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ドレミファ・トランプ 第三話 化学反応(1)

 約束の日曜日。
 大愛だいあは、指定された時間丁度にBEONの正面口の前に立っていた。
 地元で古くから愛され、かつては高級ブランドショップや都会でも名の知れたレストランチェーン店が立ち並んでいたランドマーク的な役割も兼ねた地元最大の大型商業施設であったが、交通の不便さと近年の高齢化でお店は軒並み撤退していき、今ではBEONオリジナル衣料品や雑貨、スーパー、100円均一、そして地元の飲食店がテナントを借りている。それでも大愛達、地元民にとっては無くてはならない存在で、小学生の頃は友達たちと良く遊びにきて、スーパーでアイスを買って食べたのを覚えている。
(久しぶりだな……)
 事故に合ってから来るのは初めてだった。
 別に来ようと思えば来ることが出来た。
 リハビリを始めたくらいには気持ちも前向きになってきていたし、理学療法士と屋外訓練に出ることもあったからこの近くまで歩いてくることもあった。両親と一緒に出掛ける事だって出来たはずだ。
 それをしなかった理由は二つ。
 ウザい……そして怖いだ。
 正面口に立っているとBEONに入っていく人たちがチラチラと大愛を見ながら小声で呟く。
「わあっあの子キレイ」
「モデルさんかな?」
「いや、アイドルでしょ?」
「足細ーい!」
「彼氏と待ち合わせかなんかかな?」
 好奇と憧れの目が大愛に向けられる。
 しかし……。
 洋服の袖が膨らみがなく、旗のように揺れていることに気づくと状況は一変する。
「あれっあの子手が……」
「嘘でしょ?」
「えっ」
「かわいそう……」
「なんでこんなところに一人でいるのかしら?」
 賛美の声が憐憫に変わる。
 憧れの目が憐れみに変わる。
 学校生活で少しは慣れたと思っていたが名前も知らない、顔も知らない大衆から労わりと蔑みの目と声をぶつけられるのはきつかった。
 まるで自分が動物園の隅っこの檻で佇む一匹じゃ何も出来ない哀れな鼠にでもなったような気がする。
 存在すること自体が可哀想と言われている気がする。
(やっぱ帰ろうかな?)
 大愛は、居た堪れない気持ちになり、思わず踵を返そうになる、と。
「神山ぁぁ!」
 明るい声が大愛の耳に飛び込んでくる。
 夜空ないとだ。
 夜空は、学校と変わらない人懐っこい笑みを浮かべて大きく右手を振ってこちらに近寄ってくる。
 なんであんなに目立つのよ!と大愛は胸中で愚痴る。
「おはよう神山!」
「おはよう櫻井」
 大愛は、少し恥ずかしそうに小さな声で言う。
「さすが時間ぴったりだな」
 夜空は、にこっと笑って言う。
「何がさすがなのか分からないけど、どーも」
 大愛は、恥ずかしそうにそっぽ向く。
 帰ろうとしたことを悟られないように。
「それで今日は何を……」
 大愛は、言いかけてから夜空がじっと自分を見ていることに気付く。
 大愛は、顔を顰める。
「どうしたの?」
「あっいや……」
 夜空は、視線を左に向けて頬を掻く。
「私服の神山……初めて見たなと思って」
 そう言ってへらっと笑う。
 確かに今日は休みなので制服ではない。
 ピンクの長袖のブラウスにゆったりとしたタイプのデニム、連絡用を兼ねたタブレットと財布等を入れた灰色の大きめのショルダーバッグ、いつでも裸足になれるよう、しかしお洒落目の白い編み込みサンダル。化粧こそしてないがショートヘアにした髪もキレイに梳かし、星型のヘアピンを付けている。
 その姿はとても愛らしくて品があり、道ゆく人がモデルと間違えたこともおかしくない。
 そして夜空も……。
「すげえ可愛いなあ」
 そう言って満面の笑みを浮かべる。
 大愛は、自分の頬が熱くなっていることに気づいた。
 道ゆく人たちに褒められても特に何も感じなかったのに夜空に褒められた瞬間、とても恥ずかしくなる。
「あ……ありがとう」
 大愛は、顔を真っ赤に染めて俯く。
 夜空は、大愛が何故照れてるのか分からず、きょとんっとした顔で首を傾げる。
「貴方は……随分とワイルドね」
 夜空は、白いタンクトップとダメージジーンズ、そして大きめの黒い革靴ブーツというシンプルな服装だが、タンクトップがぴったり過ぎて鍛えられた胸筋と腹筋が浮き出て、腕の筋肉の筋もキレイに映る。
 大愛は.恥ずかしくなって目を合わせるのに困ってしまう。
「ところで……四葉さんは?」
 大愛は、周りを見回すも四葉に似た人影はない。
「あーあいつは先に準備してるよ」
 そう言って人差し指を立てて天井を指す。
「あいつらは俺と違ってアレコレと大変だからな」
 そう言ってにかっと笑う。
 大愛は、意味が分からず眉を顰める。
「とにかく行こうぜ。いい席取られちまうから」
 いい席?
 意味が分からず聞こうとするがそれよりも早く夜空は前を歩いて建物の中に入る。
 大愛は、慌てて追いかける。
 BEONの中は外以上に人手ごった返していた。
 いや、よく考えれば休日のBEONはこれが通常運転で大愛が人混みがどう言ったものなのかを忘れているだけなのだ。
 大愛は、久々に見る人の波に酔いそうになりながらもキョロキョロと周りを見回す。
 一階のスーパーは全てのフロアの約三分の一近くがスーパーになっており、他に地元で有名なパン屋の支店や大手ケーキチェーン店、ドラッグストア、そして花屋が並んでおり、当然のようにたくさんの人でごった返している。
 そしてたくさんの人達が大愛が通る度にじっと凝視してくる。
 見た目の美しさに憧れ、見ても分かる欠損に憐れみと差別を持って。
 しかし、そんな目に晒されても建物の中に入る前のような嫌な感じがしなかったのは……。
「エレベーター混んでるからエスカレーターで行こう。転げるなよ」
 彼がいたからだ。
 夜空は、常に大愛の側に立ち、人々から大愛の姿を遮るように、守るように歩いている。
 本当の騎士ナイトのように。
 大愛は、そこまでしなくていいと歯痒さを感じながらも夜空の少し大袈裟過ぎる優しさをとても温かく感じていた。
「櫻井」
「なんだ?」
「四葉さんに誤解されるよ?」
 大愛の脳裏に先日の四葉の頭を撫でる夜空の姿と、頭を撫でる夜空の手を自分の頬に当てる四葉の姿が浮かぶ。
「んっ?」
 しかし、夜空は大愛の言葉の意味が分からなかったようで首を傾げる。大愛は「おこちゃま」と小さく呟いて嘆息し、まあ自分なんかじゃ誤解も何もないか、と自虐的に笑った。
 二人はエスカレーターでそのまま屋上まで上がる。
 人工芝生が敷き詰められた青々とした広い屋上は普段は子ども達が駆け回って遊具で遊び、奥に設けられたBBQコーナーでは一階のスーバーで購入した食材を調理して楽しむ家族連れや、大学生、そして社会人達でごった返しているが今日はそうではない。
 屋上の中央に鉄骨で組まれた簡易的な舞台が用意され、碁パイプ椅子が舞台に向かって碁盤目のように並べられ、たくさんの観客が座っている。観客達は一緒に来た友達と楽しそうに話したり、持ってきたうちわやライトを用意したり、興奮した目で舞台を睨みつける人もいた。
「結構、埋まってるな」
 夜空は、眉を顰めて頭を掻く。
「これは……なに?」
 大愛は、舞台を見て、そして夜空を見る。
「BEONの屋上イベントだよ。子どもの頃来たことない?」
 確かに幼稚園の頃、両親に連れられてアニメキャラのショーを見に来たことはある。アニメキャラに扮した着ぐるみがドタンバタンッと走り回るのを楽しんで見ていたのを覚えている。
「今日は演芸イベントでね。地元のフラサークルや合唱隊、手品師や中学や高校の吹奏楽部なんかが演奏を披露したりするんだ」
 そう言えばそんなイベントもやってたな。
 小学生に上がると土、日はほとんどピアノのレッスンでBEONの屋上なんて来ることなかったし、興味もなかったので記憶の彼方だった。
「Me-tubeで活躍してる人なんかも出るから結構人気イベントなんだぜ。抽選は厳しいけど申し込みも観覧も無料だし」
「へえっ」
 確かにミーハーそうな女子高生や若い男女も来ていてスマホを構えている。
 なるほど、これは盛り上がりそうだ。
 そこまで思ってから大愛はあることに気づいて夜空の顔を見る。
「ひょっとして貴方たちも出るの?」
「そだよ」
 夜空は、にっこりと笑って答える。
 大愛は、驚いて目を丸くする。
 二人が……舞台に?
 まるで想像が出来ない。
 一体になにで……。
「何を……するの?」
 大愛は、頭に思ったことを思わず口に出す。
 しかし、夜空は……。
「秘密」
 自分の唇に人差し指を当てる。
「楽しみにしててな」

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