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聖母さんの隣の高橋くんは自分の心臓とお話ししてます 第四話

「これで良し!」
 マリヤは、持ってきた古い救急箱の蓋を閉める。
 高橋は、綺麗に消毒され、ガーゼと包帯の巻かれた右肩を見る。
 高橋がいるのはマリヤの両親が経営している定食屋のお座敷席だ。たくさんのお客さんの好奇の目と隙間を抜けてお座敷まで連れてこられると無理やり衣服を脱がされ治療されていた。
 狭いが貸切用らしく畳は青々と綺麗に磨かれ、テーブルは掘り炬燵式になっていて足が下ろせるようになっている。閉められた襖もどこかの海の景色が描かれてお洒落だ。
「出血してるように見えたのは大きな瘡蓋かさぶたの染みだったようね。安心したわ」
 そう言ってマリヤはにっこりと笑う。
「……ありがとう」
 高橋は、小さく頭を下げて礼を言い、改めてマリヤを見る。制服から私服に着替えたマリヤは白と黒のストライフのシャツにデニムとシンプルだがとてもよく似合っていた。その上に身につけた紺色のエプロンがとても良く似合っており……。
「胸がさらに大きく強調されている」
「何かの説明文のように心の声が駄々漏れだけど」
 マリヤは、氷のように冷たい目で高橋を睨む。
「でも、その膨らみ方は家に帰ってからたらふく蓄えたようにしか……」
「だからリスの頬袋じゃないからね⁉︎」
 マリヤは、食い気味に突っ込む。
「同じ突っ込みを二回させないで⁉︎語彙力がないと思われるから!」
「それじゃあ外敵から何かを守ってるの?」
「カンガルーのお腹の袋でもないからね⁉︎」
 マリヤは、声を張り上げる。
「微妙に部位の名前と役割が分からなくて突っ込みづらいから。ちなみに飛び跳ねもしなければボクシングも出来ないからね!」
「誰も胸をグローブ代わりに殴りつけるまでは求めてないよ。漫画の見過ぎじゃない?」
 高橋は、気怠げな目を半目にする。
「誰もそんなこと言ってないし、君には言われたくないからねこの変態アニメ脳!」
 マリヤは、ブラウンの目を血走らせて突っ込み続ける。
 そしてふうっと小さく息を吐く。
「まあ、その調子じゃ大丈夫そうね」
 マリヤは、安心したように小さく笑みを浮かべる。
「ご心配おかけしました」
 高橋は、再度頭を下げ、右手を左胸に当てる。
「愛も心配かけてごめんなさい。ありがとうとって言ってる」
「どういたしまして」
 マリヤは、にっこりと微笑んだ後、包帯を巻いた肩を見る。
「でも、その傷本当にどうしたの?」
 マリヤは、ブラウンの目を顰める。
「昼間会った時は……なかったよね?」
 制服を着ていたから分からないがあの時は痛がる様子も変に動きが鈍い様子もなかった。
「家に帰って、妹のパン作りの手伝いをしている時に鉄板が落ちてきたんだ。その時に出来た傷だよ」
 高橋は、まるで言葉を用意していたように告げる。
 最もらしい言葉だ。
 しかし、マリヤは疑わしく高橋を見る。
「……本当に?」
「はいっ」
「……ひょっとして……楠木くんにやられたんじゃないよね?」
 マリヤの言葉に高橋の気怠げな目が大きく開く。
「なんで?」
「だって言ったじゃん。あいつは危険だって。それに……」
 マリヤは、きゅっと両手を握りしめる。
「あの後、友達に聞いたの。楠木くんって凄い評判が悪いんだって。他校の不良グループとも付き合いがあって恐喝やお金巻き上げたり、いじめなんかをしてるんだって」
 マリヤは、不安そうな高橋を見る。
 高橋は、気怠げな目をパチクリさせる。
 そして首を横に振る。
「これは普通に事故だよ。あいつにやられたものじゃない」
 そう言って高橋は口の端を釣り上げる。
 しかし、マリヤは疑わしげに高橋を見る。
 昼間の行動を見れば疑われても仕方ない。
 高橋は、小さく嘆息する。
「本当に違うから信じて。もし、楠木に襲われても今度は全速力で逃げるから」
「うん……分かった」
 マリヤは、納得いかない表情を浮かべながらも頷く。
「でも、何かあったら言ってね。先生に相談するから」
「了解。心配してくれてありがとう」
「そりゃそうだよ。友達だもの」
 友達……。
 高橋は無意識に左胸に触れる。
 マリヤの視線がそれを追いかけるように彼の手に、彼の胸を見る。
 高橋もそれに気づいて眉を顰める。
「俺の胸には栄養は詰まってないよ。火で炙っても星保せいほさんみたいに膨らまない」
「ポップコーンじゃないからね!……乾燥モロコシも詰まってなければ弾けもしないから!……ってそうじゃなくて……」
 マリヤの視線の先にあるもの……それは高橋の胸に大きく抉るように付けられた古い傷跡だった。
 首元から正中に引かれ、そのまま左胸にかけてフックのような形になっている。
「それは……どうしたの?」
 高橋は、自分の胸に視線を下ろし「ああっ……」と呟く。
「愛だよ」
「えっ?」
 マリヤは、ぴくんっと反応する。
 高橋は、胸に付いた傷跡を本人描かれた迷路のようにゆっくりとなぞる。
「この中に……愛がいるんだ」

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