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聖母さんの隣の高橋くんは自分の心臓とお話ししてます 第十一話

 聖母の肉を食べた腹の奥から力がマグマのように湧き出てくる。四肢に、臓器に、殻に、そして脳みそに流れてくる麻薬のような力の快感に楠木=鼠もどきは溺れ、飲み込まれそうになる。
 この力が元いた世界にあればきっと勇者になど退治されず、魔王と名乗る偉そうなだけの若造に足蹴にさせることもなかったはずだ。
 鼠もどきは、元の世界ではそれなりに知られた幻獣で縄張りとしいた山間では神として祭り上げられていた。
 豪奢な社が建てられ、近隣の村の人間たちは鼠もどきを恐れ、讃え、自分たちがどんなに腹が減っても供物を納めることを忘れなかった。
 もし、少しでも鼠もどきに逆らえば村どころか山間全体が潰されると分かっていたから。
 だから、年に一度の処女の生贄も忘れない。
 本当なら毎日、食べたい処女肉だが年に一度にしている理由は簡単。
 人間どもの繁殖と成長があんまりにも遅いからだ。
 子どもが産めるようになるまで十数年、宿してから一年、しかも一度に一体から二体くらいしか産めず、そこからさらに育つのにさらに時間が掛かる。
 なんて弱い生き物だ。
 それでも美味いから馳走だと思って我慢した。
 それに下手をやって魔王に目をつけられるのも避けたい。魔王が狙ってるのは人間の滅亡ではなく、隷属。自分はただ魔王という巨大な傘の下で甘い汁を吸えればいい。そう考えていた。
 しかし、それが間違いだった。
 人間は、黙って隷属されるような存在ではなかったのだ。
 処女が捧げられる日。
 四つの酒樽と綺麗な着物に着飾られた処女が簡素な神輿に担がれて鼠もどきの元に捧げられた。
 処女を連れてきた男たちは意味のない祈りの言葉を捧げてから逃げるように去っていった。
 鼠もどきは、捧げられた処女肉をじっと見ながらどのよのように痛ぶり、苦痛と絶望を味合わせてから食べてやろうか、と思慮しながら近づき、そして今回は飴玉のように口の中でしゃぶりながら苦しませて食べようと考え、三つに割れた顎を近づけた。
 鼠もどきは、気づかなかった。
 いつもなら自分に捧げられた時、怯え、泣き崩れ、命乞いをすると言うのに目の前の生贄はまるで怯えた様子を見せなかったこと。
 酒樽が不自然に大きさが異なっていたこと。
 そして生贄から発せられるのが弱者ではなく強者のみが放てる気迫であることを。
「勇者見参!」
 生贄が着物を脱ぎ捨て、現れたのは全身を鎧に包み、豪奢な長剣を構えた勇者であった。
 樽の中から現れたのは勇者の仲間。
 謀られた!
 鼠もどきと勇者一行の戦いが始まる。
 結果は……言う必要もない。
 気がついたら鼠もどきは楠木という脆弱な人間の中にいた。
 元の楠木の魂がどこにいったのかもしれない。
 分かっているのは自分がこの世界で卵と呼ばれる存在であること、前世のほとんどの力を失い、人間にしては強いなレベルでしかないこと、そして元の力が戻るまでに何百年も掛かると言うこと。
 楠木は、絶望しながら荒れた生活を送った。
 そんな時にあいつが声をかけてきた。
 何百年と待たずに元の姿に、以前よりも遥かに強大な力を得る方法を教えてくれた。
 そして楠木はそれを実行し、宿願は叶った。
 そのはずなのに……。
(一体、何がどうなってやがる⁉︎)
 鼠もどきは、青白く燃える目を戦慄に震わせる。
 全身を覆う白い殻を円錐の杭のようにして放つ技。
 かつて勇者達を翻弄し、聖母の肉を食ってさらに力の増大した技。
 それなのに。
「愛、もっと足に血を送れ」
[了解しました。20%上昇します]
 炎が吹き荒れる。
 緑色の結界を飛び越え、姿を現した高橋は、両足を陽炎のように燃やしながら嵐のように飛ぶ無数の白い杭を足場にし、螺旋を描きながら飛び跳ね、鼠もどきに迫っていた。
 燃え上がる高橋の足に蹴り上げられた白い杭は砕け、地面に散り、校舎に突き刺さり、上空に舞い上がり、消え去った。
 高橋は、気怠げな目に黒い光を宿して鼠もどきを睨む。
 鼠もどきの硬い殻に包まれた身体の中を恐怖が波打つ。
(ふざけるな……俺が……俺が人間に……)
 元の世界よりも遥かに脆弱な人間どもに!
 三つに分かれた顎がひっくり返るように捲れ上がる。
(溶けろ!)
 銀色の液体が柱となって吐き出される。
 液体なら弾けた水滴が地面を焼き、先に放出された杭を飲みこみ、溶かしていく。
[酸です]
 高橋は、目をきつく細める。
[飲まれたら骨も残りません]
「だろうな」
 高橋は、杭を思い切り蹴り上げて上空に舞い上がる。
 鼠もどきの青白い目がいやらしく歪む。
 そして三つに分かれた顎を上空へと上げて酸の柱を打ち上げる。
 飛び散った酸の水滴が自らの身体を焼き、溶かす。
 しかし、それでも構わない。
 あいつを仕留めることが出来ればそんなの些細なことだ。
 白い杭が再び放たれる。
 巨大な酸の吐息ブレスの柱と無数の白い殻のアロー
 上空に上がった高橋には避けることも逃げることも出来ない。
 しかし、高橋はどちらも考えてなかった。
 高橋は、右足を鼠もどきに向けて伸ばす。
「愛」
 高橋は、左胸に触れる。
「意趣返しだ」
 高橋の右足の靴が弾ける。
 真っ赤に染まった素足の皮膚が破れ、至るところから血が吹き出し、踊り出し、渦を巻き、右足を軸に全身を包む巨大な円錐を作り出す。
「回れ」
[了解しました。敵を……殲滅します]
 刹那。
 赤い血の円錐は、高速に回転し、巨大な錐となり……酸の吐息ブレスと白い殻のアローに向かって落下する。迫り来る白い杭を弾き、砕き、酸の吐息ブレスに飛び込む。
 酸の吐息ブレスは、激しく渦巻き、飛沫を飛ばし、体積を減らしていく。
 鼠もどきの青白く燃える目が震える。
 パァンッ!
 酸の吐息ブレスが微塵する。
 赤い錐が高速で回転し、弾丸となって鼠もどきに迫る。
 恐怖が走る。
 鼠もどきは白い杭を飛ばすの止める。
 全身を包む白い殻が爪が伸びるように膨れ上がり、全身を山のように包む。
(大丈夫だ!大丈夫だ!俺の殻はこの世界の鉱石の中で何よりも硬い。勇者の剣だって俺の殻を完全に砕くことはで出来なかった。魔王だって打撃は効かないからと雷を打ってきた。さっきだってあいつの放った赤い弾は俺の殻にヒビひとつ入れることが出来なかった!)
 赤い錐が白い殻の山の表面に触れる。
(大丈夫だ!大丈夫だ!)
 歯の削れるような掘削音が学校中に響き渡る。
(大丈夫だ!大丈夫だ!)
 雷が落ち、亀裂の走る音が殻の中を通して伝わってくる。
(大丈夫だ!大丈夫だ!)
 白い殻が砕け、雪崩のように崩れていく。
(大丈夫だ!だいじょ……)
 刹那。
「ぎゃああああああっ!」
 鼠もどきの三つに分かれた顎から断末魔の声が上がる。
 赤い錐が剥き出しになった鼠もどきの腹部に食い込み、抉り、貫く。
 青白い炎の目が風に煽られるように乱れる。
 赤い錐の隙間から気怠げな目が見える。
 冷酷に、爛々とギラついた目で微笑む高橋の顔が見える。
「死ね……害悪ゴミ
 赤い錐が鼠もどきの貫通する。
 赤い錐の先端が地面に突き刺さる。
 鼠もどきの口から赤黒い血が酸と共に吐き出され、巨大な身体を身悶え、そして……青白い炎が消える。
 赤い錐が弾け、鮮血が飛び散る。
 高橋は、崩れるように地面に着地する。
 その身体は服が溶け、全身に火傷のように皮膚が爛れ、右足を含む至るところから大量に出血していた。
[血液を大量消費。血管を収縮。凝固します]
 身体中の血管が縮むのを感じる。あらゆる傷の部分に瘡蓋が出来ていく。
[浸出液を分泌。火傷箇所を覆います]
 透明な液体が火傷部分から溢れ、包み込んでいく。
[応急処置完了。早急な治療を推奨します]
 高橋は、ふうっと息を吐いて立ち上がる。
 そこに……。
「いえーい!ミッションコンプリート!」
 場の空気にまったくそぐわない陽気な声で黒縁眼鏡をかけたまくらが登場し、スマホを振り回すようにして撮影時する。
「配達完了でーす!ブイブイ!」
 まくらは、袖口に包まれた右手を振り回す。
 スマホの画面に文字が飛び交う。

"今回はちょっと手こずってたな"
"女に現を抜かすからだ"
"倒せるならさっさとやれや"
"見せ場づくりの濡れ場作り"
"血ー出しすぎ乙笑"
"火傷爛れるいい男♡"
"あっあいつの名前決まったぞ"

 最後の言葉の後に表示された文字にまくらは思い切り吹き出す。
「RAW-922"口だけマウス"だって。満を持しての登場って感じだったのにめっちゃモブザコ名称じゃん!これじゃあ次に来る同じような奴浮かばれないねえ!」
 だはははっとまくらは笑い転げる。
「あっでも新種だったからボーナスすげえや。これでまたSSRやSR大量ガチャ出来るわ」
 まくらは、ウキウキと答える。
「かっしーは何か欲しいのある?イタでれのアンアンのメイドフィギュア?ファンファンカーニバルの豪華特典付きコンプリートBOX?」
「なんで全部美少女系なんだよ?」
 高橋は、気怠げな目でじとっとまくらを睨む。
「んじゃいらないの?」
 まくらは、首を傾げながら高橋の顔を覗き込む。
 高橋は、ぷいっと顔を背ける。
 まくらは、にへっと笑う。
 高橋は、むすっとした表情を浮かべてまくらの顔に手を添えようとする。
 まくらは、深海より濃いサファイアの目を大きく見開き、期待したような表情で頬を赤らめる。
 高橋は、血に塗れ、分厚い瘡蓋の張った指先でまくらの小さな顔にかかった黒縁眼鏡を取ると自分の顔にかける。
空間断絶コトリバコ聖保せいほさんを送るまでもう少し展開しといてくれ」
 高橋は、気怠げに目を細めて背中を向ける。
「じゃあな」
 そう言って高橋は崩れた体育倉庫に向かって歩き出す。
 期待に輝いていたまくらの顔が一気に暗くなる。
「ねえ、チュッチュは⁉︎」
「さっきしただろう」
「わん!もあ!たーいむ!」
 まくらは、スマホの映像がブレるのも構わず両手を広げてブンブン振り回す。

":やめろ!"
"吐く!"
"VRジェットコースターが!"
"サービスショット見せろー"
"怒ったまくらちゃん可愛い♡"

 高橋の足が止まる。
 まくらのサファイアの目が輝く。
 高橋は、振り返って気怠げな目をまくらに向けて……血に染まった左手を出す。
「増血剤と肉の種。聖保せいほさんの治療に使うからくれ」
 まくらの目が一気に暗く、半目になる。
「もうやったよ。私をなんだと思ってる?」
 赤い唇をむっと尖らせる。
「そうか」
 高橋は、短く答える唐突に右手で髪を掻き上げ、左手で投げキッスをする。
 まくらは、弾丸に打たれたように顔をのけ反らせ、鼻血を撒き散らす。
「じゃあな」
 高橋は、歩き出す。
 まくらは、ヘロヘロ〜と腰を砕かせ、地面に女の子座りしながらもしっかりとスマホを掲げて実況する。
「最後の最後に予期せぬ攻撃を受けました〜失血死寸前です」
 鼻血をダラダラ流しながらまくらは話す。

"失血死ワロタ"
"どっちがネクラマンサーだよ"
"やっすいラブコメだなあ"
"まくらちゃんチョロすぎー笑"
"私のまくらちゃんなのにー!怒"
"貴様ら神聖な使命をなんだと思っている!"
"まあまあ"

「それでは次回のネクラマンサーの活躍を乞うご期待くださーい。提供ネクラマンサー実行委員会、協力RAW財団でしたー!バーイン」
 まくらは、スマホの画面を落とす。
「まったく……致死量寸前だったぜ」
 まくらは、止まらぬ鼻血を袖口で押さえる。
「今日だけで一ヶ月はオカズに出来るわ」
 まくらの視界に崩れた体育倉庫から何かが飛び出すのが入る。
 まくらは、赤い唇をニャーっと浮かべる。
「はてさて……これからさらに面白くなりそうだね……かっしー……聖母さん……さくらちゃん」
 マリヤは、サファイアの目を三日月にして笑った。

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