半竜の心臓 第7話 鉄の竜(3)

 金属同士の激しくぶつかり合う音と火花が飛び散る。
 暗黒竜の王の身体が大きくよろけ、爪の先端が胸から抜ける。
 ロシェの身体は、そのまま力なく崩れ落ち、地面に倒れる。
 暗黒竜の王の顔面は大きく凹み、棘によって表面が切り刻まれていた。
 暗黒竜の王の顎から苦痛と怒りの唸りが上がる。
「ロシェさん!」
 ヘーゼルが駆け寄り、ロシェを抱き起こす。
 暗黒竜の王の無機質な赤い目が怒りに燃え上がり、ロシェとヘーゼルを睨みつける。
土の巨人の壁タイタン・ウォール!」
 リンツの詠唱が終わる。
 暗黒竜の王の左右の土が盛り上がり、巨大な手を形成し、虫を叩くように叩き潰す。
 暗黒竜の王は、両手と鉄傘のような翼で土の巨人の壁タイタン・ウォールを防ぐも、砕くことも弾くことも出来ず、そのまま押さえつけられる。
「こんなもんで・・、我を・・・」
 暗黒竜の王は、憎々しげに呻く。
 しかし、リンツはそれを無視してロシェに駆け寄ると胸の傷を確認し、長衣ローブの中から治癒薬ポーションを取り出すと蓋を開いてロシェの傷口にかける。
 傷口から白い煙が上がり、傷口が塞がっていく。
 ロシェは、目を開ける。
「リンツ様・・」
「よく頑張ったっす」
 リンツは、ロシェの着物の裾をいじって露出した胸元を隠し、半分以上残った治癒薬ポーションの瓶をロシェに握らす。
「全部飲むっすよ」
 それだけ言うとリンツは、暗黒竜の王に向く。
 ヘーゼルも並ぶように立つ。
「ヘーゼル」
「心得てます」
 そう言うとヘーゼルは、両手を祈るように合わせる。
 暗黒竜の王は、雄叫びを上げて竜両手と鉄笠のような翼を広げる。
 土の巨人の壁タイタン・ウォールが砕け、土塊に戻る。
「手前ら・・・」
 暗黒竜の王の無機質な目が沸る。
「楽に死ねると思うなよ!」
 精製された石油ガソリンの臭いが強くなる。
 暗黒竜の王の顎から茶色い液体が溢れる。
 ロシェは、嫌な予感がして2人に叫ぶ。
「リンツ様!ヘーゼル様!」
 しかし、2人は振り返ることはなく、リンツは詠唱し、ヘーゼルは祈るように手を合わせる。
 暗黒竜の王は、顎を思い切り噛み締める。
 火花が飛ぶ。
 その瞬間、精製された石油ガソリンの燃え上がる臭いと共に巨大な炎が暗黒竜の王の顎から放たれ、ロシェ達を飲み込む。
 周りの木々が焼ける。
 草が地面が焼け焦げる。
 暗黒竜の王の哄笑が響き渡る。
風と土の戯れシルフィード
 炎の中からリンツの声が響く。
 風が巻き起こり、辺りの地面から砂利と土くれ、小岩が舞い上がると螺旋を描きながら暗黒竜の王の身体を包み、叩きつける。
 土くれと砂利と小岩が暗黒竜の鋼鉄の身体を叩きつける。
 暗黒竜の王は、予期しなかった攻撃に呻く。
 精製された石油ガソリンの臭いを残したまま炎が消える。
 ヘーゼルを中心に稲光る光の大きな壁がロシェ達を包み込む。
神鳴の壁タケミカヅチ
 勇者の資質を持つものだけが出来る最強の防御の盾。
 しかし、これだけの防御の盾を張れる勇者はいない。
 ヘーゼル以外には。
 それが暗黒竜の王の炎の全てを防ぐ。
「さすが防御の天才っす」
 リンツは、笑う。
「嬉しくありません」
 ヘーゼルは、脂汗を浮かべたまま祈るように両手を合わせる。
 暗黒竜の王の爪が神鳴りの壁タケミカヅチを叩きつける。しかし、壁は王の爪の先も通さない。
 しかし、暗黒竜の王は何度も何度も爪を壁に叩きつける。
 ヘーゼルの表情が歪む。
 どれだけ強力な攻撃を防げる壁でもそれを使うのはあまりにも脆弱な勇者の少年。
 触れれば命を掠め取られるような攻撃を受け続ける精神的負荷ストレス儚いはかな体力、そして拙い技量では強大な壁を維持するのは不可能であった。
 ヘーゼルの鼻腔から血が重く流れる。
 神鳴の壁が硝子のように霧散する。
 ヘーゼルは、力尽きてその場に倒れ込む。
 暗黒竜の王の顎が醜く歪んでほくそ笑む。
 両腕と鉄笠のような翼を広げる。
 リンツの魔法もロシェの棘付き鉄球モーニング・スターも届かない上空から火炎放射をしようと企み、上空に飛びあがろうとする。
 しかし、できない。
 両足に根が生えたように動かない。
 暗黒竜の王は、足を見て驚愕する。
 両足を土で出来た無数の腕が掴み、暗黒竜の王の動きを封じていた。
土の巨人の壁タイタン・ウォールコンパクト盛りだくさんヴァージョン!」
 リンツは、勝ち誇ったように胸を張って樫の木の杖の先端を向ける。
 土の巨人の壁タイタン・ウォールは、蔦のように伸びて、暗黒竜の王の身体を縛り上げる。
風と土の戯れシルフィードは囮っすよ。私の魔法なんかじゃアイアンゴーレムの装甲を破れる訳ないっすからね!本来の目的はあんたの動きを封じることっす!」
 暗黒竜の王は、封じ込められた手足の動きを解こうと踠く。
「こんな事に何の意味が・・」
「あるっすよ」
 リンツは、嘲るように笑う。
「あんたを倒せる人に戻ってくる時間とヒントを与えるのに十分に意味ありっす!」
 暗黒竜の無機質な赤い目が滑るように揺れる。
 刹那。
 森の中から白い影が飛び出す。
 猛禽類のような双眸が暗黒竜の王を射抜く。
 その目に暗黒竜の王は恐怖を覚えた。
 白い影・・アメノの斬撃が振り下ろされる。
 鬼気迫る一撃。
 しかし、刃の無効化ソード・インバリッドを施された身体に傷を付けることなんて出来るはずがないと暗黒竜の王は高を括った。
 シャリンッ。
 鈴の音のような音が空間に響く。
 金属の落下する音が地面を揺らす。
 それは切り落とされた暗黒竜の王の鋼鉄の首であった。
 ロシェとヘーゼルに驚愕が浮かぶ。
 リンツは、右手を握りしめ、勝利の声を上げる。

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