見出し画像

半竜の心臓 第7話 鉄の竜(2)

「思い出したか・・?」
 竜・・暗黒竜の王はにやりっと笑う。
「なんで・・、なんで・・・」
 ロシェは、逃げ出したい衝動に駆られるも身体がまるで言うことを聞いてくれない。
 まるで手足をの腱を食いちぎられたあの時のように。
「何でかは我も知らねえよ!」
 暗黒竜の王は、苛立ったように声を荒げる。
 その声にロシェは短く悲鳴を上げる。
「目が覚めたら知らない場所にいてこんな身体になってたんだよ!」
 暗黒竜の王は、大きな足を振り上げて地面を踏みつける。
 地鳴りのような音が響き渡る。
「そしたら変な人間が現れて実験とか言って訳のわからねえことをいっぱいされた!俺は何とか隙を付いて逃げして、臭えゴブリンどもの巣に隠れたんだ!」
 暗黒竜の王は何度も何度も地面を叩き、踏みつける。
「この我が逃げ隠れたんだぞ!」
 その度にロシェの心の恐怖が膨れ上がる。
「しかも、この身体の影響か心臓が乾くんだ。乾いて乾いて息が出来なくなる・・」
「それで・・・」
 ロシェは、震える声を絞り出す。
「それで心臓を?」
「ああっ」
 暗黒竜の王は、肯定する。
「だが、ゴブリンや人間種の心臓じゃすぐ乾いちまう。全然足りねえ」
 しかし、言葉の怒りとは裏腹に暗黒竜の顔は笑っていた。
 無機質な赤い目がロシェの胸元を見る。
「だが、お前の心臓ならきっと乾きも治るだろう」
 暗黒竜の顎がパクリっと開く。
 残虐な笑みを浮かべるように。
「なんせ半竜だからな」
 暗黒竜の王は、人差し指を立てて先端をロシェに向ける。
 ロシェは、恐怖に顔を引き攣らせ、逃げようとするも頭が、こころが恐怖に支配されて動けない。
 暗黒竜の王の爪がロシェの牡丹の絵柄の着物の胸元に触れ、ゆっくりと横に線を引く。
 着物に音も立てずに避けていき、重力に沿って捲れ上がると形の良い、大きな乳房が現れる。
 そして左の乳房の下に付いた刀傷も。
「ロシェさん!」
 ヘーゼルが叫んでロシェに駆け寄ろうとするのをリンツが止める。
「待つっす!」
 リンツが思い切り頭を横に振る。
「闇雲にいっても勝てない」
 リンツは、短い樫の木の杖を構える。
「チャンスを見極めるっす」
 そういうとリンツは、目を閉じて詠唱を始める。
 ヘーゼルは、悔しげに歯噛みする。
 暗黒竜の王は、ロシェの左胸の下の傷跡をじっと見る。
「あの男の付けた傷か?」
 暗黒竜の王の目が細まる。
「その傷でよく生きていたものだ」
 無機質な赤い目でロシェの顔を覗き込む。
 ロシェは、「ひっ」と小さく悲鳴を上げて顔を背ける。
「心臓は・・・無事そうだな・・」
 アメノのつけた刀傷に暗黒竜の王の爪が触れ、先端が音も無く傷に食い込む。
 赤い雫が爪を伝って地面に落ちる。
「ありがとうよ。我の為に生きててくれて・・」
 暗黒竜の王は、無機質な目を細める。
「いただきます」
 爪の先端が胸に食い込む。
 ロシェは、激痛に呻き、身悶える。
「動くんじゃねえよ」
 暗黒竜の王は、構わずに爪をロシェの胸の傷にゆっくり刺していく。
「丁寧に取り出せねえだろうが」
 ロシェの身体は、激痛に震え、視界が火花のように弾ける。
 右手の指先に何か固いものが触れる。
 痛みと涙に震えた目が右手に触れた物を見る。
 棘付き鉄球モーニング・スター
 ロシェの為にカスタマイズされた武器。
 その武器の柄に誰かの手が触れていた。
 薄く、透明で、細い女性の手。

 お前の一撃は目が覚めるようだな。
 
 脳裏に男の声が聞こえる。
 聞き覚えのある声。
(アメノ・・様?)

 だから、目覚めの星モーニング・スターって言うのよ。

 明るい女性の笑い声が聞こえ、涙に濡れた視界の端に夜のに輝く焚き火のような赤い髪が映る。
(この声は・・・誰?)
 ロシェの右手に透明な女性の手が添えられるように重なる。

 いつまで怯えてるの?

 女性の強く、厳しい声が脳裏に響く。

 こんな奴・・ぶん殴ってやりなさい。

 透明な手が動くとロシェの手も動いて棘付き鉄球モーニング・スターを握る。

 貴方なら出来る・・貴方は私なのだから。

 ロシェの目が大きく見開く。
 悲鳴を上げていた口を噛み締め、暗黒竜の王を睨みつける。
 突然のロシェの変化に暗黒竜の王は驚き、戸惑う。
 ロシェの右手が棘付き鉄球モーニング・スターの柄を握る。
 棘付き鉄球モーニング・スターの表面に掘られた魔力のこもった文字ルーンが青白く輝く。
「うわあああああっ!」
 ロシェは、右手を振り上げる。
 棘付き鉄球モーニング・スターの鎖が音を立ててしなり、鉄球が暗黒竜の王の顔面に激突する。

#モーニングスター
#長編小説
#ファンタジー小説
#ファンタジー
#トラウマ
#竜
#ゴーレム

この記事が参加している募集

眠れない夜に

忘れられない恋物語

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?