祈るよ……」
「〝炎上〟したみたいに言わないで!」
 和が声を上げる。一廉はきょとんとする。
「違うのかい?」
「違うよ!」
「そうか、てっきり……」
 一廉は自らの後頭部を抑える。
「炎上したことを嬉々として人に伝えないでしょ!?」
「いや、そういう人もいるじゃないか」
「ウチは炎上系じゃないから!」
「ふむ、良い意味でバズったのか……」
「そうだよ」
「どんな投稿がバズったんだ?」
「『YouBroad』でのショート動画がね……」
「あれ、四恩さん、『ようぶろ』やっていたの?」
「最近始めたの」
「そうか」
「いや~それにしても、数日で百万再生とはな~。ウチは自分のSNSの才能が怖いわ……
「ようぶろをSNSに含めるかどうかは議論の分かれるところだけど……」
「なにか言った?」
「いいや、なんでもない……」
 一廉は首を左右に振る。
「……そろそろ良いかな」
「ん?」
とどちゃん、SNSで勝負しようよ!
「しょ、勝負?」
 一廉が和の言葉に面食らう。
「そう、どっちがコミュ力ナンバー1か!」
「コ、コミュニケーション能力はSNSで分かるものなのかな?」
 一廉は首を傾げる。
「フォロワー数とか、ひとつの目安にはなるでしょ」
「まあ、そうかもしれないけれど……」
「とりあえず『インスタグラフ』のアカウント見せてよ」
「ああ……」
 一廉は自分のスマホを見せる。和が驚く。
「! なっ、こ、このフォロワー数は……昨年度より増えている⁉ い、一体何をやったの!?」
「何をって……普段の何気ない日常を投稿しているだけなんだけどな~
 一廉が自らの後頭部を撫でる。
「くっ……」
 和が悔しそうに唇を噛む。
「もういいかな?」
「……まだだよ」
「え?」
「フォロワー数はあくまでも単なる目安! これから行う投稿がバズるかどうかで勝負よ!」
「ええっ!?」
 和が立ち上がり、一廉をビシっと指差す。
「……なにやら面白そうなことが始まりそうね~」
「くだらないことの間違いだろう……」
 二人の様子を後ろの席で眺めていた大五の呟きに、六花が苦笑する。
拙者のフォロワー数は53万でござる
「戦闘力みたいに言うな、ツッコみづらい数だし」
 逆隣りの七宝の言葉に六花が反応する。
「では、インスタグラフに画像を投稿するわよ! まずはウチから!」
「! これは桜の画像か……なかなか見事じゃないか」
「近くの名所で撮ったものだね、しっかり自分も入れているところが流石というべきかな……」
 スマホを確認した九龍と八神が感心する。
「花見シーズンにあえて投稿しなかった画像! ウチのとっておき! さあ、とどちゃん、どうする!?」
「今年は桜の写真はあんまり撮らなかったんだよな……これかな?」
「!」
 一廉がインスタグラフに投稿した画像に皆が驚く。水に濡れて、シャツが透け透けになった一廉の写真だったからだ。透けたシャツから引き締まった肉体美が覗く。
「あら~大胆~♡」
 大五が頬を抑える。
「な、なんだよ、この写真は?」
 六花が尋ねる。
「この間、サッカー部の助っ人で練習試合に出たんだけど、試合後にチームメイトがふざけてさ、まだシャツを脱いでいない俺にシャワーをかけてきたんだよ。その時の写真」
「ふん、結構鍛えているな……」
「なかなかのものだね……」
 九龍と八神が目を細めてスマホを眺める。
「ちょ、ちょっとばかりセンシティブじゃねえか!?」
 三冠が声を上げる。
「この程度ならばさして問題はないかと……というか三冠さん、一時期、一廉さんの上半身裸の写真をスマホの待ち受けにしていませんでしたか?
 眼鏡をクイっと上げながら、不二が呟く。
「あ、あれは、あくまでも体作りの参考にしたまでだよ! っていうか、人のスマホを勝手に見るんじゃねえよ!」
「それは失礼。つい目に入ってしまったもので……」
「否定はしないのか……」
 三冠の言葉に六花が戸惑う。
「つ、次よ! EXの呟きのリポスト数で勝負よ!」
「あ、ああ……」
「ウチが最初に呟くわ! どう!?」
「これは〝ラッコミーム〟ってやつか……」
「ああ、流行をいち早く取り入れるとは流石だね……」
 九龍の言葉に八神が頷く。七宝が声を上げる。
「すごい伸びでござる!」
「さあ、とどちゃん、どうする!?」
「う、う~ん、じゃあ……」
「!!」
 一廉の呟いた内容に皆が驚く。
「こ、これはハリウッドセレブのカイル=リーブスとのイギリスの元サッカー選手のバーネット=マックスとのスリーショットでござる!?」
「お忍びで来日した時、豚骨ラーメン屋で相席になって……おすすめのトッピングとかについて聞かれて答えている内にすっかり意気投合しちゃってさ……」
「な、なんというラッキーボーイでござるか……」
「『濃い面子で(濃いラーメンを)食べた』ってやつね~」
 唖然とする七宝の横で、大五が呑気な声を上げる。
「う、うらやましい……リポストといいねを100回ずつ押しちまったぜ……
「三冠さん、それでは押したことになりませんよ。1回ずつ押せばそれで十分です」
 三冠の行動を不二が冷静に訂正する。
「つ、次よ! TikTakのいいね数で勝負よ!」
「あ、ああ、分かったよ……」
「ウチはこれよ! どう!?」
「こ、これは猫!」
「シンプルにペットを使ってきたね……」
 驚く九龍の後ろで八神が頷く。
「かわいいでござる!」
「確かにペット系は鉄板だが……なりふり構わずだな……」
 笑顔を浮かべる七宝の隣で六花が苦笑いする。
「とどちゃん、どうする!?」
「まあ……これかな……」
「!?」
「お、おすすめ男性用コスメ動画ですって!? 確かに興味を惹かれますね……」
 不二が興奮気味にズレた眼鏡の縁を抑える。
「ちっ、思わず嫉妬しちまうようなルックスだぜ……」
 三冠が舌打ちする。
「一廉ちゃん、なんてたって、元が良いからね~」
 大五が微笑む。
「美容系はよく伸びるからな……お、もういいねの数を超えたぜ」
 六花が呟く。
「ま、負けた……完敗だよ……」
 和がうなだれる。
「……ありがとう、四恩さん」
「え?」
 和が一廉の方を見る。
「あらためてSNSの楽しさというものを教えてもらった気がする。これからのプライベートが充実しそうだ。ありがとう」
 一廉が右手を差し出す。
「う、うん……」
 和が戸惑い気味に握手に応じる。
「これからもお互いに良い意味でバズり合っていこう
「い、良い意味でバズり合う!?」
良きライバルで好ましい友人だからね」
「こ、好ましい!?」
 一廉の思わぬ言葉に和の顔が真っ赤になる。
「おや……熱でもあるのかい?」
「な、なんでもない!」
 和が握手を振りほどく。
「そ、そうか……」
「次は勝つ! ウチらの戦いはこれからだよ!
 和の叫びが教室中に響く。
 
 

 
 
 


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