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『この厳島甘美にかかればどうということはありませんわ!』第2話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】


「ふう……」
 甘美が大学の廊下を歩いていると、現を見つける。
「……」
「現」
 甘美が現に声をかける。現は立ち止まって振り返る。
「ん? なんだ、甘美か……」
 現は再び歩き出す。
「なんだとはご挨拶ですわね」
 甘美が並びかける。
「何の用だ?」
「用が無ければ声をかけてはいけないのですか?」
「つまり用は無いんだな」
「こんなところを歩いているなんて意外ですわね」
「大学生が大学内を歩いているのが意外か?」
「今日はインチキ占いはやらないのですか?」
「インチキとはご挨拶だな」
「事実を申し上げたまでです」
「インチキ呼ばわりは心外だが……私は占い師ではない」
「え? そうだったのですか?」
 甘美が目を丸くする。
「なんだ、そのリアクションは……」
「てっきり占い師だとばかり……」
「占いはニーズがあるからやっているまで……本業はあくまでも学生だ……」
「へえ、学生さん……」
「ああ」
「最近の学生さんはこういう服を着られるのですね」
 甘美は現の巫女衣装の袖を指で掴む。
「……服装は人の自由だろう」
「それにしても目立ちますわよ」
「そうでもないぞ」
「え?」
「世の中変わった奴が多いからな、この程度では案外目立たないものだ」
「ふ~ん……」
 甘美が目を細めて現の姿を見る。
「大体……」
「なんですか?」
「お前と歩いている方がよっぽど目立つ」
「そうですか?」
「ああ、ジロジロと視線を感じてしょうがない……」
「それは確かに……」
「自覚はあるんだな」
「はあ……有名人は辛いですわね……」
 甘美はため息交じりで髪をかき上げる。
「……言葉とは裏腹に嬉しそうだが」
「ええ?」
 甘美がわざとらしく首をすくめる。
「誤魔化すな、注目されて悪い気はしないだろう?」
「まあ、否定はしませんわ」
「やはりな」
「ただ、もっと注目されるのが目標ですから」
「目標ね」
「いいえ、夢ですわね」
「夢か」
「ええ」
「実現すると良いな」
「随分と他人事ですわね」
「それはもちろん。他人だからな」
「貴女も一緒ですわよ」
「なに?」
 現が立ち止まって甘美に視線を向ける。
「わたくしたちは音楽で有名に……世界的なスターになるのですから」
「……本気で言っているのか?」
「わたくしはいつだって本気ですわ」
「ふっ、そうだな、お前はそういう奴だ」
 現が笑って、再び歩き出す。
「というわけで今月はスタジオ練習をもうちょっと増やしますわよ」
「う~ん……」
 現が首を傾げる。
「あら、なにか都合が悪いのですか?」
「私は特に問題ないが、お前だ」
「わたくし?」
「ゼミの田中教授……知っているだろう」
「ええ、もちろん」
「課題などもかなりの量を出すようだぞ。自分の研究発表の時だけ一生懸命やっていれば良いというわけではないらしい」
「ふむ……」
「よっぽどのことがなければ、休むのも認めないそうだ。かなり気難しい方みたいだな。よってバンド練習にばかりかまけてもいられん」
「それとこれとは話が別でしょう」
「スターが留年して良いのか?」
「ぐっ……な、なあに、かえって箔が付くというものですわ
「このご時世、だらしのない人間というイメージを持たれるだけだと思うがな……」
「ぐぐっ……と、とにかく、スタジオ練習はしますわよ」
「それは構わんが、スタジオ代だって馬鹿にならんだろう」
「それなのですわ、問題は……」
 甘美が腕を組む。
「家には頼らないんだな」
「それでは意味がありませんわ!」
「ならばバイトでもするか?」
「そうなると、時間が足りなくなるのですわ……やはり夢世界攻略が一番、効率が良いですわね……事務所の方に来た依頼は?」
「そうそう来ない……と言いたいところだが、来ているぞ」
「! 本当ですの?」
「ああ……続きは事務所でな……」
 二人は事務所に移動する。大学からほど近い雑居ビルの一室だ。特別なつてにより安く借りることが出来た。そこに中年男性が尋ねてくる。
「失礼……」
「田中教授⁉」
 思わぬ来訪客に甘美は驚く。
「ん? 君たちは……」
 田中が怪訝そうな顔つきになる。現は顔を逸らし、甘美の方を見る。
「甘美」
「え?」
 甘美は現から何やら渡される。甘美は一瞬きょとんとする。
「早く付けろ……!」
「は、はい!」
 現に促され、甘美は慌てて付ける。金色の縁でハート型をした派手なサングラスであった。現は星型のものを付けている。現はそれを確認して田中に向き直る。
「田中様、どうもお待ちしておりました」
「……」
「いかが致しました?」
「えっと……」
 田中は顎に手を当てる。甘美はやや俯きながら呟く。
「こんなもので誤魔化せるわけが……」
「何か?」
「い、いや、失礼、知った顔かと思ったが、どうやら違ったようだ」
「ええっ⁉」
 驚いた甘美は顔を上げる。
「!」
「痛っ⁉」
 現が傍らに立っていた甘美の脛を軽く蹴って、小声で呟く。
「黙っていろ……」
「し、しかし……」
「いいから」
「は、はあ……こんなサングラス一つで誤魔化せてしまうなんて……ひょっとして……わたくしって無個性に近い……⁉
 甘美が愕然とする。田中が首を傾げる。
「どうかしましたか?」
「いえ、なんでもありません。どうぞお掛け下さい。助手くん、お茶を」
「は?」
 甘美が首を傾げる。
「お客様にお茶をお出しするように」
「なんでわたくしがそんなことを……」
「早くしたまえ」
「はいはい……まったく、助手ってなんですの?」
 甘美がぶつぶつと文句を言いながらお茶を用意する。
「………」
「どうぞ」
 甘美がテーブルにお茶を置く。田中が頭を下げる。
「どうも……」
「助手くんも掛けたまえ」
 現が甘美に座るように促す。
「…………」
「どうした?」
「助手になった覚えがないのですが」
「アシスタントくん、座りたまえ」
「同じことですわ……!」
「あの……」
 田中が二人を見比べる。
「失礼。早く……!」
「まったく……」
 甘美が席につく。現が軽く咳払いをしてから口を開く。
「おほん……それでご相談というのは?」
「は、はい……えっとですね……その……」
 田中が言い淀む。現が首を傾げる。
「何か気になることでも?」
「いや……」
「どうぞおっしゃって下さい」
「よ、よろしいのですか?」
「ええ、構いません」
 現が頷く。
「あの……思っていたよりも……お若いお嬢さん方だなと……」
「ははっ、頼りないですか?」
「不安が無いと言えば嘘になります……」
「しかし、ここを訪れたということはどなたかのご紹介でしょう?」
「ええ、信頼出来る知人からです」
「ならば問題はないでしょう」
 現は大げさに両手を広げてみせる。
「で、ですが……」
「田中様、確かに私たちはピッチピチの女子大生、JDです
「は、はあ……」
「女子大生って言ってしまいましたわ……しかも今時ピッチピチって……」
 現の言葉に甘美は小声で反応する。
「ですが、この業界、年を重ねていれば良いというものではありません」
「そうなのですか?」
「ええ、こういった事に対応するのは、若い方がかえって良いのです。何故なら……」
「何故なら?」
 現は自らの側頭部を右手の人差し指でトントンと叩く。
「感性が若い……それすなわち柔軟な対応をとることが可能だということです」
「経験が足りていないのだから、むしろ対応出来ないのでは? 痛っ⁉」
 小声で呟いた甘美の足を現が軽く踏む。
「うむ……」
 田中が自らの顎をさする。
「私たちはすでに数多くの実績を挙げており、この業界では重鎮の方々からも一目置かれている存在です」
「どの業界のことを言っているのだか……」
 甘美が呆れ気味に呟く。
「なにより信頼出来るお知り合いがこちらを紹介したという事実が一番かと思いますが?」
「そ、それは確かに……」
 田中が頷く。現が笑みを浮かべる。
「では……」
「は、はい、お願いします……」
「それでは、そちらのチェアにお座り下さい」
「はい……」
 田中がチェアに移る。
「リラックスして……♪」
「zzz……」
 現が鈴を鳴らすと、田中はすぐに眠りについた。甘美が尋ねる。
「お悩みは聞かなくて良かったのですか?」
「前もって聞いてある……大体いつもと同じことだ」
「ふむ……」
「おい、なんだ、そんなサングラスなんかして……夢世界攻略だぞ、浮かれ気分はやめろ
「あ、貴女が渡してきたのでしょう⁉」
 現の言葉に甘美が反発する。
 薄暗いレンガ造りの道を現と甘美が歩く。
「ふむ……」
「極々普通の夢世界ですわね……」
「いや、普通ともちょっと異なるな……」
「え?」
「気付かないか?」
 甘美が周囲を見回してからハッとなって呟く。
「……ここまで誰とも遭遇しませんでしたわ……」
「そうだ」
「どういうことなのですか?」
「さあな」
 現が両手を広げる。
「さあなって……」
「私もこの夢世界に精通しているわけじゃない、ほぼ推測だが……」
「お聞かせ願いたいですわ」
「……簡単に言うと、心に抱えている悩みがこの夢世界に反映されていると思われる……」
「ええ」
 甘美が頷く。
「ここまで誰とも遭遇しなかったというのは異常と言ってもいい……通常時を知らないわけだから何とも言えない部分はあるが……」
 現が苦笑する。甘美が口を開く。
「……教授はお悩みが全くないということ?」
「それは考え難い、人間ならば、何かしらの悩み事やストレスを大なり小なり抱えているものだ」
「そうですわよね……」
 甘美が腕を組む。
「仕事のことはもちろん、こういってはなんだが、年齢的に考えて、健康面についての不安などもあっておかしくはない」
「ええ……」
「考えられることは一つ……」
 現が右手の人差し指を立てる。甘美が問う。
「なんですか?」
「……全てを覆いつくす巨大な悩みがあるということだ」
「全てを覆いつくす……」
「ああ、他の悩み事など些細なことと思われるものだ」
「それがこの夢世界に?」
「……奥まで行けば分かるんじゃないか?」
 現が道の先を指差す。甘美が深々と頷く。
「……行ってみましょうか……」
 二人は歩みを速める。


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