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聖母さんの隣の高橋くんは自分の心臓とお話ししてます 第九話

 頬に痛みが走る。
 意味の分からない激痛にマリヤの意識は一気に覚醒し、視界に歪んだ鬼の顔とゴミのような口臭が鼻をつく。
「おうっ目が覚めたか……」
 鬼は、下卑た笑い声を上げる。
 よく見るとそれは鬼ではなく、欲望で醜く歪んだ少年の顔だった。
 息が堪らなく臭い。
 マリヤは、堪らず鼻を押さえようとするが……腕が動かない。
 視線を上げると両手が頭の上にあげられ、同じよう醜く顔を歪めた違う少年によって押さえつけられ、両方の親指を結束バンドで固定されていた。
 マリヤは、はっきりしない頭のまま無意識に情報を仕入れようと感覚を動かす。
 目の前の歪んだ少年の口臭と共に鼻腔に入り込む埃の臭い。
 四角いコンクリートの空間。
 薄暗い部屋に微かに光を入れ込む鉄の扉に付けられた小さな扉。
 墓石のように置かれた平均台やサッカーボールやバスケットボールを入れた大きな箱に跳び箱。
(体育倉庫……?)
 一つの結論に達したマリヤの頭に飛び込んでくるもう一つの情報。
 マリヤの周りから聞こえる気持ちの悪い笑い声、周りを取り囲む少年たちの影、両手を思い切り掴まれた痛み、自分に跨った少年の下卑た表情……そして……。
 身につけられた衣服を破かれ、胸を晒し、ジャージのズボンを下ろされかけた霰もない姿の自分……。
 時間にして僅か十秒程度て得た情報が繋がった瞬間、圧倒的な羞恥と恐怖がマリヤを襲った。
「イヤアアアアア!」
 悲鳴を上げるマリヤ。
 その頬に再び熱い衝撃が走る。
 頬が叩かれたのだと気付くのに数拍掛かり、呆然と目の前の少年の顔を見る。
 マリヤに跨った少年は、怒りに顔を歪ませて睨みつける。
「うっせえんだよこの牛女!」
 マリヤに跨った少年は剥き出しになったマリヤの乳房を握りしめる。
 あまりの痛みにマリヤは声のない悲鳴を上げ、顔を歪ませる。
「だから、起きる前にヤッちまえばよかったのによ」
 マリヤの両手を押さえつけた少年は呆れたように言う。
「うっせえなあ」
 マリヤに跨った少年は、憎たらしく顔を歪ませる。
「人形みたいなのとヤッたって面白くねえだろが」
 少年は、マリヤの顔に自分の顔を近づける。
「怯えた表情と悲鳴を聞かなきゃ勃つもんも勃たねえよ。なっ」
 少年は、同意を求めるようにマリヤを見て、その頬を舌で舐めつける。
 怖い。
 汚い。
 臭い。
 気持ち悪い。
 マリヤは、「ひっ」と短く悲鳴を上げる。
 その声を聞いて少年は恍惚な笑みを浮かべる。
「うおっ勃つ」
 その声を聞いて周りの少年から声が上がる。
「うおっ気持ち悪」
「サディスト」
「いいから早くやれろ。後がつかえてんだから」
 マリヤに跨った少年は、ベルトを外し、ズボンと下着を同時に下ろす。
 少年の下半身から覗くモノがマリヤの視線に入る。
 マリヤは、あまりの気持ち悪さに背筋が震え、吐き気が堪える。
 少年は、脱げかけたマリヤのジャージのズボンをゆっくり下ろす。
「少し痛いが辛抱しな」
 自分のモノをマリヤの下半身に押し付けようとする。
 やめて……やめて……。
 マリヤは、声のない声で懇願し、何度も首を横に振る。
 しかし、それは少年を喜ばせるだけだった。
「すぐ気持ち良くしてやるから」
 少年のモノがマリヤに押し付けられる。
「はいっどーん」
 下卑た少年の顔と不快な感触と重みが消える。
 水滴のようなものがマリヤの顔にかかる。
「はいっお前もどーんっ」
 マリヤの両手から圧迫感が消える。
 周りから恐怖の悲鳴が上がる。
 マリヤは、錯乱した頭と目で周りを見る。
 襟足の長い金髪の少年が周りの少年たちを威圧するように睨みつける。
「なにっ勝手なことしてんだてめえら……」
 襟足の長い金髪の少年……楠木は野犬のように唇を歪めて声を出す。
 周りの少年たちは萎縮し、身体を小さくして震わせている。
 マリヤは、今更ながらに自分が楠木たちに拉致された事を思い出す。
 拉致されて……気絶させられて……よく分からない場所に連れ込まれて……犯されそうになって……それで……それで……。
 顔にかかった水滴が口の中に入り込んでくる。
 この鈍い……鉄のような味は……。
(血?)
 マリヤは、無意識に視線を動かして……息を飲み込む。
 首のない死体がそこに転がっていた。
 失った首の根本部分から赤黒い血を大量に噴き出し、痙攣している。
 それはマリヤの上に跨っていた少年の身体だった。
 マリヤは、上に視線を向ける。
 首を失い、座った状態のまま血を吹き出し続ける少年の身体……。
「イヤアアアアアッ!」
 マリヤは、飛び上がるように身体を起こして逃げようとする。ずれ落ちたジャージのせいで床に突っ伏し、血の溜まりに身体を沈める。それでも這いずりながら逃げようとする。
「どこ行くんだよ」
 脱げかけたジャージが踏まれ、マリヤはふたたび血溜まりな突っ伏す。
 楠木がマリヤを冷徹に見下ろす。
 マリヤは、ジャージを蹴り付けるように脱ぎ捨て、扉に向かって走る。
 そして扉を引いて開けようとするが、固くて開かない。
 ドンドン叩いて助けを呼ぶが何の反応も帰ってこない。
「ケツ震わせて何してんだよ」
 狼狽えるマリヤを楠木は馬鹿にするように睨む。
「んなことしても今日は部活もねえから誰もいねえよ」
 楠木は、ふうっと息を吐く。
「だからここを使ってるってのに……意外と馬鹿なんだな。聖母さん」
 部活……?休み……?
 マリヤは、胸中で呟きながらも混乱した頭は理解を染み込ませない。
 楠木もそれが分かったのか小馬鹿にするように笑う。
「ここは俺らの高校の体育倉庫だよ。今まで気付かなかったのか?」
 楠木は、一歩足を踏み出す。
 マリヤは、小さく悲鳴を上げ、扉に縋るように身体を張り付かせる。
「ここって意外と穴場なんだよ。灯台下暗しってやつ?悪いことするのに定番過ぎて逆に誰も疑わないんだ」
 楠木は、さらに一歩近づく。
 マリヤを怖がらせるのを楽しんでいるのか?口元にいやらしい笑みを浮かべている。
 マリヤは、恐怖に膝が震え、今にも座り込んで動けなくなりそうになる。
 しかし、そんなことになったら今度こそもう終わりだ。
 マリヤは、唇を噛み締めて楠木を睨む。
「なんで……なんでこんな酷いことするのよ⁉︎」
 マリヤは、精一杯の虚勢に声を張り上げる。
 しかし、楠木は、冷めたような目をして床に転がる死体を見る。
「酷いことって……こいつら殺したことか?」
 楠木は、ポリポリと頬を掻く。
「それなら感謝して欲しいもんだぜ。こいつら俺の指示を無視してあんたを犯そうとしたんだから、な」
 楠木は、冷酷な目で震える少年たちを見据える。
 少年たちは枯れた木のように立ち尽くしたまま震える目で楠木を見る。
「ったく……俺は処女肉以外興味ねえってあれほど言ったのによぉ」
 憎らしげに叫び、首のない死体を何度も蹴り付ける。
 死体は楠木の蹴りの威力に千切れ、潰れ、蛙のように失った首の穴から内臓を吐き出す。
 少年たちはその悍ましい光景に吐き、マリヤは、顔を背ける。
「俺は、卵なんだ」
 楠木の発した言葉の意味が分からずマリヤは険しく眉を顰める。
「二年前に突然、この身体に降臨した」
「こう……りん?」
 マリヤは、楠木が何を言ってるか分からなかった。
 しかし、楠木はそんなマリヤの反応なんて気にした様子もなく話しを進める。
「俺は確かに死んだはずだった。勇者とかいう奴の攻撃を受けて滅殺した。それなのに気づいたらこの軟弱な身体の中にいた」
 楠木は、足を一歩進める。
 マリヤの顔に恐怖が走る。
「俺は意味が分からず彷徨った。親とかいう奴を問い詰めて、文献やネットを調べまくったが答えは出てこなかった」
 楠木は、ゆっくりと足を進め、マリヤに近づく。
「俺は荒れに荒れてこの世界の人間を手当たり次第、痛めつけた。誤って殺しちまったことも何度もある。こんな脆弱な身体なのに俺が入ってるだけでこの世界の誰よりも強くなる。でも、こんなのは俺じゃない。俺は……もっと強く……美しい」
 楠木は、マリヤの前に立つ。
 マリヤは、怯え、扉に縋りつき、何度も開けようとするも扉は開かない。
「俺は絶望した。もう二度と元の俺には戻れない、と。そんな中、教えてくれたんだ……」
 楠木は、ニヤァと悍ましい笑みを浮かべ、マリヤの肩を掴み、無理やり振り向かせる。
 そしてマリヤの細い顎を掴んで上を向かせる。
「星芒院の肉を喰らえばいい、と」
 楠木は、口を開く。
「星芒院の力を持った女の肉をな!」
 人間には決して生えることのない短剣の切先のような歯が覗く。
 マリヤは、表情に絶望が浮かぶ。
「お前の肉を食えば我は……元の姿に戻れる。この脆弱な世界で最強の存在となれる……」
「わ……私は……せいぼういん……とか言うのじゃ……」
 マリヤは、次の言葉を告げることができなかった
 マリヤの肩を掴んだ楠木の指がマリヤの肩に深く食い込み、肉を引き千切る。
「ああああああっ!」
 マリヤの口から絶叫が迸る。
 身体が痙攣し、肉の千切れた肩から血が噴き出る。
 楠木は、鬱陶しそうに悲鳴を上げるマリヤを見て、扉の反対側に投げ捨てる。
 床に叩きつけられたマリヤは血の溢れる肩を抑えて苦鳴を上げて悶え苦しむ。
 その様子を少年たちが恐怖と絶望に苛まれた顔で見る。
「静かにしろよ。食欲無くすぜ」
 そう言って楠木は赤く染まったマリヤの肩の肉の匂いを嗅ぐ。
「うんっやっぱ処女の肉はいい匂いだ。精液が一滴でも入るとこうはならねえ」
 楠木は、うっとりとした表情で言うと、刃のような牙の生えた口を大きく開き、肩の肉を一気に放り込んだ。
 筋肉の繊維が砕ける音と柔らかい感触の混じり合った咀嚼音が倉庫の中に響き渡る。
 マリヤは、痛みに苦しみながら潤んだ目で自分の肩を食した楠木を見る。
 嚥下する音が響く。
 楠木の顔が恍惚に震える。
「……美味え」
 刹那。
 楠木の身体が膨れ上がる。
 衣服が破れ、皮膚が破裂し、膨らんだ肉が裂け、その中で骨が砕ける音が響き渡る。
 目が飛びで、穴という穴から血を吹き出しながらも楠木の顔は悦に浸るように笑っている。
 マリヤは、突然目の前で起きた信じがたい光景に激痛も忘れ、目を奪われる。
 少年たちは金縛りが解けたように絶叫上げて走り出し、マリヤが開けることの出来なかった扉に向かう。
 しかし、扉は決して開かない。
 少年たちは叩き、蹴り、その場にある体育の備品を振り上げる。
 しかし、扉は開かない。
 絶望が少年たちの心に広がる。
 しかし、次の瞬間、少年たちは思った。
 これはまだ絶望ではなかった……と。
 影が少年たちの前に落ちる。
 熱く、生臭い風と石が石が擦れ合うような音、そして重圧感のある足音と気配が少年たちの感覚を襲う。
 刹那。
 少年の一人の身体が潰れる。
 文字通り、屋上から落としたトマトのようにべちゃんっと。
 少年たちは一斉に潰れた仲間の方に目を向け……潰れた。
 最初の少年のように、何が起きたか分からないまま、鼓膜ではない何かの部分で自分の身体が潰れる事を聞いて、そのまま痛みを感じることなく死んだ。
 マリヤは、地面に蹲ったままその光景を見ていた。
 そしてその原因を作った存在も。
「アルマ……ジロ?」
 マリヤは、痛みと血で濡れた声で呟く。
 マリヤの目の前にいるもの……それは白色の岩石のような無数の亀甲の殻に全身を覆わった四足の天井に擦れるほどに巨大な獣であった。
 ドブネズミのような飢えた貌に青白い炎の目、柱のような足に壁のような蹄、そして歴史の本でしか見たことのないような少年たちを最も簡単に潰した血に塗れた棘付き鉄球モーニング・スターのような尾……。
 それはまさに絶望を形をとして表現するしたような怪物だった。
「戻った……」
 鼠のような顔が食虫植物のように三つに割れて開く。
 そこから漏れ聞こえたのは間違えようのない楠木の声だった。
「俺は……戻った!」
 楠木の声をした鼠もどきは歓喜の雄叫びを上げる。
 体育倉庫が震え、備品が崩れ落ちる。
「力が溢れる……こりゃ前以上じゃねえか?」
 マリヤは、霞んでいく目でその信じがたい光景を呆然と見る。
 何が……何が起きてるの?
 マリヤは、胸中で力無く呟く。
 しかし、当然、そんな声にならない声に誰も答えてくれない。
 鼠もどきの青白く燃える目がマリヤに向く。
 逃げなきゃ……マリヤは思うも身体から血と力が抜けて動けない。
 寒い……。
 痛い……。
 鼠もどきは、地響きのような音を上げながらマリヤに近づく。
「食い残しは行儀が悪いよな」
 三つに分かれた顔が大きく開き、刃のような歯が渦巻く。
「お前を全部食えばさらに強くなれる……俺は……この世界で最強になれる」
 顎が近寄る。
 生臭い息がマリヤの鼻腔に入り込む。
 血が抜けて、凍ったように寒々しくなったマリヤにはもう逃げるという思考も、怯えるという感情も湧き上がってこない。
 ぼやけた視界に浮かぶのは自分を喰らおうとする鼠もどきではなく、自分に良く似た東洋的な顔立ちの少女……。
「さくらちゃん……」
 マリヤは、ぼそっと呟く。
「今……そっち行くね……」
 マリヤは、小さく呟き笑みを浮かべる。
 さくらは、そんなマリヤを見て優しく微笑んで言う。
「まだダーメ」
 さくらの月のような黄金の目が輝く。
「貴方は生きて。もうすぐ……貴方を助けてくれる人が来るから……」
 助け……?来る……?
「生きて!」
 マリヤの目が月のように輝く。
 刹那。
「愛……両手に血液を集中。硬化」
[承諾出来ません。学校の設備を無意味に壊すのは倫理に反します]
「いいからやれ。止めるぞ」
[……了解しました。血流操作。血小板増強。両手に集中します]
 はっきりとした聞き覚えのある声と掠れるような聞き慣れない声がマリヤの耳に届く。
 メチョンッ。
 固く閉ざされた鉄の扉の真ん中に赤く、長い物が生える。
 それは……。
(人間の……指?)
 マリヤのぼやけた視界に映ったのは鉄の扉から生える四本の赤い人間の指だった。
 メチョンッ。
 扉から音がする。
 向かいように反対側にも四本指が生える。
 そして八本の指を中心に、鉄の扉がお菓子の袋のように左右に大きく開いた。
「どうやって弁償する?そんなのまくらにやらせりゃいいだろ。何の為の実行委員会だ。借りを作ると面倒?知るか」
 独り言のように呟きながら破れた扉を人影が潜り抜ける。
 マリヤのぼやけたブラウンの目が大きく見開く。
 黒い髪、黒縁眼鏡、赤く染まり、硬く。大きな血管の浮かんだ両手、そして気怠げな目……。
「高橋くん……」
 高橋の気怠げな目がマリヤに向く。
「やあ……聖保せいほさん」
 高橋は、小さく唇を釣り上げる。
 マリヤの金色の目から一筋涙が流れ……そのまま意識を失った。

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